その5 サクサクは叫ぶ『おんせーん!』
次の朝、野宿を終えて帰り支度を始めたボクとタンポポは、サクサクの『おんせーん!』の叫び声で我に返った。
サクサクの寝言だったようだ。
「危なかったよみのりん、お肉の美味しさで私すっかり目的を忘れていたよ。温泉に行く途中だったんだもん」
いえ、あなたの身体を回収に行くのが目的ですからね。ボクもすっかり忘れてましたけど、違いますよタンポポ。
「よう、お嬢ちゃんたち早いね、もう旅の仕度かい? 仲良し姉妹だね、七歳くらい離れてるのかな?」
御者のオジサンが話しかけてきたけど、ははは、何かの間違いですよね。
「ほら、普段オジサンを着てるからだんだんとそれに近くなってるんでしょうね、タンポポが年齢より五歳も上に見られてますよ」
「フッ」
「今鼻で笑いましたねタンポポ! いいでしょう勝負しましょう! ボクの大人成分に泣かされても知りませんよ!」
ボクとタンポポはお互いの手を持って『ウーウー』やりだした。完全に子供の喧嘩である。
再出発した馬車はその日の夕刻にネムネムの町へと到着。
今日はもうすぐ暗くなるので回収作戦行動は明日という事で、とりあえず宿を探す事にしたが、これが難航してしまったのだ。
行くホテル、行く宿屋がどこも満室、ヘトヘトになってようやく数十軒目の宿屋さんで見つける事に成功。
「三人部屋でよろしければ一部屋だけ空いてますけど、よろしいでしょうか」
対応してくれた宿屋の女将さんが申し訳無さそうに言った。
「いつもはもっと空いてるのですが、最近は混みあっていて、お客様にもご迷惑をおかけします」
「何かお祭りとかあるのですか?」
とはカレンだ。
「ネムネム教の生き神様がご光臨なされたとかで、信者の方が大勢参拝にお見えになられてるんですよ」
商売繁盛でいい事なんですけどね、と女将は笑った。
「神様の使いから生き神様に昇格してますよタンポポ」
「いつの間にかそうなってるとか、全然知らなかったんだもん」
田舎の万能女子高生はついに神様になりましたか。
「ちょっと、拝むのやめてくれないかなみのりん、お賽銭取るよ」
「ここでいいよねみんな、ベッド三つしかないけど一つに二人で寝ればいいよね。やっと泊まれる宿を見つけたよやれやれ、あ……」
皆に同意を得ようとしてカレンがポカンと口を開けた。
視線の先にはポケーっとマンクが立っている。
『あ……』全員が同時に思い出したようだ。
「どうするのカレン、女の子ばかりの部屋に男の人を泊まらせちゃったら、私、自動反撃スキルの制御できないんだけど、ボッコボコにしちゃいそうで怖いよ」
「アルもそうだけど、それ以前にアイツ女の子に触ったら干からびちゃうんだよ、一緒の部屋は危険すぎる」
「なあカレン、犬もいるけどどうすんだ? シロだっけ」
キスチスの言葉でもう一つの問題まで発生してしまった。
「ペットのワンちゃんは、専用の犬小屋をご用意できますのでご安心下さい」
もう一つの問題は一瞬で解決した、マンクは犬に先を越されたわけである。
「ワン!」
シロがショボーンとしたマンクの足にポンと前足をかける。
「マンク、シロが泊めてやると言ってますけど」
「そうかシロ、俺とお前はこれから親友だ、お世話になるぜ」
「ワン!」
「まかせとけ相棒、だそうです」
「あの、という事なんですけど……」
さすがに女将の同意も得ないとまずいだろう、アルクルミがお伺いを立てている。
「そちらの男性のお客様がそれでよろしいのでしたら……ただし宿泊料は頂きます」
鬼か。
アニメとかで女の子たちの旅に参加した男の人が、一人部屋に追いやられる哀愁漂うシーンを見た事があるけど、マンクはそれを軽く超えてくるとはさすがです。
「ではこちらに、保護者の方の記帳をお願いします」
女将はそう言ってサクサクに宿帳を渡した。
一瞬固まったサクサクは。
「私は十七歳です! テヘ」
「そ、そうでしたか」
「あー私が書くんだよ、私の外側のオッサンが間違いなく一番年長なんだもん」
どうやらセーラー服姿の少女のオバケが、この集団の保護者らしかった。
ボク以外の全員、タンポポが言ってる内容はサッパリ理解できなかっただろう。
部屋に案内されると三人部屋というだけあってさすがに六人では狭い、三つしかないベッドを見て気を失いかけるボク。
考えてみたら一つのベッドで二人で寝るとか、ボクは明日の朝に冷たくなってたりしないだろうか。
「よーし! 食事の前に温泉に行こう! 温泉! お酒! 温泉! お酒!」
「そうだね、まずはひとっ風呂浴びてからご飯にしようか」
サクサクが余計な事を言い出したおかげで、皆が完全に温泉に行くモードになってしまった。
もう! 十七歳ならお酒禁止にしますからねサクサク。
緊急案件である。
とにかくこの場から脱出しなければ、温泉に連行されてしまうのだ。
ボクはカレンたちが準備している隙を見て、部屋からの脱出に成功。
廊下に出た途端、女の子部屋の甘い雰囲気から現実世界に戻ってきた事を実感した。
生きてるって素晴らしい!
ようし、このまま冒険者らしくこの宿を探検しようじゃないか。
隅から隅まで迷宮を探索するのだ。
宿屋内を探検していると、抜き足差し足で歩いている挙動不審者を発見した。
迷宮探検だけあって、早速モンスターとのエンカウントだ。
「何をしているんですか、マンク」
「みのりんちゃんの入浴を覗こうとしてるに決まってるじゃないか、邪魔しないでくれ」
「それをボクに言うのはどうかと思いますけどね」
ちょっと呆れてジト目で見つめてやった。
「み、みのりんちゃん! ち、違うんだ、みのりんちゃんが溺れて温泉の泡にならないように監視しようと思ってだな」
「プールの監視員ですか。別にそんな言い訳いいですよ、あなたは最初から覗き要員として参加しているようなもんでしょ?」
「どうしてここに、情報では皆と温泉に入りに行ったんじゃないのか」
「どこから情報を得てんですか。逃げて来たんですよ、ボクが皆と温泉なんか行ったら死んでしまいますからね、はー男湯の方がいいなあ」
「じゃ俺と一緒に男湯に行かないか」
俺とお茶でも飲みに行かないかみたいに誘わないで下さい。なんですかそのポーズは、ナンパのポーズですか?
男湯かあ、どうしようかなあ。
「でもボクは女の子ですよ、バレるんじゃないですか」
「大丈夫、俺が抱きかかえてそのまま湯船に飛び込んでしまえばバレないって、そうしよう」
「かけ湯はどうするんですか、エチケットですよ。そのまま飛び込むなんてこのボクが許しませんよ」
「みのりんちゃんが俺に抱き付いててくれれば、かけ湯もさっと済ませて入っちまえばいいのさ、完璧だぜ」
うーん、これはちょっと考えるぞ。
お風呂場には謎の湯気も沢山あるだろうし、マンクに抱きついていれば他の人から見られる事も無い。
何より、ボク自身がボクの裸を見て倒れる事態も回避できるのだ、なんとかなるだろうか。
「そうしようかな、ボクも温泉入りたいし」
「おお! まかせとけ! みのりんちゃんとお風呂だあ!」
マンクは『ヒャッホーイ』と飛びあがった。
よほど嬉しかったのだろう。飛び上がる加減を間違えて、廊下の天井に頭をぶつけてグキっと首が曲がってますけど、大丈夫ですか。
「だ、大丈夫だ痛くもないぜ」
「いえボクが心配したのは、天井がへこんでないかという事です。弁償するの嫌ですよ」
「またまたあ、みのりんちゃんは本当に――」
「おい、マンク。その計画を実行したら湯船に沈めるけどいいかな? その覚悟はできてるよね」
突然のその声に二人は恐る恐る振り向くと、仁王立ちの人がいる。
マンクがボケる暇も、ボクがつっこむ暇も与えずに立つその人は。
カレンだった。
ボクたちの犯行は未然に防がれ、逮捕されたボクは女湯へと連行されていったのである。
次回 「温泉での伝説のシーンを再現した!」
みのりん、遭難信号を出す