二三話 苦悩の種
休むためにレヴィの隣に座った。
「大丈夫か?」
「ゼオン。あの女は?」
「人格が変わったみたいで敵意はなくなった」
「良かった」
レヴィ達が戦っていた女は嫉妬の悪魔に体を乗っ取られた。
悪魔の方に敵意はなく、ただ反撃をしただったらしい。
「かなり傷負っているみたいだね」
「黒狐っていう暗殺者に人質を取られて、こっちにはいられなかった」
「強敵だったみたいだね」
レヴィは外傷こそないが、すごい辛そうにしている。
「なんで苦しんでいるか分かる?」
「すまない。分からない」
「実は。あの呪いは成功してたんだ」
あの呪い……思い出した。ハッタリの呪いの《一連托生》の事か。
「ゼオンの負った傷が全部ボクに共有されてさ。距離があったから傷じゃなくて痛みだけなんだけどね。あと、もう解呪したから問題はないよ」
「それは。すまなかった」
「いや、謝ることじゃないよ。これは自業自得だから」
俺は戦闘で傷を負うことを躊躇わなかった。
特に腹部の傷は自分から受けに行ったものだ。呪いの事を知っていればもっと戦い方があった。
「ほんと。君はいい人だよ。ボクの事を心配してくれるなんて」
「俺じゃなくてもそう思うだろ」
「所で、ボクは立ち上がれない程の痛みだけど、同じ痛みのはずのゼオンは平気そうだね」
「ある程度の痛みなら慣れているからな。レヴィみたいに強かったらこんな痛みを負うこともないんだけどな」
実はただのやせ我慢だが、こう言っておいた方がかっこいい気がする。
「皮肉かな? でも、ボクは嬉しいよ」
「嬉しい? 苦しいのにか?」
「確かに苦しいけどさ。この呪いはボクの夢でもあったんだ」
「自滅する魔法にしか見えないが」
「普通の人からしたらそうかもね。……ちょっとボクの話をするね」
傷が回復しないと動けないし、つまらない話でもなさそうだし聞くことにした。
「ボクさ。セリーン家っていう賢者の末裔の家出身なんだ。そこでは魔法がすべてでさ。魔法の上手な人が上に立つんだ」
「賢者の末裔っていうのも大変だな」
「ほんとそうだよ。でさ、親の魔力量が子供に影響するからって、結婚相手は何より魔力量を優先しているんだ」
馬とかの交配に近い感じか。
「ボクの両親は魔力量はそこそこあったけど、どっちも体が弱くてね。そんな両親から生まれたボクは病弱と軟弱を兼ね備えた体でさ。小さい頃はベットの上で外で遊ぶ子たちを羨ましそうに見るだけだったんだ」
今は最強と呼ばれている魔法使いにも弱かった時代があったのか。
「もし、あの時にこの呪いがあればベットの上でも思いっきり遊んだ気分になれたんだろうなーって。思っちゃったりね。過去には戻れないけど、こうやって考えると魔法も呪いも開発するのは楽しいんだよね。ハハハ」
笑ってはいるが、俺は少し複雑な気持ちだった。
レヴィは十四歳にして世界最強の一人に数えられる人間だ。家にも才能にも恵まれて、人生で苦労したことはないんだろうな。と心のどこかで思っていた。
だが、蓋を開ければそんなことはなかった。家のせいで弱い体に生まれて一番遊びたい時期に遊べていない。それに才能のせいで同年代との交流も多くはないだろう。
人の苦労も知らずに俺はなんて失礼なことを思っていたのだろうか。
「すまない」
「どうしたの? 急に」
「どうせ、楽な人生を歩んできたんだろうと思ってしまっていた」
「そういうのは言わないのが美なんだよー。でも、ありがと。ボクに本音を言える人は少ないからさ。嬉しいよ。嬉しさが腹部にくる。いてて」
そろそろ傷が塞がるはずだ。痛みはまだ残っているが、止血さえ終われば後はそんなに時間は掛からない。
「実はさ。ボク。もう婚約者がいるんだ」
「名家は大変だな」
「魔力だけで選ばれているから、体は軟弱らしいけどね」
セリーン家は確か貴族だった。爵位は知らないが、かなり偉い方だった気がする。
魔力以外にもそういった貴族特有の面倒なしがらみもあるんだろうな。
「仮にさ。その人と結婚して子供をつくったとしたら、どうなると思う?」
「答えにくいな」
「頑丈な子はまず生まれないだろうね。多分、ボクかそれ以上の体の弱い子になると思うよ」
結婚とか俺には無縁の言葉だし、あんまり想像がつかない。
「常々、男に生まれたかったと思っているよ」
「どうしてだ?」
「だってさ。子供作りたいだけ作れるじゃん。もし、男だったら絶対にウィップソンと子供作っていると思う」
最強二人の子供か。それはそれで気になるな。
「だが、男も大変だぞ。顔の良さとか力や金がないと女性に見向きもされないからな」
「へえー。ゼオンに言われても全然納得いかないけど。確かにそうらしいね」
「かといって女性は女性で大変なんだよな」
「そういうのも分かるんだね。所でさ、ぶっちゃけてゼオンは何人ぐらいの女性に手を出しているの?」
答えにくい質問だな。
ゼロと言えばおしまいなんだが、それは男としてどうなのかと思われそうだしな。
うーん。なんて答えようか。
「ボクの予想だと、十六と見た。でもなぁ、ゼオンは顔もいいし、優しいからもう数人足してもいいかな……どう? 結構、近いでしょ」
「ち、違うな」
「もっと多いんだね。じゃあ……」
「ゼロなんだ」
俺の人生は恋愛とは無関係なものだった。
容姿は酷いとは言わないが、それほど良いとは言えないし、金もそんなに多く持っているわけじゃなかった。
「嘘だー。こんなにかっこよくて、性格も良くて。強い男がモテないはずがないよ!」
「そんなにおだてても何もないぞ」
「本気で言っているんだけどなー。もしかして、ボクの感覚が異常なのかな? 魔力だけで配合を重ねた家の出身だし、その可能性もあるかも」
褒められて悪い気はしないが、なんか照れてしまう。
こんなに言われたのは人生でも初めてだ。
「ゼオンの魔力はボクが出会った人間でも五本の指に入るし、体もウィップソンの攻撃を受けられるほど頑丈。セリーン家としてもその血は欲しいかも」
「からかうなよ。恥ずかしい」
「ボクは本気だよ。君の血があれば、子供が弱い肉体になる確率は大幅に下がる。子供にボクと同じ思いを背負わせたくはないんだ」
真剣な声をしてくる。ちょっとお喋りをしたかっただけなのだが、将来に関わりそうな内容になるとは思いもしなかった。
「俺は……」
「まだ、回答はしなくていいよ。これから同じパーティーとして一緒にいれば、君の方からボクに好意を寄せるようになるよ」
「すごい自信だな」
「ボク。可愛いからさ。婚約者がいるのにいろんな人から求婚されているほどだからね」
確かにさらさらの金髪に整った顔で可愛いとは思う。人によっては胸が小さいと言うかもしれないが、別に俺はそこはどうでもいい。
「今、胸見たでしょ? 大丈夫。きっと大きく……ちょっと無理かも」
「見てない見てない」
「これは確実に嘘だね。でも、時間が経てばボクのすべてから目が離せなくなるよ」
なかなか厄介な相手だな。
流石に未成年に手を出す勇気は俺にはない。
「そろそろ。立てるだろ」
「えー。辛いなー。温室育ちのお嬢様だから立てないよー」
「はあ、背負えばいいんだな」
俺が無茶な戦闘をしたことも原因だし、少し我儘に付き合ってもいいかもな。
レヴィを背負うために手を伸ばすとウィップソンが横から手を伸ばした。
「私が運ぶ。女性同士の方がいいはず」
「いやー。気持ちはありがたいけどさ。ボクは信用している相手しか体を触らせないからさ。ほら、空間魔法で体を守っているから触れないよ。君だって知っているよね」
「対近接用の魔法。攻略するの大変だった」
「じゃあ――」
「やって、嫉妬」
「ごめんなさい」
ウィップソンの手がレヴィに届いた。
普通の光景に見えるが、レヴィの表情だけ周りと違った。
「な、なにをしたのかな? ボクの魔法は完璧のはず……」
「嫉妬の悪魔の能力だって」
「魔法を打ち消すんだね。なるほど、それなら納得。だけど、嫌だ! ボクはゼオンにおぶって欲しかったのにー!」
少し抵抗していたが、身体能力でウィップソンに勝てる訳もなく、為す術もなく背負われて別の場所に行った。
「これで、二人っきりね」
「なんか用か?」
「私が現世に来た本当の目的を話してあげるわ! べ、別にあんたのためじゃないわよ」
正直、あんまり興味はない。嫉妬の悪魔がそんなに悪い奴じゃないことが分かった今、特に自由を制限する必要はない。
そんな事よりも、シャーネを呼び戻さないといけないことの方が重要だ。
「敵じゃなかった?」
「丁度。探しに行こうと思っていた所だ」
「なら良かった」
「どうやって、戦いが終わったか分かったんだ?」
「ちょっと。私の話を聞きなさいよ!」
そういえば、目的を話すとか言っていたか。
でもなぁ。全然、興味がないんだよな。それよりもシャーネがどうやってこの状況を知ったかが気になる。
「私の目的、それは王子様を探す為よ!」
「そうか。大変かもしれないが頑張ってくれ。んで、シャーネ」
「そうでしょ。気になるでしょ。まず王子様って言うのは……」
「先生。いや、戦闘の時に隠れていたウィップソンの所の老婆のトラッパーが教えてくれた。遠くを見通す魔眼を持っていた」
嫉妬の悪魔が煩いが、シャーネの答えはちゃんと聞こえた。
「なら、良かった。無意味に戻ってきていたら、信用に関わるからな」
「分かっている」
シャーネは俺に欠かせないトラッパーだ。




