第三章 新たな仲間
第三章 新たな仲間
あれからすっかり日も暮れ、街は昼間より活気があるように見える。
あの後、ジョンを探すことにしたのだが一向に出てくる気配が無い。
「きっと、ジョンのことだからそのうちどっかからひょっこりと現れるわよ」
クリスは、さも当然の様に言った。
「そういうもんなのか?」
アレクはまだ納得出来ない様子。
暗殺者を引きずりながら歩いている。
「そういうもんなの」
「じゃあ、探す必要は無いわけだな」
「えぇ、そうよ」
「じゃ、さっさとこいつを置いて来るか」
「ここでいいんじゃない?」
ここは、警察署の前だ。
「そうだな。これで良し…。っと」
アレクは、暗殺者をそのまま置き去りにしてそのまま行こうとすると、後ろから誰かが声をかけてきた。
「すいませ〜ん。これ落ちましたですぅ」
女の子の様だ。
何か情けない喋りかたしているけど、決して舌っ足らずと言うわけでも無い様だ。
アレクは、ギクッとした。
こんなに人通りが多いんじゃ、うまく逃げられないかもしれない。
「気付かないふりしてそのまま行きましょうよ」
見て悟ったのかクリスが小声で言った。
「そ、そうだな……」
うわべだけは冷静を保つことが出来たが、内心はかなり動揺していた。
「ねぇ〜。聞こえないんですぅ?」
声はまだ続いている。
「走る?」
アレクが聞いた。
「飽くまでも気付かないふりよ」
クリスは内心も落ちついている様子だ。
「おぉ〜い」
声はさらに大きくなっている。
アレクは、気付かれない程度に早足で歩き出す。
その時、後ろから何かが飛んで来てアレクの頭に直撃した。
「ぐはぁっ!!」
アレクは、そのまま倒れこんでしまった。
何と、飛んできたのは暗殺者だった。
アレクでさえ持ち上げてすぐ下ろすくらい重いのに、それを投げつけるなんて凄い怪力の持ち主だ。
「大丈夫アレク?」
「あっ、ゴメンですぅ…」
さっきの女の子が掛け寄ってきた。
「あんた、いきなり何をするのよ?」
「だって、呼んでも振り向いてくれないなんて酷いですぅ」
女の子は悪びれた様子も無く言った。
「いてててててて!」
アレクは頭をさすりながら起き上がった。
「本当に大丈夫なの?」
クリスは心配そうだ。
「本当にゴメンですぅ。こんな事になるはずは無かったんですぅ」
アレクは、今喋っている女の子を見て呆然とした。
歳は十四〜五くらい、いかにも華奢でこの暗殺者を投げるだけの力を感じなかった。
しかも、息を全く切らしていない。
こいつが投げたモノが、オレを気絶させただと?
冗談じゃない!!
「クリス、逃げるぞ。こんな奴と関わってたら命が幾つあっても足りないぜ」
アレクは早くも逃げモードだ。
「あっ、それじゃあまた」
クリスはそう行ってアレクとともに歩き出した。
「あっ、ちょっと待って欲しいですぅ!」
女の子はアレクの腕をつかんだ。
アレクは、そのまま行こうとしたけどそれ以上に女の子の方の力が上でそれ以上無視することは出来なかった。
端から見たら痴話げんかでしかない。
「オレには待てない理由があるんだよ」
アレクは、何とか手を離してもらった。
「何ですぅ?理由って…?」
「これは、オレが落としモノじゃないの」
アレクが説明にならない言い訳をした。
「でも、あなたが落とす所見てたですぅ!」
女の子は、拳を握って力説する。
「違う、それはモノじゃない。一目見れば解るだろうが」
アレクが大声で言い返した。
「モノじゃないって、じゃあ何ですぅ!」
その女の子は、縄を解き始めた。
どうやら、本気で解らなかったらしい。
「やめろ。その縄を解くな!」
アレクは必至に制止した。
「そうよ、止めなさいって…」
クリスもアレクに合わせて言った。
「そいつは危険人物だからやめてくれ」
途中から叫び声に変わっていた。
「『きけんじんぶつ』って何ですぅ?」
すでに縄は解かれ、危険人物<暗殺者>は夜の街へと消えて行った。
「あ、逃げられた」
クリスが惜しそうに言った。
「あれ、何も無いみたいですぅ」
女の子が言った。
アレクは、言葉を返す気力も残っていなかった。
「何であんたまでついて来るんだ」
アレクが女の子に向かって言った。
さっきの女の子は、何事も無かったかの様について来ている。
「悪く思ってるんですぅ。だから、最後まで責任を取らせて欲しいですぅ」
アレクは、事態が悪化する前に早くこの女と別れたかった。
つくづく運の無い男である。
せめて、盗賊の様に逃げ足が速ければこんなに苦労すること無かったのに…。
「いいじゃない、別に悪気が合ってやったわけじゃないみたいだし」
クリスは、何時の間にかうち溶け合っていた。
「悪気が無い分タチが悪いわ!」
アレクが、そう言って必至の抵抗を試みたが無駄に終わった。
こんな街が出たことも無いような連中を街の外に出したらまとめてのたれ死ぬのがオチだ。
「あなた、名前は?」
「えっ?名前はレナですぅ」
「レナちゃんね。よろしく。それであっちのふてくされてる男はアレクよ」
「あの、アレクさん。レナ、一生懸命ガンバしますのでよろしくお願いするですぅ」
レナは、ニコッと笑った。
アレクは、困ってユーリィを見たが、ユーリィは毛繕いなんかして何処吹く風だ。
「ああ、もう勝手にしろ」
アレクはすっかりご機嫌斜めだ。
「アレクさんどうしたんですぅ?」
レナは相当鈍感だった。
「アレクってね。照れ屋なんだよ」
アレクは、ほとんど一人で行動することが多かったのは照れ屋だからなのかもしれないと思ったこともあるくらいだ。
「アレクさん!照れなくてもいいですぅ。レナも一生懸命ガンバするですぅ!」
レナは、いつのまにかアレクの正面から顔を見つめていた。
「わっ、解ったから止めてくれ」
アレクは、手で顔を覆いながら言った。
じっと、見つめられると何か魔法掛けられたみたいに魅入ってしまうのだ。
「何か罠にはめられた気分だ」
アレクがつぶやいた。
「ねぇアレク。暗殺者は探さなくていいの?」
クリスが訊いた。
「別に放っといたって、また正面から現れるようなかわいい奴さ」
アレクはそのことに関しては心配して無い様子。
あの暗殺者は自分の欠点を知ってるのだろうか?
「アレクさん。これから何をするんですぅ?」
レナは、すっかり馴れ馴れしくなってしまった様だ。
「『アレクさん』って呼び方止めてくれないか。アレクでいい。もしかしてオレが何かをするって言ったらお前等付いて来るつもりなのか?」
どうせなら、付いて来ない方がいいと思ったがこの雰囲気から察すると付いて来るつもりに違い無い。
「当然でしょ。私達仲間なんだし」
「もちろんレナもついて行くですぅ」
「……例えこの街を出ると言っても?」
アレクは、町の人が外に出るということがほとんどないということから、そう訊けばためらうのかもしれないと思った。
しかし、町の人は外に出たいと言う願望があるものだ。
きっかけさえあれば、ためらう必要など無かった。
「ええ、行くわよ」
「レナも行くですぅ。アレクさんと一緒に行きたいんですぅ!!」
アレクの発言は、二人の好奇心を刺激しただけだ。
「何てことだ。この街にはひまじんしかいないのか?」
アレクは溜め息をついた。
「悪い様にはならないわよ」
「大丈夫、レナがいるじゃないですぅ!」
何がだ、とアレクはココロの中で思った。
「ねぇアレク。さっきの公園でもう一度休まない?」
「そうだな。頭がまだくらくらするし、そうするか」
アレクは頭をおさえ、レナを見ながら言った。
「わっ、だから、あ、あの、ゴメンなさいですぅ…」
お詫びとして、レナは一人で飲み物を買いに行った。
この公園には灯りがあるので暗くは無い。
アレクは、ベンチに座ってすっかりくつろいでいた。
クリスは、アレクの隣に座って星を眺めていた。
「星っていくら眺めていても飽きないよね」
「ああ」
アレクは素っ気無く答えた。
頭がまだ痛い所為もある。
「はいっ、アレクさん。これで許して欲しいですぅ!!」
レナは、アレクとクリスにジュースを手渡した。
「ありがとう、レナ」
アレクは素直にお礼をいった。
「これ、とってもおいしいんだそうですぅ!!」
「そうなの?」
「はいっ!そうですぅ!!」
「どうせなら、あの星空に行ってみたいわ」
「無理に決まってんだろ」
アレクは身もふたも無い言い方をする。
当然ながらこの世界には、宇宙に行く技術など存在しない。
一般的に宇宙に行きたいと考えるのは神になりたいと考えている人間か、変人のどちらかだろう。
「そうね。神への冒涜よね」
クリスもそう思ったらしい。
「あ♪これおいしいですぅ!!」
レナは一人、話には無関心だ。
「んじゃ、行くか」
アレクは、一人立ち上がった。
「何処行くの?」
「待って欲しいですぅ」
二人同時に言った。
「何処って魔女の屋敷だよ。それよりも二人とも親は心配しないのか?」
「だいじょび。私は口裏合わせれば結構平気よ」
「レナも、平気ですぅ」
「…。ホントか?特にレナ」
「レナは、大丈夫なんですぅ!!」
アレクにとっては、初めて魔女に挑む事になる。
そもそも、剣と魔法では、端から勝負になら無い。
それが、今まで戦って来なかった理由でもあるが、たいていの魔女は魔法使いが十人掛りで束になってかかっても適わないというのだから無謀にも程があるというものだ。
「わくわくしちゃうんですぅ。こういうのってなにかいいですぅ!!」
レナは嬉しそうだ。
「ねっ!」
クリスも同じことを考えていたのだろう。
「遠足じゃないんだぞ。これから死ぬかもしれないってんだし……」
楽天的な考え方しかない二人に向かって言った。
「それは、エキサイトな感じがしていいんじゃない?」
「『えきさいと』って何ですぅ?」
レナが訊いた。
「え〜と、何だっけ?アレク」
レナに聞かれて困ったクリスがアレクに振る。
「オレに振るな。エキサイトって言うのはな『興奮する』って意味だよ。一般常識じゃないか」
アレクはあきれていた。
「凄い、よく解るわね」
クリスが関心したように言った。
「『いっぱんじょうしき』ってどういうものを言うんですぅ?」
レナがどうでも良いようなことを突っ込んできた。
「それじゃ、オレが普通じゃ無いみたいじゃないか」
アレクは、勘違いされては困るという感じで言った。
「結局アレクは、常識に付いて語れなくなったのね…。ふぅ」
クリスは、わざとらしく溜め息をつく。
「んなわけあるか。この常識人に向かって。『一般常識』っつうのはな一種の目安みたいなものさ。100人いたら半分以上答えるようなものが、一般常識ってヤツだろう。多分……」
「そうなんですぅ?例えば肉が好きな人と嫌いな人とで、好きな人が多いから、それは『いっぱんじょうしき』で肉は好きって事になるんですぅ?」
レナはレナなりの解釈をした。
「それは好みの問題だと思うが…」
「レナちゃん。それ、違うんじゃない?」
レナにニュアンスの違いなど説明しても無駄だと思う。
「違うんですぅ????」
レナは首を傾げた。
「違う、好みとはあくまで個人的なモノだ。例えばレナの嫌いな食べ物は?」
「え〜と、レナは魚が苦手なんですぅ…」
「魚が?魚が好きな人も当然多いよな。嫌いな人はあんまりいない。これでも魚が好きなのは『一般常識』にはなら無い。嫌いなモノを『一般常識』だからって無理に好きになろうとしてもそう簡単に出来るモノじゃ無い。『一般常識』ってのは、人を殺すのは悪いことだとか、そういうののことを言うの」
アレクが力説した。
「ん〜何となく解ったですぅ」
レナは、いまいち理解したと言う感触が無い。
アレクは、絶対解ってないなと思った。
レナは、なにか閃いたのかニコッと笑った。
「レナが魚を好きになれば、それは『いっぱんじょうしき』になるんですぅ!」
「だぁ〜」
アレクは派手に転んでしまった。
やはり、理解していない。
「大丈夫ですぅ?」
レナが心配そうに顔を覗きこむ。
「もういい!」
アレクは、疲れたような表情をしながら起き上がった。
「変だったですぅ?」
レナは、何故アレクが怒ったのか理解できていない。
「そうだ、レナ。この街の外れに魔女の屋敷があるのを知っているよな?」
いつまでたっても話が進みそうも無いのでアレクは話題を変える事にした。
「それならレナ、知ってるですぅ!」
「行ったことは?」
「無いですぅ。聞いたことしかないんですぅ」
レナは申し訳なさそうに言った。
「なら、いいんだ」
アレクにとっては、別にどうでもいいことだった。
「一体どうしたの?」
おかしくおもったクリスが訊いた。
「何か、作戦立てようかと思ってさ……」
アレクが考えながら言った。
「いいわ、立てましょうよ。無いよりはマシよ」
「レナも、作戦を立てた方がいいと思うですぅ」
二人ともアレクの意見に賛成した。
「あまり意味は無いけどな」
「それでも無いよりはマシ!」
アレクは少し考え込んだが何も考えつかなかったのでクリスに聞いた。
「何時間くらい掛かる?」
「1時間もかから無いわよ」
クリスは即答する。
「眠く無いよな?」
「全然平気。夜更かしオッケー」
「レナも眠くないですぅ」
「じゃあ、これ食べて」
アレクは、白い錠剤を手渡した。
「コレは何?」
クリスは、手渡されたモノを見ながら訊いた。
「眠気止め。結構効くんだぜ」
アレクは、すでに飲んでいる。
「眠気止めね」
「作戦はとにかく『寝ない』だ。夜だしな。眠くなるかもしれない、オレがなんとか出きる範囲でカバーするから絶対寝るなよ。寝たら置いてく」
アレクが言った。
「レナは、絶対寝ないでついてくですぅ!」
「よし、気合だ。せーの」
「おー!!!」
「おーですぅ!」
こうして、ドルジナの夜に三人の無謀極まりない戦士たちが誕生したのでした。




