その18 新・ミーシア奪還作戦
「この度のお姉さまの結婚は断じて認められません!」
目の前の少女は確かにそう叫んだ。
アファナシエフスカヤ家の子って事は、それじゃこの子ミーシアの妹か!
会場内がざわついている、貴賓席のマティヤス君は立ったまま固まり、ミーシアは妹に手を振っていた。
そうかこの子もミーシアの身を心配して参加していたんだね、男の子だとバレたらまずいもの……ん? お姉さま?
「私は以前マティヤス様に結婚を申し込まれました! それなのにお姉さまと婚約なんて酷いです! 約束を果たしてもらいたい!」
「や、やあマーシャ久しぶりだね、子供の頃の話なんてすっかり忘れていたよ」
「一ヶ月前の話です!」
「あらあら、既に婚約者がいらしたのねマティヤス様。これは私ショックがかくせませんわ!」
ミーシアはこれ幸いと妹の乱入に乗ったようだ。
「と、とりあえず今回の武闘大会はこれにて終了!」
事の成り行きに少し慌てた当主の一言で大会は一斉にお開きとなり、貴族たちの撤収はそれはそれは素早いものだった。
あまりの素早さに、ボクたちもミーシアの妹のマーシャもポカンとしていたのだが、ボクは『ハッ』となる。
ボクまだ串焼き貰ってないんですけど!
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宿屋に帰って作戦会議中である。
ボクたちは巨大な必勝カードを手に入れてしまった。
もちろんそのカードも現在宿屋にて会議に参加中だ。
作戦は『貴族は約束を守れ』を、前面に押し立てて迫るという事で落ち着いた。
今日はもう夕方なので明日屋敷に突入する。行ってしまえばカチコミである。
「あの、どうして皆さんはお姉さまのお友達なのに私に加担してくれるの? お姉さまのお婿さんを奪おうとしているのに」
「ミーシアが私たちに助けを求めてきたんだ、きっと妹さんの事を知っていてどうにかしたいと思っていたんだね、あの子ものすごくいい子だから」
ミーシアがいい子なのは当たり前として、カレンはいいように解釈してるけど真相は違います。絶対に言いませんけどね。
事情を知ってるタンポポもその辺りはキッチリしているみたいだ。
タンポポが戸惑った表情でボクを見る。
違う違う、今のは押すなよー押すなよーの前振りじゃないですからね。いいんです、言わなくていいんです。
でもやっぱり気になるので確認したい。マーシャはミーシアの事をお姉様と呼んでるけど、どう思っているのかを聞く為に、彼女と部屋の隅に移動した。
「あの……お姉さまって呼んでるけど……ミーシアって女の子……?」
「? お姉さまはお姉さまですよ? お姉さまが女の子に見えない人は、頭がおかしいと思いますけど。あなたってまさか……」
しまった、完全に疑いの目で見られた、心外です。
タンポポはポンポンとボクの肩を叩くのはやめてください、そちら側には行きませんからね。
この子あれだ、ミーシアを女の子だと信じきってるみたいだ、さすがはドジっ娘だと感心したい。
今朝この町に到着したマーシャは宿屋が取れていないらしく、ボクたちの部屋に泊まる事になった。
マーシャはボクと一緒のベッドに、後はサクサクとカレン、アルクルミとタンポポのペアだ。
「おい、私が余ってるんだけど」
「キスはどうせベッドの隙間に落ちるんだから、最初からそこで寝れば落ちなくて済むわよ?」
「なあアル、最近の私の扱い酷くないか?」
そうですね、その立ち位置は本来マンクあたりがやるべきなんですけどね、女の子部屋なので仕方ありません。
でもボクが隙間で寝ようと思う、そうすればヒットポイントの危機に晒される事がなく、安心して寝られるのだ。
それになんといってもあの隙間、もの凄くそそられます、ダンボールベッドに匹敵する魅力があるのです。
目を輝かせて立候補で手を上げたボクに、キスチスは驚いたようだ。
「いいよ、私が隙間で寝るよ。ありがとう、みのりんは優しいな。お前らもみのりん見習え、こんな小さな子が私の事を考えてくれたんだぞ」
ボクの目の輝きを見てください、これはベッドの隙間を求める目ですよ。だめだ聞いてない。夢の空間を確保するのに失敗した!
ついでに言うと、キスチスはボクをいくつだと思ってるんだろう。
さて今日激闘を交わしたピンク髪と青い髪が一緒のベッドで寝る事になったわけだが、さすがに友達の妹に、年下の女の子にこのボクがキョドるわけもないだろう。
夢の隙間は確保できなかったが、よく考えたら今夜は余裕をもって眠れるのだ。
「むにゃむにゃ、クマ吉~」
マーシャが寝ぼけて抱き付いてきた、クマ吉って誰だ。
次の瞬間気が付いたら朝である、ボクは気絶していたようだ。
次の日、ミーシアを直接知らないキスチスとアルクルミの面倒はサクサクにまかせて、というより、サクサクの面倒を二人に任せて貴族のお屋敷にいよいよ出陣である。
ミーシアの事を知っているサクサクも手伝うと言ってくれたのだが、お屋敷での酔っ払い騒動はごめんなので、キスチスのお守という役で納得してもらったのだ。
キスチスは納得がいかないみたいだったが。
だってサクサクは、思いっきりカーニバルの町のお酒マップを握り締めていたのだから。
マーシャを先頭にカレン、ボク、タンポポの四人と、ボクが出て行くのを見て付いてきたマンクの合計五人の救出隊である。頭の上の鶏は返してきてくださいね。
貴族のお屋敷まで行くと、門のところで『たのもう!』をした。
タンポポなんてご丁寧に頭にハチマキまで巻いている。
どうでもいいけどその『婦人会』のタスキは何なんですか、どこから出したんですか。
「ねえみのりん、タスキとタヌキって似てるよね。どっちも肩から掛けるものだし」
何をどうつっこんでいいのかわからなかったので、スルーする事にした。
ボクたちの呼びかけにお屋敷からスーっと出てきたのは、身なりのきちんとした風格のあるご老体だ。
「私はフェンベルク家の執事でございます。申し訳ございません皆様、坊ちゃまから通すなと言われておりますので、どうかお帰り下さい」
「ピンク髪の少女こと、婚約者の私が来たというのに、マティヤス様はお会いにならないと言うのですか?」
「誠に申し訳ございません、誰も通すなとの言いつけでございます」
「青い髪の少女こと、ボクが参加賞の串焼きを貰いに来たのにですか?」
「それは大会委員会に言っていただけませんか」
「いいよ、マーシャ、みのりん。このまま押し通ろう」
カレンがマーシャの手を引いて門を通ろうとするのを、執事さんが止めた。
「ほう、この爺を突破できるとお思いですかな?」
「みんな下がって! この執事さん、只者じゃないよ!」
カレンが慌てて皆を後ろに下がらせた。
うーん、執事さんてのはやっぱりそんな感じの職業なんですね、そういえば魔王ちゃんとこの執事さんも強そうだったのだ。
次回 「立ち塞がるフェンベルク家の四天王」
みのりん、ドヤ顔で自己紹介をする