その6 温泉での伝説のシーンを再現した!
「お客さん困ります、男性はあちらのお風呂になります」
「私は女だっての!」
女風呂の前でキスチスが従業員と漫才をやっているようだ。ちょっと見ていこうか。
「なあ、カレンも言ってやってよ」
「だめじゃないキス、男の子は男湯だよ」
「あーもうやめやめ! カレンまでそんな事言うんならもう風呂はいい、入らない!」
「じゃボクも……」
帰ろうとしたボクとキスチスは、カレンに首根っこを掴まれる。
「ごめんキス、みのりんもキスの真似しちゃダメ。小さい子が真似するといけないからお風呂はちゃんと入ってキス、謝るからさ」
「わかったよ、カレンの言うとおりだな」
やれやれ、ちゃんと仲直りできたようですね。
ってちょっと待ってくださいよカレン、小さい子って誰の事ですか、ボクとカレンは一つしか違わないんですが。
「アルとサクサクは?」
「先に入ってったよ。しゃーねーな、入ろうかみのりん。お姉さんが洗ってやんよ、洗いっこしようぜ!」
「ひいい」
そうだ! タンポポ! あいつオバケだからセーラー服は脱げないはず。
タンポポと一緒に行動してればお風呂に行かなくても済むはずなのに、タンポポー! メーデーメーデー!。
遭難信号も虚しくボクは女湯に引き込まれて、カレンとキスチスにテキパキと服を脱がされてしまった。
そこはうすだいだいいろの世界。肌色という言葉は自主規制なのだ。
もう目は開けられない。
目をつぶったままかけ湯をして、手探りで進んでなんとか湯船に入る。うわっ冷たーい!
「みのりん違う違う、そこは水風呂。いきなり入ったら風邪引いちゃうよ」
あちあちー!
「そこは源泉の高温風呂だよ」
恐ろしい所だ、女湯地獄だけではなく極寒地獄に灼熱地獄まで味わってしまった。
なんとか普通の温泉に辿り着き、肩まで浸かる。
このままカレンたちに囲まれていては、いつまで生存していられるかもわからない。
とにかく人の気配の無い方向に、スーッと移動して少し落ち着いた。
ふー、誰の気配もしない。ここなら誰もいないのでゆっくりくつろげるかな。
「さっき何か遭難信号をキャッチしたんだけど、どうかしたのかな」
「ひいい」
間近からの声にびっくりして目を開けると、目の前でタンポポがお湯に浸かっていた。
脱力して沈みそうになるのをなんとか堪える。
「人の気配の無い所に逃げたのに何でいるんですか」
「そりゃオバケだからね、勝手に感じなかった気配で怒られても困るんだもん」
温泉に浸かったオバケは、頭に手ぬぐいを一つ乗せていた。完璧な温泉スタイルに惚れ惚れする。
「それよりもどうして温泉なんかに浸かってるんですか、服は? 脱げたんですか?」
「セーラー服のまま入ってるかな」
「服のまま温泉に入るなんて反則ですよ、マナー違反ですよ、怒られますよ。ボクも服を着て入れたら苦労は半分で済むのにずるいです」
「霊体の一部だからね、脱げないものはしようがないんだよ。みのりんは脱げるんだから潔くスッポンポンになる、それでいいんだもん」
「それにしても、服のままでよく見つかりませんでしたね」
「そっちの壁をすり抜けて入ったんだよ」
くっそ、便利な身体ですね!
向こうではカレンたちがはしゃいでいる。
「おー大きく育ったなカレン、触らせろ」
「やめてよキス、アルの方が絶対育ってるって、二人で触ろう」
「キャー! カレン! キス! 待って待って」
「あはははは」
天国のような光景が繰り広げられていた。
「みのりんはあそこには行かなくていいのかな。羨ましいんでしょ」
「ここから見る分には夢のような天国世界ですけど、ボクがあの中に参加したら本当の天国へご案内になりますからね」
「なら私がやってあげようか? 魅惑の女子高生とちちくりあわせてあげるんだもん!」
「あなたオジサンじゃないですか、やめてください、くすぐったい! あはははは」
「よいではないか、よいではないか、ほれほれちこう寄れ」
「きゃはははははは」
「みのりーん! タンポポちゃーん! そっちも盛り上がってるねえ!」
こちらに手を振って無防備になったカレンを、後ろからキスチスとアルクルミが抱きつく。
向こうでは第二ラウンド開催の様子である。
はあ、はあ、ちょっとはしゃぎすぎてしまった。
お風呂での伝説のシーンをボクも再現できてしまったのだ。
「私もみのりんのお陰で、都会の女子高生のハイカラな気分を味わえたよ。田舎の温泉にはお爺とお婆しかいなかったからね」
都会のハイカラ女子高生というよりは、完全に時代劇でしたけどね。
「そうだサクサクは?」
「櫻子ちゃん? 向こうでお酒飲んでるよ、あんな危険なもの、飲んでよく平気でいられるよねあの子」
タンポポが呆れるのも無理はない。タンポポは以前、お酒を一口飲んでとんでもない目にあったのだ。
はー、サクサクの事だからお酒を乗せた桶をお湯に浮かべて、お猪口で一杯とかやってるんだろうなあ、とタンポポが指を差した方角に目をやると。
サクサクは湯船に仰向けに浮かんで、酒ビンをラッパ飲みしているではないか。
あんな飲み方あるわけがない! 見なかった事にしよう。
「あれが都会の女子高生の温泉の入り方なのだとしたら、私は都会っ子になるのはとても無理なんだもん」
あんな女子高生がいてたまりますか!
さて、そろそろ上がりたいんだけど、出るのも一苦労なんだよね。途中で誰かに捕まったらそこで試合終了だ。
どうしたものか、と思っていた時だ。
「きゃー! 覗きよー!」
向こうで別の女性客の悲鳴が聞こえたのだ。
『ワン! ワン! ワン!』
「おいやめろシロ! 親友だろ! 見逃してくれえ! 俺は見なくてはならんのだ!」
やはり来ましたねマンク、覗き係の責務を全うするとは見上げた責任感です。
皆がその騒ぎに気を取られている隙にボクは湯船を脱出して脱衣所に行き、速攻で服を着ると女湯から無事生還する事ができた。
女湯を覗くというマンクの英雄的行為によって、一人の少女が救われたのである。
ありがとうマンク、お星様になってもあなたの事は忘れません、永遠に。
マンクは朝まで、犬小屋の前で正座をさせられたのだという。
それは監視をしていたシロから直接聞いたのである。
次回 「ボクたち何しにここに来たんだっけ?」
みのりん、普通に温泉旅行を楽しんでて愕然となる