その1 ゾンビと三枚のお札
カーニバルから帰って数日後、ボクが冒険者ギルドの特命を全うして食堂に戻ってくるとそれはいた。
まあ、〝それ〟って言ってもいつもの〝あれ〟なんだけど。
「どうしてソーセージをくれたのじゃ? わらわへの貢物か? くれるというのなら遠慮なく頂くがな、あとで返せと言われてもそれは聞けん相談じゃぞ。一度渡したソーセージを返せなど、天地がひっくり返ってもあってはならん事じゃからな。わらわもそうなったら銀竜を呼ぶしかないからな」
みのりんハウスの近くでなにやら物騒な事を言っている魔王ちゃんは、満面の笑みで親指を突き出した冒険者のオジサンからソーセージを貰ったらしかった。
何て羨ましい、ソーセージの抜け駆けは許しませんよ。
でも何が起こって魔王ちゃんがソーセージを手中に収めるに至ったのか。
ボク自身の今後の応用の為にも調査が必要である。
名探偵みのりんの調査によると、ボクのダンボールベッドの横にデュラハン人形の首が転がっているのが発見された。これで驚いた魔王ちゃんが盛大にひっくり返っただろう事しかわからない。
ソーセージを貰えるシステムは未だに謎だ。
それにしても魔王ちゃんは、すっかりギルドに馴染んでますね。魔王が冒険者ギルドに馴染んでどうするんですか。
「どうでもいいが、何で午前中から酒を飲んどるんじゃお前たち。冒険は行かんのか? 冒険者なら冒険に出て魔王を倒そうという気概くらいないのか、お天道さまに申し訳ないぞ」
その場合、倒されるのは自分だってわかってるんですかね、魔王ちゃんは。
魔王にお天道さままで持ち出されて説教されるオジサンの身にも……
と思ったがグビグビプハーをやっているオジサンたちを見ていたら、すっかり擁護する気も無くなった。何でこんな時間からお酒を飲んでるんですか、冒険者なら冒険に行って魔王くらい倒してきて下さい。
まったく、この冒険者みのりんを見習って欲しいですね、ボクはたった今冒険者ギルドの使命を果たしてきた所ですからね。
「おお、みのりん帰ったのか。お使いに行ったと聞いて待っておったのじゃ」
「た、ただいま……」
ふう、ギルド食堂のつけ払いの催促に、三軒も回るとさすがに疲れますね。
『明日払うから』とオジサンたちに色々とお菓子とか握らされましたが、こんなものでボクは買収されませんから、待って三日です。
「さて遊びに行こうか、ちょろりん」
ちょっと待って下さい魔王ちゃん、今おかしな呼び方された気がするんですが気のせいですか。
ボクたち二人はギルドの外に出た、までは良かったがここから先どうしようか、である。
カレンは午前中はカフェでバイトなので今は遊びに行けない。
門の方へと向かえばそこは商業地区だ。面白い店が盛りだくさんなのだが、そこはゴールド無しの身分で入り込むと、とんでもない目に遭う格差社会なのである。
そこを歩くと様々なお菓子の誘惑に晒されて、最後には精神がボロ雑巾になってしまうのだ。よほどのメンタル強者しか歩けない場所なのである。
と、そこでボクは『ハッ』となる。
そういえば、さっき何だかんだとオジサンたちによって握らされた賄賂、じゃなかったお菓子があったっけ。
ボクのポーチには、飴だのお煎餅だのお饅頭だのが満載されていたのだ。
これは決して賄賂ではないと断言できる。普通賄賂的な物といえばお菓子に見せかけた小判なのだから、お菓子そのものが賄賂であっていいはずが無い。
そんな物を渡したら、悪者お代官様も『饅頭じゃねえか!』と投げつけるに決まっているからだ。
お饅頭を投げ捨てるなんて悪事があっていいわけがないけど、それでこそ悪役である。神をも恐れぬとは実に恐ろしい。
さてボクはゴールド無しのザコには変わらないのだが、強力な精神回復アイテムを所持しているというわけだ。これなら余裕で歩けるじゃないか。
これは〝ひと切れのパン〟どころか、〝何個ものお菓子〟だ。ただ、物語に出来るかどうかはわからない。
よし、出撃ですよ魔王ちゃん。いざ商業地区へGO! FIGHTです!
そしてボクたち二人は、商業地区への潜入を開始したのだ。進め! 進め! どこまでも!
商業地区に入っていきなり飴屋さんの屋台に遭遇した、初っ端から強敵である。早速魔王ちゃんが凝視し始めたが、ボクたちにはそれを買うゴールドは無い。
「み、みのりん、あれ、飴だよな。あ、甘いやつだよな」
ぷるぷる震えないで下さい魔王ちゃん、早くも禁断症状が出てるじゃないですか。
ボクはポーチから飴を取り出すとそれを二つに割った。
棒状の飴だったから何とか半分にできたのだ。これが丸い飴だったら割る事もできずに、どちらか一人が犠牲になるところだった。
いきなり自分が犠牲になるか、友達を犠牲にするかの究極選択を迫られる所だったのだ、なんて恐ろしい地区なんだろうかここは。
ボクと魔王ちゃんは飴を舐めながらその先へと進んだ。飴は無くなった、残るはお煎餅とお饅頭だ。
これだけあればまだ戦える、僕たちはまだ先へと進撃できるのだ。
と、今度はお煎餅屋さんが二人の少女の行く手を阻むように立ち塞がった。
「みのりん煎餅が出た。丸くて平べったいのじゃ」
ボクは強敵を前にしてポーチから武器(お煎餅)を取り出すと、それを華麗に二つに割って魔王ちゃんと食べる。さあ先へ進みますよ。
残るはついにお饅頭が一個のみ。
さっき物語性の無い〝何個ものお菓子〟だと思ったが、これはあれだ、〝ひと切れのパン〟ではなく〝三枚のお札〟系の物語だったか。
「これは何じゃ? わらわが知ってる煎餅とはまた随分と違うようじゃが。パリパリで香ばしいのはいいが、これを煎餅と言っていいのか正直迷うな」
そうそう、そうなんですよ、ちょっと違和感ありますよね。
でもこの世界には醤油がありませんからね、お煎餅もソース味なんですよ。でもソースでも美味しいから全然いけますけど。
そうだ、魔族の里には醤油は無いんですか、あったら干物に大根おろしが最強アイテムになるんですが。
「醤油って味噌を作る時の溜り醤油の事か? 残念ながら魔族は味噌を食わんからな、味噌すら無いわ。ふむふむ、たまり醤油を煎餅に塗るのか、なるほどそれも美味そうじゃな、その発想は無かったな」
魔王ちゃんとボクの煎餅に感じた違和感はちょっと違っていたようだ。
不思議にも思ったのだが今はそんなどころじゃない。最大の強敵に出くわさないように、アンテナを張り巡らさなければいけないからだ。
前方から甘い香りが漂ってくる、これは危険だ! と言ってるそばから魔王ちゃんが引き寄せられていくのを、慌てて引っ張って横道にそれた。
「ふう、危ない所でした……」
しかしボクたちは逃げ切れなかったのだ。
それた横道にそいつは立ち塞がっていた。
ついにヤツに出会ってしまった、最強の敵に。
それは――魔王ちゃん饅頭――!
さっきの甘い匂いはフェイントですか、正面にいると見せかけて回り込んだ先で獲物を捕らえる、なかなか高度なテクニックを使ってきますね。
「ん? どうしたんだいお嬢ちゃんたち。ケーキ屋が多い通りだから今日は別の通りで営業しているだけだが」
なるほど、あのまま呑気に先に進んでいたら、死が待っていたというわけですか。ボクは命拾いした事にぶるぶる震えながらポーチを開ける。
ついにこれを使う時が来ましたか、ボクたちの最後の生命線、三枚目のお札を!
「ああああああうあ」
だめだ、魔王ちゃんがゾンビみたいにお饅頭屋さんに歩み寄っていく、早くしなければ!
ボクはポーチからお饅頭を取り出すと、それを二つに割った。幸いな事にボクが貰ったお饅頭も魔王ちゃん饅頭のようだ。
その割った音だか中の餡子の匂いだかに気が付いたゾンビは、のろのろと振り向きこちらに歩いてきた。
「あうううあああうあ」
半分に割ったお饅頭で別の道に誘導して、十分にお饅頭屋さんから引き離した所でゾンビの口の中に放り込んであげた。
ついでにボクも満面の笑みで残り半分のお饅頭を食べる。
「あうあああああ」
「ああああうああ」
ゾンビは二体に増えた。
甘いお饅頭で脳がイカレた少女二人は、暫らくふらふらと目的も無く徘徊していたようだ。
気が付くと一つの建物の前に佇んでいた。
次回 「げ、芸術の為なら・・・」
みのりん、モデルになる
お待たせしました! 第21話の投稿を始めます
体調等の理由で1日おきの投稿になります、すみません