その1 タンポポどこ行ったん?
「おかしい……」
ボクが思わず呟いたのは鏡の前、朝洗顔する為に洗面所に来た時の事だ。
自分の顔にラクガキがされていないのだ、こんなの誰が見てもおかしいと思うに違いないのだ。
ここ数日ラクガキもなく、その犯人の姿も見ていない。
一体これはどういう事なのだろう。
「タンポポのやつ、ホントにどこに行ったんだ。引越ししたなら一言あってもいいはずなのに……」
実はタンポポは本当に引越しをしていた。
だがそれはボクの想像の斜め上をいく出来事だったのは、後に判明する事になる。
「みーのりーん、あーそーぼー!」
洗面所から出てくるといつの間にか魔王ちゃんが来ていて、ボクのダンボールベッドの前で叫んでいた。
これで四日連続の魔王ちゃんの襲撃である。
今は八時半なので、前々回の五時、前回の七時と少しずつ常識的な時間にシフトしていってるのは良い事だ。
何しろ一番最初に魔王ちゃんの指示で執事さんに起こされたのは、真夜中だったのだから。
「みーのーりーん! やや! みのりんがいないのじゃ! ハッ! みのりんのやつ干からびてこんな姿になってしまって、なんという事じゃ。昨日泣きすぎたからな、みのりん可哀想に、ううぅ」
「それ……魔王ちゃんが忘れていった……デュラハン人形の首」
ダンボールベッドを覗き込んでアホな事を言っていた魔王ちゃんは、真後ろからのボクの声に『あひゃあああ』となった。
「ああ、良かった、そっくりじゃったから心配したぞ」
どういう意味ですか、その青白い生首とボクが似てるだとか、青い部分しか合っていませんよね。三時間くらい討論会をしましょうか。
それちゃんと持って帰って下さいよ、夜中に見つけてホントにびっくりしたんですからね!
「そうじゃろ? ガチで驚くよな。あれは心臓によくない、わかるぞ。でも安心せいみのりん、黙っててやるからな、わらわは義理堅い魔王ちゃんじゃからな!」
何を黙ってる気ですか、変な勘違いはやめてもらおうか。
それにしても毎日毎日暇なんですか魔王ちゃんは、四日連続で遊びに来てますけど。まあ、初日は遊びというか勘違いでカチコミに来たんですが。
「暇じゃ! 声を大にして言いたい、暇なのじゃ! でも今日はカレンを元気付けると昨日に言ったじゃろ、わらわは遊びに来ると言ったら確実に来るのじゃ。ほら買って来たぞマンドラゴラ人形。昨日カレンがクマ肉を売った時の、わらわの取り分だと貰った十魔ゴールドで買ったんじゃけどな」
うわー、ホントに買ったんですか、見れば見るほど可愛くないですね。
「これ地面に埋めなくてもこうやってタオルケットを掛けるじゃろ、そしてタオルケットから引き抜くだけで」
『ギャー』
「な、これ面白いか?」
全然面白くないわ! ギミックは凄そうだけど。
「わらわもそう思う」
とりあえずカレンの家に出かける準備をして、マンドラゴラ人形はポーチに入れた。
「マンドラゴラ人形を持ってカレンの家に早速行くぞ、襲撃じゃ!」
そう言った魔王ちゃんの真下に黒い穴が現れ、下から姿を現した執事さんが魔王ちゃんを小脇に抱えた。
執事さんの襲撃である。
「魔王様、復活の山に侵入者でございます」
「ま、またか。またフランチェスカじゃないだろうな」
「いえ今回はエリザベスだそうで、それでは失礼いたしますみのりん様」
今度はなんだろ、犬かな。
犬で思い出したけど、タンポポのやつまさか復活の山に落っこちて、消滅したり、元の世界と時間に戻ってクマと対決なんてしてないだろうな。
「じゃ、じゃあなみのりん。カレンによろしく。それはそうと降ろせ羊! わらわは荷物ではないぞ」
「メエエエエ」
執事さんと小脇に抱えられた魔王ちゃんは、そのまま黒い穴の中に消えていった。
あ、魔王ちゃんのやつ、デュラハン人形の首をまた忘れていったよ、困るなあ。
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「俺たちゃ冒険者♪ 山越え谷越えどこまでもー♪」
森の中で元気よく歌っているのは、ボクの前を歩くカレンだ。
今日は久しぶりにカレンと森に討伐をしに来ている。
カレンと二人きりの討伐は本当に久しぶりな気がする。
カレンはいつも通りの笑顔で、そんな姿もちょっと痛々しくも思ったけど、元気な笑い声は楽しそうで安心もしたのだ。
久しぶりすぎて〝やんばるトントン〟なんか、森に入って目の前に来たボクたちを思わず二度見した程である。
その一体を倒してお肉にした後、完全に油断していた二体目の〝やんばるトントン〟も、普通に目の前を通り過ぎようとして、やっぱりボクたちを二度見した。
二体目が出るまで時間的余裕があったので、いつもよりどっさりとお肉を取って走って逃げた。大きな袋満載だ。
「あはははは、やっぱりお肉強盗団はこうじゃなくっちゃだね!」
うん、最近おかしな事件が多すぎて、こういうのを忘れていた気がするよ。やっぱり基本は大切なのである。
久々の戦果を持ってお肉屋さんに行くと、懐かしいものが売っているじゃないか。
「コロッケとメンチカツだ……」
「へー何これ美味しそう」
「いらっしゃいカレン、みのりん。これうちの店の新商品なのよ、サクサクって子に協力してもらって作ったの、異世界の食べ物なんだってね」
店番をしていたアルクルミが教えてくれる、それにしてもサクサクは一体何をやっているのだろうか。
「両方とも食べてみてよ、私の奢り。残り最後だから一つずつで悪いけど、大人気商品で作るのが間に合わないのよ、今奥の台所でキスがジャガイモを潰してくれてる、文句言いながらね」
貰ったコロッケとメンチカツをカレンと半分こして食べたら、揚げたてサクサクでめちゃくちゃ美味しい!
別のお客さんがアルクルミにセクハラしてスキルでぶっ飛ばされたのを見ながら、ボクはハムカツも食べたいなんて考えていた。
今度サクサクに言ってみようか。
そんな事を考えながらコロッケを見つめていると、アルクルミが追加で補充されたコロッケをもう一個ボクに差し出してきた。
またもやただで食べ物を手に入れてしまうのは申し訳ないけど、現在スッカラカンのザコだから仕方無いのだ。
まあ、ポーチには十魔ゴールドという謎の硬貨が一枚、入ってはいるんだけど。
庶民の〝笑顔の食べ物〟コロッケ。当然庶民のプロであるボクの大好物である。
半分をカレンに渡してもくもくと食べた。
コロッケが、油が、ボクの血となり肉となり染み渡っていく……ああ、うめー、しあわせー。
そしてそんな一日が終わったその夜。
夜中の事だ。
突然そいつはやってきた。
「みーのーりーん、たーすーけーてー」
ボクはオバケの襲撃を受けたのである。
次回 「みのりーん、たすけーてー」
みのりん、オバケの襲撃で腰が抜ける
今回の温泉のお話は、もう一つの作品「モンスターはお肉なのです!~」の第11話「温泉に行こう!」と並走していますので、よろしかったらそちらも一緒にお楽しみ下さい。