その5 村には傭兵団とヒドラが居座っていた
「おお、あなた方はこの前村を救ってくれたカレン様とみのりん様ではないかっ、今回の窮地にも来てくださったのか、ありがたや」
とりあえず前をゴソゴソと直した村長さんは感激しているようだ。
「あの、今のその手でボクを触るのはやめて欲しいんですけど、まず手を洗ってください」
せっかくの優しさを裏切られた気分である。
村長さんは涙目のボクの顔を散々プニプニした後で、抱き締めたかと思うとボクの身体を持ち上げ肩車した。
「英雄さまのご光臨じゃああ」
頬で太モモをすりすりするのやめてくれませんか、ヒゲが痛いんですけど。手ですりすりしたってボクはランプじゃないので魔人は出しませんよ。
「ささ、カレン様も」
「わ、私はいいよ」
村長さんはそのままカレンを抱っこしようとして断わられる。
「ボクもこれは違うと思います」
「おお、そうじゃったか違ったか」
意外にも村長さんは素直にボクの身体を肩から持ち上げてくれたが、今度はボクの身体を表裏反対にして肩車した。
「肩車とはこうですじゃな」
「絶対に違います、逆ですから」
「みのりん様は以前よりお美しくなられましたな」
どこに向かって話しかけてるんですか、声の振動が気持ち悪いのでやめて下さい。
こういう時はいつもならカレンが即座に成敗してくれるんだけど、周りの傭兵の警戒に全神経を集中させている彼女はそれどころじゃない。
「もう、そのままでいいから行きましょう、こっちです」
顔を真っ赤にしたメイリーがボクに諦めてくれとサインを送ると、そのまま村長さんの服を引っ張って近くの建物まで誘導する。
村長さんが建物の入り口をくぐる時、ボクの頭が扉の枠にぶつかりそうになったので、村長さんの禿げかけた頭に丸くしがみ付くしかなかった。
一本だけ妙にそそり立っている村長さんの髪の毛が、ボクの鼻をコチョコチョして――
「くしゅん!」
「あうー」
ずずず。
女の子の髪の毛による鼻コチョコチョはやる価値があるのだけど、お爺さんのアホ毛での鼻コチョコチョは果たしてどうだろうか、疑問である。
「さて、状況を説明しますとな、傭兵たちは今、村の中央広場で会議をしておりますじゃ。メイリーがいなくなった事がバレそうになりましてな」
「わ、私が? そ、そんな……どうして」
「うむ、やつら村の娘っ子の人数を数えておったようですじゃ。で、娘っ子が足らんと騒ぎになったのですじゃ」
「ああ、どうしよう村長さん」
「あのう……とりあえずボクを降ろしてから会話して頂けませんか?」
「わしは一生このままでいいですじゃ、遠慮なさらずに」
ボクが遠慮しているように見えたと思ったら大間違いですよ。いいから降ろしてください、さもなくばこのアホ毛を引っこ抜きますよ。
アホ毛が抜かれたアホ毛キャラほど残念なキャラはいないんですからね。
村長さんは残念そうにボクをやっと床に降ろしてくれた、でも何故最後に深呼吸をしましたか。
「村を占領した傭兵団は何者なの? 情報を教えて欲しい村長さん」
窓に張り付いて外を警戒していたカレンが、ようやくこちらを向いてくれた。
もうちょっと早かったら、本当に村長さんはボクを逆肩車したまま一生を終える所だったでしょう。危機一髪だったんですよ。
「連中は〝ヒドラ傭兵団〟と名乗ってましたな。確かに馬鹿でかいヒドラも一匹連れていましたのじゃ。ヒドラは今は村の反対側で昼寝中のようですじゃ」
「やっぱりそうなんだね、厄介な連中がやって来たなあ」
村に居座っているのはヒドラを連れた傭兵団で間違いないようである。
「女の子たちが広場に並ばされてるね、あれは点呼してるのかな」
女の子が一人足らないのがバレている、この状況で改めて数を数えられたらまずいんじゃないだろうか。
それにしても真っ先に村娘の数を把握するのもどうかしてるぞ、この傭兵団。
「そこは大丈夫ですじゃ、あの中にワシんとこの婆さんが紛れ込んで数を誤魔化しておりますのじゃ」
「「はあ」」
力が抜けたボクとカレンがジト目で外を見ると、確かに並んでいる女の子の中に髪を三つ編みのおさげにしてミニスカート姿のモンスター、失礼、村長さんの奥方が立っているのが見える。
「三つ編みのおさげは女装の定番だけど、どうして髪の毛を紫に染めちゃったのかな」
「染めるのなら、紫以外ないと婆さんが譲りませんでな」
あのカレン、一応女装ではないので。あれは別の生物に化ける、擬態といいます。
「何故あれで誤魔化せると思ったんですか、ゴブリンじゃなく相手は人間ですよ?」
「村の熟女たちでじゃんけんして決まったのですじゃ、仕方のない事だったのですじゃ」
まあ、皆が尻込みするのはわかる気もする、相手は恐ろしそうな傭兵だしね。
でも奥方はじゃんけんに弱かったのか、そういうのは強そうに見えたんだけど。
「もちろん婆さんはじゃんけんに勝ちましたぞ、他の皆は残念そうじゃった」
「勝ち取ったんですか! こんな時にワケがわからない張り合いはやめて下さい」
「わしも一回戦で負けましたのじゃ」
その時だ、傭兵たちが外でざわついている感じになった。
ついにバレたのかな。
「まずいね……」
カレンも外を見て呟いている。
「わしも一回戦で負けましたのじゃ」
「私の身代わりの事がバレちゃったんですか」
「どうやらそうみたいだね」
あ、村長さんが部屋の隅で落ち込みだした。そんなにつっこんで欲しかったんですか。
ヒドラよりもめんどくさい人である。
次回 「奥方はヒドラに勝てますか?」
ついにバレた奥方の擬態