最強の剣士と無敵の魔法使い
それはそれは遠い昔、ある所に剣を極めて『最強』となった女と魔法を究めて『無敵』となった男がいました。
2人は運命に導かれるように、お互いの絶頂期に対峙しました。そう、2人は、自分の力を全力で振るいたくてたまりませんでした。
ある草原。周囲数キロメートル程には人里はなく、それどころか生命の気配がありません。2人は自分の全力を出すために特殊な植物が育つのみの土地に三日三晩をかけて移動したのです。
常人ならば、魔法使い有利に見える間合い。およそ、人の縮尺が二回りほど小さくなるような距離で2人が向かい合います。
合図は、ありませんでした。
ザッと音がしたかと思うと、剣士が魔法使いとの間をあと一息のところまで詰めています。
魔法使いにも、動きがありました。彼の足元には複数の魔法陣が展開され、その発動を今か今かと輝いておりました。
一合目。
剣士の愚直な一閃が、魔法使いの腹を狙います。
それに合わせて、魔法使いの魔法陣が一際強く輝いて
ガキン!
結界を張り、剣を防ぎました。当然、剣士の攻撃はそれだけに止まりません。
流れるような一閃の数々。そのどれもが、人一人の命を容易く奪える適度な威力を宿していました。決して、力強くはない、ただ、無駄のない美しい剣でした。
魔法陣はその尽くを防ぎます。魔法使いの顔には、余裕がありありと浮かんでいました。剣士が一瞬の間に数百、数千、数万の斬撃を放とうと、結界はその尽くを当然に防ぐのです。
魔法使いは、次の一手を準備します。彼が右手を前に突き出すと、その前方に魔法陣が現れました。今度の魔法陣は、立体で球の形をしています。これを、熟練の魔法使いたちが見たならば、皆卒倒したことでしょう。立体魔法陣という構想は、何十年前から確かに存在していました。しかし、それを形作るには、人の脳では限界があり、せいぜいが平面魔法陣の積層構造によって擬似的に立体にできるまでが限界でした。
ところがどうでしょう。目の前にある魔法使いの魔法陣は、平面の積層構造ではなく、完全なる立体として完成されているのです。
そして、遂に諸々の準備が終わり、魔法が放たれます。
「まずは、挨拶といこうか。剣聖殿。【紅炎の大蛇】」
魔法使いの前に展開された立体魔法陣が煌々と燃え上がり、その力を一気に解放します。
ボォ!
瞬間、無数の斬撃を放っていた彼女に、太陽にも迫る高温を宿す炎の大蛇が襲いかかりました。
剣士である彼女に炎を防ぐ術はないかと思われました。しかし
キィン!
耳に響くのは、金属が奏でる澄んだ音色。彼女は、その圧倒的な剣の技量によって自らに迫る炎の大蛇を真っ二つに斬り裂きました。それも熱気ごと。
彼女は涼しい顔で、真っ二つにされた炎の間に佇んでいました。事実、そこは対して暑くはないのです。本来なら、太陽にも等しい熱量によって、暑いどころか熱いはずであるというのに。
これこそ、彼女が《剣聖》と呼ばれる所以。なんであれ斬ることができる。ただ、それだけを極めて初めて至ることができる摂理を超えた真理。武の極致でありました。
「次は、私の番。いくわよ、賢者様」
静かに、されど途方も無い威圧の乗った声と共に彼女は駆けます。空を飛ぶ燕よりも尚早く、ともすれば雷すらも追い抜きかねないその走りは最早、人の域を逸脱しておりました。
対する賢者に余裕の表情は張り付いたまま。
彼が右手を一振りすれば、未だ留まる立体魔法陣が再度、輝きを放ちます。するとどうでしょう。炎の大蛇は、斬り裂かれたそのままに、新たに2匹の大蛇になって、剣聖に襲い掛かったのです。
しかし、それは対象がその場にいてこそ意味がありました。剣聖、彼女の脚はなお、加速して、2匹の大蛇は仲良く縺れあいました。そこに空すらも斬る斬撃が一閃。今度こそ、その姿を形作る魔力核ごと斬り裂かれ、炎の大蛇はその存在を散らします。
フッ!
短い呼気の音。剣聖の足が地を蹴るや否や、彼女は既に賢者の背後にありました。その勢いを崩さぬ、流麗な動作。一挙手一投足がまるで定まっている舞踏のように、鮮やかに、鈍く光る死の化身が振り抜かれます。
ドゴン!
それは結界と剣の衝突。先程までの小手調べのものとは異なる衝撃に、彼らの周囲一体の地面が捲れ上がりました。
激しく舞い上がる土煙の中、剣聖は感覚を頼りに二度目の斬撃を放ちます。
ヒュン!
それはあたかも空振ったように、しかし、実際には空振ったのではありません。なんの抵抗も見せず、結界を斬ったのです。
三度目の斬撃を放とうとするなか、土煙の中から不可視の衝撃が数十と放たれました。
剣聖は慌てることなく、迎撃。その間、1秒にも満たない中、賢者は風の初歩魔法で土煙を散らします。そこに見えるのは、無傷の魔法使い。否、それ以上に準備を整えていた魔法使いでした。
「流石だ。では、これでどうだ、剣聖殿。【舞い踊る虹の輝き】」
賢者の周囲を彩る七色の立体魔法陣。そのすべてが光輝き、それぞれの属性を持った七色の魔弾がそれぞれに77放たれた。合計で五百を超す魔弾すべてが剣聖に殺到した。
「ふむ。ちと、手間だが、なんの。『夢幻閃』」
剣聖が初めて、技を放った。殺到する魔弾に一閃。ただ、それだけで、ただの一閃だけで剣聖の周囲すべてが斬り払われた。
不条理や理不尽、そんな言葉で表されるまったくもって不可解な剣。しかし
「ははは!いやはや、愉快愉快!噂に誤りは無いようだ。それどころか、噂以上のようで何より。では、次だ」
賢者の上機嫌な笑いが青空の下に響き渡った。
「ふふふ!それは、こちらのセリフよ!」
剣聖も上機嫌に微笑んだ。
互いに、次に選んだ手は予想外の一手。
賢者は前に踏み込み、剣聖は後に跳んだ。
「「っ!」」
互いに驚愕の表情。続いて表れるのは、猛獣の如き笑み。
しばらく、睨み合いが続いた。1分か1秒か、はたまた、1時間か。どれほど時間が経っただろうか。
草原だった地に一陣の風が吹く。
まるで、それが合図であるかのように、両者、地を踏み抜いた。
先制は剣聖だった。明らかに間合いの外。しかし
ザキン!
剣聖の剣は、文字通りに空間を斬り裂いてその斬撃を賢者の結界に届かせた。結界は一層目をあっさりと斬り裂かれ、二層三層と立て続けに突破され、十三あるうちの7つを斬り裂いてようやく、八層目にてヒビを入れて止まった。
その様子を視界に入れながら、賢者は恐れず、前を行く。剣聖の斬撃が飛び込んでくるが、名だたる戦士もかくやという様子でギグザグな軌道を取り、避ける。遂に、賢者は剣聖の眼前にたどり着き、その拳に魔法陣を纏った。
それに目を見張るのは、剣聖である。賢者の右手に現れた魔法陣に注意を向け、明らかに他への意識が疎かだった。
バコン!
それが人体とのぶつかり合いでなって良い音なのか。剣聖は、賢者の魔法陣を纏った左回し蹴りを喰らったのだった。
勿論、剣聖もただでやられるわけはなく、一瞬の判断で腕を防御に回したがそれだけだった。反撃をなすことはできなかった。
「やれやれ、貴女は本当に人間なのですかな。土の魔纒術を喰らってそれでは、私も大技を使わざるをえない」
「ふふふ……魔法使いである貴方がまさか、接近戦をするなんて、思っても見なかったわ。私も出し惜しみはしない方が良さそうね」
双方、未だ闘志充分。仕切り直しと相成りました。