その12 いきなりボクの人生終わりそう
武闘大会会場は観衆で溢れていた。
観客席の中に少しだけ整備された区画があって、そこだけ物々しい装備の兵士が護衛している。
あそこが領主の観覧席か、と目を凝らして見つめると、そこに見つけた。
ピンクの髪はミーシアだ。
その隣でミーシアの横顔をガン見しているのが、相手の貴族だろう。
あれがマティヤス君か、あの顔には見覚えがあるぞ。ミーシアの事を『マドモアゼル』と呼んで追い掛け回していたやつだ。
「それでは皆さん! いよいよ第一回武闘大会の開幕です!」
司会者が闘技場の上で叫ぶと、観衆もそれに答えた。地響きがしたのかと思った程だ。
「対戦相手は厳正なくじ引きで決められていますのでご安心を! さて、第一試合ですが……おおっと! いきなり出ました! 隣の町の武闘大会十連覇中の貴族、エドゥアルド・ル・ド・ブッソッティ伯! いきなりの優勝候補の登場です!」
『うおおおおお』という観衆の声に迎えられて登場したのは、プレートアーマーに身を包んだ大きな男だ。
いきなりの優勝候補登場とは、この大会のクライマックスが初っ端から訪れたようなものかな。
こんなのと対峙するのはさすがにごめんなさいをしたい。
「ブッソッティ伯はこの度ご結婚されるマティヤス様の御学友で、血で血を洗う隣町の大会で、多数の相手を血祭りに上げてきた猛者です! この町の大会に特別にご招待いたしました!」
とんでもない人呼んじゃったよ、単なる腕自慢大会じゃなかったのかとつっこみを入れたい。
御学友、まではいい話だなーと思ってたのに、なんてこったい。
「久しぶりだなマティヤス殿。対戦相手を血祭りのミンチ肉にして、美しいミーシャ嬢に我ら貴族の力をご覧頂こう!」
物騒な事言ってるよこの人、ミーシアがドン引きしちゃってるじゃないか。
「さて、血祭りになる不幸な対戦相手の発表です!」
おいおい司会者いい加減にしろよ。
そんな犠牲者確定な言い方で呼ばれる、対戦者の気持ちも考えろ。
「マウ・ド・レン・フィンク・カレンティア! 冒険者の町から来たうら若き冒険者です! でも血祭りにされるのは少し惜しいですねえ」
頭の中が真っ白になった、よりにもよってカレンだなんて、棄権した方がいいんじゃないか。
「じゃ、行ってくるよみのりん」
止める間もなくカレンは闘技場に上がってしまった。
ミーシアはカレンの姿を見て、青くなって口元を押さえている。
まさか友達が出てくるとは思わなかったのだろう。期せずして〝新郎の友人〟VS〝新婦の友人〟になってしまった形である。
「ほう、中々美しいな。だが俺は冒険者というヤツが大嫌いでな、我流のクソみたいな剣で町にのさばっておる。今までも何人もの冒険者を血祭りにしてやったわ」
貴族の取り巻きのような連中がゲラゲラとカレンを見て笑っている。
「なんだこいつ、ビビっちまって棒立ちじゃないか」
「泣いて土下座したら、許してもらえるかもよ~」
だがカレンは反応しない、じっとミーシアを見つめているだけだ。
試合を止めようと思ったのか、一度は立ち上がりかけたミーシアだったが座り直した。カレンの実力を信用したのだ。
「おいおい無視するなよ、これだから冒険者はダメだ。腕を一本切り落とすだけで勘弁してやろうと思ったがやめた、両腕を切り落としてくれるわ、お前の名前は今日から〝腕なし〟だ。貴族の正当なる剣の恐ろしさを思い知れ」
「あーあ、ブッソッティ様を本気にさせちゃったよアイツ」
「ブッソッティ様の必殺剣、黒竜滅殺斬撃剣でイモムシにされるなギャハハ」
「それでは試合開始です!」
司会者が即座に退避すると貴族が素早く動いた!
「我が必殺の……」
「スパイクトルネード!」
カレンの方が数倍早いのだ!
まるで竜巻のようなカレンのスキルが、相手の男のプレートアーマーを粉々に切り裂いてしまった!
貴族はポカンとした顔で裸でへたり込んでいた。さすがに手加減して真っ二つにされなかった事くらいはわかるのだろう。
さすがは僕の相棒のカレンだ。
まあ、この貴族がペラペラ喋り始めた時点で、結末は見えていたんだけどね。
取り巻きと一緒になってどれだけフラグを積み上げるんだこの人って、ちょっと心配にもなっていたくらいである。
黒竜滅殺斬撃剣という名前はちょっとカッコいいけど。ボクの木の棒にも名付けてみたいところだ。
ゆらあっと近づいたカレンに貴族は慌てる。
「待て、参った! いや、参りました!」
一番緊張した瞬間である。
貴族がそれでも全裸のまま戦う気だったら、ポンコツ化したカレンには勝ち目はなかったのだから。
カレンがボコボコに負けて、貴族はわいせつ物陳列罪で警察に逮捕されていただろう。誰も幸せにならない結末しか待っていなかった。
「なんと! 勝者はカレンティア嬢です! この大会の歴史に新たな戦姫の名が刻まれたのかも知れません!」
「うおおおおおお! カレンティア! カレンティア!」
闘技場に戻った司会者がカレンの勝利を宣言すると、観衆が沸きあがった。
この大会の歴史って今回初めての大会でしょこれ。ボクは心の中でそっとつっこみを入れる。
「ふー、なんとか勝ったよ。中身を斬らずに外側だけ斬るのを手加減するのに、苦労したよ。人間をお肉にしちゃまずいもんね、最後なんていつもの癖でお肉を毟るとこだったよ、あはは」
戻ってきてそう言って笑うカレンはやっぱり強い、最高だ。
ポンコツ発言が無かったらもっと良かった。どこのお肉を毟る気だったんですか、お肉強盗団は恐ろしい。
これでカレンはポンコツになってしまった、後は残ったボクたちが頑張るしかないのだ。
それでもとにかくカレンが、あんな危険人物を排除してくれたのは本当によかった。
結婚式前のおめでたいお祭りで、血祭りとは祭りが違いすぎる、空気を読んで欲しかったものだ。
彼女のお陰で後はのんびりと、腕自慢大会が進んでいくのだろう。皆も感謝して欲しい。
「さーて第二試合です! おおーっと今回もいきなり出ました! 優勝候補第二弾! 隣町の傭兵隊長のガンゼル大佐です!」
『うおおおおお』という声援に出迎えられたのは、巨大な筋肉男だ。
顔にも身体にも傷跡があり、歴戦の勇士そのものの見た目である。
「今まで何人もの敵を血祭りにあげて来た戦士! この大会でも対戦相手を血祭りにあげようと張り切っての参加です! この方も実行委員会が特別にご招待いたしました!」
あーもう、また余計な人を呼んじゃってるよ、どうすんのこれどうすんの。
カレンの努力が水の泡じゃん!
「さて、血祭りになる不幸な対戦相手の発表です!」
ホントにこの司会者いい加減にしろよ。
「対戦相手は! 青い髪の少女! なんとここで昨日のダンスクイーンの登場です!」
『うおおおおおおおおおお』
観衆の声が一段と大きくなった気がするが、ボクの耳には入ってこない。
終わったのだ。
ボクの人生は今日ここで終わる。
次回 「危険人物だらけの大会」
みのりん、この大会に疑問を持ち始める