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嘘を吐くとき、耳を触るって誰が言った?  作者: 翼 くるみ
Ⅱ.3つの「あう」
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9.作戦(2)

奈々の姉、澄玲さんの講義が始まります。

 僕と奈々が横に並び、向かいに澄玲さんが座っていた。それはまるで、何かの面接か講義の始まりを予感させる様な配置だったが、やはり澄玲さんの顔は笑っていて、この人が面接官か講師ならば、随分とふざけている。


 「つまり樹は、その詩織センパイっていう人と付き合いたのね?」


 僕らが恋愛本を広げていた事情を聞いて、澄玲さんは満足そうな顔をしていた。たぶん、僕をからかうネタが増えて嬉しいのだろう。それにしても、今はお昼前だから、澄玲さんは夜勤明けのはずなのに、随分と元気過ぎやしないか。徹夜をすると、妙なテンションになってしまう、という話は真実なのかもしれない。


 そんな元気過ぎる澄玲さんは、茶髪のポニーテールを揺らし、今度は自分の妹に顔を向けた。


 「で、なんであなたがいるの?」


 話を振られた妹の奈々は、咄嗟に丸眼鏡の縁に触れる。表情は変わりないが、それは彼女が動揺した時にとる仕草だった。


 「別に……」


 奈々は視線を落とし、重い前髪で顔を隠した。そして、口を閉ざす。不都合があると、喋らなくなる。それも彼女の癖だ。


 澄玲さんは、そんな妹の言動を見て、呆れた顔を僕に戻した。


 「奈々に聞いた私が馬鹿だったわ。で、何で奈々がいるの?」

 「えっと、それは——」


 さすがに奈々の「来夢」の事までは、澄玲さんにも言えなかった。まあ、言ったところで、あなた達、馬鹿じゃないの? と嘲笑われ、信じてもらえないだろうけど。


 でも、だからと言って僕に適当な嘘がつける訳もなく、苦し紛れに真実の一部を話すしかなかった。


 「相談に乗ってもらっていたんです」


 奈々に相談していたことは嘘ではない。だが、澄玲さんは信じられないと言わんばかりに驚いた表情を作った。


 「えっ? 奈々に?」

 「はい」と僕が頷くと、澄玲さんは、唖然としたままもう一度奈々を見た。奈々も僕の話に合わせて、小さく頷いた。それでも澄玲さんはまだ信じられないといった表情をしていた。


 しかし、澄玲さんが驚くのも無理はない。恋愛とは無縁の奈々に、恋愛について相談するなど、通常考えられない事なのだ。それは数少ない奈々の知人や親族のなかでは共通の認識だった。


 「樹。あなたって、そんなに馬鹿だったっけ?」


 ああ、僕は馬鹿だとも。なんせ詩織センパイと付き合いたいなんて思っているくらいだからな。


 「他に相談する相手がいなくて……」


 僕には一応トモダチはいたが、とても腹を割って話せる気にはなれなかった。ましてや、詩織センパイと付き合いたいなんて、口が裂けても言えない。


 澄玲さんは、僕の切実な表情を見て少し黙った。それから白々しく気の毒そうな顔をして、腕を組む。


 半袖から伸びる澄玲さんの腕は白くて華奢だった。看護師というのは、重労働のはずなんだが、あんな細腕で務まるのだろうか。


 僕がそんないらぬ心配をしていると、澄玲さんは腕組みを解いて、ポンと両手を合わせた。目も大きく見開いていて、何か思いついたのだろう。だが、嫌な予感しかしない。


 「餅は餅屋!」

 「は?」


 何を言っているのだろうか。この人は。


 「樹、餅は餅屋なのよ!」


 同じ事を二度も言ったが、僕にはその意図が読めなかった。だけど、聞き返す気にもなれず、黙って見詰めていると、澄玲さんは話を催促されているのと勘違いして、勝手に話し始めた。


 「餅を買うなら、餅屋さんに行くでしょ。本を買うときは、本屋さん」


 澄玲さんは、テーブルに置いてあった恋愛本を手に取ってみせる。だが、まだ意図は読めない。


 「何事も専門家に聞くのが、一番なのよ」

 「は、はあ」


 僕はとりあえず相槌を打つように頷いてみせるが、理解不能だった。それでも、澄玲さんの表情は、徐々に自信に満ちていく。


 「だから、恋愛も恋愛の専門家に相談するのがイチバン!」


 もしかして、この人は——。


 「恋愛の専門家と言えば、この私、佐倉澄玲さくら すみれお姉さまでしょ!」


 自分で「お姉さま」と呼んでいる所があざとい。


 確かに澄玲さんの言う通り、僕や奈々なんかより、澄玲さんの方が人付き合いは上手だし、恋愛経験も豊富そうだ。でも、だからと言って、この人が「餅屋」なのかは疑問だ。それに僕と澄玲さんは、人種が違う。僕は奈々のような影とまではいかないにしても、どちらかと言えば、内気な方で、澄玲さんのように勢いで何でも済ませてしまうような人間ではないのだ。


 その辺をこの似非えせ餅屋が理解しているとは、とても思えない。しかし、僕の心配と疑念をよそに、澄玲さんは自信たっぷりに胸を張る。


 「まあ、私に任せておけば、楊貴妃だろうが、クレオパトラだろうが、簡単に落としてみれるわよ。だから安心しなさい!」


 なんで外国人ばかりで、小野小町を挙げないのだろうか。不安が募る一方だった。


 でも、僕に拒否権はなく、それに他に頼る当てもなく、首を縦に振る以外の選択肢も見いだせないまま、僕は答えた。


 「わ、わかりました……」

 「じゃあ、決まりね!」


 澄玲さんは満足そうにそう言うと、席を立った。


 まさか、これで今日の話は終わりなのかと思いきや、澄玲さんはスキップをするような足取りで注文カウンターに向かうと、「アイスカフェラテくださーい」と、やはり夜勤明けにしては元気過ぎる声を上げた。


 そして、アイスカフェラテを手にして戻ってきた澄玲さんは、飛び跳ねるように席に着いて、自分は「恋愛の専門家」だと言わんばかりに、僕らと向かい合った。


 「さあ、今から澄玲先生の恋愛講座を始めるわよ」


 どうやら今から話の本筋が始まるらしい。少しばかりうんざりする反面、似非餅屋に頼るしかない自分の非力さを情けなく思う。


 そして、澄玲さんはテーブルの上にガムシロップを3つ並べる。


 「恋愛はね、3つの『あう』を大事にすれば良いのよ」

 「3つの『あう』?」


 僕が聞くと、澄玲さんは「そう!」と、大きく頷き、既に甘いカフェラテにガムシロップを1つ垂らし始めた。


 「1つ目は『良く会う』」

 「良く会う……」と僕は真面目な生徒のように復唱する。その間に澄玲さんは、2つ目のガムシロップを開け、カフェラテの上に持っていく。


 「2つ目は『話が合う』」


 2つ目のガムシロップが、カフェラテにゆっくりと垂らされていく。僕はその様子を見ながら、また「話が合う」と復唱した。


 「そして——」と、澄玲さんは言いながら3つ目のガムシロップを開けた。


 「3つ目が『助け合う』」

 「助け合う……」


 僕が呟く間に、3つ目のガムシロップもカフェラテに垂らされ、そして、溶けていく。あのカフェラテは、絶対に甘いだろう。


 「『良く会う』、『話が合う』、『助け合う』。この3つさえ押さえておけば、その詩織センパイって子も簡単に落とせるわよ」


 澄玲さんは、まるで自分には結果が見えているような口ぶりでそう言って、甘くどくなったカフェラテを一口飲んだ。


 「うーん、まだ甘さが足りないわね」


 この姉妹は、対称的ではあるが、顔以外にも甘党である、という点が似ていた。


 しかし、澄玲さんはどこからそんな自信が湧いてくるのだろうか。甘い物は全て美味しいと思っているような人だから、何か行動を起こせば全て上手くいくと思っているのだろう。


 しかし、僕は知っている。


 確かにカフェラテにガムシロップを3つも入れれば、そりゃ甘くなるだろうが、世の中はそんなに甘くはない。自分はガムシロップを入れたつもりでも、実際はワサビとかカラシとか入れているかもしれないし、砂糖によく似た塩かもしれない。そうしたら、甘くなるはずなんてないのだ。


 だけど、僕は勢いにのまれる人で、澄玲さんは勢いを押し付ける人。従って、僕に拒否をするという選択肢はなく、曖昧ながらも頷くしかなかった。


 「な、なるほど……」

 「じゃあ、それらについて、今から詳しく話すわね。あっ、でもちょっと待っててね」


 僕はそう言って、追加でガムシロップを取りに立った澄玲さんを見て思う。


 いっそのこと、ガムシロップを飲めばいいのに。


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