その6 魔王ちゃん目覚まし時計
ボクは今、満面の笑みで串焼きを頬張っている。
同じベンチではカレン、タンポポ、ミーシアも同じく串焼きタイムを満喫中だ。
ボクが絶望して泣いていたら、偶然通りかかったのが串焼き屋台のオジサン。
太っ腹のオジサンは、ボクたち全員に串焼きを一本ずつ奢ってくれたのだ。正に神様である、串焼きの神が光臨なされたのだ。
「オジサンはなあ、女の子の泣き顔なんかこれっっっぽっちも見たくねえんだよ。オジサンが見たいのはなあ、女の子の健康的な生足でい!」
かっこよく啖呵を切っているが、言っている内容は最低である、最低の神様だった。
神様は笑顔で仁王立ちのカレンにペコリと頭を下げると、速やかに移動して行った。移動式屋台の便利なところだ。
その後、水着屋さん(今回は水着屋台じゃなかった)へ行って水着選び。
試着室での恐怖の水着ファッションショーを強制的に見せられ、買う必要の無いボクまで参加させられた。
水着を買う時の試着室での女の子たちによる水着ファッションショーは、ボクが見ていたアニメなどでは定番中の定番、お風呂でキャッキャウフフ並の都市伝説なのだ。
しかし残念ながらボクには記憶がない、水着を買い終わった時には魂が半分出かかっていたボクだった。
結局カレンは赤いビキニ、ミーシアはフリルが付いた黄色いバンドゥ水着スカート付き、ゴブリン騒動の時と変わらない水着を購入したのである。
因みにタンポポは水着を着れない、というかセーラー服を脱げないので何も買っていない。
セーラー服オバケには酷い目に遭わされた。あのオバケはボクに紐水着や面積の小さい水着を試着させようとするので、幽霊退治のお札が売ってないかと探したほどである。
ふらふらになって〝みのりんハウス〟へと帰還して、早めにダンボールベッドで就寝、明日は出発だ。
一度酔っ払いの冒険者に起こされて迷惑料のカラアゲにかぶりついて寝た後、朝方またもや叩き起こされた。
「みーのりーん、あーそーぼー」
迷惑な話である。
時計を見れば朝の六時。まあまだギリギリ許せる範囲か、というか今日は八時出発なのでこの時間に起こしてくれたのはむしろ感謝である。
ありがとうございます、魔王ちゃん目覚し時計。
「いつの間にわらわが時計としてセットされておったのか、自分でも気がつかなかったぞ」
ボーっとした寝起きの目で魔王ちゃん目覚し時計を見つめる。寝ぼけてるのか何か違和感があるのだ。
魔王ちゃん目覚まし時計にくっ付いた付属物、なんですかそれは。
「何って浮き輪じゃが? これを付けると身体が水に浮くという、便利極まりないヒヨコ柄の浮き輪じゃが?」
そんなものは見ればわかってるんですよ、何故冒険者の町でそんなものを装備しているんですかって事ですよ。
「みのりんを海に誘いに来たからに決まっとるだろ、まさかこれを山で装備する気か、お前正気か?」
魔王ちゃんがありえないという顔でボクを見つめているので、そっくりそのまま返してあげたい。
冒険者の町中で装備してる魔王ちゃんには言われたくないですよ。お風呂屋さんでそれ使ったら怒られますからね。
それに使う時は水着も装備してください。
「装備したくても、わらわは水着を持っておらんのじゃ。魔王ともあろう者、水着の一つも持ってた方がいいと常日頃思っておったんじゃがな」
それでよく海に誘いに来ましたね、浮き輪だけ持って。
「水着は急遽魔族たちに用意させておる。準備も整わない状態で慌てて来たのは、何かよくない事が起こりそうな虫の知らせがあったからじゃ。またみのりんたちが、わらわをのけ者にして自分たちだけで遊びに行くような、そんな悪夢を見て飛び起きたからじゃ」
う、さすが魔王。三回も同じ手は食わないという事ですか、二度ある事は三度あるを回避してきましたね。
今のところ、魔王ちゃんは二連続で『ガーン』をやってますからね、そろそろ気の毒になってきたと受付のお姉さんも言っていたところなんですよ、笑顔で。
「で、飛び起きて、床に転がっていた失くしたデュラハン人形の首を見てひっくり返ったわ。勘違いするなよ? 漏らしとらんからな」
そっちの方は三回どころか何回も食らうんですね。
「うむ、首は現在十二個目に突入したからな、二度三度なんて次元はもうとっくに超越しとる」
何個失くしてるんですか! オモチャ屋さん大儲けじゃないですか。
「魔族の里の子供たちのデュラハン人形の首の平均所有数は大体十個じゃからな、替え首だけでそこそこ儲けとるじゃろうなあいつ」
まさかのヒット商品がデュラハン人形の首とは……
そうそう、ボクのダンボールベッドに忘れていってる首もいい加減回収してくださいね。ボクもひっくリ返る事態に陥ってるんですから。
あ、言っときますけど、ボクは粗相はしてませんからね。
「わらわもしとらんわ。で、どうなんじゃ? わらわの感は当たっていたのか?」
「はい……ピンポンです」
「やっぱりか、みのりんはずるいのじゃ、わらわだけいつもいつもおいてけぼりで遊びに行きおって」
魔王ちゃんはぷんすか状態になった。ぷんすか魔王と呼ぼうかな。
「今度は海に行くのではないかと踏んで、浮き輪を用意して正解じゃったな。またわらわだけのけ者にして遊びに行こうとしても、そうは問屋が卸さないのじゃ。残念じゃったな、この魔王ちゃんはそう簡単に出し抜けるものではないぞ、ははははは」
誠に残念ですが、二回も出し抜かれてますよあなた。
でも遊びに行ったんじゃなくて友達を助けに行ってるだけなんですけどね、今回も遊びじゃなくて任務、お仕事ですよ。
それに魔王ちゃんに連絡入れようとしても、どうしようもないじゃないですか。
電話も無いし、狼煙? ボクが超能力で『キエエ!』ってわけにもいかないですからね。
「連絡用の魔族とモンスターをここに配置しようか?」
「お断りします」
冒険者ギルドにモンスター配置とか面白すぎます。
『ふう』と魔王ちゃんはボクのベッドを見つめてため息を落とす。
「それならわらわもここに住もうかのう、この魅惑のダンボールベッドになんとか二人寝れんもんか。みのりんが下わらわが上で、二段ベッドとかどうじゃ?」
無茶言わないでください、暑苦しいだけですよ。二段ベッドって人間を重ねるベッドじゃありませんからね。
まあ次の朝にはボクが冷たくなっているでしょうから、ヒエヒエになるでしょうけど。
さては、ボクの山に勝てないもんだから、いよいよボクを暗殺する気になったんですね。さすが魔王です、恐ろしい事を考えるのは天下一ですね。
「なんか釈然とせん事を言われているような気がしてならんのじゃが」
まあ正直言うと、温泉の時もカーニバルの時も、魔王ちゃんには悪い事したなあと思わないでもないんだ。
本当に一緒に行きたがって残念がってたからね。
魔王ちゃんも今回の護衛任務に行きます? まあカレンに聞いてみないとだめだけど、彼女が『いいよ』以外を言うとも思えませんけど。
「おおう、まかせるのじゃ。護衛だろうが用心棒の先生だろうがわらわに任せておけ。パーティを組むんじゃろ、絶対にわらわも混ぜろ。行きたい行きたい、わらわも海行きたい。海に行ってザブーンしたい」
「子供ですか……」
「魔王ちゃんじゃ!」
魔王に護衛される馬車隊……なんか想像しただけでも凄いな。モンスターだろうが、盗賊だろうが何もかも弾き返しそうだ。
小さな漁船の護衛に、原子力空母が付いてる様なものじゃないか。
ボクがうんうんと頷いていると、何者かが壁をすり抜けてギルド食堂内に入り込んだようだ。
侵入者である。
この二人はまだ出会っていない。
いよいよ魔王とアレが対決する日が来たのかも知れない。
次回「オバケVS魔王」
みのりん、とりあえずペンを没収する