二話 銀翼
町を抜け出すように出てから、森に向かって伸びる道を歩いていた。
足に魔力を集中させたから夜明けより前に移動が出来るようになった。ハーモット達に見つかれば今度は殺されるかもしれない。
さっさと移動するしかなかった。
夜は魔物の行動が活発になる。ある程度実力が無ければ夜中にこんな道を通る奴はいない。
だが、俺にとってはどいつも雑魚ばっかりの奴だ。両手が動かなくても魔法を詠唱できなくとも倒せるレベルの奴らだ。
今は回復魔法を使っているし、自分を守る程度で行くが治り次第魔物を狩っていく。エクトールに到着しても何も無いと町に入るのも面倒になるし、装備を整えるお金も必要だ。
服以外を全部奪われたのは結構痛い。
宿に戻って予備の装備やら物を持っていこうとも考えたが、もし町で鉢合わせれば全てが終わる。
俺は絶対にあいつらに復讐する。
殺すなんて生温いことはしない。あいつらが一番嫌がっている俺の活躍によって夜も眠れない様にしてやる。意味不明な虐げを受けた以上は俺だって回りくどいやり方であいつらを攻撃してやる。
安定していた生活を捨てるのは悔しいが、この際我慢する。
命がけの戦いになるかもしれないが、俺のすべてを賭けてS級にまで上がってやる。
「がぁーがぁー」
声も戻って来た。まだ魔法詠唱が可能なレベルじゃないが治療は進んでいる。
痛みは走るが腕も動く。
夜明けまで掛かると思っていたが、思っていたよりも早く治っている。
回復魔法が成長しているのか? それとも回復速度を見誤ったか? まあ、どちらにせよ嬉しい誤算だな。
これで人間が相手でも戦える。仮にあいつらが待ち伏せしているという最悪の想定をしても、相打ちまでは持っていける。
軽く警戒しながら歩いていると遠くから走って来るような音が響いて来た。
集団。それに馬車もあるな。
音である程度予測を立て、道から外れ身を隠した。
息を潜めていると俺の予想通り、馬車が通った。
そして、すぐ後ろには緑色の小人ゴブリンの群れが追いかけていた。
馬車なら逃げて町に辿り着くという見立てであんな速度で移動していたのか。
何もなければ、ゴブリンに追いつかれることはないだろうな。
「あー。運悪いな」
馬車が止まった。よく見てみると馬が倒れていた。整備されている道とはいえ、あれだけの速さがあると小石とかで簡単に転ぶ。
特にここまで荷台を引いて来た馬は疲れているだろうしな。
動かない荷台から三人の男が出て来た。
護衛の奴らか。
戦闘を始めたが、かなり押されている。魔法使いがいないのか。殲滅力が低い。これだと集団を相手に戦うのはかなり難しい。
しかも、荷台を守りながらとなると桁違いの腕がなければ剣士系には辛いだろう。
援護をしようと立ち上がりかけたが、俺の脳裏にハーモットたちが思い浮かび体が動かなくなった。
ここで目立って追いかけられると道半ばで殺されるかもしれない。不意打ちに怯えながらエクトールまでの道のりを進みたくない。
……何、気にしてんだよッ!
俺は逃げている訳じゃない。逆にあいつら怯えさせるんだろ!?
じゃあ、ここで少しでも名を上げておいた方が手っ取り早いに決まっている。
「援護する! 俺は魔法を使える」
「助かる!」
詠唱をすれば魔法の威力は上がるが、ゴブリン相手に詠唱なんて必要ない。
無詠唱で十分すぎる。
風属性の中級魔法の《ウィンドボム》を使って、後方にいた大量のゴブリンたちを切り刻んだ。
「あれは《ウィンドボム》? 中級魔法を無詠唱で……」
「すげえ。エクトールの魔法使いでもそんな事できる奴なんて少数っすよ!」
「これで勝てる。後は任せろ」
後は俺が何もしなくても男たちが残りのゴブリンたちを倒していった。
ゴブリンはものの数分で片付き、無精ひげを生やした三人の内で一番歳を取っているリーダーらしき男が俺の所に来た。
「助かった。あなたがいなかったら俺たちは危なかった」
「どうだろうな。お前ら結構強かったよ」
「いや、俺たちは最近B級になった冒険者なんだ。感謝する。お礼をしたいのだが……」
ここで金銭の要求でもしてみるか?
うーん。こっちの事情を偽造して話して相手の出方を伺うか。
「俺。エクトールに向かう途中で寝ている隙に装備とか金とか全部盗まれてさ。近くの町に戻るのも面倒なんだ」
「冒険者カードも盗まれたんだな。それだとエクトールに入るには少々面倒な手続きが必要になるな。ちょっと待っていてくれ、依頼主にも掛け合ってみる」
なんかいい奴そうだ。
馬車に戻っていった。
代わりにリーダーじゃない二人が来た。
鎧を来た男と工具箱を持った少年だ。
「助太刀。感謝する」
「あの無詠唱の《ウィンドボム》最っ高でした!」
「よければ、パーティーに入らないか? 見る限り、ソロで活動している様に見受けるが」
パーティーか。こいつらの名前も何も知らないが、こんな礼儀正しそうな奴らだったらパーティーに入ってみてもいいかなという気持ちになる。
「誘いは嬉しいが断らせて貰う。集団行動は少し苦手なんだ」
「そうか。いや、俺たちは最近B級に上がったパーティーでまだまだヒヨッコ。あなたの様に強い人には釣り合わないな。はっはっは!」
「えー。強い魔法使いの人が入ってくれると思ってたのに」
このパーティーは強くなる気がする。なら、余計俺みたいな奴はいらない。
「俺の名前はガラトル。戦士をやっている」
「オレはネルトーグ。トラッパーやらせて貰っているっす」
「ゼオンだ。B級冒険者だったが証明する手段を全部持ってかれた」
「B級!? 嘘っすよね。そんなレベルの魔法使いはA級パーティーにいても可笑しくないっすよ」
ネルトーグ。このパーティーの中で一番若そうな見た目と口調をしている。
トラッパーか。俺が一番欲しい人材だ。
「すまない。うちの者が不躾な事を言ってしまった」
「気にするな。今、俺はトラッパーを探している。エクトールにいい奴はいないか?」
いい機会だし、トラッパーの繋がりで掘り出し物を見つけ出すことにした。
「トラッパーで凄い人っすか? 俺の師匠たちは既にパーティー組んでいるしなぁ。うーん。そうだなぁ……あっ! 一人。面白い人がいます」
ネルトーグの強さは分からないが、師匠とか言っていたし、俺よりはトラッパーを見る目はあるはずだ。
「トラップを視認するっていう能力がある魔眼持ちの女の子っす」
「魔眼!?」
魔眼はスキルよりも珍しい能力だ。
世界に三つしかないS級のパーティーでも一人、二人しか魔眼持ちが居ないと聞いた事がある。
それだけ珍しい能力を持った奴か。
「今はパーティーを組んでますけど、あれは駄目ですね。どうせ、数日も持ちそうにないっすね」
「魔眼持ちを手放すパーティーなんてあるのか?」
「最初は魔眼持ちってことで飛びつくんっすけど、トラップを見抜くだけで戦闘はからっきしなんですよね。それなのに要求するお金の配分が多いんですよ。ダンジョンのトラップをすぐに知れるという利点はあるんですけど、足手まといが増える不利には叶いませんよ。それなのにしっかり金だけは取るんっすよ」
パーティーは人数が増えるほど負担が減るが、その分一人当たりの報酬も減る。
守らなきゃいけない相手が増えるのは確かにリスクが大きい。
「だから、ソロでめっちゃ強いゼオンさんならピッタリかなって」
「そうだな」
俺は地位は欲しいがお金が山ほど欲しい訳じゃない。S級にさえなれれば後はどうでもいい。
「紹介状みたいな物、書いておきますね。一応、オレがダンジョンの歩き方を教えた奴なんで無下には出来ないはずっす」
工具箱から紙を一枚取り出し、何やら書いてから俺に渡して来た。
ネルトーグのトラッパーとしての実力は知らないが、かなりいい人脈を持っているみたいだ。
「あいつはまだ未熟ですけど、育てればいいトラッパーになるはずです」
「助かる。パーティーに所属していないトラッパーを見つけるのは骨が折れるからな」
専業のトラッパーは戦士や魔法使いとは違いソロで活動するのは不可能に近い。
だから、強みのある優秀な奴らは既にパーティーに入っているし、なかなか離脱しにくい。
面倒になる事が確実だったトラッパーの確保がこんな所で出来るとは幸先がいい。
そう思っているとリーダーの男が袋を持って戻って来た。
「依頼主の知り合いでエクトールに向かう馬車があるらしくて、その紹介状だ。ここからエクトールに歩いて行こうっていうのは距離的に無謀だ。あとは少ないが食料とお金だ」
「そこまでして貰うと申し訳ないな」
「気にするな。仕事がぐっと楽になったお礼だ」
結構重たい。ここまでして貰えるとは思っていなかった。
命を救ったとかならともかく、こいつらの実力なら時間が掛りこそすれゴブリンの群れなんて退けるなんて難しくもなかったはずだ。
「俺たちもエクトールでやっていたが、魔法使いが死んでしまってな。お前さえ良ければ、俺たちのパーティー『銀翼』に入ってくれないか?」
「リーダー。今はそんな話はよせ」
「そうか。すまなかった。だが、気が変わったらいつでも来てくれ」
『銀翼』か。魔法使いこそいないが、仲の良さそうないいパーティーだな。
「じゃあ、俺は行くよ。助かった」
「それはこっちの台詞だ」
「今度会ったら、一緒にダンジョン行きましょうね!」
「合同パーティーで良ければな」
エクトールまでは一本道だ。
不安の種は一瞬で吹っ飛んだ。俺は絶対にS級パーティーになってやる。
――――――
ゼオンと別れた後『銀翼』は馬車の中で話していた。
「リーダー。ゼオンさんは見逃すって事でいいっすね」
「ああ。あの行動を見るに意思のあるやつだった。あいつの手は及んでいないだろうな」
「これで、仕事がぐっと楽になりますね! あとは動けない奴らを排除すればいいっすね」
鎧をしているガラトルの金属の音が響く。
「ルーフ。奴だけは殺す」
「そうっすね。あの洗脳野郎だけは絶対に殺さないといけないっすね」
「その為には気の毒だが、あいつに操られた奴とも戦わなければならない。敵が一人少なくなっただけでも万々歳だ」
「まあ、あとは火力だけのクソノロマな奴らだけですから。俺たちの敵じゃないっすよ」
彼らの目的はハーモットのパーティーに入ったルーフという女だった。
「それにしてもゼオンさん。めっちゃ強くなってましたよ。昔、見た時より魔力量が桁違いでした。下手したら一人でS級に上がるレベルでしたね」
「そういえば、何か渡していたな」
「ええ。強すぎる人って一人でいると絶対どこかで破滅するんですよね。だから、お節介かもしれませんが面白い子をあてがってみようって思いまして。あっ。そろそろ、警戒してください」
三人の雰囲気がさっきまでとは違い重たくなった。