とある女の恋模様
「彼女が…欲しいです…」
私の正面に座る竹ちゃんこと竹科 紅葉。
私が事務員を務める会社の取引先の社員さん。
老け顔老け顔とよく言っているが顔は可愛いと思う。
髭と上げた髪が年齢より年上に見えているように見える。
肌綺麗だし、見る人が見ればわかるよ。
竹ちゃんの正面に座るのは私、暮林 愛海。
28歳独身彼氏なし。
とある建設会社の事務員として働く半干物女。
「バスケがしたいです、みたいに言われても私は某バスケ漫画の先生じゃないし」
「暮林先生…」
「誰が安〇先生みたいな体型だ」
「そこまで言ってねぇ。〇西先生が暮林さんみたいなモデル体型だったら違う漫画」
竹ちゃんが担当者になったのはいつだったかな。
前任者の人から引き継いだ竹ちゃん。
竹ちゃんに初めて書類を渡しに行ったときは、ヤクザが出てきた!と思ってしまったのも懐かしい。
見た目が強面の人が多い業界だけど…。
前髪を上げた髪型にチンストラップに整えられた髭。
黒縁眼鏡をかけた竹ちゃん。
色付き眼鏡だったら完全に悪い人の竹ちゃん。
「初めまして。新しく担当になりました竹科と申します」
低めの声が私に届く。
「宮川建設の暮林です。竹島さんですね。よろしくお願いします」
「いえ、竹科です…」
挨拶をそこそこに押印が必要な申請書類を竹ちゃんに渡す。
最初は慣れていないのか指が震えていた。
何度か顔を合わせることで世間話もするようになった。
年上かと思っていた竹ちゃんはまさかの一つ下だった。
嘘!と言うと「どうせ老け顔ですよ…」と項垂れる竹ちゃん。
「ID教えてもらっていいですか?」
付き合いが半年を超えた辺りに竹ちゃんがアプリの連絡先を聞いてきた。
竹ちゃんとやり取りしてるのは会社支給のスマホだから個人の連絡先はしらない。
私から連絡する時は個人スマホで連絡していたのに…。
派遣の事務員だから私には会社からスマホが支給されていない。
だから竹ちゃんに書類を渡しにいく時は事前にショートメッセージで確認してから向かう。
最初は急いで処理しなければならない申請書があり、アポを取らずに訪問した時に竹ちゃんに電話してしまった。
受付の人に取り次いでもらえば担当者に連絡してくれる。
だけど竹ちゃんとは年が近いこともあり、ショートメッセージで世間話をしていた。
今年で29になる行き遅れの私。
20代前半はモデルにキャバ嬢だった私。
その頃は可愛い、綺麗だなど歯の浮くような言葉をよくかけられた。
だけど実際に告白してくる人は少なく、私も「面倒な付き合いなくて楽ー」としか思っていなかった。
そんなこんなで気づけば28歳。
周りの友達は結婚して子供までいる。
今でも綺麗と言われることはあるが告白されることはない。
それどころか遊ぶ男もいない!
というかアプリでやり取り男さえいない!
だから同年代の竹ちゃんとのやり取りは楽しかった。
最初は事務的なやり取りだったけどすぐに世間話をするようになった。
休日は家でのんびりしているか一人で買い物にいくだけになっていた半干物女になっていた私の唯一の楽しみだった。
「飲みにいきません?」
「二人で?」
「ですです」
竹ちゃんから初めて飲みの誘いを受けた。
この頃には竹科さんから竹ちゃんに呼び方が変わっていた。
やっぱり同年代の話が合う人はいいね!
「竹ちゃん何飲む?」
「ウーロン茶で」
「いい子ぶっちゃって」
「まだ死にたくないんですよね…」
どこから見ても「今日は朝まで飲むぜ!」みたいな風貌の竹ちゃん。
この時初めて知ったけど、実はアルコールアレルギーでお酒は飲めないらしい。
飲めないのに居酒屋?と思ったけど飲めないけど飲み会は好きらしい。
竹ちゃんの新しい一面を知ることができた。
アルコールNG以外にも「元カノに浮気されて逆ギレされてビンタされた」「こんな見た目だけど子供やペットなどが好き」「子供の頃はタバコと髭が嫌いだった」「尻に敷かれたい」などなど。
その中でも意外だったのが「4,5年彼女がいない」だった。
とんでもないイケメンじゃないけど竹ちゃんもイケメンだ。
足立ちゃん(竹ちゃんの後輩)から「兄さんめっちゃ優しいし面倒見がいいんですよー」と会社の垣根を超えた女性陣の飲み会時に終えてもらった。
会社は一流企業。
性格良し、顔良し、女性の扱い良し。
優良物件竹ちゃんでも彼女がいないとは驚きだった。
やっぱり尻に敷かれたい願望がダメなんじゃないかな…。
変態だし…。
竹ちゃんとの週末飲み。
もう何回目か忘れたけど聞き上手な上に話も上手い。
実は特殊な性癖が!?とボケてみたけど尻に敷かれたい願望以外はないとのこと。
私も気づけば彼氏がいなくなって数年。
彼氏ってなんだっけ?面倒な付き合いよりも実家でのんびりするのが一番と思っていた。
だけど竹ちゃんと話ことで改めて彼氏欲しいと思うようになった。
竹ちゃんと私の口癖は「彼氏(彼女)欲しい」だった。
「最初はどうします?」
「生で」
「気分は?」
「あっさりとがっつりのがっつり多めで」
「了解」
竹ちゃんとの週末飲み。
竹ちゃんも慣れたのか今の会話で適当につまみも頼んでくれる。
さすが料理ができる弁当系男子は違うわ。
「今週もお疲れ様でしたー」
「おつかれー」
運ばれてきたジョッキで乾杯をし、タバコに火をつける。
私は電子タバコだけど竹ちゃんは紙タバコだ。
「ふぅ~…」
「竹ちゃんおっさんみたいだけど」
「実際おっさんですからね」
「はぁ?一つ上の私をおばちゃん扱いするわけ?」
「これは悪質クレーマー」
タバコの煙を吐く竹ちゃんに私がボケる。
ボケとツッコミ。ツッコミとボケ。
竹ちゃんがボケることもあれば私がボケることもある。
軽口が言えるくらいの仲にはなったと思う。
「去年きた梅ちゃんは?」
彼女が欲しいと呟く竹ちゃんに去年竹ちゃんの後輩として配属された新入社員の梅ちゃんのことを聞いてみる。
竹ちゃんが指導しているため、私にも挨拶をしてくれた。
「よ、よろしくおねがいします!」と緊張していた梅ちゃん。
新入社員らしい元気のいい可愛い女の子だった。
年を聞いたら23歳。
私の6つ下かよ…。若さが眩しいよ。
慣れないパンプスで一生懸命竹ちゃんの後ろをついていく姿はまるで小動物のようだった。
私の会社内でも、オジサマとオネエサマたちの評判も上々だった。
竹ちゃんに言われたことを一生懸命メモし、分からないことは質問をし、自分の力にしている。
竹ちゃんも梅ちゃんの姿勢にしっかりと応えていた。
建設業界に女の子は珍しくはないが少ない。
事務員は多いかもしれないが社員では珍しい。
高校から大学まで建築の勉強をしており、建築業界に興味があるとのことだった。
竹ちゃんと梅ちゃんのやり取りを見ていると竹ちゃんもまんざらではない様子。
やっぱり竹ちゃんも若い娘がいいのかなー?売れ残りのおばちゃんよりピチピチの若い娘かなー?
「梅田は妹みたいなものですよ」
子供やペット好きな竹ちゃんとしては梅ちゃんへの恋愛感情はないとのこと。
あくまで先輩と後輩。チューターと新入社員。
たしかに梅ちゃんだと竹ちゃんの望んでいる「尻に敷かれたい」ができないっぽいからね。
週末の予定が合う時は二人きりの飲み会。
毎週話題が尽きないものだと自分でも凄いと思う。
竹ちゃんが上手く話題を振ってくれるのも助かる。
竹ちゃんのおかげで毎週スッキリできているのかな?
「お疲れ様でした。酔って階段から落ちないでくださいね」
「そこまで飲んでないし。お疲れ様ー」
竹ちゃんに見送られて改札に向かう。
ほろ酔い気分で気持ちよく帰れそう。
竹ちゃんに彼女がいないのは不思議だ。
こんなにも良い男なのに。
竹ちゃんのことは気になる。
男と遊んでいなかったせいでそう感じるのだろうか。
好きなのかわからない。
気になる。
でも告白できない。
告白ってどうやるんだっけ?
「好きってなんだよ竹ちゃーん…」
私の声はホームに消えていった。