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第28話「あたしも、仲間にいれてくれるんだな」-4

4,「戦塵に、この想いを吹き飛ばしてもらえばいい」


 マグゼが到着したとのことなので、すぐに部屋に通させた。

「ご無沙汰しております、ゲクラン様。あ、お食事中でしたか」

「パリシ以来ね。すぐ終わる。お昼食べた? まだなら、用意させるけど」

「城下で、済ませてきました。食後の茶は、共にさせて頂ければと」

 ゲクランは呼び鈴を鳴らし、給仕を呼んだ。ハーフリングのマグゼ専用の椅子を、持って来させる。傍には、長身の忍びゾエも控えていた。この忍びは無口で、こうしてゲクランと顔を合わせる時も、無言で会釈を寄越すのみである。大きな任務のない時はゲクランの護衛として付き従うので、父の代からの付き合いがあるマグゼよりも、ゾエと同じ空気を吸っている時間は、長いかもしれない。

「いよいよってとこね。マグゼ、ここまでご苦労様」

「労いのお言葉、有り難く。ですが、まだ遠征中も動き回る予定ですので」

 マグゼは葉巻の先端を切り落とし、それをマッチの火で炙り始めた。

「そういえば道中、アルノー様の部隊とすれ違いました。相変わらず、覇気に満ち満ちたご様子で」

「張り切りすぎないよう、合流した時に言うつもりよ」

 アルノーはゲクラン四騎将の中で、今や最も武名高き男である。かつてはエルネストと一番槍を競っていたが、彼が病で後方支援に徹してからは、幕僚の中で最も戦場に強い将と言っていい。前回のパリシ奪還戦でも、この新ゲクラン城の守りを託した。闊達さに欠ける暗い情念を持つ将だが、目の前のゾエのように、笑顔を見せない男でもない。強い敵とやり合えるとわかった時は、本当に嬉しそうな顔をするのだ。戦うこと、強くなることをこよなく愛する武人だった。

 皿が片付けられ、三人に茶が配される。煙管に火を着け、ゲクランは口を開いた。

「レヌブランの忍びと、手を組んだそうね。”無名団”と名乗っているとか」

「ご相談申し上げる前に結んだのは、勇み足でしたか」

「いえ、その辺はあなたに一任してるからね。王家の忍びとの仲も、そうだったでしょう。組むに値するなら、それでいい。スピール、リュゼ、ビスキュイの三頭領については書簡で読んだけど、規模はどれくらいなの?」

「それが、あたしにもまだ掴み切れていなくて。探りは、入れていきます」

「そう。それと肝心の、二剣の地での橋頭堡は、半分といったところかしら。上出来よ。書簡で伝えるのは危険だから、戦略目標は伝えてなかったけれど」

「ええ、それを直接窺いに、参上した次第です」

 唾を飲み込み、マグゼが頷く。

「ル・マン」

「なるほど。あたしの中でも、最有力候補でありました。残りの橋頭堡は、そこを目指す形で」

「直前まで、気取られないようにね。アナスタシアとフローレンスには、直接会った時に伝える」

「はい。さらに心して、十全に備えたいと。餌は、方々にばらまいております。”囀る者”たちを、存分に撹乱してやろうと思います。ですが連中は思わぬ横槍により、こちらに割ける力は、相当に減衰するかと」

「無名団ね。レヌブランとアッシェンの同盟は期限付きだけど、私との線は、途切れないようにしておいて頂戴」

「御意に」

「さっきから、何か硬いわねえ。あなたも、もっと肩の力を抜きなさいな」

 身を乗り出し、マグゼの両頬をつまむ。ぐにぐにと動かしていると、次第に目が笑い出した。

「ちょ、その辺で勘弁して下さい。あたしも、いくらか緊張しているんです」

「あら、どうして」

「西進は、ゲクラン様の悲願だったじゃないですか。ようやくここまで来たかと思うと、あたしだって胸が熱くなります」

「ル・マンで小休止よ。あくまでモン・サン・ミシェルが目的地だから。ライナスがカレーを占拠しなかったら、ア・コルーニャまでを考えてたんだけど。カレーからの動きをなんとかしなくちゃ、いずれ後背を衝かれかねない。その意味で、カレー落手の報が早かったのは、有り難かった。今回の戦略目標をどこまでとするか、その時点でぎりぎり絞り切れてなかったしね」

 ただ七、八割方、ア・コルーニャまでの進軍を考えていた。そこまで行ければ、モン・サン・ミシェルまでの道程の、半分を制することになる。が、先にライナスが何かしらの手を打っていた場合を考えて、多少慎重ながらル・マンまでとの意見が、幕僚、具体的にはパスカルから出ていた。カレー落手は誰にとっても予想外だったが、先に手が見えたことで、こちらとしても戦略目標を絞り切ることはできた。ライナスにしては拙速な一手に見えるものの、こちらとレヌブランに対する牽制と思えば、納得もいく。事実、ゲクランにしても第一回の西進を、希望よりも大きく後退させたことになる。

「ル・マンは結局、エイダが治める形で変わりそうにない?」

「自領たるグラスコールからの徴用兵交代も、ル・マンへと向けたようですし、今から大きな配置換えもないかと。パリシ攻防で負傷した後、療養のための臨時滞在でしたが、既に傷が癒えてなおあの地に留まっているということは、正式な辞令も出ているものと」

 宰相ライナスの嫡子、エイダ。先の戦では瀕死の重傷を負って敗れたとはいえ、元来優れた将である。ライナスの娘という肩書きが先行してしまっているが、アングルランドで五本の指に入る名将と、ゲクランは考えていた。

「まともに負けたのは、南部戦線を含めても、初めてのはずよね。生き延びさせてしまったというなら、さらなる強敵になっているかもしれない」

「身の丈に余る大剣を操る怪力から、猛将と謳われていますが、その本質は戦略眼に長けた知将、とあたしは見ています。好き嫌いが激しい、感情的な部分を隠そうともしないのは、かえって余裕のなせる業かと。感情的でありながら、その感情に流されない。この辺りは干戈を交えたゲクラン様こそ、よくご存知と思いますが」

「南部でも、彼女自身と競り合ったという感覚は、あまりないのよ。ライナスかエドナ、ウォーレスの軍の一部将だったしね。けど遠くからでも、あの大剣が兵を馬ごと斬り飛ばしているのを見て、戦慄した。怪力じゃ誰にも負けないつもりだったけど、少し自信失っちゃったわ」

 ゲクランの得物も、常人では持ち上げることも叶わない破砕棍である。共に、怪力自慢と相反する印象の知将であり、エイダとは似通っている部分があるかもしれないと、ゲクランは思った。もっとも、それ以外の部分の共通点はないかもしれない。

 茶も済ませたので、ゲクランは立ち上がり、二人もそれに続いた。

「あらためて、今作戦の戦略目標は、ル・マン。後は任せるわよ、マグゼ」

「はっ。ゾエは、置いていきます。囀る者は西で手一杯かもしれませんが、そういう時こそ、裏をかいてくるかもしれませんので。特に、マイラは単独で任を為せます」

 先代アッシェン王と、その三人の王子の暗殺は、今もマイラの仕業との見方が強い。痕跡はないが、パリシ包囲と合わせて四人がほぼ同時に事故死するなど、暗殺以外にありえない。

「わかった。じゃ、いってらっしゃい。二剣の地に入ったら、またこうして顔を合わせることも多いと思うけど」

 片膝を着き、ゲクランはマグゼの小さい身体を、しっかりと抱き締めた。

「私のマグゼ、どうか無事で」

 ゲクランの大きな胸に顔を挟まれていたハーフリングが、苦しそうに顔を上げる。

「ぷはっ。こういうの、部下が見ている前では、勘弁して下さい」

「ゾエ、あなたもしてほしい?」

「どちらでも。私が、膝を着く形になりそうですが」

「そこは気を利かせて、してほしいって言っとけ。ともあれゲクラン様、あたしはこれで。現地で会いましょう」

 外套を羽織ったマグゼは、音もなく部屋を出ていった。目で追っていなければ、いつ出ていったかもわからなかったに違いない。

 領内では大量の兵馬が移動しているが、ゲクラン自身が出立するまでに、まだ数日の猶予がある。麾下共々、鉄道を使って移動するつもりだからだ。そして指揮官が少し時間を持て余すのは、悪いことではない。不測の事態に、いつでも対応できるからだ。

 鼻歌を歌いながら、ゲクランは光が降り注ぐ中庭へ出た。五歩程後ろを、ゾエがあえて足音を鳴らしながら着いてくる。振り返ると、顔はこちらに向けながらも、目は周囲を油断なく警戒していた。

「弟たちの、暮らし向きはどう?」

「おかげさまで、何不自由なくと聞いております。それぞれ、目指す道もあるようです。一番上の弟は、大学で勉学に励んでおります」

「連絡は、よく取り合っているのかしら」

「半ば、忍びを通じて。直接全員で会ったのは、三年前ですか。ただ一人一人とは、近くの町に寄った時に、食事を共にするくらいは」

「忙しくさせちゃってるからねえ。鴉たちの副頭領にも、されちゃったみたいだし」

「イニャス殿が今まで通り実務を担当しておりますので、私は暗闘部隊の再編成と、彼らを鍛え上げることくらいです」

「加えて私の護衛なんて、大変じゃない?」

「いえ、ゲクラン様に何かあったら、それこそ一大事ですので。なのでこの仕事が、最重要とも言えます」

 朴念仁、とマグゼはこのゾエを評しているが、確かに、受け答えに面白味はない。生真面目に過ぎる、とはゲクランも思う。護衛に馴れ馴れしく頻繁に話し掛けられても困るが、ゾエは何かしらの異変を感じ取らない限り、自分から話しかけてくることは、まずなかった。

「非番の日は、どうしてるの? あらためて、こんなこと聞くのも変だけど」

 戦が近い時は特に、こうしてゾエが付き従っていることが多い。そしてそういう時は大抵忙しいので、ゲクランもこの長身の忍びを、空気のように扱ってきた。しかし今は珍しく、戦の前なのに、時間を持て余している。

「身体を、休めております。怪我や疲労のない時は、いつも以上に鍛えたりもしますが」

「好きなこととかは? 趣味とか」

「ビリヤードは、たまにやります。パリシにあるプールバーの一つが、鴉たちの拠点の一つなので、気兼ねなく」

「あら、私もやったことあるけど、この胸が邪魔でねえ。けどまたやってみたい気がするから、遊戯室にビリヤード台を置かせるわ。この遠征が終わったら、教えて頂戴」

「ご教授できるほどの腕前ではありませんが・・・承知しました。お相手、務めさせて頂きます」

 ゾエの口元が、少しだけ上がった。

 その不器用な笑みを何かの吉兆のように、ゲクランは感じた。



 ポワティエを出て、最初の野営である。

 一足先にトゥールへと足を伸ばした斥候の報告が、リッシュモンたちの集まる天幕へと、続々と入ってくる。

 現状、トゥール城外に展開している兵は、いないようだ。ただ城壁外に、民の暮らす家を半ば利用する形で本陣が設置されており、アングルランド軍が攻城戦前の野戦に出てくることは、間違いなさそうだ。

 トゥール城やその東西の砦に守兵を残すとして、アングルランドが野戦に出してくる兵力の予想は、およそ四万。こちらは三万二千での、野戦のみを想定した部隊である。

 寡兵であることを、これまでのリッシュモンはあまり気にしたことがない。寡兵であることが、有利な点もあるのだ。指揮が執りやすい、というのもその一つである。無論兵が多い方が手数が増えるし、何より正面から当たった時に、競り負けることは少ない。だがリッシュモンの指揮はその複雑さを自覚しており、アルフォンスもまた同様である。寡兵であるかどうかより、充分指揮が行き届くかどうかの方が、重要である。もちろん、それが満たされた上で敵より兵が多いに越したことはないが、そこまで条件の満たされる戦場など、そうそうない。

 が、今回ばかりは寡兵であることに、一抹の不安を覚えていた。手数と、多少へまをしたところでそれをごまかせる兵力は、欲しかった気がする。

 クリスティーナの指揮。一戦目の慢心と気負い、二戦目の腰の引けた戦のようには、決してならないだろう。そしてここまで来ると、リッシュモンとしてもあまり小細工を弄することはできないのだ。

 と、そこまで考えて、思わず笑みを浮かべた。相手がそう考えているだろうことが、手に取るようにわかるからだ。そしてリッシュモンはこの戦に関しても、切り札を一枚、用意してあった。が、今回の切り札は、それが切られる機に、こちらが合わせなくてはならない点で、今まで以上に難しい。やり切る自信はあるものの、その難易度に関してのみ、不安がないと言ったら嘘になる。上手く行きさえすれば、今回も確実に勝つ。

 ただ、一つだけ、そして決して小さくない想定外として、クリスティーナが選んだ戦場があった。トゥールの、まさに眼前の複雑な地形を、あえて戦いの場に選んだのだ。意図は、やや測りかねる。劣勢時、すぐに城内に逃げ込めるとも言えるが、ベラックでの失敗は、まさにそこにあったと考えなかったのだろうか。長い防衛線を張り、トゥールまでにいくつか小競り合いをしてこちらの戦略を測っても良かったし、野戦に適した、それもクリスティーナの重裝騎兵や長弓兵が活かせるような広い戦場を、いくつも選ぶ機会はあった。たった一度劣勢になっただけで、兵を引きながら態勢を整える間もなく城内に籠らなくてはならない為、やはり敵にとってそこは背水である。

 トゥール城の、まさにその手前での野戦は、敵を追い込んだ際と考えていた為、ここで開戦の想定は、まさに今から立てることになった。

「あらためて見ると、相当に複雑な地形です。各将の判断力が、試されるでしょう」

 卓に広げられた地図を見つめ、フェリシテが言った。ザザが頷き、口を開く。これまでは軍議で積極的な発言をしてこなかったザザだが、この辺りの地形に最も詳しいのが彼女であり、率先して口を開く必要があると感じているのだろう。この傾向は、ポワティエを取り戻してから、徐々に顕われていた。

「丘と窪地が、それぞれ出鱈目に並んでいるような地形です。真ん中を突っ切る街道こそやや平坦であるものの、東西は木のない森と言ってよいくらい、特に窪地に入ってしまうと、視界が悪い。丘の上からでも、手前の窪地までは視認できますが、一つ先の丘の裏までは見通せません。敵は勿論、味方の位置、戦況を把握するのは、本陣からだけでは困難と思われます」

「本陣の見張り台は、可能な限り高いものとしましょう。それでも、焼け石に水かもしれませんが」

 アルフォンスが言い、白い手袋の指を顎に添えた。

「本陣からの命令も、多少時間を食うかもしれませんね。通常一分弱のものが、二分、三分と考えて、やや先手を打つようなものにしませんと。ザザ殿、戦場について、他には?」

「窪地には残雪があるとのことなので、ぬかるむ程ではないにせよ、少し足を取られるかもしれません。この辺りの黒土は、元々いくらか柔らかいので」

「あたしが気になるのは、丘の高さだな。事前に、平地からなら騎馬で一息ってとこだと聞いているが、窪地からだと、山登りみたいになっちまうか?」

 リッシュモンの問いに、ザザは頷いた。

「晴天時はそこまでではありませんが、年末から年始に掛けて、こちらでも雪が降りました。靴や蹄に泥が付着すれば、それなりに足を使うと思います。ただそれぞれの丘、窪地の高低は、一定していません。東より西の方が、いくらか起伏は緩いと思います」

 山地というわけでしないので、さすがに高低差まで測量した地図はない。

「古来、ポワティエからトゥールへの侵攻は、あまり行われてきませんでした。当然、この南部戦線でも、一度もなく。第一、第二世界帝国の時代にポワティエからトゥールへの攻撃が行われたようですが、いずれも失敗に終わっています。まあ、当時と今では地形はおろか地名すら違いますし、参考にはならないかもしれませんが」

「それでも、この進軍路は、意外と難しい戦になるってことだな。ここだけでも、入念な調査が必要だったか。にしても、あと一息ってとこで、次々と難題が持ち上がるなあ」

「ただ、いずれも乗り越えてきました。思わぬ兵糧不足の解消は、まさにその最たるものだったではないですか」

 あまり見せない笑顔を見せ、フェリシテはリッシュモンに言った。

「まあ、相手にとっても難しい運用になるだろう。事前に調練してたろうし、慣れって点では、こちらが不利ではあるけどな。高低差でほとんど視界が利かないとなりゃ、遭遇戦に近い戦になるぞ。ザザの言った通り、木のない森といったところか」

 互いに縛りのある用兵なら、むしろリッシュモンの部隊だけなら得意とするところであるが、南部軍全体となると、話が違ってくる。リッシュモンはもちろん、アルフォンスすら目が届かない場所が出てくるのなら、各将の能力次第で戦局そのものが変わってくる。ブルゴーニュ親子は猛将の類であるし、ザザも普段の言動こそ落ち着いた大人の雰囲気を出しているものの、どこかでかつての異名”ラ・イル”の武骨な用兵をすることがある。スミサ傭兵隊のモーニカに関しては、命令がないとまともに動けない将だった。

 アルフォンスとフェリシテが本陣にいることを考えると、アングルランドの指揮官の方が、それぞれ頭の回る連中であることがわかる。今は作戦参謀となったと聞いたゴドフリーはもちろんのこと、歴戦のキザイア、食えない性格をしているというラテン傭兵隊のアメデーオ、グライー軍のマルトは当然として、クリスティーナがソーニャにそれなりの兵を預けるとなると、それぞれの持ち場で知恵競べをした場合、こちらの劣勢は明らかである。兵だけを見ても、正規軍を抱えるアングルランド軍の方が、練度は高い。

 アルフォンスからの指令は遅れ、兵力としても敵軍に劣る。トゥール眼前の戦は負けられない分、相手が背水であるものの、地形自体は敵に有利に働いていることを、認めないわけにもいかなかった。

 緒戦、しかも初日でこちらが大打撃を受ければ、リッシュモンの秘策が活きる道がない。さりとてその丘陵地帯を挟んで向かい合っても同じだ。こちらが押す、あるいは両者引かぬ混戦、この形だけは、死力を尽くして作り上げなければならない。ラステレーヌ、ベラック同様、リッシュモンの策は決まれば勝利を決定づける分、お膳立ても必要となってくるわけである。

「なんか、あたしらが追いつめられてるみたいだ。向こうは、どう思ってるんだろうな」

「こちら以上に、追いつめられていると思いますよ。野戦で、たった一度も負けることが許されないのです。勝ち、かつこちらに一定以上の損害を与え、大動員による攻囲を諦めさせる。向こうの方が、絶対に負けられないという気負いは、あると思いますよ」

 アルフォンスがそこまで話し、紅茶を口に含んだ。

「最悪、あたしらがここで負けても、ポワティエまで取られるわけじゃねえ。一気にとどめを刺そうってのは、欲張りなのかもしれないな。けどあたしには、ラステレーヌからのこの面子で、勝ちたいっていう気持ちがある。来年、再来年の攻囲となると、ここにいる面子も随分変わってるだろ」

 ジョアシャン、ポーリーヌのブルゴーニュ親子、スミサ傭兵隊のモーニカ、最後にフェリシテの顔を見つめる。この四人の指揮官は要請、ないしは契約期間を過ぎてまで、ここに残った者たちである。アルフォンスとザザは南部軍に残るだろうが、この戦線は膠着で良しとなれば、リッシュモンですら北の戦に戻されるかもしれない。

「絶望的だった南部戦線を、逃げ出しもせず最後まで踏みとどまり、その甲斐あってまさかの大逆転に王手をかけた面子だ。正直あたしも、あたし一人が加わったとこで、多少押し返せる自信こそあったが、長く続いた南部戦線の決定的な勝利に関われるとは、思ってなかった。敗色濃厚となったら、おかしな犠牲は出さずにポワティエまで退こう。が、あたしはやっぱ、この面子で勝ち切りたい」

 言うと、一人一人が頷いた。ジョアシャンは歳を取って涙もろくなったのか、熊のような巨体を屈めて目元を拭っている。

「来年以降、ここに赴任する誰かが、おいしいとこ持ってくのも癪だよな。けどそれ以前に、南部戦線を諦めず、最後まで踏ん張ったお前たちは、救国の英雄として報われるべきだ。それこそ、途中参加でおいしいとこかっさらった、あたしが言うことじゃねえがよ」

 一同が笑い、リッシュモンもそれにつられた。軽く咳払いをして、アルフォンスが言葉を継ぐ。

「今になって、不安になっても仕方ありませんね。そもそも、簡単な戦なんてものはない。いつも通り、難しい戦を、それでも勝って終わりましょう」

 アルフォンスが手を叩き、散会となった。リッシュモンは真っ先に天幕を出て、後ろを振り返った。中からは、まだ誰も出て来ようとはしない。ここまで少し出しゃばってしまったが、この南部戦線は、あいつらが主役だ。最後の野戦の前に、自分抜きで、他愛無いやりとりをしてほしかった。リッシュモンがここに来る前の晩も、きっとそうだったはずだ。

「おや、早いお帰りで。トゥール城前は地形がややこしく、今晩の軍議は長くなりそうだと仰ってましたが」

 自陣に帰ると、副官のダミアンが声を掛けてきた。

「まあ、出たとこ勝負だな。多少余計に駆け回れば、そこで戦うコツも見えてくるだろう。苦戦は免れないだろうが、あたしが、現地で何とかする。アルフォンスも、知恵を回すだろうし」

「何か、ありましたかな」

「察しがいいのは、こういう時はなしだぜ。風呂入ってくる。用意できてるよな」

「他の女兵士たちは、もう済ませている頃でしょう」

 自分の天幕から着替えを取り出し、リッシュモンは小川の傍の囲いに向かった。他の女兵士たちは、樽の残り湯で下着を洗っている。

 樽の湯に浸かり、今後のことを考える。が、思考は取り留めもなく、まとまった結論は出なかった。

 長めの風呂を済ませ、天幕で髪を乾かしていると、訪いがあった。外にいたのは、アルフォンスである。

「どうした? 他の奴に言えないような、相談事か?」

「いえ、これからワインで一杯だけ、小さな宴を開こうと思っていたところです。ダミアン殿も、連れてきて下さい」

「暢気だなあ。あたしは明日のことで、頭がいっぱいだったんだぞ」

「この南部戦線を戦った仲間たちで、最後に。いや、これは縁起が悪いな。ただ勝ち切ったとて、次の宴は落城後、早くて二、三ヶ月先でしょう。新年祭は逆に、各自忙しくて、全員揃ってグラスを傾ける機会もなかったですしね」

「あたしも、仲間にいれてくれるんだな。さっきも言った通り、この南部戦線を耐え抜いてきたのは、お前たちだと思うんだが」

「リッシュモン殿が騎士団領での契約を破棄してまで駆けつけてくれたことは、皆知っています。誰もが、恩義に感じていますよ」

「わかった。ちょっと化粧してから、そっち向かう。十五分程、待っていてくれ」

 軽い化粧を施し、ダミアンに声を掛けてから、軍議の行われていた天幕へ向かった。リッシュモンが入ると、皆がこちらを振り返る。手渡された携行用の琺瑯のカップには、赤い葡萄酒がなみなみと注がれていた。

「では、今作戦の勝利を願って」

 アルフォンスが音頭を取り、近くの者たちと杯を打ち交わす。一息で、それを飲み干した。

 先程までと違い、卓の上の地図も片付けられており、ちょっとした立食の場になった。酒一杯で酔いかけているのはモーニカくらいなものだが、場の雰囲気は宴に近いものになっていた。

 新年祭は、祝辞こそポワティエの大聖堂で行ったが、各将、連れている兵たちの元での軽い宴となった。こうして南部戦線の面子が一同に会して酒宴を開くのはベラック陥落後以来なのだが、あの時はリッシュモンとジョアシャンが負傷しており、傷に障ると、杯を軽く舐めた程度で、すぐに退出する羽目になっていた。

「兵にも、一杯ずつ振る舞ってやれよ。見張りから戻って来た連中からさ」

 開戦前日は、眠れない兵も多い。まして、冬の滞陣だ。

「敵の夜襲は、考えられませんか」

 少し頬を上気させたフェリシテが、それでも真面目くさった顔で言う。

「来ないだろ。来てくれた方がいい。明日のこと考えると、今すぐここでやり合いたいくらいだな」

 肚を決めた人間というのは、かえって目の前のことに固執する。クリスティーナがトゥール前で背水と決めたのなら、余計なことはしてこないだろう。その時点で、思い切ってしまっている。

「ああ、やっぱりこの辺りのワインは美味いな。その小樽、全部空けちまおうぜ。こんな美味い酒は、そうそうないってもんだ」

 言い終わる前に、ポーリーヌが樽の蛇口を捻り、二杯目を注ぎ始めてる。リッシュモンもそれに倣い、二人で音高く杯を打ち交わした。

 翌朝、川原で顔を洗っていると、フェリシテが横に並ぶ形になった。

「昨晩は、よく眠れたか」

「おかげさまで。二日酔いが心配でしたが、熟睡できたことで、却って頭は冴え渡っております」

 眼鏡を外したフェリシテの顔は、まだ少女のやわらかさを残しているようにも見えた。少し目尻が下がっているのだが、眼鏡を掛けると逆に目元をキツく感じる。言動もそれに近いが、本当は思いやりのある、優しい娘だということは、知っていた。

「この戦が終わったら、アルフォンスに告白するんだろ?」

「また、そんなことを。負けたら、それどころではないと思います。一度、故郷に帰ることになるでしょうし。勢いでここまで来ましたが、足元を掬われれば、この戦はまた、長い膠着になるでしょう」

「こういう時は、強気にいくもんだぜ」

「それは、そうですね。それと昨晩、リッシュモン様が言ったことですが・・・」

 目を水面に向けたまま、寂しそうな微笑を浮かべて、フェリシテは言った。

「これが戦じゃなかったら、この方たちとずっと一緒に、いたかった気がしますね。勝っても負けても、この方たちとは、最後になる」

「あたしらの部隊は、今は王に直接雇われてる手前、多分ここが終わり次第、すぐ北だ。この南部戦線も、トゥールこそ決戦って感じだが、実際は半ば孤立したアングルランドの直轄地は残っていて、しばらく残党狩りに勤しむことになるだろう。その時くらいまでには、アルフォンスに想いを告げておけよ」

「で、できればですけどね。まずは、目の前の戦で」

「ジョアシャンとポーリーヌは、ブルゴーニュに帰る。モーニカも、スミサに帰郷だな。ザザは、ここの領主だ。南部戦線での活躍を買われて、今後こいつらも北に参戦することはあるだろうが、同じ戦場で一同に会するってのは、多分ないだろ。最後まで南部戦線で踏ん張った面子に、あたしも加えてくれたことは、感謝してる。勝って、終わろうぜ?」

「あなたが来なかったら、今頃私たちはどうなっていたんでしょうね。アッシェン南部軍は解散、私はシャトールーに帰り、アルフォンス様はアングルランドに併合されたブランで、逼塞していたのでしょうか。最悪、敵になっていたかも。私の想いに、あなたが充分過ぎる時間をくれた。そのことには、いくら感謝してもしきれません」

「アルフォンスのガキに、会ったんだよな。似てたか?」

「い、いえ、あまり。亡くなった奥方の血が、濃いのでしょうか。素直で、とてもいい子です」

「お前がそう思えるんだったら、今後の関係も良好だろう。ベラック戦の前は、急かせるようなこと言って、悪かったな。あたしは、アルフォンスを諦める。あの時も言ったが、恋心を抱いたわけじゃない。こいつだったら、あたしにぴったりだと思っただけだ。頑張れよ」

 何か言い掛けたフェリシテを残して、リッシュモンは川原を離れた。少しだけ、胸が痛い。フェリシテがいるので、アルフォンスに惚れないよう、必死に努めてきた。恋愛には、臆病なのかもしれない。負けず嫌いの自分には珍しく、戦う前から、負けることばかり考えてきた。

 そのアルフォンスが、陣の端の柵にもたれかかって、空を眺めていた。この男は昔からこうして、一人でいることが多かった。その佇まいにどこか惹かれ、最初に話し掛けたのは、いつだったか。

 それは多分、リッシュモンがここの総大将をやっていた頃で、戦を絡めた、それでもどこか他愛無いやり取りをしている内に、この男がとんでもない戦略眼を持っていることに気がついた。アルフォンス本人にとっては青天の霹靂だったろうが、中央の推薦でアルフォンスが元帥となったという話は、少し裏がある。ゲクランを、アンリ王を、宰相ポンパドゥールと軍務省のボーヴェ伯を説き伏せて回り、彼を元帥に強く推したのは、実のところ、リッシュモンだった。

 頭の回転が速く、それでどこかとぼけてもいて、この男との懸け合いは、いつだって楽しかった気がする。腰が低いようで、そのくせ卑屈な部分がない。リッシュモンの虫の居所が悪く、多少意地の悪い言葉を投げつけても、理解を示し、かつ綺麗にいなしてくる。戦以外のことも、随分と話した。一晩中、語り明かしたこともあった。

「ああ、おはようございます。やはり開戦当日は、緊張しますねえ」

 リッシュモンにいつも通り、いや昔と少しも変わらず手を振ったアルフォンスに、そののんびりとした口調に、今は何故か、無性に腹が立つ。

「アルフォンス、お前、この戦が終わったら、フェリシテと結婚しろ。なに、こんな戦、あたしがすぐに終わらせてやる。ああ、急にどうしてなんて顔をするな。今は機嫌が悪い。これ以上、話し掛けんな」

 吐き捨てるように言い、自陣に戻る。朝食を搔き込んだ後、すぐに具足を身に着けた。

 天幕が片付けられるまで、リッシュモンは胡床に腰掛け、ただ前だけを見つめていた。気づくと、灰皿がいっぱいになっている。ブランデーの瓶に直接口をつけ、喉の奥に流し込んだ。

 本陣設営の為、兵の四分の一程が、先に進発していた。木にもたれかかり、それをほんやりと眺めながら、時折ダミアンの報告にいらえを返す。酒保の人間たちが、本陣の後方で商売を始めようと、慌てて荷馬車を押していく様子も見えた。今回、リッシュモンの民は作戦に参加していない為、大半は現地の酒保商人と、娼婦たちである。

 何か、目の前の光景に、現実味を感じない。両頬を、力一杯叩く。何度も繰り返し、顔が熱を持ち始めてようやく、夢から醒めたような気がする。

「例の作戦ですが、先程、予定通りの進行ができていると、先方から連絡がありました」

「なら、いきなり蹴散らされなきゃ、負ける理屈がなくなったな」

 短く応えたリッシュモンに、ダミアンは頷くだけだった。生まれた時からリッシュモンを知っているこの老将は、話しかけるべき時とそうでない時の機微を、知り尽くしている。自覚はなかったが、今はそうでないということなのだろう。気が沈んでいる時でも、放っておいてほしい時と、逆に冗談でも言いながら絡んでほしい時の、違いはある。

「よし、行くか。リッシュモン軍、出るぞ。お前ら、派手に暴れてやろうぜ!」

 空元気だが、ダミアンといったごく身近な人間以外に、リッシュモンが気落ちしていることを、悟られるべきではなかった。士気の上下は、直接兵の生死に関わる。開戦直前であったのは、立ち直るいいきっかけだったかもしれない。心の浮き沈みは、かなりの部分、身体の動きに引っ張られる。無理に笑うだけで、気持ちは上がっていくものだ。後は、戦塵に、この想いを吹き飛ばしてもらえばいい。

 次々と組み上げられていく本陣の向こう、遠眼鏡を覗き込むと、トゥールの城が見えた。その手前、ここからでもわかるくらい、やたらと起伏に富んだ地形も確認できる。

 あらためて見渡すと、大昔に大地を吹き飛ばすような、大魔法使い同士の戦いがあったとしか思えない。東西に広がる丘陵地帯の真ん中を突っ切る街道、そのほぼ中間地点が一番の低地と感じるものの、そこから左右に続く土地の軌跡に、高低の繋がりがない。要は、かつて川が流れていたような痕跡はないと言えた。窪地が灌漑用の溜め池でだったとするには丘の高さは一定していないし、本当に文字通り不自然な、人工的でありながら意図の全くわからない、出鱈目な地形である。

 ザザの話の他、第一世界帝国の時代に、この辺りでエルフとドワーフの大軍勢がぶつかったという話は、どこかで聞いた気がする。エルフの天地を引っくり返す大魔法か、ドワーフの人知を超えた土木技術か、とにかく人の想像の及ばない戦いの爪痕であると、納得するしかなかった。

 丘陵地帯の手前に兵を配置し、リッシュモンは本陣へ向かった。組み上がっていく高い見張り台の下で、アルフォンスがそれを見つめている。こちらに気づき、頭を掻きながら近づいてきた。

「先程は、申し訳ありません。何か、気に障るようなことを言ってしまったようで」

「こっちこそ、急にがなり立てちまって、悪かったよ。それに、戦の前に言うことでもなかったよな。ただ、言った内容は、間違ってないと思ってる。言い方と、時期については、完全にあたしが悪かった。死んだカミさんにも、謝りたい。今は忘れて、戦が終わった時に、思い出してくれ。重ねて、あたしが悪かった」

 二人並んで、本陣の天幕に入る。小姓が薪ストーブで、湯を沸かしているだけだったが、アルフォンスと何かしら話す間もなく、指揮官たちが集まってきた。

「こうして実際に目にすると、斥候の報告以上に厄介な地形です。こちらからは大まかな指示しか出せないことも多いと予想され、基本的には各将の判断で動いてもらうことになります。このままでは敵に囲まれそうだとこちらからわかれば、部隊を後退させる指示も、出せるかもしれません。それと、高所にはなるべく、斥候と伝令を立たせます。手近な敵の位置は、彼らから示します。追い払われることもあるでしょうから、窪地にいる時は、常に敵の奇襲に備えて下さい。結果、部隊の動きが鈍ることも、是とします」

 以下、淡々とアルフォンスは、用兵について話していった。各自、この未知なる戦場への警戒か、表情は硬い。

 斥候から、アングルランド軍が城門から出撃してきたとの報が入る。リッシュモンたちは本陣を出て、それぞれの持ち場へ戻った。リッシュモンは中央、街道を跨ぐ格好で布陣している。再び遠眼鏡を覗くと、トゥール城門、そしてやや離れた場所にある東西の砦から、続々と兵が溢れ出してくるのが見えた。ここでの戦を避け、さらに前進して一気に全軍で城門前まで移動することも考えの一つであったが、挟撃を受け、あっさりと撃退されていたことは確実だろう。

 堅牢そうなトゥール城門棟の、そのさらに上に、急ごしらえの、高い櫓が建っている。敵も高所から戦場を俯瞰するつもりらしいが、こちらの見張り台よりも遠くまで見渡せそうな造りだった。

 正面、黒い具足の重騎兵隊は、クリスティーナの部隊か。楔形に前進していくその突端に、彼女らしき指揮官が見える。最前線の、さらに最も危険な場所に、総大将が出てきた。クリスティーナ、お前は本当に、負ける度にやり方を変えてくる奴だな。リッシュモンは、口に出さずに呟いた。同じく黒い具足姿の正規軍歩兵が、それを駆け足で追っている。

 敵味方共に、布陣を終えたのだろうか。敵の角笛の音が、風に乗って届く。こちらの本陣からも、寒空を振るわせるような、新盤喇叭の音が響いた。両軍が、左右の丘のどれかを目指していることだろう。リッシュモンはそのまま前進し、クリスティーナの軍と向かい合う形を保った。もう、遠眼鏡を使わなくとも、彼女の顔が視認できる。

 東西の丘の向こうでは、長弓の矢が放たれている気配だ。多少騒々しいが、悲鳴までは聞こえて来ない。こちらの他の部隊も、充分余裕を持って、矢を防いでいると思われる。

 クリスティーナ、その後背の歩兵からの長弓を警戒し、リッシュモンは兵を下げた。クリスティーナは先頭を保ったまま、馬上槍と盾を構えた。

 さすがに、重騎兵相手に正面突破とはいかない。リッシュモンは北東の丘の中腹まで兵を進め、敵の出方を窺った。クリスティーナは顔だけこちらに向けながら、前進をやめようとしない。このままこちらの本陣を落とそうという構えだが、狙いはそこではないだろう。ここらが、潮合か。

 クリスティーナの部隊の、側面を衝く配置になっている。が、このまま横腹を突くのは無理か。不意打ちでも、仕方なく側面を見せているわけでもない。歩兵は、こちらに向き直るのも早く、いつでもそう出来る構えでもある。しかしどう見ても、歩兵は突破できる程度の厚みしかなかった。突撃の合図を出しかけ、リッシュモンはしかし、クリスティーナの顔を見て絶句した。

 微かだが、笑っている。これまでの彼女が、戦場で見せたことのない表情だった。一瞬罠を警戒し、辺りを見回したものの、その気配はない。何かの策がはまって、クリスティーナはあの笑顔を浮かべているわけではなさそうだった。リッシュモン部隊四千、対するクリスティーナは、七千程か。重騎兵を除いても、正面から押し合える数ではない。

 先頭、こちらを振り返って軍を止めたクリスティーナが、なおも肩越しにリッシュモンを見つめている。部隊の横腹を見せたまま、誘っていた。堂々と、やり合おうと、こちらを手招きしているような笑みを、なおもその整った面貌に、たたえ続けている。

「今回のお前が、一番怖いな。とうとう、本物の総大将になっちまったか」

 あなたに、育ててもらったのよ。

 彼女の小さな口元が、そんな風に動いた気がした。既に敵歩兵はこちらに向き直り、左手に重騎兵、右手に歩兵と、こちらを迎え撃つ態勢が整っている。右手はやはり、そのまま騎馬隊で突っ切れると見た。こちらの歩兵がしかし一息でもそれに遅れれば、あの重騎兵に飲み込まれてしまうだろう。犠牲を厭わない、実に堂々とした構えだった。近くに、副官のソーニャはいない気配だ。誰の入れ知恵もなく、いつの間にこんな肝の据わった陣形を取れるようになっているとは、まるで歴戦の古強者のようだった。

 リッシュモンが剣を抜くのと、クリスティーナが馬首を返すのは、同時だった。丘を、駆け下りる。逆落としだが、敵歩兵もそれに対応するべく、槍を並べていた。

「ぶつかるぞ。総員、あたしに続け!」

 リッシュモンは肚の底から声を出し、さらに馬腹を蹴った。



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