二四話 疲労
シャーネは俺に必要なトラッパーだ。
口数は少ないが、シャーネの考えはある程度分かる。
特に戦闘の時は手に取るように分かった。
テッコと戦った時にスキルは使ったが、あれで共有するのは視界だけで思考までは共有されない。だが、どの罠をどういう順番で引っかけたいか俺には一瞬で分かった。
なぜかは分からないが、シャーネとはすでに数年ぐらい一緒にパーティー組んでいたようにお互いが分かっている。
かなり相性が良かったんだろうな。これだけの連携は熟練の冒険者パーティーでもそうそう見られることじゃない。
「これからもよろしく頼むな」
「こちらこそ」
「俺はS級パーティーになるために冒険者をやっているが、シャーネには何の目的があって冒険者やっているんだ?」
シャーネはいくら魔眼があるとはいえ、冒険者になるには若すぎる。何かしら切羽詰まった事情がない限りはこんな命がけの世界には来ないはずだ。
「エリクサーが欲しい」
「万病を治す薬か」
エリクサーはあらゆる病を治す効果のある薬だ。
ダンジョンの九十層からしか出てこない代物で、今までに三つしか見つかっていない希少な薬でもある。
ただ、シャーネは病気を患っているようには見えないし、別の人間に使いたいのだろう。冒険者は個人に深く踏み込むのはあまり良い事とはされていないが、気になる。
少し聞いてみるか。
「誰か使いたい相手がいるのか?」
「うん。私を育ててくれたお姉さん」
「なるほどな……」
ここまで聞けば馬鹿な俺でも分かる。
「雷神の剣の所有者か?」
「うん」
シャーネが持ってきた雷神の剣は元々A級パーティーの人が持っていた物だ。
所有者を選び、選ばれなかった者が使うと雷が使用者にも向くようになっている。
そんな代物をシャーネが持ってきた時から疑問だった。エクトールでダンジョンマスターと戦った時だ。
「確か、名前はロザリアさんっだったよな」
「うん。雷光のロザリア」
数年前に合同パーティーで一緒になっただけだが、あの戦い方は今でも覚えている。
高速の動きで魔物を翻弄して注意を引き、仲間が集中砲火をするという他のパーティーでは再現不可能な戦術だった。
俺もあの動きに憧れて、仲間を補助する事を意識していた。
最近、名前を聞かないと思ったが何かあったのか?
「エイズ。急に病弱になる病気」
「そうか。その病気は俺も知っている。一時期、冒険者とか傭兵の間で話題になったからな」
エイズは不治の病だ。
発症してしまったら、どんな回復魔法でも治すことは出来ない。
逆に発症する前だったら一部の回復魔法で治療は出来るらしいが、エリクサーを求めているということはもう既に発症してしまっているみたいだな。
流石になぜ感染したかについてはロザリアさんの名誉の関係もあるし聞かないことにした。
「あと何年持つかが、問題だな」
「……分からない」
「まあ、安心しろって。俺ひとりでもエリクサーのある階層まで通用することは分かっている。そう時間は掛からない」
シャーネは不安そうな表情になっているが、幸い二人ならエリクサーを手に入れた後にどうするかを決めるのに揉めることはない。
後はひたすらダンジョンに行くだけでいい。
多分、賢いシャーネもそんなことは知っているはずだ。だが、表情がまだ晴れない。
「ごめんなさい……ゼオンを騙してた」
「ん? なんの事だ?」
特に騙されたことはない気はするが……
「最深部で見つけた宝箱にエリクサーっぽい物が入ってた」
魔法の袋が入っていた宝箱の事か。
「偽物だった。悪い物で、お姉さんの体調が悪化して……」
「なるほど、じゃあ少し急ぐ必要があるな。まだ動けるか? 今から行くぞ」
傷も治ったし、今からダンジョンを攻略しに行けるはずだ。
立ち上がると同時に視界が歪んだ。
「大丈夫?」
シャーネが俺にくっついた。
「今、俺は何をしようと――」
「もう限界。休も」
倒れかけていた。あと一歩違えば俺は地面に倒れていた。
可笑しい。体は魔法で回復して魔力も多少は回復している。体に異常はないはずだが、なぜか体が動かない。
クソ! これからダンジョンに行かないといけないって言うのに。
「無茶のし過ぎよ。特に精神的な疲労が酷いわ」
「悪魔に何が分かる」
「私にはよく分からないわ。でも、怠惰が頑丈って言っていたのにボロボロってことは相当な無茶をしたんじゃないの? 不眠不休で活動できる人間なんていないわ」
嫉妬の悪魔に言われて気づいたが、俺は疲れているのかもしれない。
ハーモット達に袋叩きにされた後、俺は一睡もせずに歩き続け複数回の死闘を行った。
今思えば、肉体を酷使し過ぎた。
だが、そんなのは甘えだ。魔法で体は全快しているし、俺はそんな弱い人間じゃない。
「忠告は感謝するが、俺は急がないといけないんだ」
気合が足りないはずがない。俺は五年も冒険者をやって何度も死線を潜り抜けてきたんだ。今更、休む必要なんてない。
「このまま行ったら、喰われるわよ」
「ダンジョンにか? 大丈夫だ。魔物相手なら不覚は取らない」
「違うわ。暴食の悪魔によ」
俺はそんな悪魔は知らない。
「あいつは目の前に弱った契約者がいれば容赦なく食べるわ。あれはそうゆう悪魔なのよ」
「悪魔と契約した覚えはない」
「そりゃそうでしょうね。契約を知られたら体を乗っ取りにくくなるのよ。詳しいことは教えられないけど、今のこの体みたいに乗っ取られるのは嫌でしょ?」
嫉妬の悪魔は人間の体を使っている。これも契約によるものなのか?
だが、いつ治るか分からない体の回復を待つ余裕はない。
悪魔だろうと何だろうとこの体を乗っ取らせはしない。
「ふん! 好きにしなさい! 私はあのおっかない女がいない内に逃げるわ」
嫉妬の悪魔が去っていった。
「じゃあ、行くか」
「やめよう」
「気にするな。俺は動ける」
視界も良好で、動きに支障はない。これなら魔物相手に苦戦することはない。
「私は疲れた。魔眼とスキルの同時使用は疲れる」
「……そうか。それなら仕方がないな」
嘘だ。シャーネには余裕がある。根拠はないが、確信できる。
薄々、気づいていた。俺は精神的に疲れている。
この状態でダンジョンに行ってもいいことはない。だが、そんなことは認めたくはなかった。
シャーネは俺の浅はかなプライドを折らないようにしてくれた。
情けない気持ちでいっぱいだが、何も言えなかった。
「エクトールに戻ったら、お姉さんに会って欲しい」
「分かった」
今日はもう疲れたし、休むことにした。




