その21 決戦! それは屋敷が吹き飛ぶ戦い
ボクとマーシャは屋敷の三階へと上がってきた。
ミーシアはどこにいるんだろうか。
三階にはボクたちを待っている人物がいた、そう、四天王の最後の一人だ。
「だ、だめよこんな怪物と戦えない……」
マーシャが床にへたり込む。
彼女が言う通り、その人物は山のように大きく、筋肉で完全武装された正に怪物ともいえる代物だったのだ。
恐らく指一本でボクたちなんて捻り潰せるだろうそいつに、ボクは木の棒を握り締めて立ち向かう。
ふふふ、相手にとって不足は無いじゃないか……
ボクはゆっくりとその怪物に話しかけた。
「こんな所で一体何をしているのですかサムライ。道に迷ったんですか?」
「はっはっは、我が姫君ではないか! 久しいのう!」
誰が姫ですか、ちょっと見ないと思ってたけど何してんですかあなた、邪魔だからどいてもらえませんか。
「この屋敷に用心棒の客人として招かれておってのう、サムライの内職みたいなもんだな。四奉行だったかな」
「四天王です。アルバイトなら傘張りとかにしてもらえませんか」
この筋肉の山が傘張りしてる図も、ちょっと想像できないんだけど。
「我が内職は何者も通さぬという契約なのでな、姫といえどここを通すわけに行かぬのだ、すまぬ」
「ふふん、ボクを誰だと思っているんです? 昨日の武闘大会の覇者、青い髪の少女ですよ! サムライなんてマンクに試合で負けちゃってるじゃないですか」
武闘大会の覇者VS最後の四天王との戦いが始まったのだ! さあ来てください途中敗退のサムライさん!
「準優勝のピンク髪もいますよ~」
呑気なマーシャの声に力が抜けた。
「昨日の試愛は実に無念だった。勤務時間になったから棄権して帰ったのだ」
試愛じゃなくて試合ですからね、そこ気をつけて下さい。
マンクのやつ、サムライと接戦で倒したみたいな事言ってたけど、不戦勝だったんじゃないか。
こんな怪物に勝ったんだとちょっと見直してたのに、損しました。
さてどうする、このサムライは言葉が通じない事でボクの中で有名なのだ。
「姫が命じます、そこをお退きなさい」
「うむ」
サムライがボクをお姫様だっこした。
今の『うむ』は何だったんですか、一瞬言葉が通じたのかと勘違いしましたけど、どうしてボクはお姫様だっこされてるんですか。
「姫が命じます、ボクを降ろしなさい」
「うむ」
サムライはボクをお姫様だっこしたままだ、微動だにしない。何だこれ、どう言えばいいんだろう。
こうなったら文字から攻めていくか。
「サムライ、〝降ろす〟という言葉は知っていますよね?」
「知らぬ」
知らないんですか! そこは『うむ』って言ってくださいよ!
「その言葉は縁起が悪い、我が一族は軍門に降る事はせぬ。誰かに雇われて下に就く事もせぬ、常に孤高の一族なのだ」
あなた、今アルバイトでこの家に雇われてますよね?
「はわー、お姫様だっこだー」
マーシャはうっとりする目でボクとサムライを見つめている。
やめて下さい、そんな乙女チックな目で見ないで下さい、乙女の心がボクの方にまで流れてくるじゃないですか。
ああだめだ、お姫様だっこはもうだめ……身も心もサムライに委ねてしまいそうになる。
なんて事だ、最後の四天王との戦いは、恐らくこれまでにない死闘になると予想はしていたのだが、まさかこれほどまでとは!
最大の窮地に追い込まれているじゃないか、四天王恐るべしである。
もう……無理かも……
ボクが顔を赤くしてほわわーとサムライの首に手を回そうとした時だ。
「そこまでだよサムライ!」
「おいこら『コケー』みのりんちゃんは『コケー』俺の姫だぞ!」
「パン! ツー! 丸! 見え!」
ボクたちの後方に、散って行った仲間たちが勢ぞろいだ!
カレンにタンポポに鶏! 懐かしい仲間たちの登場にボクの目から涙が落ちる。
ついでに四天王の残りの三人も来ている。モスカァーはまだ青い顔でちょっと内股だ、お医者に行った方が良くないですか。
ガチャガチャと音がして、武装した屋敷の衛兵たちも集まってきてボクたちを取り囲んだ。不味いな完全に多勢に無勢な雰囲気だ。
剣をボクたちに向け衛兵は叫ぶ。
「お前たちはこれまでだ、降伏しろ! 後でたっぷり尋問してやる!」
その言葉にピクンとなったサムライが、筋肉をバキバキ盛り上げて衛兵たちを威嚇しだした。
衛兵は恐ろしい姿に慄いて後ずさりをする。
「お主らまさか、我が姫に危害を加える気ではあるまいな。姫に危害が及べば、わしも容赦はせんぞ!」
「いででででで」
サ、サムライ! 既に姫に危害が及んでますって! 筋肉に締め上げられて姫の中身が出てしまいそうです! か、身体が折れる!
サムライがやっとボクを降ろしてくれたが、その時は二つに折れて魂が半分出かけている状態だった。
慌ててカレンがボクの口に、抜け出た魂と回復薬を放り込む。
「おのれ! 姫をこんなにして許さんぞ!」
あなたですサムライ、もう一度言いますよ、あなたです。
「ほう、サムライの。四天王を脱退してそちらにつくというのですかな? 筋肉性の不一致というやつですか、良くある事ですな」
何その音楽性の不一致みたいなやつ。執事さんたち、バンドでも組んでましたか。
「姫に危害を加えるのは内職に入っていないのでな」
「では戦うしかありませんな」
執事さんが二つの刀を構えると、他の四天王も戦闘態勢に入る。
筋肉のオジサンがモリモリとその筋肉を巨大化した。
「俺たちも一度、サムライさんとは手合わせをしたいと思ってたんだ」
「はっはっは、筋肉で語り愛。うむ嫌いではないぞ、大いに組み愛をしようではないか」
「お、おう……優しくしてね」
あんまり聞きたくない会話である。
「サムライ、今回はあんたは仲間だと思っていいんだね?」
カレンがロングソードを構えてサムライの横に立った。
はー、聞きたくない会話の後に聞くカレンの声の涼しい事といったら、綺麗なアルプス山脈の情景が脳裏に浮かびましたよ。
剣が光り輝いているのは、彼女の必殺剣〝スパイクトルネード〟を繰り出そうというのか。
タンポポも手を組み人差し指に力を込めだした。彼女の必殺拳〝地獄殺し〟を繰り出そうというのか。
モスカァーが怯えているので、その構えはちょっとやめてあげて下さい。
マンクも筋肉をバキバキ鳴らして構えている。頭の上では鶏が玉子を温めている。
回復薬で復活したボクも木の棒を構えた。
でもまずい状況になってきたぞ。ここでこのメンバー全員が派手に暴れたら、この屋敷がぶっ壊れるんじゃないだろうか。
そう危惧した時だ。
「みんなこの戦いやめて貰えない? 私の為に争わないで欲しいんだけど」
その時現れたのはピンク髪の女の子。ついにボクたちの目的のミーシアが登場したのだ!
た、助かった! 屋敷が崩壊する危機は免れたのだ!
「申し訳ございません、例えミーシャ様の願いでも、坊ちゃまのご命令に背くわけにはまいりません。この者たちは全員捕縛いたします」
「そうなのね、私の友人たちに危害を加えるというのなら、私も容赦はしないからそのつもりでいてね」
そう宣言したミーシアは呪文の体勢を取る。それは最大奥義のフレイムオーバーキルである。
大地より火炎来たれり――
天より火炎来たれり――
この屋敷が崩壊する危機は、全然回避されていなかった――!
こらこら! 物騒な呪文を今すぐやめてください!
崩壊どころか跡形も無く吹き飛ぶ危機である、尚悪い状況になってしまっているじゃないか。
結局ラスボスみたいに最後に登場して最大の危機を作り出してるのが、救出にきた本人とかどんな冗談ですか!
ボクの中でカウントダウンが開始される。爆発十秒前! 五秒前!
マーシャだけがおろおろと、自分の仲間と姉と相手を見てきょろきょろしている。
「へっくち」
これだけ大人数でバタバタして埃が舞っていたのだろう、マーシャがミーシアそっくりのくしゃみをした。
あろう事か、それが戦いの合図になってしまったのだ!
次回 「アファナシエフスカヤって絶対舌噛むわ」
みのりん、やっぱり舌を噛む