その24 鬼の姫さま現る
「こんなにあっさり追撃を許すなんて、鬼族の最新技術にもこんな穴があったとは思わなかった」
あなた方の運用技術に穴があったんじゃないですかね、こっちはいい迷惑なんですけど。
リゾート地で遊んでて、まさか鬼が島に到着するとは思いませんでしたよ。
改めて周囲を見回す。ビーチなんてハイカラな名前より海水浴場の方がしっくりくる雰囲気で、遊んでいる人たちも全員鬼だ。
なるほど鬼が島ですね。
魔王ちゃんはここに来た事あるんですよね? 何で昔に殴り込みに来たんですか。
「鬼族の姫がわらわの悪口を言いおってな、ぷちんと来たのでぷちんと踏み潰しに来たのじゃ」
「ふん、あの時は魔王は私の胸踏んで、ぼよよんと弾き飛ばされて頭を打ってたわよ、あいつのあの時の顔ったら、くすくす」
「ん?」
「ん?」
「そうじゃそうじゃ、あやつもちょうどこんな無駄に育った馬鹿馬鹿しい胸をしておったわ」
「そうそう、魔王の馬鹿もこんなマヌケ顔だったわね」
「ん?」
「ん?」
「鬼姫はなあ、いちいちこんな感じでわらわの悪口を」
「久しぶりにあの魔王のマヌケ面を拝みたくなってきた」
「「……」」
「お前、鬼姫じゃないか!」
「あなた、良く見たら魔王!」
お互いに気がつかなかったんですか!
いい加減気が付けよとボクが念じてのがようやく通じたみたいですね、もしかしたらと思ってたんですよ。
この人、お客さんとしてさっきから魔王ちゃんの前にいましたけど。
鬼姫と言われた子は身長はボクや魔王ちゃんと同じくらい、黒髪で姫カットが可愛い。そのロングの黒髪は先の方で一つに束ねてあった。そして胸が大きい、ここは重要なのだ。
「さっきから鼻が垂れたガキンチョくらいしかおらんかったからな、同じように鼻を垂らされておっては見分けがつかんのも道理じゃ」
「垂らしてないわよ!」
この人さっき魔王ちゃんの紙芝居の一番前の特等席で目を輝かせて聞いてましたよ、イカ焼き二本も買ってくれたんですよ。イカ煎餅も握り締めてました。
「イカ煎餅は握り締めすぎて粉々になっちゃったからもう一枚ちょうだい。白熱してたからね、イカ太郎マンに集中してて魔王だと気がつかなかったわ」
ホント熱心に聞いてましたもんね。周りの子供たちよりも一番わくわくしてたのがわかりました。
「まあ魔王だとかこの際どうでもいいわ、ねえイカ太郎マンの続きどうなるの? 全然気にならないけどね!」
「気にならんのなら別にいいじゃろ」
「くうう」
「ああ、イカ太郎マンね、あれうちの爺ちゃんが作ったんだよ」
鬼っ娘摩鬼が、カレンに成敗されて倒れてたお爺さんを起こしながら説明してくれた。
そのお爺さんがパチリと目を開ける。
「あれは会心の出来でのう、三日三晩寝ずに書いた。イカ太郎マンのオチはですな」
「ネタバレする気かキサマ、即刻その爺を処刑せよ」
鬼姫の言葉に現れた兵士がお爺さんを取り押さえる。まあ、この兵士もイカ焼きを握り締めて紙芝居を見てたんだけどね。
「ああ、爺ちゃん! 姫様、どうか爺ちゃんに寛大な処置を」
「だめよ、ネタバレは禁忌の重罪! 人死にが出る重大犯罪よ!」
「爺ちゃん、今、新しいお話作ってるのに。怪傑イカマスクが超絶面白いんだよ、せめてそれを終らせて貰わないとオチが気になって夜も眠れなくなっちゃう!」
「そんなに面白いの? むむう、処刑は取りやめる。全く興味ないけど早速製作にとりかかるのよ!」
紙芝居のオチで生死が左右されるお爺さん。何であなたそこでドヤ顔で立ってられるんですかね。
「怪傑イカマスクのオチはですな」
「「連れてけ!」」
姫と孫のダブル命令で連行されたお爺さんは、この後ホテルに監禁されて作品を書き上げるまで出られないという。
「で、魔王は何しに来たのよ、どうして二つに分裂してるのよ、単細胞生物なの? 気にならないけどね」
「気にならんのなら別にいいじゃろ」
「くうう」
分裂ネタはもういいですから、ボクはただの冒険者の美少女ですよ、こっちの子も。
「私はカレン! よろしくね!」
「は、はい……」
『ふん』とそっぽを向きながらカレンと握手をする鬼姫、カレンは鬼相手でも全く動じないのか、まあ今に始まった事じゃないけど。
それにしてもこの状況、どうしようかと海岸を見ていると、姉妹っぽい子たちがこちらに歩いてきた。どうやらイカ焼きのお客さんらしい。
妹らしい子がこけた。お姉さんらしい子がそれを助けて、付いた砂をぽんぽんと払ってあげてる。仲睦まじいピンク髪の姉妹を見てると微笑ましくなる――ん?
「イカ焼き二本下さいな」
「いやいやいやいや、イカ焼きどころじゃないでしょミーシア。マーシャも一緒にどうしてこんな所にいるんですか!」
「さっき空間がぐにゃってなって視界が真っ白。そして気がついたら、なんだか貧乏臭い海岸にいたのよねえ」
「貧乏臭い海岸で悪かったわね! これでも鬼族で一番人気の海水浴場なんだから!」
やっぱり海水浴場なんですね。
『この子誰?』というミーシアにイカ焼き二本を渡す、まいどありー。
「こいつは鬼族の姫じゃ、胸だけがでかい鬱陶しいヤツじゃ」
「ふふーん、胸だけじゃありません~態度もでかいですう~」
「態度のでかさならわらわも負けとらんからな! いい気になるなよ!」
何の戦いですか、悲しくなるからやめましょう魔王ちゃん。
「ところであんたたち、さっき冒険者と言ったわよね。まあ興味ないし気にならないけど」
「気にならんのなら別にいいじゃろ」
「くうう」
魔王ちゃん、そろそろやめてあげて下さい、ちょっと可愛そうになってきました。
「依頼を受けてくれるのが冒険者なのよね? ちょっと頼みたい事なんて別に無いけど、勝手に喋るから聞いててもいいわよ、特別に許してあげる、って聞いてる?」
ん? 何でしたっけ。今、全員ミーシアとマーシャが食べてるイカ焼きに集中してて聞いてませんでした。これが気になって話に集中できません。
「え? 私の話はイカ焼きに負けちゃったの?」
すみません、イカ焼きには人が抗えない魔力があると思うのです。
「そ、それもそうね、でも否定はするけどね。イカ焼き五本下さい」
鬼姫がボクとカレンと魔王ちゃんの分のイカ焼きを買ってくれた、まいどありー。自分と鬼っ娘摩鬼の分もあるんですね。
イカ焼きを食べながら鬼姫が話してくれた内容はこうである。
イカ焼きがいかに美味しいか、どこ産のイカが美味しくてイカ焼きに適しているか、イカ焼きは頭から食べるべきかゲソからか、塩味以外に道はないのか。
うん、イカ焼きを食べ終わるまでサッパリ会話が成立しませんね。
とっとと食べてしまいましょう。
そして鬼姫は、リヴァイアサンを退治して欲しいと言い出したのだ。
次回 「鬼族の都で例の揚げ物を発見」
みのりん、つっこみを入れるべきか葛藤する