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Killing syndrome  作者: 兎鬼
2章 狼煙
6/26

狼煙


9月12日(木)10時30分


私は結局学校へは行かず、敢えて時間を持て余すことにした。


学校まで残り徒歩10分くらいのところまでは行ったが、行くのはやはりまずいと思った。


元来た道を折り返し、通学路の途中のコンビニで、イチゴジャムの入ったコッペパンを1つと、卵とツナのサンドイッチが1つずつ入ったパックを1つ、それにストレートの紅茶のペットボトルを1本購入。

これだけあれば少なくとも昼食は大丈夫だろう。


そして、学校とは反対方向へ向かう歩道橋を渡り、警察署の前を通って繁華街へ向かう。

交番の前に、20代くらいの若い警察官が立っていたが、声はかけられなかった。

私が通っている花園女学園は地域でも有名なエリートお嬢様学校だ。いくら着崩しているとは言っても、花園の制服を着ているのだから少なからず目立つはずなのだが。

すこし不思議には思ったが、繁華街の方へ抜けていくとまた別の高校もあるし、だいいちこの制服を着ているお嬢様が、まさか学校をサボって繁華街で暇を潰そうとしているとは思わないか。


今日学校に行ってはまずいと思ったのにはいくつか理由がある。

1つ目は、そういえば今日はテストだったから。テストは嫌いだが、どうしてもサボりたいくらい嫌いなわけではない。それにもちろん勉強してなかったとかそういう理由でもない。

私がテストが嫌いなのは、簡単すぎるからだ。適当に受けても、授業をサボって半分くらいしか聞いていなくても出来てしまう。不良を決め込んでいる以上、テストでいい点数を取って目立つのはまずい。というより、私がテストでいい点を取るなんて当たり前すぎてつまらない。それに、サボっている私より点数が低い奴らが報われないじゃないか。

そんな訳でテストが嫌いな訳だが、メインの理由はこっちじゃない。


メインの理由は、明らかな不良高校の男子生徒が校門前をうろついていたからである。

基本的には、うちの生徒は車の送り迎えで学校に来る。つまり校門を通り駐車場まで送られるため、校門前で輩に出くわす可能性なんて微塵もない。

じゃあ何故うろついているのかというと、多分だが徒歩で通っている私に何かしらの用がある。

もちろん、本当はただ4キロも先の自分の学校に徒歩で登校している最中で、私が自意識過剰なだけということもあるかもしれない。だが、おそらくそれはないだろう。

だってあいつら、この前私が街でシメたヤツと同じ制服だったんだもん。てへぺろ。


まぁ、校門前でフラフラしてるくらいだし、私が学校をサボって街で遊んでるなんて思わないだろう。一応花園の生徒だしな。


街をぶらぶらして買い物でもしようかとも思ったが、制服を着た女子高生が街中を10時過ぎにフラフラしているのは流石に目立つ。補導されかねないし、どこかの店に入ろうか。しかし、どこの店なら目立たずに時間を潰せるだろうか。

テストを受けるつもりはないが、16時30頃までには学校に戻りたい。テストを完全に放っておけば流石に留年するから、補修くらいは受けなくては。今日のテストの補修は流石にないだろうが、私がいけば鷹匠のやつがサボった何かの補修を受けさせようとするだろう。


不良のように振る舞うことを止めるつもりもないが、留年や退学だけは避けなければならない。普通の不良はだいたい真面目に学校に行かず、挙句学校を辞めてしまうらしいが人生設計に不安はないのだろうか。

私だって将来の目標が決まっていないから、ふらふらしている訳だから人のことをとやかく言っている場合ではないのかもしれないが。

まぁとにかく、16時30分くらいに学校に着けばテスト終わりの生徒と会うこともないだろう。とすれば16時過ぎに店を出る予定で行動すれば間違いはないはず。しかし、となると6時間も時間を潰さないといけないわけか。


「はぁ。……どこ行こう」


繁華街を適当に歩きながら、立ち寄れる場所を探す。

場所なんてどこでもいいと思うかもしれないが、大型のショッピングモールやゲームセンターなどは補導の可能性が高くなる。

平日の真昼間から、女子高生が制服で歩いているのだ。一歩でも間違えれば、テストで留年どころか、補導からの停学or退学。うん、全く笑えない。


なるべく無関心なところがいい。となると例えば本屋やファミレス、ファストフード店などがある。確かにマックやファミレスに行くのもアリだが、あそこに居られるのはせいぜい2時間から3時間が限界。それ以上は視線が痛い。

意外かもしれないが、私は気にしいなところがある。人の視線なんかもう耐えられない。飯時で混んでくると追い出されるし。出て行け的なオーラ出されたら帰るしかなくなるし、今から行くと昼飯時に追い出されそうだな。昼食後は優雅な時間を過ごしたいし、もし行くとしてもああいう所は13時頃がベストだな。まぁそれでもあと3時間もある。


「とっておき、また使うしかないか……」


繁華街の中心部を抜けて、東の外れの方へ向かう。ここら辺には子供の時に通った音楽教室や道場などが多くあり、親しみのあるところだ。まぁその分知り合いも多くて、出会ってしまうとバツが悪いことこの上ないのだが。今までは話しかけられても他人のふりをしてきたが、多分あればれてたな。

そして最後に花屋の角を曲がり、裏路地のテナントにたどり着く。


私にはどうしても暇をつぶさなければならない時に行くとっておきの場所がある。


女子高生が気を使わずにかつ怪しまれずに行ける場所といえば、塾である。

今は通っていないが私も中学校の時までたまに自習室を兼ねて通っていた。

少しは親しみがある場所とはいえ、不良をやっているのを知られている今、塾に行くのは無理だ。ではこの場所のどこがとっておきなのかというと、そこは別の階にある。


私が行っていた塾が入っているのはこの雑居ビルの2階。しかし、行くところがないとはいえ不良をやっているの塾には行きたくない。不良を始めた頃、そんな思考の中発見したのが「塾が入っているビルに入り、そして塾が入っているビルから出てくれば不審ではない」という事実である。

ではこのビルになにが入っているのかというと。


1F スナックもみじ

2F スクールEW

3F 雀荘 龍

4F 消費者金融(闇)


いやうちの塾、どんなビルに入ってるんだよって話ではある。しかしまぁ、なんか他のテナント不良っぽくね。不良になりたてでそんな風に思ってしまった自分が悲しい。だってどれも高校生関係ないからね。

それでどこがとっておきの場所かというと、もちろんスナックでは未成年はお酒は飲めないし、1Fじゃあ階段登れないのでスナックではない。更に消費者金融なんてもっと縁はないから4Fでもない。


「まぁ、つまり雀荘ですよ……はぁ、しょうがない稼ぐか」


ひょんな訳で雀荘のマスターと仲良くなってしまい、たまにここで暇を潰させてもらっている。ではなぜ仲良しなのに気が進まないかというと、おっさんだらけだし、タバコ臭いし、酔っ払いばっかだし……勝ってばっかで悪いし。

いつも私がボコボコにしてしまうので、最初は手加減してもらっているのかと思ったが、そのうち違うなってことに気付いてきた。おっさん達目が本気なんだもん。

またお邪魔させてもらうのは気が引けるが、ここ以外に行くところもない。今日も稼がせていただきますか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


9月12日(木)10時40分

雀荘龍入り口前


雀荘龍の朝陽門を前にして再びため息をつく。

もちろん雑居ビルの前に門なんかない。雀荘龍ってどんだけ中国四千年な名前だよ。ここのおっちゃんは40代くらいで中肉中背メガネの所謂テンプレなおっちゃんで、龍には特に何も関わりはない。たまに奥さんが来て差し入れをしてくれるのがまたアットホームな感じでいいのだが。ていうかそれなら、龍より雀荘ダイニングおしどりとかの方がしっくり来るのではないだろうか。


いけない、また入口の前で考え事をしてしまった。アットホームで入りやすい、居やすくて近所のおっちゃん連中が集まる場所だからこそ行きづらい。私みたいな非行少女を置いておいたら評判は落ちてしまわないだろうか。それに、私が行けば勝てなくなるから楽しくなくなってしまうはずだ。


他に行くところはないんだから、また寄らせてもらうしかないのだが。しかし思えば、とっておきとか言っておきながら週2くらいのペースで通ってしまっている気がする。


「はぁ、私ももう常連か……」


JKにして繁華街の雀荘の常連というなんとも言えない事実に打ちのめされ、頭が痛くなってくる。だがもう常連になってしまっている以上仕方がない。もう腹をくくろう。

実際の重さよりずっと重く感じる扉をゆっくりと引き、入ってきたのを気取られないようにそっと入ろうと試みる。


チリンチリン


しかし無残にも努力は報われず、扉についた鈴の音が来訪者が来たことを店主に告げてしまう。


なんか私、毎回これに引っかかるな。幸いにも入り口入ってすぐ右にある受付におっちゃんは居ない。見られてなくて良かった。何回も来てるのに、こっそり入ろうとして鈴に撃退されるとか見られたらマジで死んじゃうところだった。


「ん?」


おっちゃんにあった時、どう恥ずかしさを誤魔化そうか頭を回したがおっちゃんが来る気配がない。鈴が鳴ったというのにどうしたのだろう。

そういえば、おっちゃんが来ないだけではない。他にも違うところがある。視界のどこかに1ついつもと違う違和感がある。まだ違和感の正体はわからない。

それに、これは気のせいかもしれないが今日はどことなく雰囲気が違う気がする。強いて言葉にするなら、おしどりじゃなくて雀荘龍って感じ。直感だがそう思った。

しかし、これだけで疑ぐりを入れるのも変な話だ。鈴の音に気づかないことなんて、よくあることなんだろう。今まで私が来るたびいつも気づいてもらえた事がたまたまなのかもしれない。それにトイレに行ってるってこともあるかもしれない。もう少し確かめるまで、この違和感は置いておくことにしよう。


受付の脇を通っていった奥、正面の扉がトイレの扉。左の扉が麻雀スペースへの扉。麻雀スペースの中に入ると、狭いスペースに雀卓が6台置いてあり、所謂商店街の個人店って感じの味のある空間が広がっている。それもあってか客同士の距離も近く、私もコミュ障ながら常連のおっちゃんとは少なからず仲良くなった。


受付から奥の扉はすぐだし、このまま奥に入っていってもいいのかもしれない。だが勝手に入っていくのはなんとなく気がひける。奥に行くのが正解か、待つのが正解かわからないし……仕方ない、奥に呼びかけてみるとしよう。


「こんにちはー」


奥の様子を伺いながら、声を張ってみた。気のせいだった時に、あまり大声だと恥ずかしいので、あまり大声になりすぎないよう注意したが、多分聞こえたはずだ。狭い玄関に私の声が反響して思ったよりも大きな声になった。自分で聞くと、自分の声ってなんとなく違和感があってこそばゆい。そして思った通り、声に続けて奥で椅子が動く音がした。お、今度は気付いてくれたに違いない。よかった、私の心配は単なる気苦労だったのだろう。


しかしそんな思考と裏腹に、いくら待てどもおっちゃんがやってくる気配はない。これはやはり気のせいではないかもしれない。

さっき置いてけぼりにした違和感を再び拾い、今度はさっきよりも注意して周りを見渡してみる。

なるほど、違和感の正体はこれか。

カウンターの上に置かれた帳簿が真っ白だ。奥から音がして、おっちゃんが受付に来ないというのだから、どんな物騒な輩であれ客は間違いなく居るはずだ。もちろん書き忘れかもしれない。

だがおっちゃんが偶然書き忘れて、偶然ベルの音を聞き逃して、偶然私の声が聞こえなかった。少なくとも3つの偶然が重なっていることになるが、偶然にしては少し出来過ぎではないだろうか。

偶然が重なっただけという可能性はまだあるし、何か物騒なことが起きていると断定はできない。しかしこれは注意して行動するに越したことはなさそうだ。


私は音が立たないよう静止しつつ、耳に注意を集中する。

子供の頃から楽器や歌の稽古を受けてきたおかげで耳は良くなり、音も人より聞き分わけられる。


呼吸音は……5人分か。そして1人は息以外の音がしない?縛られて、身動きが取れないのだろうか。

麻雀を打つ音もしなければ、衣摺れ以外全く音もしない。

ということは私が自意識過剰だという可能性を除けば、多分こうだ。


主人はいない。もしくはなんらかの理由で縛られている。縛られているのだとしたら、おそらく人質という線が濃厚。そして私が入ってきた時反応がなかったのは、様子見。客が入ってきたから、相手がどんな人間か確かめるために出方を待ったのだろう。そして呼びかけた声で相手が私であると判明した。そこで音がしたのは、なんらかの理由で誰かが動揺したからか?それは判らないが、今誰も出てこないということは私が中に入って行っても困らないということか。いや、むしろ私が入ってくるのを待っている?


「すみませーん」


もしも中が、私が想像するような状況になっている場合、私が中の事を不審に思っていることが知られると今後の展開が限りなく不利になることは間違いない。

相手にならって様子見と、思惑をごまかす意味合いを込めてもう一度中に呼びかけてみた。


しかし、今度は全く反応がない。

よっぽどの馬鹿でなければ私がこのままで帰るだろうという期待に賭けるはずはない。

私が予想外の来訪者ならば、おっちゃんか誰か出てこさせて私を帰すだろう。

ということは私が来るのを待ってここで張っている?

だとすれば一番安全なのは、知らないふりをして帰るという選択。だがこれは無しだな。


覚悟を決めて、荷物をカウンターに置く。そして手首につけておいたヘアゴムで髪の毛をポニーテールにまとめる。

少しでも身軽にしておかなければ、襲われた時に対処に困る。

そして腕まくりをし、深呼吸。


「……すぅー、はぁー」


よし。

廊下を進み、奥の扉に手をかける。

先に最悪の場合を想定する。扉を開けた瞬間銃で打たれる。扉の横で待っている何者かに無理やり押さえつけられ囚われる。入った瞬間集団リンチ。色々パターンはあるが流石に特定できないな。出たとこ勝負になるがやれるだけやってみよう。


「おっちゃん、入るよー」


私は努めて普段の調子を装いつつ、扉を開け中に入る。

しかし、意外なことにどれも不正解だったようだ。扉から入って2台目の雀卓に、見知らぬ高校生から大学生くらいの年齢の男が4人座っている。私が部屋に入った時、4人は座ったまま視線を扉の方に向けていた。一番若い男は上下柄物のジャージ。他の3人はTシャツにカジュアルなパンツをそれぞれ履いている。灰皿にはタバコが捨てられているが、新しそうな吸殻はなく、どれも燃え尽きている。みんな未成年か?


私が部屋の中に入るのを確認し、一番年上そうな金髪の男が私を手招きしながら声をかけてきた。


「おじさん今出かけてて、俺たちだけで打っててくれって。誰か来たら中に入れていいって言ってたから、キミも良かったら混ざる?」


明らかな作り笑いを浮かべ、部屋の中に誘い込もうとしているのが丸わかり。強いていうならば、違和感は3つだ。

1つ目、待っていてと言われた、つまりおっちゃんに会っているのに帳簿に署名がないこと。2つ目、雀卓を囲んでいるが綺麗に並べられた牌が1つも動かされていないこと。3つ目、さっきまでしていた息遣いが1人分変わっていること。


「いや、悪いからいいよ。せっかく4人いるんだから、4人でやりなよ」


相手が不審な行動に出ていない以上、下手な動きはできない。手荒な展開になるのが正直一番楽なんだが。

先手を取られないよう、内心を悟られたくない。不自然な動きをしないよう注意しながら雀卓の横、男達の間を通り奥の椅子を目指す。


今、気がかりな要素は2つ。1つはおっちゃんがどこに居るのか。予想される最悪の場合は人質に取られていて、わたしも脅された挙句に人質にされてしまう場合かな。これは相手が合同でない限りはほとんど起こりえないと思う。相手はろくな武装としてないし、強盗って感じではなさそうな気がする。まぁわからないが。そして2つ目は相手が何人いるのか。今ここに4人居るが、強盗にせよ何にせよ2階を襲うのに見張りがいないなんてことはないはず。あと2、3人は覚悟しておかなければならない。


「私はここで待たせてもらうから」


仏頂面でもなく、笑顔でもない、不自然でないラインの作り笑いをしつつ椅子に座る。

そして、ポケットから携帯を取り出し、適当に検索を始める。足を組み背もたれに寄りかかる。明日の天気はまた晴れらしい。9月なのに、まだ暑いな。


敢えて相手の方は伺わず、意識もそらす。これが一番不自然でなく、かつ効率的だから。


ガタガタッ


ほら、釣れた。


視線を相手に戻す。麻雀もせず雀卓に腰掛けていた4人は目配せし頷きあうと一斉に立ち上がった。シャツの3人が私にゆっくり近付き、ジャージの男は奥のキッチンスペースへ向かっていく。なるほどおっちゃんはキッチン横の物置の中か。これで1つ目はクリアだな。


「ん?どうした?」


私はまだ気づかないふりを続ける。動き出すにはまだ早い。携帯を閉じ横の椅子に置き、組んでいた足を元に戻す。これで万全とは行かないまでも、この体制ならかろうじて対応まではできるだろう。


「キミ、一橋鏡花だよね。僕たち、キミをボコボコにして2度と学校に来れないようにしてって頼まれててさ」


さっき話しかけてきた金髪の男が、睨みを効かせながら凄んでくる。

やはり自意識過剰ではなかったようだ。狙いははじめから私だったわけか。そうすると話は変わってくるな。

このままここで様子を伺いながら人数でも確認しようかと思っていたが、目的が私では、おっちゃんを人質にとられている状況は割とまずい。おっちゃんを材料に脅されれば流石に見捨てられないし、そうなれば従うしかない。だがボコボコにすると宣言した以上、最低ボコボコにはするんだろうから、それ以上の何かをするという事だ。そんな屈辱的な状況はなんとしても避けたいところだ。


依然人数は分からないままだが、こちらの状況で好転したところもある。相手の目的が、私への暴行にあるとわかった事だ。相手から直々に宣言された以上、もう先手を取っても大丈夫ということ。

ここで3人を何とかしても、おっちゃんの所には間に合わない。私になにも交渉の材料がない状況で先におっちゃんで脅されたら私の負け。しかし、荒事に出てもいいのなら、状況はずっと単純になる。

私も交渉の材料を作ればいいのだ。


「おい、どうしたんだよ。冗談だろ?私たち、初対面じゃないか」


座ったままの体制で、肩を竦ませ外国人のwhy?のポーズで、状況が掴めないままを装う。私が弱者で力に対してなんの抵抗力も持たない風にアピールをし、おっちゃんを使わなくてもいいと思わせる。


案の定キッチンのジャージ男はまだ押入れからおっちゃんを出さない。こっちを伺ってはいるようだが、まだ私に油断してくれているようだ。


「とぼけたって無駄だぜ?この前はうちの若いのを可愛がってくれたみたいじゃないか」


「ん?……なんのこと言ってるんだ?人違いじゃないか?」


やべえ、私のこと知ってんじゃん。誘いに軽く乗ってくるから、雑魚かと思ったのに、ゆっくり3方向から距離詰めてくるし。

案外、状況良くないかもな。


あくまで知らない体を装う。私の顔を知らなければ誤魔化せるだろうし、知っていれば挑発になるはずだ。

どちらにしてもまぁいいが、少しは乱れてくれるといいなという淡い期待を込めて、あくまでか弱い風を装う。


しかし、努力は報われなかったようだ。

金髪の男が左右の男に目配せすると、3人はポケットから何かを取り出し、なれた手つきで手首をスナップさせた。そしてスナップと同時に中から銀色に輝く刀身が現れる。バタフライナイフだ。殺傷能力こそあまり無いが、相手をただ傷つけることが目的なら手軽でいい獲物だ。

もちろん使ったことはないが、そう習い事の先生が言っていた。


「あんたの顔は俺たち知らないんだ。だけど信頼できる筋からの情報なんで間違いないってわかるわけ。雀荘通いのJKなんてキミくらいでしょう?」


「待てって何のことだよ。今日はたまたま寄っただけだよ」


もはや意味をなさない誤魔化しを無視して、男達は距離を詰めてくる。

あーあ、やばいよ。3対1で、相手は喧嘩慣れした男。さらに全員ナイフを持っていて私は丸腰。

あーあ、残念だな。


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