とある男の仕事風景①
「竹、ちょっといいか」
「あと10秒お待ちを」
「おう」
週明けの月曜日。
いつも通り業務をこなしていると上司である萩田課長に呼び出された。
この時間だと先程メールがきた件かと思われる。
「お待たせしました」
「おーう。この13時32分にきたメールなんだけどな」
社内では強面で知られる萩田さん。
たしかに強面の風貌だが部下には優しく、時に厳しく指導してくださる素晴らしい上司だ。
所属している施設管理部になくてはならない存在の萩田さん。
そんな萩田さんが培ってきたノウハウを自分に教えてくれるということは非常に嬉しいことだ。
期待されている…恐らく勘違いではないはずだ。
期待に応えるためにも萩田さんのお願いという名の無理難題をこなさねばならない。
「図面上だとこの位置に報知器あるんだけどな。芝ちゃんとこだから個数あってねーからしれねんだわ」
「でも芝さんところの担当は小西さんですよ」
「さっき小西ちゃんと話してな。良い経験だから引き渡す前に勉強がてら見てこい」
「了解です」
「今週中に頼むわ。リスの梅子も連れてけよ」
萩田さんの依頼に反応した梅田がこっちを見てくる。
検査と聞いて外出できると思ったのだろう。
察しのいい梅田のことだ。萩田さんと自分のやり取りで何をするべきか理解しているのだろう。
すぐさま担当の小西さんのところにメモ帳を持って質問していた。
「竹。ちょっと一服いくか」
「へい、オジキお供します」
「誰がオジキじゃい」
手でタバコを吸う真似をして喫煙室に連行される。
喫煙者としてコミュニケーションならぬケムリケーションだ。
「お疲れ様です!」
「おーう、お疲れ。頑張っとるか」
「お疲れー」
喫煙室に行くと梅田と同期の新村くんがいた。
今時の若者といった茶髪をワックスで緩めに流した昨年度の新入社員だ。
喫煙室は新村くん一人だけだったため、壁にもたれ掛かる様にタバコを吸っていた。
萩田さんと気づいた新村くんは瞬く間に直立不動となった。
まだまだ威勢の良い挨拶をしてくれる。
30になりそうなおじさんとしては眩しいものだ。
自分も社会に出て新しいことばかりで輝いていたんだなーとタバコの煙を吐く。
「新村ちゃん喉か渇かん?」
「俺は大丈夫です!」
「新村くん。こういう時は喉乾きましたって言うといいよ」
「え…あ、喉渇いてます!」
「これで好きなもん買ってき。悪いけど俺らのも買ってきてくれるか?甘いコーヒーで頼むわ」
「了解です!」
萩田さんから500円を受け取った新村くんは会社の横に隣接されているコンビニに向かったのだろう。
萩田さんの「喉渇かん?」を聞いて反応できないのはまだまだだな。
「ご注文をどうぞ」
タバコが途中だった新村くんを遠ざけてしたい話なんだろう。
1本目を吸い終えて2本目に火をつけて萩田さんに要件を伺う。
「梅子たちも一年経ったやろ。梅子はいいんだがなぁ…。新村ちゃんはイマイチみたいでな」
「新村くんって施工管理部でしたっけ?」
「嶋ちゃんのとこやな」
どうやら先週金曜日の飲み会で話題に上がったのだろう。
昨年度中部支社には新入社員が5名配属された。
梅田、新村、安田、高橋、中野。
新村くんは学生気分がまだ抜けていないのか仕事に対する熱意が低いらしい。
「嶋ちゃんが悩んどってなぁ。俺ら課長が聞いても中々口を割ってくれんくて困っとるんや」
「そりゃヤクザに恫喝されたら本心は出ないですよ」
「誰がヤクザじゃ」
萩田さんとは長い付き合いだ。
今では軽口をたたける。
当初は恐ろしくて無理だったが…。
「今週梅子と検査いくやろ。そん時にちょっと聞いてみてくれんか」
「合点承知」
「梅子は優秀な飼い主がおるから安心での」
「ペット手当貰ってないんですけど」
「コーヒーでええやろ」
「やっす…」
「お待たせしました!」
ちょうどお使いを終えた新村くんが戻ってきた。
新村くんからコーヒーを受け取り、萩田さんにお礼を言って一口。
………苦い。
「新村ぁ!これブラックやんけ!」
「え、あ…すみません!」
「おこちゃま竹はブラックも飲めんのか」
「萩田さんのカフェオレじゃないですか!それ加糖だし」
「なんで俺だけブラックやねん!」
どうやらこっそり萩田さんが新村くんに無糖を買ってくるように指示していたようだ。
お釣りをお小遣いとして受け取った新村くんは幾分硬さが取れたように見える。
他部署の人間でも悩んでいれば手を差し伸べる。
そんな上司だからこそ尊敬している。
今週も頭から色々ありそうだけど頑張るしかないか…。
暮林さんに愚痴ろうかな…。
コーヒーの恨みはいつか晴らす…。