その5 魔王ちゃんの側近キルギルス
「魔王さまー」
猛スピードで飛んできた少女は、そのまま相手に突撃した。
相手はふっ飛び木に激突、カクンとなる寸前にカレンが口の中に回復薬を放り込む。
おわかりいただけただろうか、突撃されたのはボクである。
「魔王さま相変わらず柔らかーい、いい匂いなのだー」
「これ誰?」
ボクの胸にすりすりしている少女を指差して聞いてみる。
その女の子は十歳くらいか、金髪の褐色の肌で背中に小さな翼が生え、口には可愛いキバも見えていた。
「おいキルギルス、魔王ちゃんはこっちじゃ。間違えるなアホウめ」
「あれー?」
キルギルスと呼ばれたその魔族の子は、キョトンとしてボクと魔王ちゃんを見比べている。
「魔王さまと同じ雰囲気だったし、胸のお山が同じだったから間違えちゃったのだ」
「なんじゃとこら! このペタン娘とわらわが同じとか、キサマ目がついておるのか」
あー聞き捨てなりませんね! いい加減この数日に渡って争われてきたこの最高峰戦争に決着をつけましょうか。
「でもその前に、いい加減離れてくださいキルギルスちゃん。そこまで頬ずりされるとさすがに胸がこそばゆいのです」
女の子はボクに密着している為に彼女の胸もボクに当たっているのだが、いかんせんペッタンコなのでさすがのボクもキョドらない。
「いやなのだ」
「は、離れてくだしゃい……」
め、目が泳ぎだしたが、キョドってるんじゃないぞ。
ようやく離れてくれたキルギルスは、憧れた表情でボクと魔王ちゃんを見ている。
「魔王さまもこの人も、私より遥かに高いお山をお持ちなのだ。私からしたらどちらも高山すぎて見分けろというのが無理なのだ。二人ともずるいのだ」
いや顔で見分けろよ、と言いたいが、高い山と言われて悪い気がしないな、うん。
見る人が見れば高い山だと理解してくれるのだ。
でもこの子は今十歳くらい、あと数年もしたら……胸の成長が見込まれるって本当に羨ましい、ずるいぞ、この、ずるいぞギギギ。
「改めて紹介するぞ。こいつはキルギルス、魔族の幹部の一人でわらわの側近じゃ」
こんな小さい子が幹部なんてすごいな。
「こいつチビッコじゃがとんでもないぞ。この前寝ぼけて山を一つ吹き飛ばして、そこの住民が迷惑を被ったのじゃ」
住んでた山が吹き飛んで、迷惑くらいで済むんだろうか。
「だってあれは、夜中に床に転がった失くしたデュラハン人形の首を見て、心臓が止まるくらいびっくりしたから仕方がないのだ」
ここにもいましたかデュラハン人形の首の犠牲者が、あのオモチャは結構問題ありなんじゃないですか。
「今キルギルスの頭を撫でてるのがみのりんで、そっちの人間の娘が――」
「私はカレン! よろしくね! お友達になろう」
「と、友達! なる! なるのだ! ひゃっほーい友達げっとー。みのりんも友達か? 一気に二人も増えたー!」
キルギルスは飛び上がって喜んでいる。ここまで喜ばれるとめちゃくちゃ嬉しい。
この子可愛いな。
「友達になって大丈夫か、こいつ結構めんどくさいぞ。わらわの魔王ちゃん人形を泣いて奪ったのはこやつじゃ」
「あ、あれは欲しかったんだもん。魔王さまは自分でホンモノをお持ちなのに、魔王さま人形まで独占するのはずるいのだ!」
「な、わけわからんじゃろ、こいつ」
魔王ちゃんが好きで仕方無いのはわかりましたよ。
「あ、そうだ、これ食べる? お土産に買って来たんだけど」
カレンが出してきたのは冒険者の町の屋台で買ったお饅頭だ。
「なんだこれ?」
「わらわを表した魔王ちゃん饅頭じゃな、食ってみろ」
「だ、だめなのだ。魔王さまのお顔の絵が付いたお菓子なんて、恐れ多くて食べられないもん……」
「そうか残念じゃな、それはとても甘いん――」
甘いと聞いた瞬間に、キルギルスは何の躊躇もなくお饅頭を口に放り込んだ。
一口である。
「んきゃああああああああ」
そして叫んだ。
「さ、カレン殿、何なりとご命令をお申し付けくださいなのだ。なんなら鬼族を討伐に行くのだ」
カレンに対して跪いたキルギルス、きびだんごと桃太郎か。思い出したくないけど、一応金太郎ならここに控えています。
「命令とか無いけど……そうだね、じゃこのお饅頭を他の子たちに配ってあげて欲しい」
「あいあいさー!」
カレンから貰った魔王ちゃん饅頭の袋を持って飛び去っていくキルギルス、その後、町のあちこちで女の子の叫び声が聞こえたという。
「騒々しいヤツが来てすまんな。さてみのりん、カレン、わらわの家に行こうか」
先頭を歩く魔王ちゃんの後をついて歩きながら、魔族の里の様子を観光する。
商店も色々あるらしく食べ物や服、よくわからないものが売っていて、一つ一つ眺めて歩くだけで簡単に一日経ってしまいそうだ。
「んきゃああああああああ」
あ、どこかで女の子が魔王ちゃん饅頭を食べたな。
「甘いもの……売ってないの?」
「うむ、ほんのり甘いのはあるぞ。だがみのりんたちが町で食べてるような、脳を溶かしかねない甘さのお菓子は残念ながら無いのじゃ」
確かに危険物ですよね、言語障害を引き起こしますから。
「あの町で食べた甘いお菓子は衝撃的じゃったな! 全身硬直してお漏らししそうになったくらいじゃ。 あ、勘違いするなよ? しとらんからな?」
思い出したのか魔王ちゃんは涎を拭いた、ついでもボクも涎を拭く。
「甘いお菓子とお肉は幸せな食べ物だからねえ、じゅる」
カレンもその涎を拭いてください。
「そんな事情ならもっと魔王ちゃん饅頭を買ってくれば良かったなー」
「いや、いいぞカレン。わらわが甘いと思われてペロペロ舐められてもたまらんからな。お菓子と本人は別なのじゃ、銀竜のお菓子は甘いけど、銀竜は舐めても甘くないのじゃ」
あーやっぱり銀竜を舐めたんですね魔王ちゃん。やると思ってましたよ。
「あれ、なんだろう? 呪いのアイテムを売ってるお店かな」
怖そうにカレンが指差した店は、なるほど不気味な人形が並んでいて、いかにも誰かを呪いそうな雰囲気のある店だ。
「ああそうじゃった、この店に寄らないといけないのじゃ」
え、魔王ちゃんはこんな呪いの店に用事があるのだろうか。
スタスタと店に向かう魔王ちゃん。
ええーちょっとその呪い店に行きたくないんですけど……
次回 「ネコモンスターを助けた」
みのりん、ネコに『シャー!』、クマに『グアー!』される