01
「おはよう」
いつもの場所、いつもの時間。
大樹の根元で私は小さく見えた彼に手を振る。今日届いた青い手紙とともに。君はどんな表情をしてくれるだろう。そこに、少しの悪い期待があったけれど、止められなかった。
「……うそだ」
君の目が見開く。呆然とした表情で、目の前の事実を受け入れまいとしている。
「君、視力は悪くなかったはずだろう?」
それがやっぱり嬉しくて、必死に表情を抑えながら君が落としたかばんを拾う。一緒に手紙を差し出せば、ひったくるような勢いで取られてしまった。
ゴシック体の太字で“生産性シミュレート結果に基づく基本的人権廃止決定通知書”と主張してあるタイトルを見逃すことなどできないだろう。赤紙ならぬ青紙や不必要通知だなんてわかりやすい通り名のせいでいささか認知度に欠けるフルネームといえどもだ。
「やっぱりうそですよ、何かの間違いだ。だって、こんなのおかしい」
「事実だよ、今君の手の中にあるものが何よりの証拠だろう?」
彼の手で強く握られて、いまにもくしゃりと潰されそうな手紙を指す。
「だって、だって!」
わがままな子供のような君の手を取る。あぁ、そんな悲しそうな顔をしないで。
「不必要通知、今時小学生でも知っているようなカンタンなものだよ。難しくもなんともない」
増えすぎた人類に対し間引きを行ういたって合理的なシステム。成立にあたっては様々な問題があったらしいけれど、必要性が上回った結果こうして社会の底でこっそりと行われている。
その通知が私に届いた。ただそれだけ。生産性がなく社会貢献できないと判断された人間に自殺を推奨する、公共の福祉の究極。
「私はこの世にいらない人間だと診断された、ただそれだけだよ」
君はぶんぶんを首を横に振る。これ以上何かを口に出せば泣いてしまいそうなのだろう。君の中で泣く権利は私のものなのだろうか。だとしたらその健気な姿に涙してしまいそうだ。
これ以上何を言っても君を傷つけてしまいそうで、その姿に喜んでしまいそうで。少し遠くで予鈴が鳴るまで君の手を包むことしかできなかった。
「ほら、これ以上ここにいたら遅刻してしまうよ?」
「……」
手を放して、背中を押す。何歩か前に踏み出した後、意を決したように君が振り返る。
「先輩は」
かすれた声で、それでもようやく君が紡いだ質問に私は答えを返せなかった。
「先輩、いなくなっちゃうんですか?」