その1 また朝っぱらから叩き起こされたよ
「んー」
朝、ベッドの上で伸びをする少女の姿があった。
少女はベッドから下りるとお湯を沸かし朝食の用意をする。
ベッドから下りるという事はダンボールベッドではないので、少女がこの作品の主人公の〝みのりん〟では無い事がわかる。
みのりんの場合は、ベッドから這い出る、もしくはつまみ出されるが正解なのだ。当然朝食の用意の描写もあるわけがない。
少女の名は〝マウ・ド・レン・フィンク・カレンティア〟通称カレンと呼ばれている冒険者である。
「おはよう師匠」
カレンはそう言うと、テーブルにハーブティーのカップを置いた。
対面の自分の席にもカップと朝食を置く。
前は師匠の分の朝食も作っていたのだが、どうせ師匠は食べないので今は自分の分だけにしている。
朝食はソーセージとパンというシンプルなものだ。
ソーセージは彼女の幼馴染みである、アルクルミの家が経営している肉屋の〝トントンソーセージ〟だ。絶品と言われるだけあって本当に美味しい。
カレンは自分で狩って来たモンスターのお肉を調理する事もあるが、このソーセージだけは無理だった。
昔、師匠とどうにかこのソーセージを作れないかと頑張った事もある、しかし本職には全く敵わなかったのだ。
散々試行錯誤して『だめだこりゃ』と師匠と笑いあったものだ。
以降、ソーセージは素直に肉屋で買うというのがこの家の信条になった。
カレンはロングの黒髪を二つに結んでツインテールにした。
「今日はみのりんと討伐に行けるかなあ」
このところ何かと事件が多くて、相棒との日課である討伐をできない事が多くて困るのだ。
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「みーのりーん、あーそーぼー!」
まただ、また朝っぱらから叩き起こされたぞボクは。
眠い目を擦りながらダンボールベッドの中から顔を出すと、やはりそいつはいた。
「みーのりーん、あーそーぼー!」
毎回毎回ボクの顔を確認してから念を押さなくてもいいですよ魔王ちゃん。
「みのりんが聞こえておらぬのかと思ってな。最近占い婆の耳が遠くなって、力の限り叫ばないと返事が帰ってこないのじゃ」
ボクはまだピチピチの十五歳ですよ、高周波数のモスキート音も捕捉できますから叫ばなくても十分聞こえてます。
「今何時……」
時計を見ると朝の七時だ、昨日の五時に比べればまだマシか。魔王ちゃんも成長したという事か。
そうである、ボクは二日連続で魔王ちゃんの襲撃で叩き起こされたのだった。
昨日のヒドラ傭兵団との件でくたくたになって、まだ眠いんですけど。
「今日もどこから……入った」
「やっぱり裏口が開いとったぞ。無用心じゃな、わらわの配下の魔族かモンスターを護衛に置いておこうか?」
遠慮しておきます。
「いいのか? 何者かに襲撃されてからでは遅いぞみのりん」
「襲撃して来てんのは魔王ちゃんです……ふああ」
朝から元気なのはいいですけど魔王ちゃん、裏口の外の路地にはオジサンが一人寝ているんですから、静かにしてあげてくださいね。
「そんなヤツはおらんかったが、ん? ダンボールハウス? そんなものも無かったぞ、ダンボールってその魅惑のベッドと同じ素材じゃろ?」
ダンボールハウスが無いって、何を言っているんだ魔王ちゃんは。
確かにあれを誰かの家だと言われても、理解できない気持ちはわかりますが。
普通に考えたらあれは家ではないですもんね。
ボクは厨房まで行き、裏口のドアを開けて路地に出た、因みにここから出るのは初めての経験だ。
そうかそうかこうなってたのか、うんなるほど、ドアの鍵開けっ放しだったわ。
そしてそこには、以前まであったダンボールハウスが無かったのである。
ダンボールハウスがあった場所には、大きな謎のツボが一つ置かれているだけだ。
路地には白い犬『シロ』が寝ているが、『クロ』の姿は無い。
「タンポポ……?」
行政により撤去されてしまったのだろうか。
そういえば、魔王ちゃんが来てからタンポポを見ていないのだ。
どこに行ってしまったんだあの『クロ』じゃなかった、オジサンを着た女子高生は。
ボクが首を傾げながらギルド食堂に戻ると、今度は魔王ちゃんの姿が無い。
「なんですか、いきなり来ていきなり帰っちゃったんですか、落ち着きのない魔王ですね」
遊びに来た友達がいきなり帰ってしまったので、ちょっと残念な寂しい気持ちになりながらも、眠いのでボクはもう一眠りする事にする。
ダンボールベッドに入ろうとして片足を突っ込んで……
むぎゅ。
何か踏んだ。
「な、何でそこで寝てるんですか魔王ちゃん……」
あ、危なかった……
魔王ちゃんのなだらかな丘陵だったから助かった、それでもヒットポイントが1/10くらい減ったんですからね。
これで本格的な山でも踏もうものなら、ボクは気絶していましたよ。
ボクのベッドに勝手に地雷を設置するのはやめて頂けませんか。
「な! おいこらみのりん! 今わらわの胸を踏んで思ってはならん事を考えただろ! ま、わらわが豊満すぎて、そこに山があるから登りたいという気持ちはわからんでもないがな」
どこに登れる山があるんですか見当たりませんけど、平地の間違いじゃないですか。そんな事よりボクのダンボールベッドですよ、さっさと出てください。
「みのりんが失礼な事を考えるのなら、わらわはもうここから出んぞ。それにしてもなんとも心が安らぐのう……このダンボールベッドというものは」
あ、あげませんからね! そこはボクのシャングリラなんですから!
わかりましたよ、農地に適した平野だと思った事は素直に謝りますから。一刻も早くそこから立ち退いてください。
世の中には三メートルの山もありますからね、それもきっと山なのでしょう。
「みのりんがその気なら二度と出るもんか。このダンボールベッドはわらわが接収した。ここはもうわらわの領地じゃ」
ま、まずいぞ、ボクのオアシスが魔王ちゃんに鹵獲されてしまったじゃないか。
なんとしてでもこいつを外に出さなければ。
緊急任務!
魔王ちゃんからボクのベッドを奪還せよ!
次回 「首なしデュラハン人形怖いって」
みのりん、謎の人形を見せられる