side 偽の記憶
俺はA級に上がったら決めていることがあった。
それは仲間のゼオンをパーティーから解雇することだ。
俺たちがパーティーを組んだのは五年前。俺は学校を出たばかりで十五歳であいつは十二歳だった。
両親が死んだらしく、一人で冒険者をやっていた。少し生意気だったが、武器の扱いも悪くなかったし、成長の速さは俺を凌駕していた。
あの時は最高の仲間になると思っていた。あの日の出来事さえなければな。
俺たちのパーティーはよく他のパーティーと一緒にダンジョンに潜る合同パーティーをよくやっていた。
荷物持ちとしての扱いだろうと格上の冒険者の動きを近くで見られるし、実力以上の階層の魔物を観察することもできた。若さのお陰かA級パーティーも積極的に俺たちのパーティーを連れて行ってくれた。
ある日。A級がいる合同パーティーに参加した。途中からは荷物持ちしかしなかったが、五十層の中間ボスを倒してから五十一層目に行った。
A級パーティーの人たちが順調に魔物を倒して進んでいたが、突然この階層にいてはいけない魔物が現れた。
それは一匹の杖を持ったサルだった。
「エンシェントエイプか。ここのダンジョンマスターじゃないか?」
「えっ。S級パーティーでも苦戦したあの……」
A級パーティーの人たちが俺たちを見た。
「悪いな。これも冒険者として生きる以上。仕方がない」
何をするか薄々予想はついていた。だが、俺は少しの望みにかけるしかなかった。
「待ってくれよ」
「許せ」
俺とゼオンは剣の腹で殴られ、壁に叩きつけられた。
そして、A級パーティーは逃げ出した。
俺たちをおとりに逃げる気だと確信する瞬間。俺の目の前を白い高速の物体が通り過ぎた。
その物体が向かった先を見ると、真っ黒に焦げた人体と微かに形のある魔法耐性のある鎧のみだった。そして、地面も壁も大きく抉れていた。
魔物が魔法を使ったっていうのかよ! クソ!
どうしようもないじゃないか。
「ゼオン! お前だけでも逃げろ!」
「いや、いいよ。僕がやる。ハーモットには世話になったし、僕みたいな無学な奴が生きるよりも君が生きた方がこの世界のためになる」
「お前。足が……」
「さっきのが掠ったみたい。大丈夫。次の一発は僕だけを狙わせる。絶対に逃げ切って」
ゼオンの片足が消滅していた。あの怪我だともう冒険者は続けられない。
俺は一言も言わずに背を向けた。
荷物を捨て足と手を動かして走った。
最後にゼオンが何か言っていたが、無視して走った。
俺は生きて帰る。ここで死んだ人たちの犠牲を無駄にはしない。
「クソ!」
角を曲がろうとした所で突風に吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。
咄嗟に後ろを振り向くとゼオンが立っていた。
「あっ。ごめん。この体すごい頑丈でさ。力加減間違えちゃった」
「だ、誰だお前?」
「もしかして知り合いだった?」
そこにはゼオンの姿形は同じだが、まったくの別人が立っていた。
だが、今はそんなことは重大な問題じゃない。
エンシェントエイプの姿が消えていた。
「あのサルはどこに……?」
「胃の中だよ。あんまりおいしくはなかったけど」
「……食べたのか? あの化け物を」
「うーん。これ以上言っちゃうと墓穴掘りそうだから内緒。ほら、立てる?」
手を差し出してきた時に消えたはずのゼオンの足が再生していることに気づいた。
「なんなんだ。お前は」
「もう人間を食べる気はないから安心して。ほら」
そいつの手を掴んだ。この時、俺たちの歯車はずれ始めていた。
ダンジョンを出る頃にはいつものゼオンに戻っていたが、次の日から魔法を使えるようになっていた。
――――――
あれ。可笑しい。こっから先を思い出せない。
なんでゼオンを解雇しようとしたんだっけ。
「えっと。ハーモットさんでしたっけ? あなた結構強かったっすよ」
「傷が入ったのは久しぶりだ」
年下の男と重そうな鎧を着た男に拘束されている。
体も痛いし、意識も少し曖昧だ。
「誰だ。お前ら」
「あっ。記憶ないっすか? こいつ分かります?」
そう言って、生首を袋から取り出した。
気持ち悪いなと思いつつもその女らしき顔に一切見覚えはなかった。
「知らない」
「酷いなぁー」
「うわ。生首が喋った?」
「これ、遠隔操作の人形だから。すごいよね、人間ぽいよね」
気色悪い。
「君も駒の一つにされていたって訳っすね。はあ、またはじめからかー」
「なんのことだ?」
「いや、私も駒の一つにされたね」
「お前が、駒にしたんだろ。しらばっくれるなよ」
「おお、怖い怖い」
年下に見える男はかなりの威圧を放っている。若いのにすごい気迫だ。
だが、状況を読み込めてない現状では一体なにがなんだか分からない。
「さて、ハーモット君。魔法使いの名前は憶えているかな?」
「魔法使い? 俺のパーティーにそんな奴はいなかったはず……いや、そんなはずは」
俺とゼオンは冒険者として活動していた。ゼオンは魔法を使うことができたが、魔法使いを仲間にしていないはずがない。
だって、もし魔法使いがいなかったら……
俺はゼオンを追放したときに一人ぼっちになってしまう。そんなのただの馬鹿がすることだ。
世界三強ほどの実力があればA級に留まれるかもしれないが、俺にそんな桁外れた実力はない。
一瞬、ぼやけていたが長い白髪の女が思い浮かんだ。
「いた。俺のパーティーに魔法使いはいた。だが、名前も思い出せない」
「僕も同じ状況だよ。ただ、情報は少し残っている。彼女は記憶の魔女。この私を出し抜くなんてほんっと度胸があるよね。ハハハハ! ――実に不愉快だ」
「黙れ。外道が!」
男の握力だけで頭が潰れた。
「はあ。はあ。見苦しいところを見せてしまいましたね」
「俺は一体何をしていたんだ……」
「まあ、正常に戻ったようなので僕たちはこの辺で失礼しますね」
拘束を外された。
……俺はやってはいけないことをやってしまった。
魔法使いについてはうっすらしか思い出せないが、あの生々しい感覚は今でも覚えている。
俺は。俺はゼオンに許されない行為をしてしまった。
「あ。あ。アアアアアア!!!!」
叫んでいた。
なんてことをしてしまったんだ。ゼオンは俺の仲間だったのに一方的に追放して、一方的に追撃して。なんてことをしてしまったんだ。
五年も一緒にやってきた大事な仲間になんて仕打ちを……
今はただ己が許せない。
そして、二人の女がどうしようもなく憎い。殺してやりたくなるほど憎い。
俺にゼオンをあんな目に合わせるために協力させていた。
「いい目をしているっすね。どうですか《銀翼》に入りませんか? ガラトルさんにダメージを与えられる力があれば足手まといにはならないと思いますけど」
「いや。いい。俺は俺のやり方であいつらをぶっ殺す」
俺の目標は決まった。俺を裏切ったあの二人を殺して、首を二つ並べてゼオンに謝る。そして、最後に俺の首を差し出す。
騙されていたとはいえ、俺は大事な仲間を殺そうとしたんだ。この命。最早惜しくはない。
絶対にあの二人を見つけ出して地獄に道連れにしてやる。




