その9 謎の村娘は何人いるんだよ
現れた魔王ちゃんはボクを肩車していた。
これは一大事だ。
正面のヒドラでさえボクには手に余るというのに、真下から魔王ちゃんである。
女の子による肩車、これはヒドラよりも危機的状況なのだ。
「みのりん、あんまり動くでない」
ボクは硬直して一ミリだって動けていませんが、ぶるぶるしているのは魔王ちゃんなんですけど。
ぐしゃ。
そしてボクの重さで魔王ちゃんは潰れた。
「い、今のはアレじゃろ? チームで助け合う肩車というヤツじゃな! 仲間が絶望した時、肩車して助ける。最高のしちゅえいしょんとやらじゃなかったのか」
確かにパーティメンバーの登場としてはいい局面だったのは認めますけど、肩車で助けられたかというと微妙じゃないですかね。
実際、倒れた時に二人揃って地面におでこをぶつけましたよね。痛かったんですけど。
「早速チーム連携の真髄を極めるとは、さすがはわらわじゃな!」
だめだ聞いちゃいないよ魔王ちゃん。
ボクを肩車した事で大興奮の魔王ちゃんは、次にボクの足を持って手押し車でもしそうな勢いだ。
現に魔王ちゃんはボクの足を両脇に抱え始めているじゃないか。
運動会の続きは魔族の里ででもやってもらえませんかね。
「なんだもう一人出てきたぞ、謎の村娘は何人いるんだ」
「こいつ今変な登場の仕方しなかったか?」
「気のせいだろ?」
「あの青娘の後ろに隠れてたんだろう」
ほら、魔王ちゃんがおかしな登場の仕方をするから、傭兵たちがざわついているじゃないですか。
「あーもう耳ざわりじゃのう。用事を済ませて戻ってみれば、なんとまあ騒がしい事だな」
傭兵たちを五月蝿そうに見回した魔王ちゃん。
「せっかくわらわが偉業を成し遂げようとしとるのに、何じゃいお前らは、少しは感動せい。みのりんなんか、感動で打ち震えておるじゃないか。みのりんを見習え」
いえボクは両方の太モモを魔王ちゃんに小脇に抱えられて、自分の身体を手で支えるのにぷるぷるしているだけですよ。
『おお!』
よくわからないけど、どうやら傭兵たちに感動が伝わったようである。歓喜の声だ、さすがは魔王ちゃんである。
カレンが風でめくれたボクのスカートを慌てて直してくれた。
「さあ行くぞみのりん」
どこへですか。ゴールはどこですか。
ぐしゃ。
一歩前に出ようとして、ボクと魔王ちゃんがひっくり返った音である。
「何で飴をくれたのじゃ?」
魔王ちゃんがにこにこ顔の傭兵から貰った飴を、不思議そうに眺めている。
さあ、何故か幸せになっちゃったんでしょうね、ボクにもよくわかりまふぇん。コリコリ、これイチゴ味ですね。
カレンがひっくり返っているボクと魔王ちゃんを慌てて立たせてくれた。
「何だお前は、髪を二つに結んでないヤツの出番は無いんだぞ。空気を読んで引っ込んでろ」
一人だけ飴を貰えなかったカレンに飴を握らせながら、魔王ちゃんに無茶苦茶な事を言い出したのは団長だ。
飴をコリコリしながらカレンがボクの隣にやってきた、成り行きを見守るようだ。
「何だお前はって? わらわは魔王ちゃんじゃが? わらわは空気なんぞ一切読まんぞ、魔王ちゃんじゃからな」
胸を張る魔王ちゃん、この宣言で傭兵たちは阿鼻叫喚に陥る、ハズだったのだが。
「まおちゃん?」
「誰だよまおちゃんて」
「あはは、こいつ自分にちゃん付けしとるぞ」
「お子様はこれだから困るわ」
傭兵たちには全然伝わらなかったようである。
「なんじゃ! ちゃん付け可愛いじゃろうが! 他に可愛い呼び方があったら言ってみろ! 聞いてやるぞ!」
顔を真っ赤にして怒る魔王ちゃんに傭兵が答えた。
「まおたん」
「まおちん」
「まおりん」
「まおぽん」
「くうう、どれもこれも可愛いな! だがわらわはちゃん付けが気に入ったのじゃ! もう更新はできん! わらわはちゃん付けが良いのじゃ、ちゃん付けで呼ぶがいいわ!」
エッヘンと再度胸を張る魔王ちゃん、そしてその胸を見て傭兵たちがとんでもない事を言い始めたのである。
「おいおい威張って胸を張り出したぞ」
「張る胸も大して見当たらないのにな、残念な胸だな」
「うちの団は全員巨乳派だもんな」
「まてまて、将来に期待しようぜ」
魔王ちゃんが固まった。
「き、き、貴様ら、わ、わらわに喧嘩を売っとるのか? 今言うてはならん禁句を言ったぞ? どうなっても知らんぞ!? おお? ふざけんなよ!」
ぶるぶる震えて完全に涙目だ。
わかるわかるよその気持ち、ボクの方が山が高いけど、ボクにもそれは禁句だもの、ボクの方が山が高いけど。
「泣いた」
「泣かしたな」
「気にしてたのかな」
「お前ら可哀想だろ」
「禁句を言ったらどうなるんだよ。このヒドラと戦うか? ママーってちびって逃げるのなら今のうちだぞ?」
この団長も大人気ない人だと思うよ。
「そこのヒドラをわらわと戦わせようというのか? あっはっは、おもしろい事を言うのうお前、道化師に向いとるかもしれんぞ」
魔王ちゃんがすたすたと歩き、ヒドラの前に出る。
ボクも魔王ちゃんに付いて行こうとするのを、カレンが引っ張り横へと退避させてくれた。
「みのりん危ないから下がって、こうなったら魔王ちゃんに全て任せよう。多分魔王ちゃんなら大丈夫だと思うけど、もし危なかったら私が出るからみのりんは逃げてね」
「減らず口を叩くガキだな、こんな辺鄙な村に住んでると怖いもの無しになるのかな?」
「わらわが住んどるのはもっと辺鄙じゃぞ?」
これは大人が教育してやらんといかんなあ、と団長がやれやれといった仕草をした。いちいちボディランゲージの多い人だな。
「さすがに丸腰のガキ相手にヒドラなんか使わん、お前ら三人の土下座で許してやるよ。安心しろって、ヒドラは俺の命令が無ければ誰にも手は出さ――」
ヒドラが魔王ちゃんに突撃した!
「な!」
さすがに団長はヒドラの行動に驚いたようである、命令も無しに襲い掛かったのだから無理もない。
もちろん襲う意思ではなく、魔王ちゃんが嬉しくてその胸に飛び込んでいるのだが、その違いは普通はわからない。
お魚屋さんのキスチスみたいな、モンスターの気持ちがわかるスキルでも持って無いと無理だろう。
『バッコオオオオオオオオオン!』
魔王ちゃんはそのまま真正面でヒドラを受け止め――
吹っ飛ばされて恐ろしい速度で木に激突し、その大木をへし折って更にその先の大木もへし折った。
ボクと全く一緒だった。
受け止めようにも質量差が大きすぎるのだ。
颯爽と現れた魔王ちゃんが、颯爽と退場したのである。
次回 「圧倒的な絶望」
みのりん、団長に仕返ししようと木の棒を握り締める