二十話 黒狐
シャーネを人質に取った女は壊れかけの町の外壁まで俺たちを連れて行った。
「この辺でいいかな」
「何が目的だ?」
「最終目標は死ぬこと。今回の目的はゼオンさんを邪魔者から離すこと」
こいつ。頭が可笑しい奴だな。だが、単独犯でないことは意味不明な目的から簡単に分かる。
裏に別の誰かがいる。そう考えるのが自然だ。
「トラッパーの子は安全な場所に隠れているといいよ」
シャーネを開放し、女が構えた。
素手か。かなり厄介な相手になりそうだな。
俺は剣を袋に入れて、盾だけを構えた。
剣を使うと殺してしまうかもしれない。人質がいる状況だったら、殺すことも視野に入れたかもしれないが、一対一で殺しをしたくはない
「私は元『安眠の獣』所属。黒狐。テッコ」
「『安眠の獣』? 暗殺集団か。それに黒狐って」
聞いたことがある。
暗殺者の集団である『安眠の獣』には日中にだけ、暗殺を行う黒狐と呼ばれる人間がいる。そいつは刃物を使ったこと以外はなんの情報もない。
黒狐は鎧を着た男すら切り裂く名剣を所有しているらしいとか。人間じゃないとか変な噂も流れていた。
だが、黒狐の所属していた『安眠の獣』は最近、構成員が全員殺されたとかで全滅したはずだ。
いろいろと疑問はあるが、一番の疑問は相手が素手であることだ。
「刃物は使わないのか?」
「それはこっちの台詞。私はそもそも素手だから」
「なるほど、その指は刃物のように鋭いと」
「そうだよッと」
移動からの高速の突き。人間のはずなのに動きが速い。
不意打ちに近かったが見えない動きじゃない。
盾で防ごうとしたが……
「あっ。もしかして対人慣れしてないの?」
「チッ」
突きはフェイントだった。寸止めをして、盾を構えた俺の腕を掴んできた。
しかもこっからがやばい。
なぜか、体が重たい。魔法じゃないことは何となく分かるが、それだったら一体何をされているか分からない。
ただ腕を掴まれているはずなのに一気に不利になった。
「駆け引きは苦手?」
「舐めるなよ!」
掴まれていない手で殴ろうとしたが、避けられ今度は殴った方の腕を掴まれた。
拳を引かれ、バランスを崩してしまった。
当然、その隙を見逃すほど温い相手ではなく。
何をされたか分からなかったが、俺は地面に倒れていた。
混乱している間に腹部に跨られた。
「やっぱり、対人戦は苦手かな?」
「強すぎだろ」
「ゼオンさんの耐久力はすごいと思う。私が握り潰せなかったのはこれが初めて」
テッコはとてつもなく強い。
多分、魔法なし素手だったら俺が十回は挑まないと勝ち目はないだろう。
身体能力なら俺の方が勝っているが、この技の練度だけでも厄介なのに鎧すら切り裂く指もある。
「今、魔法使おうと思ったよね」
「お前の指とどっちが速いか勝負してみるか?」
「いや、そっちの土俵に立ったら私が負けちゃうから。ところで、寝技は得意?」
寝技? いや、聞いたことはあるが、冒険者はまず使わないような技術だ。
そんな未知の領域で戦えるわけがない。それに相手は人間相手が主な暗殺者。寝技のレベルも高いはずだ。
想像以上にまずいな。寝技を仕掛けられる前に離れないと勝てない。
足を地面に着け、思いっきり腰を上げた。これで離れるはず……
「やっぱり、駆け引き苦手でしょ?」
テッコが消えていた。
いや、横に避けたのか。
息が出来ない。
「この姿勢きついでしょ?」
「くっ」
足で背中を押し上げて、手で頭を下げられている。足が地面に着いているいるせいで変な体勢で固定されて、息が出来ないし、力が入らず抵抗しにくい。
息が出来ず集中が持たない。こんな状況じゃあ、魔法すら使えない。
「力すごいね。一般人ならもう首、折れてるよ」
俺は全身に力を入れて力技で拘束を解いた。
「チィ」
「そろそろ疲れてきたよね」
今度は背中からしがみつかれ腕で首を絞めて、足で腕を拘束された。
かなりきつい。さっきの力技で体力もかなり減っているし、首を絞められて呼吸ができない。
こんなに対人での戦いは苦しいのか。
力を入れるが全然絞めを解けない。
まるで鋼鉄に絞められているみたいだ。
「まだ意識あるの?」
視界が徐々に狭くなっている。このままだと落されるのも時間の問題だ。
どうすれば……
「まあ、そうするよね」
残っている外壁に向かって走り背中にいるテッコを壁に叩きつけた。
一度では離さなかったから、俺は何度も壁に叩きつけた。
「この程度の壁だと私の体は壊せないよ」
拘束は一切弱まらない。逆にどんどん強くなっている。
俺の体力が削れて抵抗する力がなくなっているせいか。
こうなったら一か八だ。
空間魔法の原則は等価交換とレビィは言っていた。
だから、俺は魔氾濫の時、ダンジョンマスターの肉同士を交換した。
だが、それだとレヴィが空間魔法を使った時はどうだったか。あいつが使っていた時は交換するための物が何もないところに物を転移させていた。
じゃあ、どうやって等価交換をしたのか。
魔力だ。
魔力を物の代わりに交換していた。
なんでそうなるのかは俺の頭じゃ分かりはしないが、真似することならできる。
外壁に魔力を纏わせて、俺と交換する。
「空間魔法。使えるようになってたんだ」
初めての試みだったが上手くいったみたいだ。
俺の代わりに絞められた外壁が崩れ落ちた。
簡単には壊れないはずの外壁を壊すほどの力で絞められていたのか。
「はあ、はあ。疲れるな」
あの絞めから逃れたのはいいものの代償は高くついた。
空間魔法は魔力をかなり消費することは分かっていたが、魔力を全部持っていかれた。しかも、魔力の回復がなかなか始まらない。
しばらくは魔法を使えない。
そして、もう一つ。
疲れた。
単純だが、一番まずいのが体力だ。
汗が止まらないし、息も全然静まらない。
そんな俺に対して、テッコの方は息ひとつ上げていない。
身体能力も多少俺が勝っているとはいえ、この体力差だと逆転されている可能性もある。
こんな状況で魔法が使えないことが知られたら確実に負ける。
何とか時間を稼いで、魔力と体力の回復をしないといけない。
「なあ、こんな事をして何になる? 俺を襲っても利益なんてないだろ?」
「時間稼ぎかな。もしかして、魔法が使えないとか? いいよ。仕事じゃないから」
だから、人間相手の駆け引きは苦手なんだよ。
多分表情で俺の目的を見抜かれたな。どれだけ対人経験があればそんな観察眼が手に入るのやら。
ただ、相手が俺を舐めているのか。時間稼ぎはやらせてくれるみたいだ。
「私の目的は最初にも言ったけど、死ぬ。いや、言葉足らずだったね。殺されること」
「殺される?」
「私は暗殺集団に属していたけど、悪い人しか殺してないんだよね。重税で民を苦しめる領主とか不当に商品の値段を上げる豪商とか悪い人間だけ殺してきた」
会話というよりかはテッコの独白に近いやり取りだな。
「でも、世の中。そんな単純な話じゃなかったみたいで。外敵から領地を守る為とか、不作だった地域を支援しようしていたとか。真実って時に残酷なもので。つまり、私は罪人ってワケ」
悲しい過去なのかもしれないが、まだ俺が狙われる理由は出ていない。
「罪人には罰が必要だよね。でも、人間の法に裁かれるのは納得いかない。どうせなら、この力を出し切ってそれでも勝てない相手に殺されたいと思ったの」
「なんで、俺なんだ。ウィップソンとかもっと強い奴はいるだろ」
「それはダメ。彼女は強いけど、何人も殺してるんだよね。『断罪楽団』の団員をほとんど殺したりしてるし、殺すことに躊躇いがないから。それではなんか嫌なんだよね」
俺は人間を殺したことはない。だが、それなら対人が得意な別の奴でも代役可能な気もする。
納得いかない。
「これだけだと納得いかないよね。悪いけど、これ以上は計画に狂いが生じるから教えられないよ。さて、そろそろ回復した?」
「続きをやるか」
正直、戦いたい気持ちはない。
俺はそもそも対人戦は苦手なんだ。
面倒な駆け引きや力差を覆す技とかあって戦いにくい。
それに相手が強いと殺さないように戦うのが難しい。
多分、剣を出していたら今頃どっちかが死んでいただろう。
素手の戦いだから死んではいないが、これ以上激しくなると相手を殺してしまうかもしれない。
テッコが構えた。次はどんな手を使ってくるのか……
「こっち!」
「シャーネ。なんでここに――」
逃げたはずのシャーネが俺を誘導してきた。
シャーネは足を引っ張るようなことはしない。なら、深く考えるまでもない。
俺はシャーネに向かって走った。




