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Killing syndrome  作者: 兎鬼
1章 日常
2/26

一橋鏡花の日常

9月12日(木)7時


私の1日は、ママの小言から始まる。

さぁ今日もくるよー。3,2,1……


「鏡花さん!いい加減にしなさい!学校間に合わなくなるわよ!まだ朝ごはんだって食べてないのに、ママね鏡花さんが食べなくても毎日用意させてるのよ!それに学校だって…」


「はぁ……」


冗談だったのに本当に来た。

毎日毎日言われ続けると自分のせいでも少しうんざりするな。

……まぁ本当に自分のせいなんだけど。

でも下の階から2階に聞こえるほど大声で言わなくてもいいのに。


何も本当に毎日毎日起きられないのではない。

朝は弱い方だが、時間通りに起きようと思えば起きられる。

ではなぜ起きないのかと言うと真面目ないい子でいる事を頑張ってやめようとしているからだ。


学校に行っても授業はサボるし。

テストは受けないから補習ある。

私立のお嬢様学校に通っているが、私だけ制服を着崩して、スカートも短くしている。


ママやパパの言う通りに規則正しく生活して、習い事もやってきた。

しかし、現状私の人生には、楽しめる張り合いのあることが何もない。

楽しくないんじゃない。できないことが何1つないのだ。

弟が生まれて、後継として可愛がり始めた今、私の責任は今までよりはるかに軽い。

だったら今こそ、今までやってきたことと反対のことをやってみようと思ったのだ。

真面目に生きてきた年数15年。不真面目に生きている今、継続2年ちょっと。

まだまだ楽しいことは見つからないが、こっちに楽しいことがあるに違いないのである。


ママはきっとそんな私が気にくわないんだろうと思う。

ママの気持ちもよくわかるが、どうすれば自分の人生に張り合いが出るか分からないんだからしょうがない。

耐えてくれママ。


「ちょぉぉっと聞いてるの鏡花さん!!」


おっと不味い、そろそろママの脳血管が破裂する。

それはそれで面白そうだが、面倒を見るのが大変そうだ。

普段から負担もかけているんだろうし、そろそろ焦り出すとしよう。


「はいはい聞いてるってば!今降りてくから!」


小言を言われないよう、桜の花びらの入った袋をゴミ箱の奥に仕舞い込む。

ゴミの処理なんて使用人しかやらないし、ここまでやっとけばママだって気づかないだろう。


ゴミの処理を終え、心の重荷を1つ解消すると、次は机の上のカバンを取り、簡単に荷物を確認する。

筆記用具と、替えの服と靴さえあればいい。どうせ授業をまともに受けるつもりなどないし。

もう一度姿見を確認。

髪型オッケー、スカートオッケー。

これで心配事はなくなった。

1つ深呼吸をして、呼吸と意識を整える。

準備完了。


「よし、行くか!」


部屋を飛び出し、長い階段を駆け下りる。

1番下まで階段を下りきると1番手前、左手のダイニングにつながるドアを開けた。

ダイニングは20畳ほど。開放的な窓から日本庭園が見える所謂一般的な一軒家の食卓だ。

うちは、住み込みの庭師がいるから庭も綺麗に整っている。

子供の頃は庭の松に登ったり、滝で水浴びをしたりと庭を荒らしてよく怒られたが、今では何の変哲も無い見慣れた風景になっている。


「おはよう、お待たせしました」


ダイニングに入ると、顔色を伺いつつ挨拶をしながら椅子を引き、座り慣れた定位置に腰掛ける。


食卓に座っているのはママと、中学3年で妹の美鈴

うちは5人家族で、他にパパと高校1年の弟の剛がいるが、パパは朝早く仕事に出かけ、剛は空手の朝練でパパのすぐあとに出かけてしまっている。

確認したわけではないが、だいたいいつも夕食どき以外は2人は家にいない。


6人がけの食卓の、入口に1番近い角の椅子に美鈴、美鈴に向かい合う形でママが座って食事を摂っている。

私の定位置は昔は美鈴の隣だったが、あまり家族揃って食事を摂らなくなった為、今は美鈴の1つ開けた隣の角が私の定位置になっている。


「あら、今日は朝食を摂ってから出かけるのね」


ママは食事の手を止めないまま、私に声をかけてきた。

平静を保とうとしているが、顔は引きつりこちらを全く見ていない。


「いつものことだけど、起きるのが少し遅いわよ鏡花さん。いい加減にしないとパパに叱ってもらうわよ」


ママは私が思ったより怒っているようだ。

いつもいつも待たせて怒らせて、朝食にも起きてこないんだから当然か。

今までの怒りがたまっているのだろうか。

ママの怒りを酷くしないように慎重に言葉を選ばなければ。


「パパは今関係ないじゃん。それよりせっかく久しぶりに一緒の朝食なんだから、早く食べさせてよ」


実はかなり久しぶりに朝食をとる。

今日も時間がギリギリなのだし、朝食を摂らないで登校すると言う選択肢もあったが、今日はなんとなく食卓でご飯を食べたいと思ったのだ。

あの変な夢のせいだろうか。


思えばこうして家族と食事をするのもかなり久しぶりだったな。

1ヶ月くらいママとの一言二言の受け答え以外、ロクに家族と会話もしていない気がする。


私は敢えて砕けた言葉遣いをしている。

それも生き方を変えようとする試みの1つなのだが、家族は以前と同じ、きちんとした話し方をするため、実は家族と話すのに少し気まずさと罪悪感があるのだ。

お嬢様のような喋り方を、しようと思えば出来なくはないが、慣れてしまうと元の話し方に戻すのもなんとなく堅苦しくて嫌な気がする。

それもあって家族と話すのを敬遠してしまっていた。


ママの怒りに対して謝るつもりはあったのだが、パパの名前を出されて思わず言い訳を先に立ててしまった。

謝罪すらできなくなってしまったのかと思うと少し情けなくなったが仕方ない、場を持たせなくては。

ふてくされた態度をとってはママをもっと怒らせるかもしれない。

反抗も難儀なものだな。


ママは少し肩を落とすと、呆れたようにため息をついて、机の上に置かれたベルを手に取り、少し高い位置で鳴らした。

どうやら私の心配は杞憂に終わったようだ。


少しほっとした。


ママが鳴らしたあのベルは、ママが自分の使用人を呼ぶ合図なので、普段は専属の執事がやってくる。

だが、流石に食事時くらいは執事も空気を読んでくれて、必要に応じて食事の配膳や、食後のお茶などその時々にあった品を用意してくれる。

私が生まれた頃からずっと同じ執事だが、流石の阿吽の呼吸というやつだろうか。


「まったく鏡花さん、あなたは……」


「……ママ、やめて。わたしの優雅な朝食が台無しになるわ」


ベルを鳴らし再び小言を言おうとしたママを妹の美鈴が一喝した。

ママは美鈴と目線を合わせた後、うんざりした表情でそっとベルを机に置いた。


「そうね、お食事の時くらいお説教はやめましょうか……」


怒りは収まっていなかったようだが、美鈴のおかげで、取り敢えずこれまでの朝寝坊のことは許されたらしい。

これで安心して朝食が食べられそうだ。


コンコンコン


「どうぞ」


ダイニングの扉がノックされ、厨房付きの使用人が私の朝食を乗せたワゴンを押しダイニングに入ってきた。

ベルを鳴らしてから1分と経っていない。

おそらく私が下に降りてくる前の私とママの会話を聞き、どれくらいで私が降りてきてもいいように準備をしていたのだろう。

おそらくママは指示を出していない。

そこまで執事は徹底しているのかと思うと、少し感動すら覚える。


私たち家族には声をかけず、私の前にそっと朝食を並べていく。

メニューはいつもの通り、牛乳に定番のコンソメスープと簡単なオムレツ、バターロールにシェフの手作りのジャムだ。


配膳が終わると使用人が下がるより前に、私はバターロールを手に取り、雑にジャムを塗りつけ齧り付いた。

相変わらずうまい。

確か海外のミシュラン星付きレストランで修行したシェフを雇ったんだった気がする。

この前1人で食べに行った有名なパン屋よりもこっちの方が断然うまいな。


そう思いながらどんどんと運ばれてきたパンにかじりつく。


「……鏡花さん、お行儀が悪いわ。パンはちぎって食べないと」


「どんな食べ方したって味は変わらないだろ」


行儀が悪いなんて分かってやっていることだ。

いちいち行儀よく食べるより、直接かじった方が速いし美味いにきまっている。

それにお説教はやめにするんじゃなかったのか。

そんなことを思ったが、こんなことママな直接言ったらどんな怒号が待っているかわからない。

ママの小言を適当に流して、パンに集中することにした。


「ママ、こんな奴に何を言ったって無駄よ」


美鈴はナイフで器用にオムレツを切りながら、そう冷たく言い放った。

別に気にならないから良いが、ツンツンしてるなぁ

表情だけだと美鈴は平静そのものだが、きっとイライラしてるんだろうな。


美鈴はいつからか私に冷たく当たるようになった。

1番末の子として生まれた美鈴は、末っ子としてはあまり可愛がられなかったように思う。

パパもママもかなり教育熱心で、成果主義なところがある。

弟の剛は勉強とスポーツに才能を発揮した為、一家の後継として大層可愛がられた。

それはもう私も嫉妬したほどに。

しかし、美鈴はどちらかといえば勉強やスポーツより音楽や芸術に才能を発揮した。

その上、後継になれない分美鈴は私と比べられてきた。

きっと辛かったに違いないのだ。


「美鈴ちゃん、お姉ちゃんに向かってそんな口の利き方したらダメよ」


ママの方は体裁を気にしているだけ。

あんな風に私を立てて美鈴に小言を言っていても、私よりも美鈴の方に期待を寄せているはずだ。

その方が美鈴のためにも私のためにもなる。


美鈴は、ふんっと鼻を鳴らすと気の強い女の子のテンプレートのように、不機嫌そうにやや上を向きそそくさと朝食を食べ終えてしまった。

ツンツンした表情そのままに、ナイフとフォークを揃えて皿の淵に置くと、机に添えられたナフキンで軽く口元を拭った。


「ご馳走さま」


私は学校の始業時間にギリギリだというのに、食べ終わった美鈴は、カバンから文庫本を取り出しゆったりと食後の時間を過ごしていた。

学校に遅れないのだろうか。


「美鈴、お前学校に遅れるぞ」


食べ終わっていない自分に言われるのは癪だろうが、私と違って美鈴は優等生で有名人のはずなのだ。

遅れてしまっては、名声が台無しになってしまう。

美鈴の性格を考えれば、絶対に許せないことのはずだ。

悪名と言う意味だけで言えば私も有名だが、私とは比べるべくもない。


しかし私の余計な心配は、燻っていた美鈴の苛立ちの火を煽ってしまったようだ。

美鈴は深いため息をついた後、読んでいる本のページをめくりながら、きつい視線を私にぶつけてきた。


「誰がお前ですって?ほんとあなたのその言葉遣いを聞いているとあなたの妹に生まれた私が余りにも哀れだわ」


私の心配を完全にシカトして、嫌味を言ってきたか。

普通なら拾わないところを拾って嫌味を言ってくるあたり、種火は私の態度というより私が朝食の場に来てしまったこと自体だったのだろう。


無視してくるあたりきっと時間に余裕を持たせているに違いない。

完璧主義の美鈴ならきっと大丈夫なんだろうが……


時計を確認すると時刻は8時になろうという頃。

これ以上あえて火事を酷くすることもないが、結構ギリギリではないだろうか。

美鈴の通っている中学校の始業時間は普通の学校より遅いのだろうか。

いや、3年前まで私も同じ中学に通っていたがそんな事は無かったはずだ。

妹の逆鱗に触れると後が面倒だがどうしたものかと考えつつ、取り敢えずもう一度だけ確認をすることにする。


「悪かったよ。でももう8時だぞ、そろそろ準備を始めた方がいいぞ?」


言いながら美鈴の方を伺う。

美鈴はパタンと、読んでいた本を勢いよく閉じそっと机に置くと、私の方をみてニッコリと笑った。


ブチッ


そう聞こえた気がした。

やってしまった。完全に火に油、というよりもう燃えていた火事に薪をくべてしまったと言った方が正しい。


私の一度目の忠告を無視したのは、時間も確認した上で、ゆっくりと時間を使っていたから。

そこを2度も嫌悪する私に指摘された。

いや、それだけではない。

優雅な朝食の時間に、私が参加することを仕方なく許容したのにも関わらず指摘されたのだ。


笑顔の裏で怒りの炎をメラメラと燃やす、美鈴をよそに、ママは優雅に食後の紅茶を飲んでいた。

私を美鈴が目の敵にするのはいつものこと、口を挟めば酷くなる。

きっとそう思ってのことだろう。


そういえば、いつのまにかママの朝食が下げられ紅茶になっている。

ついさっきまでバターロールを食べていたし、使用人が来たのは今しがたなのだろうが、美鈴に気圧されてベルにも使用人にも全然気がつかなかったな。

美鈴には格闘技の才能は全くないが、気迫はどんどん成長するな。


「姉さん。あなたの方がそろそろ時間を気にした方がいいのではなくて?わたしは時間を気にしながら食後の時間をとっているのよ?あなたはいつもいつもいつもいつも遅刻してるから良いんでしょうけど?」


美鈴は全て言い終えた後、テンプレの鼻鳴らしをし(ふんってやつ)、二度と話しかけないでとでも言うように、やや上を見ながら不機嫌そうに読書を再開した。


おお怖ぇえ。

美鈴が私を姉さんと呼ぶなんて相当キレてるな。

文句を言っただけでは怒りは収まらないようで、読書をしながら先ほどまではしていなかった激しい貧乏ゆすりをしている。


これはなるべく早く出かけた方が良さそうだ。

今出れば歩いても学校には間に合いそうだし。


残っていたロールパンを適当に口に詰め込み、牛乳で流し込む。

オムレツとスープは手つかずのままだが仕方がない。食べたかったけど、初めから全部食べていたら間に合わない時間だったしな。


ナフキンで適当に口を拭い、洋服を確認する。よし、こぼしたりはしてないな。

美鈴の勘に触るような行動を避け、なるべく音が鳴らないよう椅子を引き立ち上がる。


「……そろそろ行くわ。騒々しい朝食になっちゃってごめんな」


誰かに向けて発したわけではない。

黙って行くのも感じが悪いと思い、形を取り繕った。

スカートを簡単に直して、カバンをとる。


「え?……あら、いいのに。鏡花さん、私たちこそごめんなさいね、今車を出させるわ」


ママは驚いた様子で私を見上げると、心配そうに尋ねた。

どうしたのだろうか。私が歩いて登校するなんて珍しくもないのに。

私が何か言ってしまっただろうか。

だが、美鈴をキレさせた直後だ。私の肩を持っては美鈴の怒りに火をつけてしまう。

そんな事をすればママが大変なだけなのに。


そう思って美鈴の方を伺う。

あれ?

何故か美鈴の貧乏ゆすりが収まっている。

相変わらずそっぽは向いたままだが、怒りが少し治ったのだろうか。


まぁいい、取り敢えず車を回すのは止めてもらおう。

最近は朝食を摂らないで歩いて登校することがほとんどだ。

うちの学校は徒歩や自転車で登校する学生より、車で送り迎えをされる学生のほうが多い。

しかし、慣れてみると車の送り向かいは窮屈で最近は敬遠していた。

それに今日は夢のこともあるし、歩いている間に気持ちを少し整理したいしな。


「いや、いいよ。今日は歩いて学校まで行くことにする」


「あら、いいのに」


「今日は歩きたい気分だから」


心配そうにするママに軽く手を振り、ダイニングの扉を開け玄関に向かう。


人に心配されるのなんて久しぶりだな。

心配したりされたりなんて柄じゃないんだが、久しぶりに家族に気を使い、気を使われてしまった。

別に嫌ではないが不思議な気持ちだ。


折角柄じゃないことをしているんだ、最後までやってやろうじゃないか。


使用人が玄関に揃えてくれたローファーを履き、玄関の扉を開ける。

そして締め切る前に振り返って、誰に聞かせる訳でもなく言った。


「行ってきます」

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