その1 スカートがスースーするんです
「木の棒……ですね?」
朝である。
職員や食堂スタッフも出勤し、あと十分ほどで冒険者達を迎える準備で賑わいだした、冒険者ギルド内の朝である。
昨晩ここに泊まったボクは、とある理由により初期装備の武器『木の棒』を、胸の近くで固く握り締めて泣き疲れて寝ていたのだが、改めてこの装備が何なのかが気になりだして、受付のお姉さんに聞いてみたのだ。
「私も冒険者を相手に受付をやっていますから、色々な武器を目にしますけど、そういったものは初めてですね。そうですね、公園とか野原とか道端でよく目にするので、初めてと言うと語弊があるかも知れませんね。武装としての〝そのような形状の装備〟は初めてという意味です」
なにしろこの木の棒は、三十センチも無いその辺に落ちてそうな普通の軽い棒なのだから、この反応も仕方が無い。
念のため、受付助手のお姉さんにも聞いてみたけど『私も知りませんね~』と真剣に答えてくれた後で、ボクの顔を見て『プ』と噴き出した。
今朝は出勤してきたウェイトレスのお姉さんも、厨房見習いも、職員が皆ボクの顔を見て笑顔になった。
皆を明るく笑顔にする天使のような少女を頭に思い描いていると。
「この町にはうちと馴染みの鑑定屋さんがありますので、そちらに行かれてはどうでしょう」
とは、受付のお姉さん。
出かける前に朝の洗顔ですよ、と言われてお手洗いの洗面所に飛び込んだ。
なるべく鏡は見ない、昨日の今日でまだ慣れないので、ガラスに映る女の子の顔を見る度にギョっとしてしまうから。
でもさすがに、女の子の顔が映るのが予めわかっていれば大丈夫だろうと、鏡を見てギョっとした。
当たり前だが鏡には顔が映っていた、しかし映っていたのは顔が二つ、女の子の顔とそのおでこに書かれたニコニコマークである。
だ、誰? おかしいよ。今朝は朝一番に、鍵を開けに来た受付のお姉さんに起こされたから、それからやって来たイタズラ好きという職員や食堂スタッフには書けるわけがないはず。
――ここ、幽霊とかオバケが出ます――
昨夜の去り際のお姉さんの言葉を思い出し、ガタガタ震えだすボク。
「これ……消していいんだよね……消しても呪われたりしないよね……」
受付のお姉さんがタオルを持って来てくれるまで、ボクは固まっていたのだという……
顔を洗って外に出て、冒険者ギルドの正面から石畳の道を歩いて商業地区へと向かっていく。
昨日カレンに連れられて歩いた道を、逆に辿っている事になるわけだけど、やはり物珍しくてキョロキョロしてしまうのは仕方が無い。
初めての世界、初めての町はやっぱり楽しいのだ。
時刻は十時前、もうとっくに各店が営業を開始していて賑やかだ。片っ端から覗いてみたい衝動に駆られるけれど、ここはぐっと堪えて、店の前を通り過ぎる際に
チラチラ見るだけにとどめよう。
おいしそうな匂いで誘うパン屋さんを発見した。とりあえずパンをチラ見しておこうか。ハムとチーズが挟まった美味しそうなパンが売っている、一文無しのザコの身には危険極まりない物体である。速やかに避難せよ。
続けてオープンカフェ、靴屋さん、帽子屋さんにマント屋さんまである、楽しくなって歩いていると人参だけを売っている人参屋さんを見つけた。
さらに歩くと、ジャガイモ屋さん、かぼちゃ屋さん、ネギ屋さん、またネギ屋さん。
なるほど八百屋という業種は発展せずに、こういう細分化の方向に進んでいるのか。
またネギ屋さんだ、ネギ屋さん多いな。でも外国の市場みたいで楽しい。
何でもかんでもまとめればいいってものじゃない。
利便性だけを追求せずに、専門店に特化する文化もまたアリなのである。
こういう文化の違いこそが面白いのである、とドヤ顔で思考していると八百屋さんを見つけた。
足早に通り過ぎる。
そりゃ、八百屋さんくらいあるよね、便利だもんね……
顔を赤くしながらスーパーの横も通る。便利だもんね……
その先には傘&ネギ屋さん、そして長靴&ネギ屋さんの横を通り過ぎた頃には、めんどくさいので思考するのをやめていた。
何でもかんでも『冒険者』でまとめてる町に、ボクが対抗できるわけがなかったのだ。
服屋さんがあったのでちょっと覗いてみる。
体操服とブルマは見なかった事にして、横の男性用のボトムスに目を留めた。いわゆる長ズボンというやつだ。
欲しい……アレが欲しい……しかしお金を持っていないのでどうしようもなく、その場を離れた。
スースーするのだ、とてもスースーするのだ。
スカートというのはどうにも落ち着かない、特に初期装備のこれは、ミニスカートで生足丸出しなのだ。
どうしようもなく頼りないヒラヒラの布着れ。
さっきパン屋さんでパンをチラ見していた時に屈んでいたので、もしかしたらボク自身がパンをチラしていた可能性も否定できない。
なんだこのスースー具合は、歩いたり少しでも風が吹くと、足の間を空気が通り過ぎる感覚。
パンツが外気と直接触れてるんだぞ、ワケがわからないよ。下着姿で歩いてるのと何が違うんだ。
何で皆はこれで普通にいられるんだろう。
通りを歩く女の子達をため息混じりに見つめる。
だけど歩いてる自分の影は好き、穿いているスカートの端が、歩くたびにヒラヒラと左右に揺れるのがとても可愛い。
上から見下ろす自分の足の曲線も可愛い。
商店のガラスに映る自分の足、スカートから伸びたその足がとても可愛い。
可愛いの三連発だ。
ガラスに映った自分の足を見てドキドキしてるとかこんなのおかしいから、と上に視線を外して胸を見て涙目になった。絶望だ。
「そこの足が綺麗なお嬢ちゃん、食ってけよ安くしとくよ。ホントいい足だねー、オジサンにもっと見せてくれよ」
串焼き屋台の親父さんが、自分の影を追って楽しそうに通りを歩く少女に、気さくに声をかける情景だ。
〝安くしとくよ〟この魔法が掛けられた言葉に飛びつきそうになるがぐっと堪える、なにしろスッカラカンなのである。
店主に向かってにっこり手を振ると、速度を速めて串焼きの匂いから緊急脱出した。芳しい香りだ、もうあと二メートル近かったら脱出できなかっただろう。
それにしても、お嬢ちゃんと呼ばれるとドキドキ高揚するのは何だろう。
他にも、お姉ちゃん、お嬢さん、彼女。
どうしてだろう、女の子として見られる、女の子扱いされるのが妙に嬉しくて仕方ないのだ。
これは恐らく男の娘として生まれた天性なんだろう、生前男だった自分には理解できないムズムズする気持ちなのだ。
これならスカート姿も悪くないなっ。自分の影をまた追い始めて立ち止まる。
この呼び方が、どの時点でオバちゃんになるんだろうか……
「そこのお姉ちゃん、いい足してるねー。触らせてくれたら乗せてあげるよガハハ」
じっと自分の影を見つめて佇む少女の横を、気さくに声をかけた馬車が通り過ぎていった。
次回 「マジックアイテムが羨ましすぎるボク」
みのりん、鑑定屋さんへ突撃




