十七話 敵
「ちょっと待ってね。ギガテンまでは結構遠いからボクの空間魔法でも時間が掛かるんだ。まあ、遊びに行く前にお話でもしようよ」
今から魔氾濫が起きている町に行くのに、俺以外の二人は緊張していない。
あの最強の剣士と呼ばれるウィップソンが致命傷を負ったような魔物がいるかもしれないというのに少し危機感が少ない気もする。
まあ、この際。気になることでも聞くか。
「じゃあ、質問いいか?」
「いいよ! なんでも聞いてね。ちなみに恋愛については生まれていから一回もしたことないよ!」
「いや、そういうことじゃなくて。なんで、俺のパーティーに入ろうなんて言ったんだ?」
少し、気になっていた。
レビィは国の宮廷魔導士だ。冒険者のパーティーではなくてさらに大きい部隊として動くような人間だ。
わざわざ、冒険者と一緒に動きたいと思うのか。少し疑問に思っていた。
「うーんとね。言葉にするのは難しいなぁ。ゼオンにも分かりやすく言えば、ボクは気に入ったんだよ」
「気に入った?」
「うん。ボクさ。強いから誰かに守られた事がないんだよね。まあ、その話はちょっと恥ずかしいからこれ以上は言わないけどね」
あの時は魔法を使えなかったという制限があったから助けただけで、普段のレヴィなら近寄られた時の対策は何かしているだろう。
そんな一時的な感情なら後で説得できそうだ。
「あと、ゼオンはさ。体が頑丈で羨ましいよ。ボクは体が弱くて小さい頃はよく寝込んでたからさ……あっ。準備整ったよ。すぐに戦地に着くけど心の準備は大丈夫?」
「ああ。俺は大丈夫だ」
「私も」
「よし、じゃあ、行くよ!」
一瞬の浮遊感と共に景色が変わった。
——————
ギガデンはエクトールよりも被害が大きく、一般人や冒険者が負傷して倒れていた。
俺たちの前にはゴブリンの見た目をした赤い肉の塊が立っている。
一体一体はそれほど強くはなさそうだが、その数が多すぎる。
身長的に上から見ているから分かるが、視線が届く範囲すべてに大量にいた。
その無数のゴブリンたちはある一点を向いていた。
「中心にいるのはウィップソンだね。いつ見てもあの剣はすごいよね。ほらほら、ゼオンも見てみてよ」
ゴブリンに囲まれていたのは剣を持った赤髪の女だった。彼女に飛び掛かった肉片は一瞬で粉々になり、風に流されている。
動きがなく魔法のようにも見えるが魔法じゃない。
しっかり動きを見ると剣を高速で振り回しているのが分かるが、人間が振れる剣の速さを超えている。
そんな速さと体を微動だにさせずに腕のみを動かしている事によって、ただ立っている様に見えている。
どれだけの力と技術と体の柔らかさがあればあんな動きができるんだ?
あと、剣士としてすごいのは後ろから来た相手にもしっかり対応していることだ。四方八方から攻撃をされているのにそのすべてに意識が向いている。
あれは見た目以上に集中力を使う。相当の経験と才能がなければあんな集中力を得ることはできない。
「援護するか」
「ちょっと。待ってね。あっちも気づいたみたいだ。面白いものがみられるよ」
「面白いもの?」
すると、あの女が持っている物とは別の剣が投げられてきた。
その剣が地面に刺さった瞬間。
かなりの距離があったはずなのにウィップソンが目の前に現れた。
標的を見失ったゴブリンたちは統率が乱れ、混乱している。これで少し時間が稼げるだろう。
「やあ、レヴィ。おひさ」
「相変わらず、眠たくなりそうな口調だね」
「そんな事いわれても。そんなことより、この数は面倒だから代わりにやってくれない? 飽きた」
「やだよ。ボクたちは君が呪いを受けて重症だからって来たのに全然余裕そうじゃん」
俺の目の前には世界最強と呼ばれる二人がいる。やはりというか、見ただけでこの二人が異次元の存在であることは剣と魔法を使う者としてよく分かる。
「結構、まずい状況。少しでも顔を動かすと血がいっぱい出てくる。うちの聖職者でも治せなかった」
「そうなんだ。君の仲間はかなり優秀だから、他の人でも解呪は難しいね。ところで、その仲間はどこにいるのかな?」
「あそこで襲ってきた魔法使いと戦っている」
指さされた方向を見ると二人の冒険者が空を飛んでいる魔法使いと戦っていた。
こんな魔物が町を襲っている状況でなんで人間同士が戦っているんだ?
「なるほど、君の呪いはあの女にやられたんだね」
「よく分かったね」
「ボクに主席の座を奪われた宮廷魔導士の人だからね。呪いの研究をしていた陰湿な女だよ」
あっちの戦闘はかなりレベルが高い。派手な攻撃魔法ではなく発動が速い初級魔法や下級魔法を使って、牽制をしつつ、中級魔法より強い魔法を使う機会を狙っている。
あの駆け引きは俺は苦手だ。それならあのゴブリンたちを相手にした方が楽だ。
「魔物の方は任せろ」
「了解。こっちも終わり次第援護に行くからゆるく頑張ってね。ゼオン」
「へえ、レヴィが名前を口にする人間がいるんだ」
最後に何か言っていたが、俺とシャーネは場を離れて、無数にいるゴブリンたちと対峙した。
多数が相手の時は魔法を使った方が効率がいい。
それに魔力の回復はかなり早いが、体の傷はなかなか治らない。これ以上、雷神の剣を使えば俺の体が持たない。
盾だけ持って前線で移動しながら魔法を使って戦った方が被害は少ないな。少しでも身軽にするために剣はシャーネに預かってもらうか。
「シャーネ。魔法で戦うから雷神の剣を持っていてくれないか?」
「魔法の袋は?」
「えっ。そんなもの持ってない――」
ちょっと待て。
魔法の袋は……
俺は腰を確認した。
見覚えのない腰袋があった。
剣を入れるとその袋より大きいはずの剣がすんなり入った。
まさか、こんな重要なものを。
「忘れていた……のか。いや、今はそんなことはどうでもいい」
「私はどこにいればいい?」
「なるべく近くにいてくれた方がいいが、あの数相手だと守り切れるか分からない」
「大丈夫、回避なら得意」
俺はシャーネが少し心配だ。
「少し試させてもらう」
「分かった」
俺はシャーネの肩に触れようとしたが、当たることはなかった。
かなりの速さがあったはずだが、先読みされたかの様に避けられた。
偶然ではない。なんとなくだが、これが彼女の能力なんだろう。これなら、前線でも問題はないかもしれない。
「まずは様子見もかねて。《ウインドカッター》」
下級魔法の《ウインドカッタ―》で複数のゴブリンを真っ二つにした。
肉のゴブリンは綺麗に切っても倒せず、触手を出して再生を始めようとしていた。
「やっぱり、復活するか」
量もあって再生もするかなり面倒な相手だが、一体一体はそこまで強くはない。特に魔法の効き目がいい。
レヴィの魔法を見た後だし、俺も魔法を使いたい気分だった。
エクトールの魔氾濫では強い魔物ばっかりだったし、魔法の的になる魔物がいてくれて少しは楽しめそうだ。
見よう見まねだが、新しい魔法も試してみたい。
ゴブリンたちが攻撃をした俺に気づき、地鳴りと共に向かってきた。




