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第27話「お前と会えて、良かったよ」-4

4,「あの時、私に声を掛けてくれて、ありがとう」


 兵舎はどこも、クリスマス仕様になっていた。

 至る所に、それっぽい飾り付けがなされており、大した予算もついていなかったはずなのに、華やかな祭の雰囲気に満ちている。

 アナスタシアは、今回の霹靂団によるクリスマスパーティの開催には、表立っては関与していない。実行委員長のアニータが持ってきた計画書に了承の署名をし、飲食代や景品代にと、自分の金をいくらか出しただけだ。酒保やノルマランの町の人間も参加できる形になっており、施設の利用や飲食物を頼む時にのみ、料金を取ることになっている。団員は、無料である。

 楽団や大道芸人が、施設の内外問わず、あちこちで芸事を披露していた。サンタクロースの扮装をしたアニータ率いる実行委員が、方々を駆け回っている。

 アナスタシアはというと、夕方からの蜜蜂亭での仕事がある。あちらも今日から二日は、クリスマスのパーティ仕様だ。なので最初の卓で乾杯した後は、茶と軽食を摘んだだけで、過ごしていた。

「団長、楽しんでますか!」

 やけに滾った様子のアニータが、芸人たちの寸劇を見つつ、食堂の隅でパイプを吹かしていたアナスタシアに、駆け寄ってくる。

「いや、期待以上だよ。兵たちも皆、楽しんでいる」

「団長自身は、どうなんですか」

「私はそろそろ風呂に入って、蜜蜂亭への出勤準備をしようと思っていたところだ」

「そういうことじゃなくて。団長自身が、楽しんでるのかって」

「楽しんでるよ。ただ、お前たちが自主的に開催し、兵たちも、余所から来た人間も楽しんでいる。それらを見て、人に恵まれたかもしれないと、ぼんやりと考えていた」

「もう。団長にも楽しんでもらいたいのに。遊戯室の方では、参加型の催しもあって、景品も出ます。遠慮してないで、そういうのにも顔出して下さい」

「遠慮はしてないさ。何の競技か知らないが、私が出たら景品を根こそぎ持っていってしまうかもしれないぞ」

「それでも、いいんですって。団長が参加すれば、それだけで出し物になるんですから」

「考えておくよ。しかし祭の空気に身を置くだけでも、いい気分になれるのは事実だよ。一晩中、これが続くんだろう? 明日もか。店から帰ってきたら、私もまたこの雰囲気に浸る。お前も、あまり根を詰め過ぎるなよ」

 アニータは頷き、また別の場所に駆けていった。手に持っていた進行表を見るに、催し物の予定は相当に詰まっているらしい。

 戦時でどうなるかわからないが、平時においての副団長としてのアニータは、アナスタシアやボリスラーフよりもまとめ役としてふさわしいように思えた。面倒くさいことから距離を置こうとする反面、そこに娯楽が加わったり、慰安の要素があったりすると、アニータはどれだけ煩わしいことでもきちんとこなす。

 如才なさは、セシリアファミリーで育て上げられた、教養からくるものだろう。そして調子に乗りやすい性格も、最年少ということで、嫉妬しやすいような兵たちからも、許されている感がある。団員全員の、娘か妹のような存在か。屈託があり、よく文句も口にするが、陰口で消化するような陰湿さもなかった。

 ただこの部分については、周りの雰囲気から遠慮しているのかもしれない。陰口やつまらないいじめなどがあれば、たやすく刃傷沙汰に発展するのも、腕っ節で生きる者たちの常識でもあるからだ。実際に、殴り合いの喧嘩はよく起きる。

 デジレを先頭に、酒保の者たちも食堂へやってきたので、軽く手を振る。他にも町から来たであろう、見知らぬ者たちはいた。いかにも町の女の子といった感じの娘は、芸人の出し物よりも、ガタイのいい傭兵たちに目を輝かせている。方々で出し物があるので、町の者たちも退屈するようなことはないだろう。

 兵には孤独を好む者もいるが、そういう者も食堂に酒や料理を取りにはくる。今頃あまり人のいない所で、それぞれの時間を楽しんでいると思われた。つい先程も、アリアンが、一人分の皿と酒を持って、ここを出るのを見たのだ。

 一度自室へ戻って着替えを用意し、風呂へ向かった。調練もなく、昼から飲んだくれている者が多いせいか、浴場にはアナスタシアの他に、二、三人がいる程度だった。一人湯船に浸かり、何も考えずに目を瞑った。

 髪が乾く間は、誰もいない事務所で時間を潰す。兵舎の方から、音楽と乾杯の音頭が、ここまで聞こえてきた。陽の光が大分弱くなったところで、出勤の準備を整える。

「団長、どこ行くんですか」

「蜜蜂亭だよ。仕事が終わったら、戻る」

 酔いの回った何人かに声を掛けられながら、アナスタシアはノルマランへ向かった。

「ああ、着替え、私の部屋に用意してあるから。ベッドの上」

 蜜蜂亭に入ると、ジジが赤い衣装で出迎える。ロズモンドはいつもの格好ながら、頭に被っているバンダナが、白いふさふさの付いた赤い帽子に変わっていた。二人とも、仕込みで厨房にいる。

 二階に上がりジジの部屋に入ると、先客がいた。

「ああ、ノックもなしにすまない。リーズも、今晩はここで働くんだな」

「はい。アナスタシアさんと一緒に働くの、初めてですよね。よろしくお願いします」

「先輩だな。こちらこそ、ご教示願いたい」

 隣のパン屋の娘リーズは、アナスタシアが蜜蜂亭で働き始める以前は、ちょくちょくここの手伝いをしていた。ジジの体調が悪い時には、ロズモンドと二人だけで店を回すこともできるのだという。最近では、アナスタシアがアンリ王の戴冠式に招かれた時に、代わりを務めてもらった。パリシ帰りの土産は、この娘にも渡したのだった。

 リーズの働く姿は、かつての旅の途中、この町に逗留していた時に、何度か見ている。同僚として共に働くと、その時とは違った視点で彼女を見れるだろう。

「あの、これ、ちょっとサイズ合ってないかもですね」

 華奢なリーズが、見た目通りのか細い声で言う。

「私のじゃないか? ほら、この下に、お前に合いそうなものがある。これは、私の胴回りでは入りそうにない」

「本当だ。すみません!」

 大きな眼鏡を外し、リーズが着ていたものを脱ぎ始めた。細い腕や脚を見ていると、自分がなんだかえらく太った人間に見えてくる。身長は数センチしか変わらないが、用意された衣装の大きさには、大分違いがあった。

 着替えを済ませ、二人で階下に下りる。貸衣装とのことなので、客が来るまではエプロンを着けた。卓の上に上げられた椅子を次々と床に下ろしていくリーズの仕事振りは、腕力がなさそうであることを考えると、かなり速い。

「スカートの丈、短くないか?」

 客席へやってきたジジに言うと、彼女は卓に灰皿を並べながら言った。

「ミニスカートなんだから、当たり前でしょ」

「いや、それにしてもという意味だ。ほら、見てみろ」

「そう? そんなもんじゃない? 今から、別の衣装取りに行く?」

「いや、まあそういうものなら、いいんだ。裾が広がっているので、心許ない感じがするのかもしれない。それにしても私たちの脚、ちょっと太いな」

「リーズが細すぎるのよ。うらやましいわあ」

「あ、あの、私もお二人のこと、ちょっと羨ましいです」

 言ったリーズの視線が、アナスタシアとジジの胸を、交互に移動する。

「・・・まあ、肉付きがいいということか、私たちは」

「そういうこと。ないものねだりは、やめときましょう」

 通り沿い、外の席に卓を運ぶ。薪ストーブに火を入れるが、さすがに外の席の接客は、外套を羽織った方がいいだろう。肩と胸元の露出した衣装なので、当たり前の様に、粉雪の舞う外は寒い。

 クリスマスは家族で祝い、特に夜は外で飯を取らない一家は多い。が、町には独り者が多くおり、そういう者たちは却って外食、つまり人のいる所に行きたがる。聖夜は大勢で祝うものであり、どの店でも擬似的な家族が形成されるだろう。通りを挟んだ向こうの飲食店街も、準備に忙しそうだ。川沿いの道に、街灯点灯夫が灯を入れていく。

 店の中を通り、中庭の厠の点検をした。客用のそれらは既によく掃除されており、ちり紙の補充も充分だろう。

 この壁板に囲まれた中庭は、東隣のパン屋、そして北隣の肉屋と共有している。その北の家屋の勝手口が開かれ、肉屋の主人が首を落とし、血と毛を抜いた鶏の肉を、両手一杯に掴みながら、こちらへやって来た。

「おお、あんたのとこの、追加分、今つぶしてるところだ。あと八羽、すぐに済ませて持ってくる」

「ご苦労様です。扉、開けますよ」

 牛や豚といった大きな肉以外は、この肉屋が直接つぶしている。肉の仕入れに手間や運搬費がかからないというのは、蜜蜂亭の大きな利点である。その意味では、パンも互いの裏口を通して仕入れることができていた。

 ロズモンドとジジが、すぐに追加の肉の下ごしらえに入る。蜜蜂亭の前にも、開店を待つ客が集まってきた。晩課(午後六時)の鐘が、聞こえてくる。

 軽く手を拭ったジジが、扉へ向かう。勢いよくそれを開け、胸を張った。

「メリークリスマース! ようこそ蜜蜂亭へ。聖夜にぴったりの特別メニューでおもてなしいたしますよ。さあさ、御入店あれ!」

 どの店にするか逡巡している波止場通りの通行人たちに聞こえるよう、ジジは声を張り上げて言った。窓越しに、何人かが振り返っているのが見える。

 アナスタシアとリーズは、席に着き始めた客に、注文を取りにいった。チップをもらう関係もあり、普段は大体どの卓を担当するかは決めてあるが、今日は臨機応変にそれぞれが対応する形になりそうだ。チップは集めて、後で山分けといったところだろう。

 注文の書き付けを、次々と厨房へ入れていく。リーズの仕事はここでも速く、外の卓にも座り始めた客からも、早速注文を取っていた。

「楽士用に、暖炉の前の卓を、空けてあるだろう。満席で、余所の店に向かった客もいるが、もう一卓出すか?」

 アナスタシアが訊くと、鍋に油を敷いているジジか振り返った。

「七時には、楽士たちが一組来る。以後も三十分おきくらいに次の来るから、そのまま空けておいて」

「わかった」

 今日の開店時の客は、一杯だけ引っ掛けて帰るという者は少ないのだろう。普段だったら、そういう客は何人かいる。長くこの店のクリスマスを経験していないと、わからないことだった。

 リーズが蜂蜜酒のお湯割を、すばやく作っていく。アナスタシアも注文票に印を付けつつ、ビールのジョッキを出来るだけ持ち、注文の卓へ配っていった。開店時はそもそも忙しい店ではあるが、今日のそれは、いつもの比ではない。どこかで間違いを犯すと、それが連鎖的に広がっていくのは、戦も店も同じである。我ながら多少まごついているが、とにかく失策のないよう、着実に仕事を進めていった。

 ロズモンドの仕事が、いつも以上に速い。ジジも厨房に入っている為、アナスタシア一人で客席を回すことはできなかっただろう。カウンターの注文はジジが聞き、料理も直接出している。

 今頃になって、この店も控えめながらクリスマス仕様になっていることに気がついた。赤と緑の蝋燭や、暖炉や壁の窪みに、サンタクロースやトナカイの小さな人形が置かれていたりする。なんとなく、ジジの趣味ではないという気がする。仕事前に、リーズが私物を置いてくれたのかもしれない。

「アナスタシア、その服似合ってるぜ」

 常連の一人に、声を掛けられた。この三十絡みの男は、アナスタシアがここで働き始めてからの常連らしい。妻帯しておりおかしな色目を使ってくることもなく、アナスタシアをパリシ解放の英雄として、今も敬意と、ちょっとした茶目っ気をもって接してくる。

「赤はあまり着ないので、他の二人ほど似合っているか、不安だったのですが。飲み物空いてますが、お代わり注文されますか?」

「いや、早く帰らないと、カミさんにどやされる。このチキン、追加でもう三本、包んでくれるかい」

「奥さんと、お子さんの分ですか。かしこまりました」

 普段は仕事帰りに一杯だけ引っ掛けて、つまみも頼まず、三十分足らずで帰る客である。こういう客でも料理をたくさん頼んでくれる辺り、やはりクリスマスは忙しくなるわけだ。ただこの客を除けば、やはり大半は独り者である。

 厨房に追加の注文を入れ、入れ替わりに出来た料理を運んでいく。一時間程して、ようやく一息つくことができた。既に最初の組の楽士が、暖炉の前で演奏していた。リーズも仕事が一段落着いたのか、暖炉の陰で客の様子を窺うアナスタシアの横で、眼鏡を拭いていた。

「リーズ、さすがに熟れてるな。動きも、参考になる。私がここに来て、仕事を奪う形になっていたら、申し訳なく思う」

「い、いえ、私もお小遣い稼ぎといった感じですから。本業も忙しいですし、そもそも毎日ここに来れるわけではないんです。アナスタシアさんに来てもらって、私も助かりました」

「この季節、パン屋の方も忙しいよな」

「毎日、日の出前から働いてますしね。けど兄がパリシでの修行から帰ってきて、今年は楽になりました。新年祭もありますけど、この時期は毎年書き入れ時ですから、忙しいのは大歓迎です」

 口元に手を当て、別におかしなこともないのに、リーズはくすくすと笑った。なんというか、リーズはいかにも町の娘らしい。アナスタシアの周囲には逞しいか、一見華奢でも見た目に反した膂力や、妙な忍耐力を持つ女がほとんどなので、今の接し方で良いのか、話していると多少不安になる。あえて言えばシュゾンと年格好が近いが、あれは屈託があり過ぎるし、こんなに普段から目を輝かせていることもない。

 次の楽士たちがやってきて、前口上もそこそこに、演奏を始める。リーズによるとクリスマスを主題とした民謡だそうだが、アナスタシアにはどれも聞き覚えのない曲である。客席からお代わりがなさそうだと見定め、ようやくここで一服できた。パイプを咥えつつ手拍子を叩く横で、リーズも水を飲みつつ、干しぶどうを摘んでいる。ジジが紙巻き煙草を愛用している理由が、よくわかった。紙巻きはすぐに吸い終えるので、ちょっとした合間合間で、一服しやすいのだ。

 そのパイプで一服し終えると、ジジと交代となった。今日出す料理の下ごしらえは大体済んだようだが、まだ洗っていない器具や食器が、山と積まれている。

 上水道の水はここのところの降雪で多少濁っているものの、洗い物の、一度目の洗浄には使える。二度目は井戸の水に薬缶の湯を混ぜ、すすいでいく形でいいだろう。エプロンを掛け、早速こちらの仕事に取りかかった。

 ロズモンドが時折洗い物以外の指示を飛ばしてくるが、耳を近づけないとよく聞こえない程の喧騒だった。事前に道具を借りてあったのか、客席ではいつの間にかビンゴ大会が開かれており、大盛り上がりである。

 厠の様子を見に行ったり、氷室から氷を運んで来たり、飲み物のお代わりを作っている内に、終課(午後九時)の鐘の音を聞いた。柱時計を見る余裕もなく、ここまであっという間だった気がする。

「じゃあ、私はお先に失礼します。明日も、よろしくお願いします」

 リーズが頭を下げて、二階へと上がっていった。

「お疲れ。明日もよろしく」

 ジジが言い、アナスタシアも頷いた。

「ひゃあぁ、疲れた疲れた。アナスタシアも、十時になったら上がってもいいわよ」

「片付けが、あるだろう?」

「あんたのとこで、待ってる人たちがいるんでしょう? 今日明日くらい、早く上がってもいいわよ」

「そうか? 四人体制でも、結構大変だったじゃないか」

「毎年のことよ。ま、明日もあるし、今晩はいつもより長く店開けるし、あんたは帰ってよし」

「なら、お言葉に甘えるとしよう。といってもまだ一時間あるからな。少しでも仕事を片付けておくよ」

 卓に残った食器を片付け、灰皿を取り替えていく。蝋燭は、帰り際にリーズが新しいものに替えていったようである。派手に酔っぱらい、床にものをこぼした客もいたようだが、その床も綺麗になっていた。

 今宵最後の組の楽士たちが、しっとりとした曲を演奏していた。ここに来るまでに多くの店を回って来たのだろう。どの楽士たちも充実した顔をしていつつも、疲労の色が濃い。

 客の半分は捌けており、残った者たちの大半は常連のようだった。いつもの店の雰囲気に戻りつつあるだけ、アナスタシアのクリスマスの衣装が、浮いているような気もしてくる。

 外の客が呼んでいるようなので赤い外套を羽織って出ると、卓にいたのは霹靂団の面子だった。

「お前たちか。中の席が空いてるから、入っても大丈夫だぞ」

 カルラ、シュゾン、ドワーフのグラナテという、ちょっと見ないような顔合わせである。残り五人は、工房の者たちだろう。

「いや、他の客がまだ来るかもしれないだろ? 店は、十一時までだっけ?」

「今日はもう少し長く営業するそうだが、私は十時に帰っていいそうだ」

「なら、終わるまでここで待つよ。この中の誰かが、団長を連れ帰ることになってるんだ。にしても、この前酒保で飲ませてもらったんだが、ここの蜂蜜酒はいけるね。美味い酒以外はあまり飲まないんだが、ここにいると飲んだくれになりそうだ」

 言って、カルラは空の杯を揺らして、お代わりを頼んだ。他の者は、食後の茶とコーヒーである。それらを飲み終わったら、アナスタシアと帰る形になるだろう。

 この注文は、受けたアナスタシアがそのまま出した。再び店内に戻ると、ジジが暖炉の前で煙草を吹かしている。

「外にいるの、傭兵団の人たちでしょ? そういえばアナスタシア、プレゼントたくさんもらったの?」

「いや、誰かからもらうと、誰もが少ない稼ぎから何かしら出そうとするだろうからな。千人近い人間から一度にもらっても困るし、お返しだけで一財産飛ぶ。なので私個人としてのものは、事前に全て断っている。誕生日なんかも、同様だ。もらう、あげるで誰かを贔屓してると思われても、面倒ごとしかないからな。団員同士は、好きに贈り合っていると思う」

「あら、まあ大きな組織の長としては、そんなところなのかしら。酒保の人たちには、先日料理を振る舞ったけど」

「団員ではないし、組織単位なら、といったところか。日頃の礼も兼ねている。団に対しても、今日明日の酒代の一部や、景品などの備品にかかる金も一部個人的に負担した。ああ、ジジとロズモンド殿、それにリーズは団と無関係だからな、明日の昼に大通りの方で、プレゼントを買おうと思ってた」

「私も、みんなのは明日買う予定だったんだけど。どんな物が欲しいとか、希望ある?」

「もらえるものなら、何でも嬉しいよ。ただ私の立場からすると、日頃の御礼を兼ねてるからな。却って気を遣わせてるなら、日を改めて飯を驕ってくれるだけでもいいよ。ジジの、デートの入っていない日でも」

「今は、恋人いないのよ。ていうか、そこから先に進展する人がいない。土日だったら、大抵空いてる。けどせっかくだから、私も大通りで何か見繕うわ。時間合うかわからないし、偶々通りで出会ったら、お互い選んでもらってもいいわね」

「ああそれと、鶏肉が少し余りそうだろう? 調理したものを五本程、土産として持ち帰りたい」

「そうか、アナスタシアまだ食べてないんだっけ? 酒保で出したのとは、また違う味付けなのよ」

「焼く時に、蜂蜜を混ぜたソースを使ってるんだよな。あの鶏の照りを見て、ずっと美味そうだと思っていた」

「アハハ。甘辛くて、今年のはいい出来よ。お客さんに出してるものなのに、試食させてなくてごめんなさいね。実を言うと、昼までどんな味にするか決められなかったのよね。毎年味を変えてるの。今年は香辛料が全体的に高かったから、蜂蜜メインにした。今日明日しか出さないから、あんたもちゃんと味わっておきなさいな」

 その後はのんびりと店を回し、帰り際にチキンの照り焼きを包んでもらった。賄いではないので客と同じ料金を払おうとしたが、材料費だけでいいという。

「六本、ありますが」

「一本は、お前のだ。独り占めにしろ」

 ロズモンドに言われ、アナスタシアは恐縮しながら礼を言った。彼からの、クリスマスプレゼントかもしれない。一本、それも一際大きいものにだけ、持ち手に赤いリボンが巻いてあるのだ。

「それじゃ、一足先に帰らせてもらうよ。ジジ、メリークリスマス」

「明日も忙しいからね。これから飲むんだろうけど、ほどほどに。アナスタシア、メリークリスマス」

 店を出ると、既に会計を済ませた霹靂団の連中もついてくる。チキンが冷める前に兵舎の食堂へ向かう為、雪の積もった川原の道を、それでも少し早足で歩いた。

「団長、素敵なクリスマス、ありがとうございます」

 横に並んだシュゾンが、ぼそりと言う。

「本当は明日が本番なんだが、今晩の内に燃え尽きそうな連中が、出そうな盛り上がりだったな」

 珍しく、シュゾンが笑った。どうしようもない屈託を抱えたこの娘が、しかし最近は団員に、それもひょっとしたら嫌悪感を抱いてるかもしれない男連中に、なんとか溶け込もうとしている様子は、何度か目にしている。先日の、雪合戦の時もそうだ。入団当初はアニータ始め、ごく一部の娘としか言葉を交わさなかったとも聞いていた。

「兵たちとは、上手くやれているか」

「なんとか。こちらから飛び込めば、皆、仲良くしてくれます」

 本人にどこまで自覚があるのかわからないが、シュゾンは入団試験で血を流しながらも最後まで走り抜いたことで、兵たちの心を掴んでいた。とんでもない根性と取った者、なんとしてもここに入りたいという熱情に打たれた者、そして他に生きる場所がないという、追いつめられ尽くした少女の、最後の希望をその姿に見た者もいるだろう。アナスタシアも、シュゾンが途中で走れなくなっても合格とするつもりだったが、涙と鼻水、血に塗れて走り続ける彼女を、止めることができなかった。

「例の件、腕のいい弁護士が見つかった。既に、公判前の手続きは済んでるらしい。年明けになるが、一度パリシの法廷に、お前自身で出てもらうことになる。進発前だったら、忍びたちと共に一度離脱し、パリシへ向かってくれ。何、庶民の裁判は基本的に一日、それも二、三時間とかからず結審する」

 身を固くしたシュゾンが、しかし覚悟を決めた眼差しで頷いた。

 シュゾンは、養父を殺している。が、暴力と性的な虐待に耐え続けての、暴発だ。ひどい扱いを受けていたことは近隣の住民たちが聞きつけ、あるいは目撃し、証言台に立ってくれる手筈も整っている。正当防衛で充分いけそうだと、忍びのラルフから報告が入っていた。

「その、あ、ありがとうございます」

「いや、団員の困りごとで、私の手の及ぶ範囲のことは、やらせてもらうからな。お前はちょっと、手が掛かり過ぎたが」

「本当に、申し訳ございません」

「お前も、他の人間が困っていたら、いずれお前のできる範囲で何かやってくれ。無論、負担が大きいか、手に負えなくなったら、上の者か私に言ってこいよ」

 そういえばシュゾンは、今でも酒保の娼婦たちに混ざって、自らの身体を痛めつけているのだろうか。気になったが、問題があったらまとめ役のデジレから、何か言ってくるだろう。事情は話してあるし、扱いも一任している。

 こうして見たところ、シュゾンは相変わらず目に光のない表情をしているが、言動はむしろ普通の、大人しい娘のそれに近づきつつあった。

 兵舎が近づいてくるにつれ、歌声や楽器、鬨の声のようなものが聞こえてきた。夜通し、騒ぎ続けるつもりだろうか。

 食堂に入り、付け合わせを盛った皿を何枚か、用意してもらう。

「蜜蜂亭の、ローストチキンだ。私の奢りで、お前たち食っていいぞ。この一皿だけ、私一人で食べるが」

 他の皿に団員たちが群がる中、アナスタシアはロズモンドからもらったチキンを、黙々と頬張った。飲み物を乗せた盆を持ってい歩き回っている団員からビールをもらい、食事に徹する。付け合わせのマッシュポテトと酢漬けのキャベツも、この甘辛いチキンとよく合う。

 全て食し、ビールを飲み干した後で、パイプに火を着けた。紫煙を吐き、しばし後味に浸る。

「団長、いたく満足そうですな」

「わかるか。これは美味い。明日も店で余りそうだったら、また持ってくる」

 ボリスラーフが隣りに座り、同じようにパイプを吹かす。

「こうして見ると、昼に比べて大分人が少なくなったな。他の者は皆、寝たのかな」

「寝たというより、兵舎のあちこちで潰れたりしていますが。先程まで、催し物が続いていたのです。今は、あの楽士たちが演奏しているくらいですな」

「それでもかなり遠くから、ここの音は聞こえていたぞ。私が店に出ていた時は、さぞ凄まじかったのだろうな」

「団長も、いれば良かったと思いました」

「兵たちが楽しんでくれれば、それでいい。私たちは、ずっとそうしてきたじゃないか」

 ボリスラーフの目尻に、深い皺が刻まれる。思えば、この老将と過ごす時間は、父のそれよりも長くなっていた。アナスタシアが幼少時より、父の副官として付き合いの続く男である。子供の頃も忙しい父に代わり、一対一で剣の稽古をつけてもらった。

「フーベルトに一杯食わされた時にはまさか、今年のクリスマスも団長と席を同じくするとは、思ってもみませんでした」

「私も、そうだな。まああの時に、今年のクリスマスを暢気に考えていた奴もいないだろうが」

 老将が笑い、アナスタシアもそれに釣られた。

「来年、再来年と、こうして皆と聖夜を過ごしたいものだ。百年戦争が終わるまでに、あと三、四年ということもあるまい」

 この年末、そして新年の二、三日辺りまでが、束の間の休息となるだろう。ゲクラン西進の日取りは今もって明確な日時は指定されていないものの、これは直前までアングルランドに動きを察知されない為のものだろう。そして年明けすぐにでも動けるようにしておいてくれと、ゲクラン自筆の書簡が先日届いていた。

「弓箭兵については、シュゾンが隊長に内定で、よろしいのですな」

「弓の上手い者、指揮の出来る者は他にもいるが、あれが一番人を惹き付ける。何度か調練で指揮も見たが、度胸は悪くない。周りに支えられる類の指揮官として、シュゾンの才は中々のものだ。細かい部分は、経験豊富な者を副官に付ければいい。そういえば、フリスチーナはまだかな」

「団長の所にも連絡が行ってないのなら、私からは何とも」

「事務方は、フリスチーナが来れば、私たちの目の行き届かないところまで、上手く回せる気がする」

 かつて霹靂団の兵站を担っていた輜重隊の隊長の、その娘である。ボリスラーフがここに合流した際、病床の父に代わってフリスチーナがここを訪れるという話だったが、今になっても音沙汰はない。といっても、向こうの商売を整理しつつ、父の死を看取ってからの合流となる。早い合流を望むことはすなわち、旧霹靂団を支え続けたあの男の死を願ってしまうことになってしまう。フリスチーナの力が今にも必要だが、こればかりは神の采配を待つしかない。あの男に長生きしてほしい願いと、フリスチーナの早期の合流の望みは、はっきりと相反する。

「表向きは整って参りましたが、まだまだ事務、特に経営面は、このままでは良くないのでしょうなあ」

「大きな金回りは、私とお前で立ち上がりから決済までしなくちゃならないしな。ここを丸ごと任せられる者は、どうしても欲しい。それと、お前に代わって歩兵を任せられる者も必要だ。私の副官と歩兵の指揮両方は、今までも負担だっただろう?」

「以前からの形とはいえ、全体指揮に注力したい時もありますからな。歩兵は、私の指揮なくとも動かせるに越したことはありません。ただ、歩兵隊長の副官程度は候補がいますが、隊長となるとなかなか」

「数が増え、部隊を分けることが出てくれば、なおさらだな」

「既に、心当たりがあるような口調ですが」

「事務方に、ルイゾンという女がいるだろう?」

「日に何度も顔を合わせるので、無論存じ上げておりますが。元青流団でしたね」

「まだ幼子がいるということで、事務所の手伝いをしてもらっている内に、今や事務方のまとめ役になっているが。私もあまり聞いて来なかったが、他の青流団出身者に聞くと、あいつは、歩兵の指揮ができる」

 パリシを出る際、ついてきた青流団の者の中で、アニータとルイゾンだけが、それ以前からの顔見知りだった。パリシを出る時、列の最後尾で目立たないようにしている彼女を見て、ルイゾンはノルマラン到着後もアナスタシアと行動を共にするのか、その時点ではわからなかった。というのも、彼女自身に、ノルマランへ行く用件があったからだ

 アナスタシアが青流団の臨時団長を務めた時、ルイゾンは既に事務方の人間だった。二年前に子供を産んでからは、ずっとその仕事だという。

 ノルマランからパリシへの急襲時、ルイゾンを含めた十数人は、あの町に残った。勝利後、一行はパリシで合流する。戦後処理の事務処理の時、しばらく子供はノルマランに預けたと聞いた。遠い親戚が、あの町にはいたらしい。

 そして再びノルマランへ向かう道中、ルイゾンに、アニータたちと今後も行動を共にするかと訊いた。一応そのつもり、というどこか曖昧な返事だったが、彼女はそもそも子供を引き取りに、ノルマランへ引き返す予定があった。アニータが兵を引き連れてアナスタシアに付いてくるということがなくとも、ひょっとしたらルイゾンとは、道中の馬車宿で顔を合わせていたかもしれない。

 そしてそのまま他の青流団の者たちと行動を共にし、何か当たり前といった感じで、今は霹靂団の事務方の椅子に座っている。

「やや、不思議な気もしますな。指揮官だった、という感じがあまりしないのですが」

「私も同じで、そこが盲点だった。先日アリアンに、元青流団で他に指揮官にふさわしい者がいないかと訊いたのだ。そこで、ルイゾンの名が出た。ルーク・・・といっても、お前は知らないか。青流団の歩兵大隊長を務めている男の下で、中隊長を務めていたらしい」

「ふむ、青流団五千という規模を考えると、歩兵五百から千の指揮は任せられると」

「そういうことになる。十六歳で入団し、十七歳には中隊長を務めたとか。その後、青流団には麒麟児と謳われるルチアナが入ったからな、かつて他に天稟のある者がいても、存在が霞んでいたのかもしれない」

「団長もその話を聞くまで、ルイゾンの過去に思いが至らなかった。私の目が曇ってしまったかと、気を揉んでしまいました。続きは、他の場所でしますかな?」

 楽士の演奏が終わったところで、ここから先の話は、兵たちに聞かれない方がいい。

 頷き、外套を羽織って、外へ出た。雪が、また降り始めていた。

「にしても、すまんな。こういう時くらい、仕事の話はすべきでないと思っていたのだが」

「まあ、我々に休みはあってないようなものですから」

 雪に降られながらの立ち話もつらいので、あてどなく施設内を歩く。事務所の方に向かったが、廊下の明かり以外は、消灯しているようだ。外から見る限り、室内の明かりはない。

「彼女の過去というと、子供絡みの話しか聞いてこなかった。夫は、一つ前の戦で死んだそうだ。寡婦になる。それとルイゾンを意外に思ったのは、彼女の見た目と言動からだろう?」

「失礼ながら、その通りで。事務員としてはやけに軍そのものに精通しており、元青流団と聞き、納得もしていましたが」

「面構えが、指揮官らしくないんだよな。私も、騙された。彼女に、騙すつもりはなかったろうが」

「聞こえていたら、大変ですぞ」

 ボリスラーフがおどけた身振りで、アナスタシアの頭上を指差した。ちょうど、ルイゾンの寝室の下を通りかかったところだった。

「ただ、指揮を外れて・・・妊娠がわかった時からなら、三年弱になる。年明けすぐに指揮を執ってくれというわけにもいくまい。ゲクラン殿の西進に一段落、まあ最初の大きな拠点を落とした後は、しばらく現地の地歩を固めるだろう、その辺りでこちらへ帰って来たら、私から話してみる」

「指揮官であったことを、消極的にであれ、伏せていたのです。すぐに首肯するとは思えませんな。強引な配属替えも、気が引けます」

「それに何より、今は事務方の頭として、ルイゾンをその位置で必要としている」

「ああ、そういうわけで、フリスチーナの合流を気にしていたのですな」

「すぐに合流するものと、勘違いしていた。が、こればかりは催促するわけにもいかず、仕方ない」

 しばし、二人で雪を踏みしめて歩いた。先日は雪を踏む音でスラヴァルを思い出したりもしたが、こうしてそのスラヴァルから轡を並べてきた男と共に歩くと、かの地とアッシェンでは、雪の質が違っていると感じた。

「ルイゾンにこの話をしたら、どんな反応をするか予想してみようか。い、いや、自分そんな話、聞いてないっす! 急にそんなこと言われても、困るっすよお!」

 聞いたボリスラーフは、爆笑をこらえて、腹の辺りを押さえていた。ひきつるような呼吸音だけで耐えているが、顔は真っ赤である。

「いや、すまん。私もちょっと、酔っているのだな」

「よ、よく似ています。姫が真顔で冗談を言うのには、この歳になるまでとうとう慣れませんでしたな」

 ボリスラーフがアナスタシアのことを団長ではなく姫と呼ぶのは、どこか私的なやりとりの時が多い。が、戦場でそう呼ぶ時もあり、明確な線引きはないのかもしれない。小さかった時のアナスタシアの呼称が、今も抜け切らないだけで、こちらが考えるほど難しい話でもないのだろう。

「とりあえず次の戦に関してはお前が歩兵の指揮も執り、全体指揮の副官も託す。歩兵自体の副官は、やや暫定的なものでいいだろう。できれば上級将校は新生霹靂団生え抜きから選びたいが、今回はシュゾンだけで良しとしよう」

「十人程候補はいるので、この中で抜けた者がいれば、という形で。しかし全くの新兵が、意外にいい仕上がりです。この分だと当日怪我や病を患っている者以外は、戦力として連れて行ける水準にあるかと」

「新兵のここまでの仕上がりは、私にも意外ではあったな。たくさん食わせたことが大きかったかもしれない。皆、身体が一回り大きくなった」

「何か、皆で一から作っていこうと、そういう集団なのですな。新兵、傭兵経験の長短の違いはあれど、この傭兵団自体の古参がいないので、新兵が伸び伸びとしているのかもしれません。新兵こそ、士気が高いのです。ここは、かつての霹靂団とは違うと、はっきり言えますな」

「それこそこの施設にしても、何もないところから作ったからな。私が裏方に徹し、兵にあれこれ言わなかったのが幸いしているのかもしれない。むしろ指揮官経験のなかったアニータなどが先頭に立って、この団の雰囲気を作ってくれさえした」

「これを見越しての、副団長任命ではなかったのですな」

「私を、再び戦場へ引き戻した。その責任を取れと、そんな感じだった。まああれは、場を与えないと表に出ない質だろうからな」

「想定外にしても、いい人事でした」

「悪い意味での想定外として、思ったより兵が集まらなかった。最初の戦の前に、二千は集めたかった気がするな。ゲクラン殿やフローレンス殿に、パリシ解放の英雄の名で募れば、などと少し乗せられてしまった。まあ、言っても仕方ないことか」

「時期も、ありましょうな。既に余所で雇われている傭兵には、残っている契約期間もあることでしょう。次の契約を探している傭兵が、思ったよりも少なかったと。なに、今後、兵は増え続けることでしょう」

「だといいがな。派手に勝って、派手に稼ぎたいものだ。いつまでもゲクラン殿とフローレンス殿の出資頼みでは、とも思うしな」

 しばし調練場の方を歩いた後、兵舎の食堂に戻った。ボリスラーフは旧霹靂団の集まる一画に行こうとしたところで、女兵士の一団に捕まっている。たまに見かけるが、あの老将は三十絡みの女たちから受けがいい。あの渋味に惹かれている兵もいそうだが、ちょうど親くらいの世代なので、理解のある父親役としても人気が高いのだろう。

 空いている席に座り、まだ残っている大皿の料理を摘んだ。後ろの兵に、声を掛ける。

「そういえば、アニータはどうした?」

「団長がここを出てすぐ、誰かが飲み物に酒を混ぜたそうで。知らずにがぶ飲みしたら、あっという間に潰れて、部屋に運ばれたって話ですよ」

「そうだったのか。災難だったな。ありがとう」

 そんな話をしていると、そのアニータが食堂の扉を開けて入ってきた。こめかみの辺りを指で押さえ、大分調子の悪そうな顔をしている。

「団長、帰ってきてたんですか」

「もう夜も大分更けた。子供は寝る時間だぞ」

「今起きたんですよ! っ、いたた・・・お酒を飲まされたみたいで、倒れてたんです」

「らしいな。寝覚めのコーヒーでもどうだ。私のは、ミルク多めで頼む」

「のっけから、人使いが荒いですねえ」

 ぶつぶつと文句を言いながら、アニータは二人分のコーヒーを持ってきた。

「あーあ、せっかく楽しみにしてたのに」

「朝から、大忙しだったんじゃないか。休ませようと、誰かが気を利かせたのかもしれない」

「絶対違いますから。でも普通、上官にこんな悪戯します?」

「していい雰囲気を、お前が作った。悪くない関係だと、私は思うがな」

「うーん、兵としては一番歳下ですし、舐められてるのかもしれないです」

「そうかな。子供たちも、お前とは気軽に接しているように思う。誰とでも対等に付き合えるのが、お前の良いところなんじゃないか」

 兵舎の一角には子連れの傭兵たちの、託児所があった。離れて暮らす配偶者や実家に預けている者も多いが、特に女の傭兵は、子供が小さければ自分で連れていることが多かった。調練中は専門の者たちに世話を任せているが、酒保の方に遊びに行く子供たちもいると聞く。

「・・・威厳が、ないんですかね。副団長としての」

「確かに、それはないな。自然と備わっている者もいれば、徐々に身に着けていく者もいる」

「団長は、前者ですか?」

「落ち着いている子だと、思われていた節はある。表情に乏しいだけで、内心はそれなりに波立っていたのだがな。父が死に、正式に団を任されてからは、そんなことも少なくなった気がする。単に、慣れもあるか。お前にはお前の良さがあると、私は思うのだが」

「どうでしょうねえ。私だって団長みたいに、顔見るだけでみんなひれ伏すような存在に、憧れますよ」

「ひれ伏してはいないが、それはもう実績しかない。ただ私は自分の実力以上に評価されていると感じることも多く、これはこれで居心地が悪い」

「贅沢な悩みに、感じますがねえ」

 ぐびぐびとカップのコーヒーを飲み干し、アニータは一息ついた。酒が飲めるようになった姿が、想像できる気がする。

「まあ、クリスマスイヴで途中離脱してしまったのは、不憫に思う。せっかく色々用意してたのにな」

「さっき他の人に聞いたら、一応進行表通りに進んだみたいなんで、そこは良かったんですけど。あーあ、一番盛り上がる時に、そこにいられなかったのは残念だなあ」

「今日はイヴだ。明日が本番だろう?」

「今晩が、一番盛り上がるとこじゃないですか。クリスマス当日は、ちょっとしっとりするというか、団欒って感じですよね、多分。それに今晩で飲み散らかす人も多いと予想して、明日の出し物は、大人しいものにしてあるんですよ」

「まあ、盛り上げ役としては、やはり痛恨だったか。明日は大人しく、美味い料理を摘みながら、出し物を堪能するのもいい」

「今気づいたんですけど、ちょっと若い男女の比率、少ないですね。そういう人たちこそ、遅くまで飲んでると思ったんですけど」

「お前が若いとか言うと、変な気がするが。店で、どこの連れ込み宿も満杯だと聞いた。酒保の方も、今晩は忙しいんじゃないかな」

「うあーあー、羨ましい。何か私だけ頑張ってるみたいで、損した気分です」

「皆の笑顔は、お前がもたらしたものだ。それは、誇っていい」

 アニータの頭を、撫でてやる。子供扱いしている気がするが、十四歳は、かろうじて子供の範疇だろう。来年には成人となることを考えると、子供として過ごせる、最後のクリスマスイヴだったとも言える。

 少し機嫌を直したのか、アニータは空いた二つのカップを持って、席を立った。

「コーヒーにします?」

「いや、今度は紅茶がいい。砂糖なしで。すまないな」

 あらためて、食堂を見回す。掃除夫が動き回っている為に、あまり汚れても散らかってもいないが、方々で潰れたり、寝転がっている者もいた。起きそうもないと見ると、掃除夫たちがそれぞれに毛布を掛けていく。

「言っても仕方なくても、団長が羨ましいです。私と同じ立場だとしても、団長の方が人望ありそうな気がします」

 アニータの持ってきた茶に口をつけ、答える。

「どうかな、お前はお前の有り様で、人を惹き付けている。パーティの実行委員を募るのに、苦労したか?」

「いえ、声掛けた人は、みんな快く引き受けてくれました。ええ、まあ、あまり嫌われてないくらいの自覚はあります。媚びてもないのに」

「媚を売れば、その時は良くてもいずれ信用を失う。お前は好かれてもいるし、信用もされてる。お前の力になりたいと思っている人間は、多いんだ。よく頑張っている、と声を掛けてやれるのが私しかいなくて悪いな。下の者が言っても、それはお前自身というより、上官に対する評価にしか聞こえないだろうしな」

「こんな小娘に、こんな責任押しつけておいて、人が悪い。あーそれもこれも、団長を引っ張り込んだ責任と、受け入れてますけど」

 後ろの兵たちが席を立ったのを見て、アナスタシアはアニータに顔を近づけた。

「そういえば、副団長のお前にも、言っておこう。先程ボリスラーフとも話したんだが、いずれルイゾンを、歩兵の隊長にしたいと思っている」

「え、あのルイゾンさんですよね」

「お前が青流団を抜ける時に、声を掛けた。知己なんだろう? 私より、付き合いも長い」

「ええっと・・・青流団の次の契約の話になった時に、そろそろ別の傭兵隊でやってもいいかなって人見つけて声かけて回ったんですけど、あの人とはちゃんと話してないんですよね。契約満了の手続きの時に、事務の人ですから、そんな話したくらいで、私からは誘ってないんですよ。いざ団長の元に押し掛けるぞって時に、あの場にいたって感じで。誰かに、誘ってもらったのかも。見た目に反して、事務としては有能な人なんですよね」

「事務に見た目って、なんだ。器量良しって感じでもないが」

「言い方悪かったですね。何かこう、人の上に立つ姿が想像しづらいというか。不細工でも、雰囲気持ってる人っているじゃないですか。頼もしさ、ですかね。あ、ルイゾンさんのこと、不細工って言いたいわけじゃないですよ」

「アニータさーん、不細工なんて、ひどいじゃないっすか。自分、アニータさんにそう思われてたと知って、傷ついたっすよお」

 先程同様ルイゾンの真似をしてみせたのだが、ボリスラーフ以上の反応を見せて、アニータは爆笑した。

「に、ににに、似てる! うくくくくっ、あはははははっ!」

「笑い過ぎだ。それと私が彼女の口真似をしたことは、黙っておけよ。命令だ」

「職権乱用っ。や、やばい。明日彼女の顔見た時に、絶対思い出しますって。くくっ、あの人のこと、よく見てるんですねえ」

「何気に、顔を合わせない日はないからな。ただ事務方として有能なことと、母としての顔しか知らない。彼女が青流団の中隊長だったことも、最近聞いた」

「ああ、私も聞いたことあるかも。思い出してきた。かなり、いい指揮官だったそうですよ。あ、あははっ、お腹痛い。で、でもあの人、地味ですよね。お母さんが、板についているというか」

「おお、全世界の母親を一言で敵に回すとは、大した度胸だ。だがあらためて考えてみても、ルイゾンは頭の回転が速いよな。あの青流団で中隊長まで務めていたからだろう、何より傭兵団の経営に、精通している」

「ベルドロウ団長代理に、その辺りも叩き込まれたんでしょう。十六、七歳で中隊長でしたっけ。よく考えてみると、すごいエリートコースですよね。産休の間も、事務で辣腕振るってたわけですし。態度とか喋り方で、大分損してるような気がします。けど今彼女を事務から外すと、そっちが回らなくなるんじゃないですか。私と団長だけだったら、どう考えても旗揚げ苦労してましたよね」

「お前には、ちゃんと話してなかったか。旧霹靂団で、私の輜重隊を任せていた者の娘が、いずれここに合流する。その者自体は死の床にあってな、向こうで色々片付けてから、娘のフリスチーナがこちらへ来てくれるらしい」

「へええ。その人、ルイゾンさんくらいに、優秀なんですか」

「補給線の構築、つまり物資集積と管理、運搬に関しては、そこらの大商人と変わりない。実際に、半ば商人でもあるしな。出来るというより、腕が立つという印象だ。平時に於いても、力になるだろう」

「微妙に、他人行儀な言い方ですね。そのフリスチーナさんとは、あまり仲が良くなかったとか?」

「いや、実のところ彼女の父とは懇意にしていたが、フリスチーナはあくまでその娘としてしか接して来なかったんだ。父の手伝いをしていたとはいえ、いずれは普通の商売をやるものだとばかり思っていたのでな、団員ではないということで、少し線を引いていた。仕事以外の話はあまりしてこなかったし、フリスチーナ自身を、私がよくわかっていないところがある」

「あーでも、向こうで商売しづらかったかも。旧霹靂団の人って、叛乱の濡れ衣着せられてたわけですよね。団員じゃないにしても、霹靂団に関わってたわけですし、私だったらいづらいかも。周りが親切にしてくれても、女帝に睨まれてるかもしれないわけですし」

「なるほど、そういう事情もありそうだ。ただ、向こうで築き上げたものもある。一朝一夕でできたものでもなく、たやすく捨てられるのか、これも意外な気がしてな」

 パイプに火を着けると、アニータも大皿に残っていた料理を摘み始めた。彼女の事情を知っていたら、蜜蜂亭のチキンを一本、取って置いてやるべきだった。明日、店で余ったら、買ってきてやろうと思う。

「ともあれルイゾンに配置換えを打診するのは、無事フリスチーナが合流してからだ。当然、今回の遠征には間に合わない。それにルイゾンが戦場に出たくないと言ったら、引き続き事務を続けてもらう。子ができたことで、心境の変化もあるだろう。幼子を置いて戦場に出ろとは、なかなか言えるものではないしな」

「押せば、なんとなく引き受けてくれるような気がするんですけどねえ」

「そういう性格だから、つけ込むことはしたくないな。どうなるにせよ、時間を掛けて意思を確認したいと思う。ルイゾンは感情が表に出やすい分、かえって肚の底の部分で何を考えているのか、今ひとつわからない部分があるんだよな。内心断りたくても、逆にそろそろ戦場に出たいと考えていたとしても、最初の一声は、しばらく指揮を執っていない自分なんかが、と言って狼狽するところから入ると思う」

「確かに。急な話にまず驚いて、考える時間をくれってなりそうですもんね」

「こうしてあらためて話してみると、ちょっと不思議な女ではあるな。能力は高いとすぐわかるのだが」

「私、なんとなくわかる気がしますけどね。自分に自信がないんですよ。もっと綺麗だったり、もっと堂々としていたり、したかったのかも。けどそうじゃない自分が表立ってるから、人から褒められても、もう一つ受け入れることができないんですよね」

「私も容姿に恵まれた方ではないし、周りが思うほど胆力があるわけではないんだがな。ただそこで人に評価されようとも、思って来なかった。最低限身綺麗にしておけば、後は人からどう思われようと、私がどうこうできる問題ではないと思ってきた」

「そういう割り切り、男っぽいですよねえ。団長はその眠そうな童顔と、中身がいかにも武人っ感じの落差で受けてるんですよ。中身おっさんとも言えますけど」

「そうなのか」

「そうなんですよ。剣だったり部隊指揮だったり、自分にはこれがあるって人は、細かいことどうでもよくなっちゃうんですかね。自分に自信がありそうな人って、大体そんな感じですよね。他の何かが他人より劣っていても、そこは自分の評価軸じゃないみたいな、確固とした価値基準があるみたいな。ついでに言うと、これと決めた道が他人より劣ってても構わなくて、なんかこう、人との比較じゃなくなってくるんですかね」

「確かに、お前の言う通りかもしれない。指揮官としても料理人としても、私は自分が一番上じゃなくてもいいと思ってるしな。しかしこの二つが私の道で、私なりに極めていけばいいとも思い定めている」

 また、酒が飲みたい気分である。中座するのも悪いと思い、アニータの次の言葉を待つ。

「私みたいな、姉さんとずっと比較されてきた人間や、そうなりたかった自分になれなかった人間は、不安なんですよ。他の部分で評価されて、一応喜んでみせても、本心ではピンと来てないんです。いや、嬉しいは嬉しいですよ。でもこれが自分の本当にやりたかったことなのか、いつも疑心暗鬼なんです。そのくせ、不安に思ってることが的中すると、やっぱりそうだって。自分は間違ってなかったって、悪い方向に納得しちゃうんですよ。間違わない、というのは私みたいな人間にとって、結構重要なんです」

 普段は明るく振る舞っていても、実際のところ屈託のある娘である。今のアニータは、パリシ解放後、練兵場を歩きながら話した時と、同じような顔をしている。あの時と違うのは、その後に少し大人びた微笑を浮かべたことだ。

「けどここに来て、絶対仲良くなれそうもないって人とも何とか上手く付き合ってきて、ものすごく多くの価値観に触れて、私も私なりに、なりたい自分が、新しいそれが、見つかってきたような気がします。これだ、とは言葉にできないですけど、姉に憧れ、ううん、嫉妬し続けていたものとは、また違う自分ですね。あ、これが自分の目指すものかも、みたいな」

「ふむ。ルチアナへの敵愾心は、消えたと思っていいのかな」

 青流団の麒麟児ルチアナの、双子の妹として生まれてきてしまったことが、アニータの不幸だろう。たまにいる、双子なのにまるで似ていない姉妹であり、能力だけで言えば、ルチアナが圧倒している。セシリアファミリーで育てられ、周囲が安易にアニータとルチアナを比較していたとも思えないが、誰が言わずとも、ルチアナに劣っていると感じ続けていたであろうことは、充分推測できる。

 そして、アニータはあの優れた姉に劣等感を抱き続けている自分を、きっと誰よりも嫌悪している。

「いえ、そうじゃなくて。この先の自分だったら、姉さんと対峙できるというか。私は新たに見つける憧れで、姉さんをボコボコにしてやるぞって、そんな感じなんですけど」

「そこは変わってないんだな。変わる必要もないか」

「だから私、その、お調子者だとか要領いいとか、思われてるじゃないですか。ああ、そこ頷かなくていいです。最初、必死に周りに必死に合わせようとしてるだけなのにそう思われちゃうの、すごく嫌だったんです。けど、今はそれでいいやって。実際そう行動してるんでしょうし、どう思われてるかより、その時に自分がいいと思った行動の先に、きっと私がなりたい自分があるんだって、そう開き直ることにしました」

 自分という人間とアナスタシアは、今のアニータほどに、真剣に対峙したことがあったろうか。あるいはこの少女と同じくらいの年頃には、そんな時期も短いながらも、あったかもしれない。全て、戦塵がどこかへ吹き飛ばしてしまった気がする。

「ああ、私の話ばっかり。だからルイゾンさんも、十歳近く離れてますけど、同じ匂いを感じるんですよね。過去についてはあまり知らないですし、頭いいし、子供もいるし、生きてきた軌跡が違い過ぎますけど、似たような景色を見ているのかなって」

「お前は、自分から私を捕まえにきた。あいつも青流団を抜ける決心をしつつも、目立たないようについてきた。だから、性格も違うんだろうな。それでいて、根本的な何かは、似ていると」

 茶の残りを啜りながら、しばし黙考する。

「ルイゾンに戦場へ出る意思がないのなら仕方ない、という方針に変わりない。が、そこに少しでも未練があるのなら、背中を押してやるか」

「そういえば、私がパリシで団長に相談した時、お尻思いっきりひっぱたきましたよね」

「私が思い切り叩いたら、腰の骨が折れるぞ」

「そういうことじゃなくて。けど、あれで目が覚めたような気がします。ルイゾンさんに同じことしても、駄目だと思いますけど」

「その時に、考えてみる。いや、向かい合えば、自然とわかる気がするな。いずれにせよ、先の話だ。もう遅い。そろそろ寝るとするよ」

「私、さっき起きたばっかりなんですけどね。お風呂ももう閉めちゃってるし、どうしよう」

「明日も、催し物があるのだろう? 眠れなくても、身体は休めておけ」

 どちらともなく立ち上がり、兵舎を出た。事務所の二階が指揮官たちの寝室で、アニータの部屋はアナスタシアの隣である。

「団長、今日は私の愚痴に付き合ってもらって、ありがとうございました」

 扉に手をかけたアニータが、いつになくしおらしく言う。

「時々、お前の話も聞かせてくれ。私がお前にしてやれることは、思ったよりも少ないのかもしれないと感じた」

「いえいえ、こんな若輩を副団長にまでしてもらって。一兵卒だったら私、青流団にいた時みたいに、自分の都合ばかりで泳いでましたね。けど副団長って責任ある立場にしてもらったのに、みんな私がやりたいようにやらせてもらってるって、気がつきました。団長には、感謝してるんです」

「そう言ってもらえて、嬉しいよ。クリスマスプレゼントになるかわからないが、お前に一つ、伝えておこう」

「え、何です? 物品の受け渡しは、禁止じゃなかったです?」

「だから、口頭で伝えるんだ。アニータ、あの時、私に声を掛けてくれて、ありがとう。お前と会えて、良かったよ」

 不意に、少女の目に大粒の涙が溢れ始めた。アニータ自身もそれに気づき、顔を覆う。

「そ、そういうの、急に、ずるいですねえ」

「そうか? それじゃあお休み。メリークリスマス」

「ま、待ってください。あの、わ、わだじもっ・・・!」

 それ以上は喉が震えて言葉を為さないアニータの肩に、軽く手を置いた。声もなく泣きじゃくるアニータを、しばし抱き締めてやる。

 この十四歳の娘が、大人ばかりの世界で無理を重ねてきたことは、承知している。そしてかつては姉のルチアナに求めていたように、今はアナスタシアに認められたい一心なのだということも、承知していた。努力してきた分だけ報われたい、そう思い続けてもいたはずだ。

 一度泣き止んだアニータは恥ずかしそうに顔を背け、寝室へと入っていった。アナスタシアも自分の部屋へ戻ると、着替え、髪をほどいて寝台に横たわった。

 窓の外は、音もなく雪が降り続いている。壁越しに、アニータの嗚咽が微かに聞こえていた。

 しばらくそれに耳を傾けながら、やがてアナスタシアは眠りに落ちた。



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