閑話:とある上司の後悔
俺は萩田 清志。
施設管理部の1課で、担当課長をしとるもんやわ。
羽島建設に努めて34年になる爺やわ。
若い頃には色々無茶したもんだが、楽しかった。
今みたいな労働時間の制限はなく、24時間働けますかちゅう時代やったわ。
他の建設会社に負けるな、追い越せをモットーにがむしゃらに仕事したもんだ。
たしかに羽島はデカくなった。
世間一般に大手と言われる企業に成長した。
だがな…。
世間が思っとる程、羽島の未来は明るくねぇ。
大手と言われるよーになってから、入ってくる人間はつまらんやつらばかり。
俺らみたいに、ギラギラした人間は少ししかおらん。
仕事はできる、かもしれん。
だが、今後の羽島を引っ張っていく人間がおらん。
次世代の育成を疎かにした俺らの責任やわ。
九州にいた時に、面白い社員が入ってきよった。
ギラギラした良い眼をしとった。
俺が一番だ、そういった眼をしとったもんやわ。
竹科 紅葉。
久しぶりに面白いやつがきたと思ったもんだ。
とにかく噛みつく。
若さの勢いに任せて物事を勧めようとする。
仕事の覚えも良く、冷静を装っているように見えるも、熱くなると止まらなくなる。
まるで狂犬のようなやつやったなぁ。
俺は上に行くんだ、出世するんだ、という意志を感じた。
やり方は今の時代に合わないかもしれない。
だが、嫌いじゃねぇ。
今の羽島では珍しい人間だった。
竹を見とると、若い頃の自分を思い出す。
だからか、竹に俺の学んできたことを教えた。
あの馬鹿は、俺にもしょちゅう噛みつきよったわ。
その度に叩きのめしたがな。
社会人一年目の若造に負ける程の生き方はしてねぇぞ。
3年経った時、竹は一人前になっとった。
予想以上の成長速度やった。
20代では一番だろう。
手塩に掛けて育てた竹や。
ちょうど本社の義くんから連絡あったんかな。
事業戦略で使える人材はいないか、と。
悩んだ。
竹を推したい。
だが若過ぎる。
できるやつになった竹を、あの過酷な環境に入れていいものか悩んだ。
できるといってもまだ若い。
事業戦略は会社の方針を考える部署だ。
集まる人材は、一癖も二癖もあるが一流。
そんなところに竹を出していいものか。
勢いでやってきた竹が、どこまで通用するか見てみたい気持ちもある。
悩んだ末に、竹を推薦した。
厳しい環境に置いてこそ、色々と学ぶこともあるだろう。
ダメだったとしても次がある。
そう思い送り出したんやが…。
『萩。竹科を引き取ってくれんか』
「は…?」
竹が事業戦略に行ってから3年が経った。
俺も九州から名古屋に戻ってきていた。
俺がおらん間に緩んだ部署を立て直すことに忙しかった。
そんな時に義くんから連絡があった。
「竹に何があったんちゅうんですか」
『…アホが行き過ぎたことをやってな。今にも潰れそうになっとる』
「あの竹がですか…?」
『俺の見えんところで色々やられたみたいでな。俺の責任だ。お前の秘蔵っ子を送ってもらったのにすまん』
義くんからは申し訳ない言葉が続く。
3年見ない間に、竹は潰れそうになっていた。
あの竹なら大丈夫と過信した。
『今は虎太郎のところにいるが、本社じゃアカン。中部で療養させてやるのが一番だと思う』
「虎太さんでダメですか…。わかりました、竹を引き取りましょう」
『すまんな』
すでに異動の調整が済んだ時期だったが、4月の異動に捻じ込んだ。
裏で義くんが権力を使って人事部を説得したようだ。
「ご無沙汰しております」
「おぅ。久しぶりやな」
4月に中部にやってきた竹。
出会ったとより、少し大人になったように感じる。
いっちょ前に髭なんて生やしおって。
太りすぎじゃないけ、何キロ太ったんか。
昔の、勢いに任せてた竹はおらんくなっとった。
その代わりに、今にも壊れそうな竹になっとった。
なにをやっちょるんじゃ。
そないな軟弱者に育てた覚えはねぇぞ。
叱責したい気持ちにもなったが、心の弱さを見抜けなかった竹に申し訳なかった。
「萩ちゃんらしくねーな」
「聞いてくれるか」
「同期の俺に言わんで、誰に言うっちゅうんや」
「仁ちゃんにゃ敵わんの」
羽島では同期やった仁ちゃん。
親父さんの調子が悪いと、30代で羽島を退職し、親父さんの会社を継いだ。
取引先の真柄となったが、今でも飲む真柄だ。
「義くんが見抜けんかったんか」
「室長じゃけの。さすがの義くんでも難しかったんやろ」
「そのアホはどうなったんや」
「パワハラ、セクハラで懲戒準備中みたいやの」
義くんから、竹がああなった原因を首にする準備中だと言っていた。
竹以外にも裏でコソコソやっていたようで、懲戒解雇は免れないようだ。
「ほーん…。萩ちゃんが育てた竹科ってのに興味があるな」
「一番の出来やわ。愛弟子やな」
「萩ちゃんにそこまで言われるってことは…相当できるんだな」
「おぉ」
竹は教え子の中でも一番の出来だ。
俺の知識も技術もなんでもスポンジのように吸収していった竹。
掛け値なしに一番じゃ。
「ならうちに任せてくれんか?」
「橋本組にか?出向できる状態やないぞ」
「そうじゃねーわ。男の傷を癒すんわ女の仕事と昔から決まっとる」
「どういうことや…?」
「美人なねーちゃんを入れてな。だけんど色々あってな…」
「その話詳しく聞かせーて」
その後、仁ちゃんにも認められた竹は橋本組の担当に。
書類を持ってきてくれる姉ちゃんべっぴんやな…。
ちょっと竹、俺と交代せんか?
じゃかあしい!
上司命令じゃ!
笑えるようになってよかったの。
今はゆっくり治すんやぞ。
補足です。
萩田さんと橋本さんは羽島建設の同期です。
義くんは後で出ます!
二人の先輩です。




