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Killing syndrome  作者: 兎鬼
1章 日常
3/26

続、一橋鏡花の日常


「ママ、一体あいつどうしちゃったの?」


読まずに開いていた小説を閉じ、カバンの中にしまった。

姉の言動があまにりも想定外だったため、動揺してしまった。

変わらず読んでいるフリはしたが、不自然だったかもしれない。


わたしは、昔から姉の一橋鏡花という人間が気に食わない。いつも上にいて、絶対に抜けない壁だった。

歩いているだけで誰もが振り返るような美人。気は強そうな顔だから誰も好感なんか持たないけど。艶のある黒のストレートの髪の毛を胸のあたりまで伸ばして、身長なんて180cm近くあると思う。

ちゃんとしてればすごい美人なのに、制服はだらしなく着崩して、汚い言葉も使って、そういうところも本当に腹がたつ。


私だって有名になった。今や一橋美鈴といえば、コンクール入賞常連の天才ヴァイオリニストとして、音楽をやってている人なら知らない人がいないくらい。

でも、あいつが習い事でちょっとやっていた時には、わたしは一度だって名前が上がったことがない。今だってどっちがうまいかわからない。負ける気はしないけど。


憎まれ口を叩いていたが、小学校の頃はライバルとしてそれなりに尊敬だってしていたのに。

わたしが中学に上がる前から、急にだらしのないロクでなしになってしまった。


やっていた習い事も全部やめて、勉強もしない。才能だけは誰よりもある癖に、やる気が全くない。

抜いてやろうと躍起になっていた昔のわたしが本当に馬鹿みたい。

あんなのの妹だなんて本当に信じられない。


それがどうした事だろう。

今朝は珍しく朝食に降りてきて、わたしの登校時間を気にかけた。

普段のあいつなら、わたしのことなど気にかけるはずもない。

まぁそれはゴリラみたいにパンを食べるから、てっきり嫌味かと思ってあまり疑問には思わなかった。

しかし、あいつは出かける前にわたしとママに気を使って謝った。

そんな事を今のあいつがするはずがない。


朝食はおろか、夕食すら家族と一緒に摂らない。

ママが話しかけても、やり過ごすような適当な返事だけ。わたしなんて話しかけても会話にならないことすらあるというのに。


いや、それだけではない。

喧嘩や、学校をサボったりなどわたしの学校では聞いたこともないような非行の噂すら耳にする。


そんなあいつが気を使ってわたしに謝るなんて、そんなのまるで姉の中に、わたしが憧れていた頃の、昔の姉が戻ったみたいではないか。

だがそんなことは多分あり得ない。今まで失くなっていた性格が急に飛び出すなんて。

気味が悪くすらある。


「ママもびっくりしちゃったわ。鏡花さん、今日は随分優しかったわね。普段は一緒にご飯も食べないのに」


「……そうね、気色悪いわ。何か企んでいるのかしら」


ママもどうやら同じ印象を抱いていたらしい。

今までろくにわたしたちに興味も示さなかった。

とすれば、急にこんな事するなんて何か企んでいるとしか思えない。


腹立たしいような、気味が悪いような得体の知れない感情がわたしの中にうまれている。

違和感を感じるが、その正体は全く掴めそうにない。


「……美鈴ちゃん大丈夫?顔色が良くないわよ」


気づけばママがわたしの顔を覗き込んで心配そうに見ていた。

姉のことを真剣に考え過ぎて顔色が悪くなってしまっていたのだろうか。

だとしたら全くわたしはどれ程あいつに嫌悪感を抱いているのか。


「……ごめんなさい、大丈夫よ。少し考え事をしていただけだから」


ママの心配のおかげで我に帰り、冷静さを少し欠いていたと反省した。

姉のことになると冷静でいられない自分がいるのは知っている。

あいつのことを考えると何故かイライラが込み上げてくるのだ。

今やわたしの方が優れているというのに一体なぜイライラしてしまうのだろう。


少し気持ちを落ち着けよう。

まだ手を付けていなかった、食後の紅茶のカップを手に取り、そっと口にする。

少し冷めてしまったが、わたしにはちょうどいい温度だ。自分の弱さを見せたくないから余り周りには言っていないが、実は猫舌なのだ。

もう2口だけ口にしてから、ママに気づかれないよう小さく深呼吸をした。


そこでふと思った。

ママにも意見を聞いてみよう。

あいつのことはママが1番よく見ているはずだ。

もしかしたらわたしの違和感の正体が、わからなくても少しはつかめるかも知れない。


「ねぇママ、あいつはなんで今日に限って朝食に来たんだと思う?わたし、変な違和感があって……うまく言えないんだけど」


「……ふふっ」


ママはわたしの質問の後、少し下を向いていたがどうやら笑いをこらえていたらしい。

わたしは真剣に聞いたつもりだったのだが、何を笑われなければいけないのだろう。


「ふふふ……あら、ごめんなさいね。あなたお姉ちゃんのことになると真剣だなと思って」


「何言ってるのよ!」


笑われてイライラしていたのもあり、ママに怒鳴ってしまった。

しかしやはりママにはお見通しか。

姉のことでわたしがイライラしているのも、冷静さを欠くことも。


怒鳴ってしまったことで険悪なムードになるかと思ったが、ムキになって怒ったのがさらに拍車をかけてしまったようだ。

ママは口元に手を当てて、くすくすと笑いながらニヤニヤとこっちを見ている。

イライラする。


「ふふふ……ごめんなさいね、そういえば鏡花さんのことだったわね。そうね……こう言っては鏡花さんに悪いけれど、今日の鏡花さんは、まるで昔と今の鏡花さんのツギハギみたいだったわね。気を使ってくれていてもどれも本当じゃないみたいな気がして、ちょっと戸惑っちゃったわ」


「……ツギハギみたいか、なるほど」


ツギハギという言葉で、1つ腑に落ちた。

わたしがあいつに感じていたのは、劣等感でも嫌悪感でも不信感でも、ましてや怒りでもなかったのかもしれない。


……もしかしたら恐怖だったのだろうか。

あいつは、ずっとどうしようもなく超えられない壁だったのに、気付いたらわたしのずっと下を生きている。

そして、わたしたちに興味がなくなって別の世界を生きているのかと思ったら、わたしの世界に入り込んでくる。

あいつは一体なんなのだ。

わたしには分からない、得体の知れないもの。


もしこれが思い過ごしならあいつに悪いことをしてしまっていると思う。

だが、わたしはどうしても、姉がわたしには想像も及ばない次元の本当の自分バケモノをツギハギの殻の中に隠しているように思えてならない。

だからきっと今まで、わたしはあいつを遠ざけてきたんだ。

得体の知れない姉という存在が怖かったんだ。


「……ははは、ははははは!なるほどママには何もかもお見通しなのね!」


「ん?どういうこと?あら、美鈴ちゃんすこし顔色が良くなったかしら」


実際の姉が、自分の内に何を隠しているのか、隠していないのか、そんなことは問題ではない。

わたしにとって1番信じたくない答えの1つがこれなのだ。

こういう場合はだいたい当たっている。

それに当たっていなくても、わかってしまえばもう怖くない。


わたしが恐怖し憧れた姉は、わたしとは住む次元の違う怪物。

そんなのと張り合っていた、張り合えていたのだとしたら、こんなにワクワクすることはないではないか。


きっとこの物語(世界)の主人公があいつで、わたしはその横にいるメインキャラなんだ。

もうあんな怪物と張り合う必要はないんだ。

何故ならわたしもメインキャラなのだから。


わたしは物心ついた頃からずっと感じていたひとつの違和感に回答を得た気がした。

気持ちも心も、今までに感じたのことないくらい軽い。最高の気分だ。


わたしはナフキンで口の周りを拭くと、雑に机の上に放り投げるように置いた。そして勢いよく椅子を引き立ち上がると、残っていた紅茶を一気に飲み干した。


ぬるいわね。


車を回してもらおうとママの方を伺うと、ママは目を丸くし、口をぽかんと開けこちらをじっと見ていた。

まるで驚いたような表情だ、何かあったのだろうか。


「ママ。そろそろ間に合わなくなるから出るわね。車を回してもらえるかしら」


「……あ、ええ、わかったわ」


わたしが話しかけると、ママは目をゴシゴシとこすると、首を左右にブンブン振りこちらの世界に戻ってきた。


何に驚くことがあろうかと、自分と机を確認すると、ナフキンはぐしゃぐしゃに放り出され、ティーカップも適当に皿に置かれている。

さらにはスカートの裾も縒れている。


安心したからといって油断しすぎた。

恥ずかしい気持ちを表に出さないよう気をつけながら、ナフキンとカップを元にもどし、スカートを正す。

そして、ママの方を見ないように咳払いをする。


「オホン……失礼しましたわ。もう行くから!」


多分今、誰から見てもわかるくらい顔が真っ赤になっているに違いない。恥ずかしい!悔しい!


不思議そうにしながらも、恥ずかしがるわたしをクスクス笑うママを必死に視界に入れないようにしながら部屋を出る。


後ろでベルの鳴る音が聞こえた。

だとするとまだ車はしばらく表に来ないだろう。

もう恥ずかしくてダイニングには居られないし。

仕方ない、外で車を待ちながら読書でもしよう。


「はぁ、何やってるんだろ」


わたしはため息をつき、気を取直して玄関に腰掛け、ピカピカに磨かれたローファーを履いた。

そして今度は恥ずかしい思いをしないように、制服を入念に確認する。

よし、今度は大丈夫そうだ。


玄関の戸を開け、振り返る。

玄関まで送ってくれる見送りはいないし、きっと聞こえないだろうが一応挨拶だけはすることにする。


「いってきます」


さぁ今日がはじまる。


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