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Killing syndrome  作者: 兎鬼
2章 狼煙
7/26

狼煙②


真ん中の金髪の男が、一気に距離を詰めてくる。ナイフを直接刺す気はなく当たればいいと言った感じだ、広めに構えて私の左から横に切りつけてくる。


私は勢いよく後ろに体重をかけ椅子を壁側に傾けナイフを回避する。そして反動を利用して一気に金髪の男の方に足から突っ込む。所謂飛び蹴りだ。反撃は予想外だったのだろう。私の足は金髪の男の腹にクリーンヒットし、男は勢いそのまま雀卓に突っ込む。


「ぐほっ!!」


トドメになる蹴りをしたつもりはないが、受け身くらいとると思ったのに、しなかったから結構効いたかもしれない。しかし伸びているかどうか確認する暇はない。


私は金髪を踏みつけ、一気に起き上がるとやや近い右の男の懐に跳躍。そして相手が吹っ飛ばないようさりげなく服を掴みながら、右胸に突きを入れる。今度はトドメになるように突きを入れたから、肋骨は逝っただろう。そして苦しがる男を無視し、そのまま奥襟を掴み上げ、上着が脱げる勢いで反対の男に投げつける。


「な、なんなん……うわっ!」


状況が理解できないまま、左の男は飛んできた男に押しつぶされ、倒れこむ。

もがいているが、男1人をどかそうというのだから私のように体重移動に優れていなければ簡単にはできないはずだ。

私は左の男の隣に踏み込むと、起き上がってきた頭を冷静にとらえ、顎に回し蹴りを入れる。


「ぶふおぉっ」


男は何かを吐き出し、床に転がった。

加減はしたから頭蓋骨は無事だろうが、顎は保証できないな。でもいい所に入ったし、しばらくは立てないだろう。


左右の雑魚2人にはキッチンの近くで固まって寝てて欲しかったが、思いの外うまくいった。ナイフを構えたんだから少しはうまく使って欲しかったな。


金髪が踏み込んできてからここまで、およそ20秒。スピードが勝負だから、少し急いだがこんなもんか。


奥の若いジャージの男は、3人目が悲鳴をあげるくらいのタイミングでようやく物置の扉に手をかけた。身動きの取れない小太りのおっちゃんを物置から出すのに、1人でどれだけ時間が掛かるかわからないのだろう。


私はゆっくりと、雀卓にぶつかってうつ伏せに倒れている材料の方に歩いていく。

金髪を掴んで頭を起こすが、うめき声を上げるだけで反応がない。

くそ、伸びたか。交渉の材料の質が落ちたな。しかし体が変に動かない分、むしろ交渉には楽かもしれない。


ずっとガサガサ音を立てているが、まだジャージの男は物置から出てこない。

交渉をするんだから今のうちに、こちらから提示する条件を考えなくては。少なくとも、わかっていない情報を聞き出すところから始めないといけないだろう。あとは場の雰囲気に任せて適当にやるとしよう。


それから1分ほどして、ようやくジャージの男がおっちゃんを連れてキッチンに出てきた。おっちゃんは椅子に座ったまま、縛られている。

なるほど、それは運ぶのに手間取るはずだ。というかあの形状なら、はじめからおっちゃんを出しておくべきだったのではないだろうか。


おっちゃんは雀荘の中の惨状を見て、青い顔をして驚いている。うなり声は上げていないが、自分を脅した男のうち、3人が伸びている様にはそれは驚くだろう。


しかし、ジャージ男の崩れ方はそんなものではなかった。

無理におっちゃんを引きずり出してきたせいで、体中擦り傷だらけ。それどころか、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃ。多分こいつが一番下っ端だったのだろう。自分より強い先輩が瞬殺されたことで訳が分からなくなっているに違いない。

冷静に交渉できると思ったが、これは骨が折れるかもしれない。


「おい!黙って先輩から離れて床に伏せろ!……さもないとこのオヤジを殺すぞ!」


全身を震わせながら、おっちゃんの首にナイフを当てる。震えているせいで、少し刃先が首に触れ、ツーっと血が一筋首に伝う。

おっちゃんはうめき声を上げ、必死にこっちに助けを求める視線を送ってくる。口にはタオルを咥えさせられているため、悲鳴はあげられない。


「おっちゃん、落ち着いて。大丈夫だから」


「観念したのか?はやく伏せろ!!」


この状況でおっちゃんにまで暴れられては、交渉の余地などない。それに、せっかく頑張ったというのに、おっちゃんに怪我をされては努力が報われないじゃないか。

私はおっちゃんに最大限配慮して、瞳孔の開いた目でできるだけ優しい視線をおっちゃんに送る。

おっちゃんはわからないくらい小さく頷き、うめき声を上げるのをやめた。

さて、交渉と行こう。


「で、どうして殺すの?興味あるな」


「……お前、頭おかしいのか!?」


「おかしいことなんて言ってない。おっちゃんを殺して、その上でどう私から逃げるつもりなのかって聞いたんだけど?」


こいつは圧倒的不利な状況を分かっていない。自分では相手に絶対的に勝てないという点でまず−1。次に有利に進めようとした人質も、マイナスではないにしろもうプラスにはならない。

すこし状況を理解してもらうとするか。

相手に考える時間を、パニックに陥る時間を与えないよう言葉を続ける。


「君が一番優先するべきなのは、まだ生きているこいつらが、私に殺されないうちにどうやって逃げ切るかじゃないの?おっちゃんを殺しちゃったら、逆上した私に殺されちゃうかもよ?」


「な、なにを訳のわからないことを、い、言ってるんだ!!こっちには人質がいるんだぞ!」


パニックの寸前ってところか。だが、おっちゃんに突きつけたナイフが少し下がってるな。おっちゃんの価値が下がっていることになんとなく気づいているんだろう。

理責めにしてやろうかと思ったが、よっぽど頭が弱いか、強情なようだ。

あえて材料を使わないでやろうかと思ったが、映像で理解させない限りは分からないということだろう。

気は乗らないが仕方がないな。


私は左手で、倒れている金髪の男の左手首を掴み、ジャージの男の位置からも見えるように腕を高く持ち上げる。そして右手で小指を掴み、勢いよく手の甲にぴったりつくようにへし折る。


ペキン


綺麗に折れたのだろう。部屋の中に快音が響きわたる。骨が折れた音でなければ気持ちのいい音だと、幸せな気持ちになるんだろうが、なんとも複雑な気持ちだな。


「……イギャあああぁあ!!!!」


指が根元から折れた痛みで、金髪が頭をあげるが、腕を掴まれているせいでうまく起き上がれずもがく形になる。

伸びていたせいで折る前に脅す……交渉することは出来なかったが、その分最初の指がおりやすかったから良しとしよう。

金髪はまだ起き上がれないまま叫びながらバタついている。もがく様を見せつけてやろうかと思っていたところで予想外に金髪のかかとが私のふくらはぎにヒット。

シンプルに痛い。ムカつく。


「うるっせぇなこの野郎」


暴れる男の金髪を掴み首を持ち上げ、そのまま床に叩きつける。


ドンッ


あ、やべ、やっちまった。

息を確認すると伸びてはいるがまだ生きている。よし、セーフ。

痛かったんだから仕方がないだろう。


「おまえ、なにやってんだよ!!」


「お、わりい、今のはミス」


「そうじゃない、ゆ、指を折ったり、頭を叩きつけたりなに考えてるんだよ!」


見ればジャージの男は、もうナイフを突きつけていない。それはとてもいいことなのだが、当然おっちゃんも青い顔をしている。

やり過ぎたせいで、見せつけの意味が減ってしまったな。だが、材料を使ったのだからせめて交渉をするとしよう。


「はぁ……」


あえて深めにため息をつき、間を空けることでジャージの男が話を聞く空気を作る。

ここで勢いをつけなければ交渉の意味がなくなるな。深呼吸で自分の中の意識を整え、凄む体制を作る。

よし、行こう。


「君、分かってないみたいだな」


「な、何をだよ」


伸びている金髪の頭を掴み上げ、ジャージの男に突きつける。


「こいつ、私の人質なんだぜ?君の優位性はもう無いんだよ。それどころか、こいつは君と繋がりのある仲間なんだろ?おっちゃんは私にとっては赤の他人。おっちゃん殺されたら、私はキレて君らを殺すけど、私がこいつ殺したら君は私を殺せるのかな?私にはまだ材料が2匹も転がってるんだぜ?」


「で、でも……」


「なるほど。君が私の条件を飲んでしまったら、こいつらに何をされるか分からないってビビってるのかい?それとも、その上かな?」


返答はない。私よりよっぽど恐ろしい何かに脅されているんだろう。

材料の指をもう1本折って、交渉する手もあるが、おそらくそれでは本当のことは言わないだろうな。

なら、ムチとムチ作戦はやめて、そろそろ飴を与えたほうがいいか。


金髪を仰向けに直して、腕を元の位置に戻す。続けて伸びているほかの2人のところまで行き、折れている箇所に負担が掛からないような体制に直してやる。


「……なんのつもりだよ」


「君、なかなか根性あるな。自分が殺されてもおかしくない状況だったのに。私ももう暴力を交渉に使うのは諦めるよ」


ジャージの男は訝しい目で私を依然警戒している。

そう簡単に警戒が解けるはずはないが、まずは1つ安心させるために、椅子に座る。

さっきの戦闘でスカートが一部切れてしまっている。もしかしてパンツ見えてたかもしれない。恥ずかしすぎる。

動揺を感じさせないように注意しつつ、破けている部分に別の箇所の布を引っ張ってくる。よし、これでひとまずは大丈夫だろう。

さぁ、仕切り直しだ。


「おっほん……そこで私から提案がある、もちろん飲むも飲まないも君の自由だ」


「飲まなかったら先輩みたいに俺のことも殺すつもりだろうが!」


「いや、誰も殺してないわ!人を人殺しみたいに……いや、違う、取り敢えず聞いて」


やばい、また乗せられるところだった。

私に提案出来る中で、できる限り魅力的な選択肢を与え、そして相手には選択の余地を与えない。

飴に見えて、実はエネミーホイホイ。これが交渉の常套手段。これで相手に選ばせられれば完全に私の勝ちだ。

だが、まずは話ができないことには飴も何もないのに、私は何をやっているんだ。


ちらっとジャージの少年の方を伺うと、完全にナイフを下ろし、キッチンの椅子に座ってこちらを伺っている。どうやら交渉に応じる気はあるらしい。

よかった、まだ失敗はしていないようだ。立場はまだ変わっていないだろうし、ボロが出て実力行使しかできなくなる前に話をしなければ。


「まず私は君たちが言うように一橋鏡花で間違いない。防衛大臣、一橋幸之助の娘だ」


「……え?」


「なんでそこで驚くの!?知ってて襲ってきたんじゃないの!?」


私がこの3人をボコボコにしたり、指を折ったり、床に頭を叩きつけたりした時よりずっと驚いている。

まさかと思いおっちゃんの方を見ると、おっちゃんなんか汗を流し、目を見開いてビックリしている。なんかムカつくなこいつら。


「私は大臣の娘なの!わかった?」


「お、おう、ごめん」


何故か謝られてしまった。凄んだつもりだったが、ビビったと言うより気を遣ってくれている気がする。

だが、そこは気にしたら負けだ。認めてくれたんだから、気にせず先に進もう。


「何が言いたいのかって言うとね、君らの安全、私が守ってやるよ」


「ど、どういうこと?」


「私を犯り損ねた。そして自分から逃げ出してきた。そんなこと知れたら、君がビビっている先輩の上の人に4人とも殺されちゃうんじゃないの?」


そこまで言って様子を伺うと、ジャージの男はわかりやすく瞳をキョロキョロと動かしている。

おそらく飴を撒くのはうまくいったようだ。そして、おそらく私の飴がこいつら4人のとれる最善の選択だったようだな。


ジャージの男は一通りキョロキョロすると、私のやや横の方を見ながら切り出してきた。


「だけど、そんなうまい話、どう信じればいいんだよ。何か条件があるんだろ?」


勝ったな。これは言い換えれば、その提案に乗りたいから代金を決めてくれということ。あちらから条件を出すように頼んできた以上、妥協はあれどももう私の負けはない。


「まあね。こちらから出す条件は2つ。まず1つ目が情報の開示。そんで2つ目が情報の守秘だ」


「情報によっては飲めない……かもしれない」


「そこは大丈夫だ。だって君らは私にボコボコにされて、何も喋る間も無く病院送りにされたんだから、何を話しても君らから情報が漏れたという疑いがかかることはない」


情報の妥協はできない。ここで妥協しては私がリスクを負っただけ。

暴力が伴う交渉をしてしまった以上、それ以上の見返りがないと釣り合いが取れない。それに、この交渉が成立しないと、おっちゃんの店がまた狙われかねない。

ここで強めにアプローチして、うまく協力関係を築かなければならない。


ジャージの男は条件を吟味した上で、まだ納得がいかない様子だ。それはそう。1つ解消しなければならない事が残されている。きっとそのことに気付いたのだろう。


「待ってくれ。あんたが俺たちの情報を流さないという保証がないじゃないか。それじゃあ俺たちだけが損をすることになる」


「あぁ。そこで2つ目の条件、情報の守秘だ」


大事なのは協力関係。お互いにお互いが裏切れない状況を作ることで、相手にこちらを信じ込ませなければならない。

そこであえて、こちらの秘密を相手に握らせ、お互いに共有することで、信頼感を作るというわけだ。


「私、留年したくないんだ。それにおっちゃんだってこの店で商売を続けていく。だから私は君らの秘密をバラさない。その代わり君らは私がここで君らをボコボコにしたことをバラさないでくれ」


「なるほど……」


正直こいつらは、ここで私にボコボコにされたことを口外できない状況にある。何故なら話せば自分の株を落とし、その上で犯罪者になる。

頼まれごととはいえ、人質を取り私を脅してきているのだ。金銭目的では無くとも、これはどう見ても強盗。つまりハナからこの事件を黙っているなんて条件にもならない。

しかしこの圧倒的不利な状況と、私が議員の娘だという事実から、考えられなくなっているのだろう。


「わかった。その条件、飲むよ」


負け要素はどこにもない勝負だが、開始から15分後、


一橋鏡花、WIN。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


9月12日(木) 11時


そこからスムーズに進むかと思った交渉は意外にしんどい展開になった。

下っ端のジャージくん。さとしくんというらしい。まぁその聡は実は連れてこられただけで、話を聞こうにも下っ端すぎてそもそも何も知らなかった。

そこで、雑魚のボス、金髪の龍二が起きるのを待つわけだが、私が地面に叩きつけてしまったせいでなかなか起きない。


そこで顎が折れた修平と、肋骨が折れた勇気と聡と私の4人で麻雀をしながら待つことになった。私は麻雀を打ちながらさっき買ってきたサンドイッチで適当に昼を済ませる。あ、おっちゃんは店の片付けをしながら心配そうにそわそわしている。

そして1時間くらいが経ち、ようやく私たちが打ち解けて、麻雀が盛り上がってきた頃、やっと龍二が起きてきた。


「おはよう、龍二。お前遅いぞ……いっつ」


「……んん、指が痛い、顔が痛い。一体どうなってんだよ!こんな強いなんて聞いてねーよ!!」


もはや完全に落ち着いた勇気が、龍二に気楽に挨拶をするが、やはり折れた肋骨が痛むようだ。

そして当然ながら、今の今までボコボコにされ伸びていた龍二には状況がつかめないらしい。


まだ私たちがすっかり仲直りしている事に1人だけ気づかない龍二は、1人でずっと痛いだの悔しいだのわめき散らしている。

正直ボコボコにした私が言うことでもない気がするが……うるせぇな。いい加減イライラしてきたし、お灸を据えてやるか。


「お前、起きてきて早々うるせぇ。静かにしないとぶっ殺すぞ」


「あ?……あ!え、えっと、す、すみません」


寝ていた龍二からすれば、さっきボコボコにされた奴に凄まれているんだ、ビビってしかるべきだろう。

震えているし少し可愛そうでもあるが、こいつには思うところがある。

私がここに入ってきてから、戦闘配置に着くまでの動きを見るに、おそらくコイツらはそこそこ場を踏んでいる。相手がJK一人だというのに、3方向から攻めてきて、なおかつ刃物で牽制してきたところなんて正直やり難いと思ったし見事だった。女の子1人を相手に男3人なんてという奴もいるかもしれないが、成人で格闘技経験がある女と幼稚園児3人では喧嘩にならない。相手がライオンか猫か分からないのに、初めから弱いと決めつけて油断してくる輩よりはずっとましだ。

だがそれは囲んだところまでの話。囲んだ後は酷いもんだった。自分で用意した周到な保険に安心して気が抜けているのがバレバレ。おそらくナイフを見せたところで私がビビると判断したのだろうが、ぶっちゃけそれでは女だと思って一人で喧嘩を売ってくる輩と同じ。準備が全部無駄だ。

こいつさえ油断しないで作戦通りにやっていたら、他の3人は逃げられたかもしれない。それどころか相手の下調べもせずに依頼を受けたりしなければ、初めから誰も怪我だってしてなかったかもしれない。

こいつが一番先輩で、これからも仲間たちを引っ張っていくことを考えたら、私がここで言えることを言ってやらなければならない。


「お前、一番先輩なんだってな。お前の詰めが甘いからみんなヤられたんだぞ。喧嘩のやり方もにじり寄ってきたまでは良かったけど、自分が男ってのと、3人ってのと、ナイフ持ってるっていう状況で慢心してただろ!前にナイフ構えて刺す気だったら、飛び蹴りは出来なかったんだぞ!他にも……」


龍二は抵抗するかと思ったが、ガチで説教しすぎて泣いてしまった。こっぴどくヤられた相手に説教され、あまつさえアドバイスまでされてしまったんだ。悲しいのか悔しいのか分からなくなってしまっているんだろう。ちょっとこれはやり過ぎたとプチ反省。


龍二が泣き止んだ後、聡とした交渉の内容を改めて龍二に確認する。下の3人に先に交渉してしまったことを怒るかと思ったが、私が匿うと言うと険しい表情は心底安心した表情に変わり、こんどは嬉しさのあまりまた泣き出した。

こいつ、案外涙もろいのかもしれない。はじめはチンピラかと思ったが、思ったよりいい奴らなのかもしれないな。


そして情報を引き出すのにも苦労するかと思ったが、匿ってもらえるとわかったから抵抗がなくなったのか、すんなり話してくれた。


そこで手に入れられた情報は2つ。1つ目が人数。なんと私がこの前街でシメて病院送りにした3人以外に仲間はいないらしい。学校の方にいた奴らは別のチームなんだそうだ。あの人数で外の抑えもなしに襲ってきたのか。ほんとに詰めが甘いな。

次に2つ目が依頼者。こっちは実は少し心当たりがあった。私を目の敵にする幼馴染でパパの政敵の娘、安倍真理亜だ。学校にいる間中ずっと執拗に私に嫌がらせをしてくる。こいつらの仲間をシメた時だってあっちから急に因縁をつけてきたからシメたんだ。多分そこから既に手が回っていたのだろう。


龍二は真理亜のバックに、やばい組織がついているんじゃないかと言っていた。

確かにお嬢様のおもちゃにしては少々柄が悪い。もしかしたら真理亜のパパの繋がりで、真理亜自身もなにか悪事に手を染めているのかもしれない。


私が帰らず、中に踏み込んだ理由もそこにある。最近謂れのない難癖をつけられて襲われることが増えている感じがしていた。

今回の事件も、ただの強盗という可能性もあったが、私を狙ったのだとすれば少しやり口が派手すぎる気がした。

JK1人をヤるのに、強盗まがいの監禁を方法として選んだのだとすれば、それはきっと大きな力が働いているからだろう。

そこで黒幕の名前を引き出すならば、状況を逆手にとって下っ端で知っている情報を出るだけ引き出して、後はわらしべ長者でいこうと思ったわけである。

まぁ1発で黒幕に近い重要人物の名前が出てくるとは思ってもいなかったが。


パパに連絡を入れ、安倍大臣絡みで強盗まがいの事件に巻き込まれた事を伝える。そして事件のもみ消しと、犯人の4人を真理亜の手の回らない病院に搬送してもらうようお願いをする。おっちゃんも行くように勧めたが、軽い切り傷だけだからと断られてしまった。


実はパパと話すのは半年ぶりくらいになる。電話に出てくれないかと思ったが、パパはすんなり出てくれて、驚きこそすれ怒ったりすることはなく、直ぐに助けを手配してくれた。

もし今朝の夢や朝食がなかったら、4人とも真理亜のところに連れて行って、真理亜をシめていたと思う。

パパの力に頼る事になったのは不本意だが、パパ自身に関わる事件だし今回電話ができたことは良かったのかもしれない。


とはいえ、おっちゃんが巻き込まれて被害にあってしまってのは完全に私のせいだ。おっちゃんには悪いことをしてしまった。私はもう決まった場所に居続けるべきではないのかもしれない。ここにだって来るべきじゃないんだろう。


「おっちゃん、私もう行くわ」


「お、おう」


おっちゃんは明らかに腫れ物に触るような態度で接している。さっきまで交渉のためとはいえ、喧嘩するの見せちゃったし、避けられるのも怖がられるのも仕方ない。

でも、せめてしっかり別れだけはしておこう。短い間だったけど世話になったし。この場所も気に入ってたし。楽しかったしな。


「おっちゃん、ごめん、悪かった。けっこうここ好きだったぜ。狭いけど。……奥さんと幸せにな」


「……お嬢ちゃんが強くて、あんまり過激にやるもんだからびっくりしちまったんだ。それにまさか大臣の娘とはな。……あ、それは違う。あぁ、なんだ……その、ごめんな」


おっちゃんは優しい笑顔を一生懸命作り、私の頭に恐る恐る手を置いた。

誰かに嫌われるのは怖いし、嫌だ。だからみんなに気を使ってきたが、ここのみんなは私をちゃんと見てくれていたのかもしれない。そう思う。


「お嬢ちゃんは、おっちゃん守ろうとしてくれたんだよな。おかげで助かっちゃったよ。ありがとな」


ここも、ここに来る人も好きだ。今、優しくされて、髪の毛ぐちゃぐちゃにされながら撫でられて、うざったいけど別に嫌じゃない。

でも、だからこそここにはもう来ない方がいい。嫌われるのより、好きな場所が、壊される方がもっと嫌だから。


そっとおっちゃんの手を頭からどけて、精一杯の笑顔を作る。そしてくるっと一回転し入り口まで向かうと、振り返らないまま片手を手を挙げる。


「ありがとな。じゃあ、そのうちまた来る」


「おう、いつでも来い!じゃねーと近所の爺さん方が寂しがるからな!あと、スカートが切れてパンツ見えてるぞ」


「サービスだよ!じゃあな、おっちゃん!」


一度も後ろを振り返らず、玄関に向かう。

カウンターに置かれた、荷物を手に取りそっと玄関を開ける。


チリンチリン


また引っかかった。そっと開けても意味ないんだったな。

おっちゃんのネタのお陰で不思議と寂しさはない。鈴の音が今度は別れを静かに告げている。だが、しんみりした別れなんか柄じゃない。

今度は盛大に音が鳴るように、勢いよくドアを閉めた。


閉まったドアからはもう鈴の音は聞こえない。

前に進もう。


時刻は13時30分。

予定を返上して、学校に向かうことにする。真理亜の奴に用事もできたしな。


髪を留めていたゴムを取り、ポニーテールを解く。そしてスカートの裾からパンツが見えないよう少し裾を長くする。

そして制服についた埃を払い、深呼吸。


「だめだ、裾長くしても隠し切れない。どうしよう恥ずかしい」


着替えは持ってきたが、今更雀荘龍に戻りトイレを貸してもらうわけにはいかない。

かといってこのまま登校するのはもっとあり得ない。


「はぁ……仕方ない、コンビニ行くか」


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