十九話 記憶
レヴィが魔法使いの頭を踏みつけた。
「誰に指示されたのかな? 君みたいな三流魔法使いじゃこんな魔氾濫起こせないよね」
「だったらなんなのよ」
「拷問するの嫌いなんだよね。ほら、ボクさ。優しいからさ。でも……」
レヴィはなぜか俺の方を向いた。
「研究をする魔法使いの最も嫌がることは分かるんだよね。ちょっとゼオン。軽く腕切って出血してみてよ」
「まさか。私が完成できなかった魔法を」
何が起こるか分からなかったが、腕に剣を当てて少し切った。
ゆっくりと少量の血が垂れた。
「あら、不思議。ボクの腕にも同じ傷が……」
「《一連托生》。私が長年研究して完成しなかった呪いをなんで」
「君がこの呪いの研究していたことは知っていたけど、君の理論は一切使ってないよ。あんなヘンテコなものは使う価値もなかったね」
「どうやったの?」
「そう難しいことじゃないよ。まあ、タダでは教えないけどね」
これが研究気質の人間が嫌がることか。
自分が完成できなかったものを目の前でちらつかせて、交渉材料にした。流石、レヴィだ。
「ルーフって女よ。私はあの下劣な女の指示で動いただけよ」
「脅されたのかな? それとも……」
「仮に私を脅しても、ウィップソンみたいな化け物とは戦わないわよ!」
ここでもルーフが関わってきた。俺が追放されたパーティーに俺の代わりに入っていた女だ。
エクトールの肉っぽいダンジョンマスターもルーフが関わっていた。
あの女は一体何が目的でこんな人類に敵対するような行為をしているのだろうか?
「じゃあさ。なんでこんなことしたの?」
「どうでもいいでしょ。そんな事」
「それもそうだね。正直、君に対する興味はあんまりないんだよね。それよりもさ……」
レヴィが突然女の頭を掴んだ。
「この目障りな魔法を当てているのは一体どこの誰かな?」
「し、知らないわよ」
「これは記憶消去の魔法だね。ボクも初めてこんな魔法を受けたよ」
魔法? この状況で誰かがレヴィに魔法を使っているとでも言うのか? ありえない。至高の魔法使いである彼女に魔法を行使できる人間がこの世に存在するはずがない。
「ゼオン」
「な、なんだ」
傍観していた中。突然呼ばれ反応が少し遅れた。
「この魔法。この際、記憶魔法とでも呼んでおこうか。記憶魔法を使える人間を誰か知らない?」
「いや、知らない」
「なるほど、なら合点がいくよ」
「なんで、俺だけに聞いたんだ?」
記憶を操作するなんて魔法聞いたこともない。もし、そんな事が出来れば国すら掌握できてしまうだろう。
それに心当たりなら、他の奴にある可能性もあるのになぜか俺だけに聞いてきた。その事が少し引っかかった。
「いや、単純な話。ゼオンとの関わりだけ何度も消されているんだよね」
「本当に消されているのか?」
言葉足らずになってしまったが、消されたのなら俺のことを覚えているはずがない。なのに、レヴィは消されたと言っておきながら俺のことをしっかり覚えている。
「本当だよ。でも、相手さんには残念だけど、ボクの記憶があるのはこの脳みそだけじゃないんだよね。だから、ボクの分だけを消した所で忘れることはないけどね。その能力は今度一緒に寝るときにでも話すよ」
最後の言葉はあえて無視するが、俺は記憶を消された実例を思い出した。
腰にある魔法の袋。俺はこれの存在を忘れていた。こいつの存在さえ分かっていれば、シャーネの指が切断されることはなかっただろう。
つまり、狙った記憶を消せるのならその記憶魔法を使った奴は俺たちに狙いを定めていたことになる。一体誰がやったんだ?
「レヴィは他人の名前を結構忘れることが多い」
「ウィップソン。それは否定できないけどさ。仕方ないじゃん。どうでもいいやつの名前はさ。この正直、この女の名前も覚えてないもん」
「ただの忘れん坊じゃないの?」
ウィップソンとレヴィ。この二人が味方としているだけで、かなり安心できる。
記憶を操ってくる敵がいたとしてもあの二人ならどうにかできそうな気がしてしまう。
そして、正直な所。この事件にはあまり関わりたくない。狙われているとはいえ、相手の本命はあの二人だろう。記憶を操作するというすごい魔法を使える奴が俺だけを狙っているわけがない。
きっと、これもルーフという女も関わっているんだろうな。奴の目的は分からないが、意図的に魔氾濫を起こしたということはこの世界をどうこうしようという大きな野望があるのかもしれない。
多分、俺をどうにかしようなんて目的で動いてはいないはずだ。
それに、S級パーティーになるにはこんな対人戦をする暇はない。魔物が相手だったら、戦いやすいし冒険者として利点が多いが、人間を相手にするのは苦手だ。
「悪いが、俺たちはこの件から手を引く。気が済んだらエクトールに帰して貰っていいか?」
「じゃあ、ボクも興味ないや。あとはウィップソン達で解決しといてよ」
「無責任じゃない? こっちは酷い目にあったのに」
「酷い目って。そうだね。幼少期から最強だった君にとってはこの程度の想定外ですら危機になっちゃうんだよね」
なんか、険悪な感じになっている。
確か、この二人はお互いの目を潰し合うほどの戦いをしている。レヴィの包帯の下には目がない。
ウィップソンは両目の色が違っている。どうやったか他人から目を貰ってきたのだろう。
この場で戦い始めたら、流れ弾がこっちに来るかもしれない。俺一人なら何とか身を守れるかもしれないがシャーネを守りながらになるとなかなか厳しい。
「私を無視しないでもらえる」
「あっ。そうだった。忘れてた」
「私はちゃんと答えたわ。次はあなたが話す番よ」
「呪いの事? あれ、演技。風魔法で腕を切っただけだよ」
女はあっけに取られた顔をしていた。
そして、その表情は一瞬で変わり怒りの表情になった。
「騙したのね! もう許さない!」
「許さない? よくこんな状況でよくそんな事言えるね」
「嫉妬の王よ……」
謎の詠唱。覚えている。これはあの大男が人格を変えた時にも似たようなことを唱えていた。あれは何かの魔法。いや、召喚に近いものだった。
どれだけ強くなるか分からないし、先に口を塞ぐか。
無詠唱で魔法を使おうと構えた瞬間。
「ゼオンさん。ゆっくりこっちを振り向いて下さい」
「……誰だ」
小さな声だった。女であることは分かったが、誰かは分からなかった。
振り向くと、シャーネの首に指を掛けた裸足の女がいた。
「周りに気付かれないようにこっちに来て、じゃないとこの子の首抉っちゃうよ」
「分かった」
魔法を使うことも考えたが、間に合わなかったときの事を考えると実行に移せない。
あの詠唱を始めた女はレヴィとウィップソンに任せて、俺はこの黒髪の女の対処をすることにした。




