その2 首なしデュラハン人形怖いって
ボクの大切なダンボールベッドから魔王ちゃんが出て来ない。
このままではボクはどこで安らぎを得ればいいのかわからなくなるぞ、一大事じゃないか。
そこから出てきてくださいよ魔王ちゃん。
「いやじゃ! ぷん!」
出てきてくれたらこの入れ歯をあげますよ、カエルの洞窟で拾ったんですけど、どうしようか処分に困っていたのです。
「お前、わらわを舐めとるのか。まだまだ草履みたいな肉でも噛み千切れるし、クルミだって殻ごとボリボリいけるわ!」
ちょっとやってもらいましょうか、クルミの殻。
あーもうしょうがないなあ、こうなったら天岩戸作戦である。
仮にも魔王ともあろう存在が、こんなボクみたいな娘っ子の浅知恵に乗っかるとは到底思えないんだけど、やるだけやってみるか。
「わらわは何があっても絶対にここから出んぞ!」
「じゃ……ボクはここで一人で遊ぼうっと……」
「わらわも遊ぶ!」
あっさりと魔王ちゃんは出てきた。
踊り子アメノウズメの出番なしである。
「何して遊ぶ? 何して遊ぶのじゃ?」
魔王ちゃんがもの凄く食い気味に迫ってきた。とりあえず離れましょうか魔王ちゃん、近すぎです。
「みのりん、どうしたのじゃおでこが赤いぞ」
あっさり出てきた魔王ちゃんのせいでずっこけて、机の角にぶつけたんですよ。なんて事してくれるんですか。
遊ぶと言っても、ここにはお人形しかないんですけどね。
このお人形で遊びだすと、数時間が失われるという危険物なんですが。
「そうじゃ! 今日はみのりんに見せてやろうと思って、魔族の里の魔人人形を持って来たのじゃ。これじゃ!」
そう言って魔王ちゃんが出してきたのは首なし人形。
「首……取れちゃってるじゃ……ないですか」
「最初から付いとらんぞ。これはデュラハンの人形でな、あれ? 首も持って来たのにどこに行ったんじゃ?」
デュラハンって自分の首をぶら下げたあの妖怪ですか、可愛くないな……
そういえば魔王ちゃん、魔族の里の魔人人形は可愛くないって愚痴をこぼしてたっけ。
「あーもう! また失くしたわ! 生首がこれまた可愛くないから別にいいんじゃが、いっつも無くなるな、これで四回目じゃ。無くなる度に首だけ買い直しじゃ鬱陶しい。夜中にベッドの下を見て、失くした首が三つ並んでるのを見た時は腰が抜けたわ」
トイレに行けなくなりそうになる怖い話はやめてください。
首縫っちゃえばいいじゃないですか、ちゃんと縫える人知ってますから紹介しましょうか。
「わらわもそう思って縫ったんじゃ、そうすれば失くす事もないとな。そしたらデュラハン協会からアイデンティティの冒涜じゃとバッシングされてな、連中の前で謝罪会見をさせられたわ」
「会見なんて……大変」
「そうなのじゃ、意中の人はいないのかとか、お昼に何食べたとか、いちいち答えるの本当に大変なのじゃ」
なかなかに斬新な謝罪会見ですね。
「せっかくみのりんと遊ぼうと思ったのに。あ、でもまた夢中になって時間を喪失するのも困るのか」
そんな恐ろしげなお人形で、何時間も夢中で遊べる自信がありませんけどね。多分、二時間くらいで気がつく事でしょう。
「ここまで本物の形態に拘らなくてもいいと思うんじゃがな。この町の魔王人形なんて翼付けたり角付けたり、やりたい放題なのになあ」
あー、そういえばカレンに魔王ちゃん人形を買ってもらってましたね、あれ可愛いからいいじゃないですか、持って来なかったんですか?
「幹部で側近の魔族に奪い取られた。欲しい欲しいってダダこねられて泣かれたらもうどうしようもない」
どんな魔族だ――!
「そうだカレンじゃ、今日こそはあの娘の家に遊びに行くぞ。この時間ならもういいじゃろ?」
時計を見ると八時前、まだ早いんじゃないかなあ……
かといってこのままお人形遊びになだれ込むのは危険、そんな事を考えていると『ガチャン』という音がしてギルドの正面玄関の扉が開けられた。
入って来た人物を見るなり『ひっ』と言った魔王ちゃんが、ボクの後ろにしがみついてくる。
ちょっ! 魔王ちゃん。し、しがみつくのは禁止です。
慌てて離そうと思ったが、あまりに魔王ちゃんがガタガタ震えているので可哀想になる。
「あら、みのりんさんおはようございます、もう起きていらっしゃったのですか。魔王ちゃんさんもおはようございます」
「おはよ……ます」
「な……なのじゃ」
入ってきたのは受付のお姉さん、今日はいつもより出勤が少しだけ早いみたいである。
お姉さんは受付机の下から、よっこいしょと書類の束を出して机の上に置いた。
「魔王ちゃんさんの騒動で出来なかった仕事が立て込んでまして、色々大変なんですよ」
「わ、わらわが何か悪い事をしたのか……? お、お仕置きするのか?」
魔王をビビらせているこの人は一体何者なんだ、魔王だぞコレ。昨日歴戦の軍隊を平伏させた人だぞ。
ビビッている魔王ちゃんも可愛い。
可愛いがしかし、ボクにしがみついてじわりじわりとボクのヒットポイントを削るのだけはやめて欲しい。そろそろ離れてください。
「いえ、魔王ちゃんさんには何も責任はありませんよ、では私は仕事に入らせて頂きますね」
せっせと何かの書類を整理している受付のお姉さんの邪魔をしちゃまずいと感じたボクは、魔王ちゃんを連れて外に出る事にした。
さて、どうしようか。
ギルドの門の外で考える。
商業地区に向かえばこの時間ならもう開いている店も多く、魔王ちゃんと一緒に時間を潰すのは可能だ。
しかし、ボクは現在一ゴールドも所持していないザコキャラであり、魔王ちゃんも同じだろう。
一応聞いてみるか。
「まおちゃん……ゴールド」
「人間の金なぞ持ってると、どうして思った? 魔王じゃぞ」
スッカラカンでここまで胸を張れる人は尊敬したい。
「魔族の里のゲーム屋の魔王コインならあるぞ」
はいザコキャラ決定です、ボクが持ってる牛乳ビンのフタよりは高級そうで嫉妬の対象ですが。さすが魔王ですね。
ザコキャラ二人で遊びに行くには、誘惑が多い商業地区は危険きわまりない。
ボクでは魔王ちゃんのスポンサーにはなれないのだ、二人揃って心身ともに疲弊して行き倒れるだろう。
干からびてカサカサと風に吹かれて、溝にでも挟まってしまうのがオチなのである。
となると……
「カレンの家じゃ!」
はいはいわかりましたよ、他に行く所も無いしカレンの家に遊びに行きましょうか。
タンポポがいたら魔王ちゃんの紹介がてらダンボールハウスに押しかけていたんだけど、どこに行ったのかわからないしね。
そういえば、カレンの家は知ってるし見た事はあるけど、遊びに行くのは初めてだった。
そういう意味ではボクも少しワクワクしている。
次回 「初めてお邪魔したカレンの家」
みのりん、はじめて女の子の家に上がって緊張する