第一章 都市国家ドルジナ
第一章 都市国家ドルジナ
「こんなとこに、街なんてあったのか」
少し高台の街の景色が一望できる場所に、一人の男が立っていた。
男は、防具など一切身に着けておらず、極めて軽装で武器はロングとショートの二本のソードがあるだけ。
歳は、17くらい。黒髪に黒目。顔はどちらかというと幼顔。いわゆる童顔。
そして、男の肩には、一羽の真っ赤な鳥が止まっている。
男の名はアレク。実は本名じゃない。
昔からそうあだ名で呼ばれていたし本名を名乗る気はさらさら無い。
過去にいろいろあったので命を狙われる事も良くある。
でも、今ではこっちの名前のほうが一般的に通っている。
アレクの職業は冒険者ではなかった。
少なくとも、目的が達成されるまではこの生活が続くだろうし、達成したら即止めるつもりでいた。
その目的とは、今アレクの肩に止まっている赤い鳥に変えられてしまったユーリィを元の姿に戻す事だ。
それで、目的を果たすついでに冒険者みたいな事をやっているのだ。
「たまには、のんびりしたいものだ」
アレクはため息をついた。
近頃どうも災難続きで休むヒマが無い様に感じる。
例えば、道を歩いていたら、後ろから逃げてきた男にいきなり財布を投げて渡され、仲間と勘違いされて追いかけられたり、あやしい宗教団体の訳の解らない実験の実験台にさせられそうになったり、他にも色々あってはっきりいって疲れたのでのんびりしたいものだ。
しかし、世の中そんなに甘くなかった。
なぜなら、これからアレクをもっと不幸にする人たちに囲まれるのだから…。
その街は、街というよりも一つの国家に近かった。
街の中心部には、大きな城が建ってるし、その周りには教会とかも立派に建っている。
正直言って、こんなところに大きな街があるとは、誰も知らなかったし地図にも載っていなかった。
アレクは取りあえず街を歩いた。
別に仕事を探していたわけではない。
ただぶらぶら歩くのが趣味だった。
大体、そういうときは何も考えてなかったりするが、別にいきなり襲われても、そう簡単にやられないだけの自信があったので、特に注意を払うことをしなかった。
気が付くと、目の前には人だかりがあった。
アレクは素通りしようとしたが、気になったので何をやっているのか見てみようと人を押しのけて中へと進んでいった。
中では、三人のごろつきと、十四〜十六くらいのワンピース姿の少女が激しく口論をしていた。
「兄貴にぶつかってあいさつもなしとは、どういうことだ!?」
「あんた達がしっかり前を見てないのが悪いんでしょう?」
今にも殴りかかろうとしているのに対し、少女のほうは平然としている。
しかし、周りの人はただそれを見守っているだけで助けようとはしない。
ちっ、勇気のある奴はいないのかよ。
アレクは前に進み出た。
どうも人を見捨てることができない性格らしい。
「おとな気のない奴等だな」
アレクはつぶやいた。
周りは一瞬静まり返った。
「何だ?てめぇは!?」
ごろつきの一人が言った。
「そんな子供の相手なんてよっぽどヒマなんだな?」
アレクは溜め息をついた。
「それじゃあ、てめぇからぶっ殺してやろうじゃねぇかよ」
声と同時に二人で殴りかかってきた。
「無駄なことを…」
アレクは念じた。
すると、アレクの周りに見えない結界が出来る。
殴りかかった手が途中で止まる。
ごろつきは、何が起こったのか解らず、思わず自分の握り締めた拳を見た。
「!?」
「き、貴様、魔法使いか?」
ごろつきの一人が叫んだ。
「まっさか。魔法使いだったら一瞬であんたらを殺しているかもよ」
アレクは手の内を明かすつもりはさらさらない。
そして、さっと近づいて、腹に一撃して気絶させた。
一瞬の神業だ。
「!?」
突然後ろから殺気がした。
とっさに振り向くと、そこには一人のごろつきが金属の長い棒を持って殴りかかってきた。
アレクは念じ、頭の上に結界を作る。
勢いが掛かった金属の棒は、アレクの頭上で止まった。
「体力があるんだったら、冒険者にでもなれば?」
しかし、男は怯むことなく力いっぱい金属の棒を押しつけている。
アレクはもう1度念じた。
すると、男はあっさりと吹っ飛んだ。
「うっ!?」
「君達の力じゃオレには勝てないよ」
すると負けを悟ったのか残った男は、「覚えてやがれ」と捨てゼリフを残し、走り去って行った。
周りの人々は思い思いに拍手した。
相手は人間だからあんまり殴ったりしたくなかったが、あれくらいならいいか。
「大丈夫?」
アレクは、少女に尋ねた。
少女は突然の出来事に、きょとんとしていたがすぐに目を輝かせてアレクを見た。
「凄い。今の何?」
つまり、触れてもいないのに相手をふっ飛ばした事に付いて聞いているのだろう。
今の答えからすると、多分大丈夫なんだろうと思った。
「今のはオレの秘密兵器。色々使いこんでいるからちょっとした離れ業が出来るんだ」
少女は、手をポンッと叩いた。
「じゃあ、私の家に来ない?」
「クェ!?」
ユーリィが一声鳴いた。
戦っていた関係で、下においてある荷物の上に止まっているが。
「そんなこといわずに、ね」
「…。解ったよ、少しだけだぜ」
考えてみれば断る理由なんて無いし、大人しくついて行く事にした。
「ここが私の家よ」
たどり着いたところは、いわゆる立派なお屋敷って奴だ。
2階建てで、広い庭のど真ん中には、大きな噴水がある。
「こっちが近道だから、私について来て」
アレクは、そのまま少女の後について行く。
「オレも、一度でいいからこんな広い家に住んでみたいな」
アレクが、感嘆の声を上げた。
「冗談じゃないわよ。死ぬ程つまらなくって退屈なんだから」
少女は、吐き捨てるように言った。
「そんなものなのか?」
アレクは、少し拍子抜けた声を出した。
「ごめんね。別に怒ってなんか無いから、でも本当よ。あ、私こっそりでてきたから、気付かれないように入らないといけないんだけど、やっぱり裏口から入るしかないわよね」
少女が言った。
「平気なのか?」
アレクは、少女が考えていることが解らなかったらしい。
「平気よ」
そう言って裏門の戸を開けて、中に入って行った。
「端っこを歩いて行けば誰も気付かないわよ」
「何かヤな感じがする」
そして、裏口の前まで来た。
「私の部屋に行くまで足音を立てないように注意して歩いてね」
「はいはい」
アレクは小声で応答した。
「じゃあ、入るわよ」
そう言って裏口の戸を開けて、中へと入って行った。
しかし、心配は杞憂に終わったようで誰にもすれちがうことが無かった。
部屋の鍵を開けて、中に入って内側から鍵を掛けた。
「さあ、これでひと安心ね」
少女は溜め息をついた。
「よくあれだけ広くて、誰にも合わないで来れるよな」
「まぁね。いつもやってることだもん」
少女は得意げになって言った。
アレクは、部屋を見回した。
少女の部屋はなかなか広く、机、イス、ベッド、数冊の本、そして日記帳らしきものがあった。
「ところで、あなたの名前なんて言うの?」
少女は興味ありげに聞いた。
「ん?オレの名前か。アレクだ。で、俺の肩に止まっている鳥は、ユーリィ。であんたは?」
アレクは、手短に自己紹介を済ませた。
「アレクね、解ったわ。私の名前は、クリス・ソアード。クリスって呼んでね。それで、あなた見かけない顔だけど他所者なの?」
「この街の人間から見れば、間違い無くオレは他所者なんだろうな」
「へぇ〜。やっぱりそうなんだ。この街に他所者が来るなんて珍しいわよ」
クリスは明らかに好奇心を持っている。
「そう言えば、地図にも載って無いから変に思ったよ。こんなに大きな街なのに…」
アレクは不思議そうに首を傾げた。
「ク?」
肩に止まっていたユーリィが、アレクの首の動きに驚いてあわてて飛んで反対の肩に止まった。
「おっと、すまん」
アレクはユーリィをなでた。
「逆を言うと街を出て行く人もいないのよね」
「変わったところだな。お前、ひょっとして…。この街から出たいと思っているんじゃ…」
アレクは、クリスの様子を見て思わず口にしてしまった。
それと同時に嫌な予感がした。
「えっ!?何で解ったの?私、冒険に出たいなってずっと思ってたんだけど、みんな私のこと変人扱いするのよ」
クリスは、拳を強く握り締めながら言った。
「それはこの街の人の考えだろう?オレは別に変だと思わないけど…」
アレクが言った。
「それで私ね、アレクの旅に同行させてもらうことにしたの」
「悪いが、それはできない。はっきり言って君をかばいきれるだけの余裕は無い」
アレクはきっぱりと言った。
つまり、足手まといだと言っているようなものだ。
「それは問題無いわ。自分の身くらい自分で守れないようじゃ、とてもじゃないけど冒険になんか出られないわよ」
クリスは、自信に満ち溢れた顔で言った。
「で、何かやってたわけ?剣術とか?」
アレクはあきれた顔で聞いた。
「ま、まあね。私にはしもべがいるし。ジョン」
クリスは、犬笛を吹いた。
当然何も聞こえないので、何が起こるのかアレクには解らなかった。
「そんなに大きな音を出さなくても聞こえてますよ」
何処からとも無く声が聞こえてきた。
犬笛の音を聞き取った!?そんなバカな…」
「お前、何したんだ?」
「ちょっと待ってて、すぐ来るから」
「そこにいると危ないですよ」
声と同時に上から何かが降ってきた。
それは、地面にスタッと着地した。
「な、何だ?」
アレクは驚愕の声を上げた。
「彼はジョン。いろいろ変わった特技を持っているのよ」
ジョンは、手を差し出してきた。
「どうも始めまして」
アレクは、やけに丁寧な言葉遣いが気になったがその手を見て一言言った。
「何のつもりだ?」
なんと手には針を持っている。
しかも、先端にはしびれ薬らしい何かが塗ってある。
「いやぁ、貴方の噂は聞いていましてね、ちょっと実力を試して見たかったんですよ。ちなみに、毒なんて物騒なモノは塗って無いですよ。これは蜂蜜なんですよ」
そう言って、ジョンは針の先端をなめた。
「ゲホッ、ゲホッ…」
そして、すぐ咳き込み始めた。
「クリス、何者なんだ?これ」
アレクはあきれていた。
「一応、私の世話係だけど。行動が謎めいていて面白いわよ」
「よく雇ったなぁ…」
「これでもプロなんですよ」
「そう言えば、あなたが街で使ったアレはなんだったの?」
今思い出したかのように言った。
「あれって、物理障壁のこと?」
「でも、人が吹っ飛んでたじゃない?」
クリスが言った。
「魔法道具らしい。昔苦労して手に入れたんだ」
そう言ってアレクは左手を出した。
左手の人差し指に、青い宝石がはめ込まれた指輪があった。
「これがそう?」
クリスは、それに触ろうと手を延ばした。
「待って、見ただけじゃあ解らないと思うから何かで試そうか?」
アレクは辺りを見まわした。
「アレク、後ろ?」
クリスが後ろを差した。
アレクは後ろを向いた。
すると、さっきまでむせていたはずのジョンの姿が無かった。
「アレっ?いない」
アレクは、ジョンの気配を感じていなかった。
「さっき部屋から出て行ったみたいよ。一つ言っておくと天井から降ってくるのが好き見たいよ」
アレクは、ふと上を見た。
そこには天井に這いつくばっているジョンの姿があった。
ジョンは、そのままアレクをめがけて飛び降りてきた。
「ジョン、ゴメンな試させてもらうぜ」
アレクは、左手を上に向けて軽く念じた。
すると、指輪が光りアレクの上に見えない壁が出来、それがジョンを天井に押し戻した。
「ぐはぁ」
宝石の光が消えたと同時にジョンが落ちた。
「力は加減してるから平気だと思う」
アレクのセリフが終わったとたん何ごとも無かったようにさっと立ちあがった。
「いやあ、面白いことが出来るんですね」
ジョンが平然と言い放った。
「結構精神力が要るんだよ。今でも1日数十回くらいしか出来ないけど」
「そうなの?私にも出来るかしら」
クリスが聞いた。
「無理だなぁ。だって、オレでさえまともに扱えるようになるまで十日間掛かったからな」
「ちょっと貸してよ」
クリスはどうしてもやりたくて仕方ないらしい。
「断る」
アレクは即答した。
「ダメなの?ちょっとだけ。ね、いいでしょ?」
「解ったよ。一回だけだぜ。集中しないと無理だぞ」
そう言ってアレクは指輪を外してクリスに手渡した。
すると、指輪がひとりでに光りだした。
「な、何?」
「はめてもいないのに指輪が光るなんて、まさかクリスと共鳴しているのか?」
アレクはただ驚いていた。
「面白い展開になってきましたね」
ジョンはこの状況を楽しんでるようだ。
「見ててね。せーのっ!!」
クリスが言ったとたん窓側の壁が吹っ飛んだ。
「うそ、あんなに簡単に壁をふっ飛ばすなんて……」
アレクは、呆然としていた。
「どう?なかなか凄いね、これ」
クリスは歓喜の声を上げた。
「凄いどころじゃないよ。クリスが持つと危ない」
アレクはそう言うと指輪を取り返してしまった。
「まあ、それはそれで楽しくて良いんじゃないですか?私個人の意見としては、あの指輪には何か秘密があると思いますよ」
ジョンが推論した。
「そうかなぁ。ところでクリス、この近くに何かないか?」
アレクは訊いてみた。
「何かって、どんなの?」
クリスが訊き返した。
この街には、旅人・冒険者という概念が無いので、クリスはアレクが何を求めているのか解らなかった。
「あっ、例えば洞窟があったり、幽霊屋敷だとか、所謂冒険スポットのことだよ」
「それなら私、知ってますよ」
ジョンが挙手した。
「ジョンが?でもアレクはそれを聞いたら行くんでしょう?」
「解らない。でも行って見ようとは思う」
アレクは少し考えてから言った。
「なら、もちろん連れてってくれるわよね」
「良いんですか?そんなことして…」
ジョンが思い出したように言った。
「ダメだ。オレは、命の保証はできないからさ。場所は?」
いまいち信用しきっていないアレクが訊いた。
「それは、この街の外れにあるんですが、なんと魔女が棲んでいるという屋敷があるんです」
「目撃者とかいるのか?」
アレクは話を長くさせないために、話題を変えた。
「でも、私行った事あるわよ。友達と数人で行ったんだけど、なんか不気味な感じがして、中に入っても何にも無かったような……。でも昼間だったし魔女って言うくらいだから姿を消すことくらい出来るわよね」
クリスは、ジェスチャーを交えながら証言した。
「別に何かあったって訳じゃないんだろう?」
アレクは、からかい半分で言った。
「でも、ここ最近行方不明者がでて、調査するかもしれないって噂がありましたけどね」
ジョンは、アレクを乗り気にさせようとしているらしい。
「たしかによく聞く噂ね」
「ふ〜ん。魔女ねぇ。その姿を見たものは誰もいないってか」
「正確には、見たもので生きて帰ったものはいない。ですけどね」
ジョンが言い直した。
「じゃあ、今夜決行ね。アレク」
クリスが立ちあがって言った。
「はぁ、そうですか。この街の観光名所とか無い?みてみたいんだけど」
アレクは急ぐまで無いと思って聞いてみた。
「アレクって来たばっかりだったもんね。私が案内してあげるわよ」
アレクはこの街について少し知りたいと思った。
「どうもご親切に」
「私はいつでも見守ってますので」
ジョンがさりげなく言った。
「それはそれで、なんか怖い」
「じゃあ、ちょっと待っててください」
ジョンは、そう言って部屋から出て行った。
「?何しに行ったんだ?」
「きっと何か小道具を取りに行ったのね。街の人も喜んでいるみたいだから」
クリスが説明した。
「喜んでいるのか?驚いてるんじゃなくて」
「そんなことないよ。ジョンは人気者だし」
「人気者って、ジョンの本職は一体なんなんだ?」
「私と一緒にいるとき以外は、何処で何をやっているのかさっぱり解らないけど、何か色々やってるみたいね。一日中寝てないような感じなの。ジョンが寝ているところなんて見たこと無いから」
「きっと寝ている所を見られるのが嫌なんだろう?」
「そうなのかなぁ?」
「お待たせしました」
後ろからジョンが声を掛けてきた。
つまりドアの音を立てずに入ってきた事になるが、問い詰めても無駄なのでほっといた。
「遅かったわね」
クリスは、ジョンに言った。
「別にそんなに時間が掛かったように思えないんだが……」
しかし、ジョンにはその声が聞こえていないのか、そのまま続ける。
「申し訳ありません。次からなるべく早く済ませるようにいたしますので、どうかお許しください」
ジョンは心からすまなそうに言った。
「じゃ、日が暮れないうちに行きましょう」
クリスが提案した。
「そうだな」
こうして、三人は家を出て街へと繰り出して行ったのだった。




