その1 観光客で溢れた冒険者の町
「最近外からの観光客がやたらと増えたわねえ」
ミーシアが飲んでいたトロピカルジュースのストローを回している。
このストローは草の茎なんだよね、本当によくできてる。
「確かに多くなったね、あちこち人だらけだよ」
カレンがマンゴーアップルジュースを飲み。
「あいつらギルドの裏路地までズカズカ集団で入って来るんだもん。人ん家覗くんだよ? ありえないんだもん」
タンポポがホットこんぶティーの湯飲みをズズズとすすった。
一人だけどうにも田舎臭いなと思いながら、ボクはメロンソーダを口にする。
ここはいつものオープンカフェ、今日は女子 (のような)会を楽しんでいた。
「タンポポちゃん家ってギルドの裏路地にあるの?」
「ってその辺のオッサンが言ってたんだよ」
カレンの問いにお茶を吹き、慌てて答えるタンポポ。危機一髪である。
まさか裏路地のダンボールハウスがねぐらだとは、ライバルだと勝手に思っている相手には知られたくないのだろう。
ミーシアがさりげなくハンカチを出してタンポポに渡しているのを見ながら、ボクは辺りを見まわした。
確かに町には観光客が大勢来るようになっていた、このカフェも人で一杯なのだ。中には席が無いので、立ったままお茶を飲んでいるお客もさんいるくらいなのである。
オジサン同士で肩車してる人たちもいるけど、いくらなんでもそこまでしてお茶を飲まなくてもいいんじゃないかな。
下のオジサンのツルピカ頭に、熱々のコーヒーカップを置いてるけど大丈夫か。
今すぐ二人の所に行ってつっこみを入れたいけど、ぐっと堪えた。
『熱くないんですか』と『テーブル代わりですか』どっちでつっこもうか悩んだからである。
下の人も自分の頭にカップを置いている。
もう見ない! 絶対に見ない!
冒険者の町はどこに行っても人だらけ、ギルド食堂にまで観光客が押し寄せて来て、ボクは邪魔だからと摘み出されてばかりいるのだ。
「これは魔王のせいよね」
そうなのだミーシアの言うとおり、魔王がこの町を襲って滅ぼすという宣言をしたという噂で、ちらほらと観光客が来ていたのだが、この前のゴブリン軍騒動でいよいよ魔王軍が動き出したという憶測が内外に飛び交い、遠くの町からも観光客が押し寄せるようになったのだ。
滅ぶ前に町を見ておこうという事らしい。
観光に来ている間に滅んだらどうする気なんだろうかとも思うんだけど、町の人もそうだが随分呑気な人たちだ。
「貴族や大富豪なんかも訪れているみたいだよ、観光がてらこの町の珍しいものとか今のうちに回収しておこうって」
カレンの話を聞いてミーシアが、ちょっとうんざりしたようにストローから手を離した。
「この町の可愛い女の子なんかを、保護とか言って金の力で囲おうとしている金持ちもいるわ。妾にする気まんまんなのよね。私もこの前変な貴族に通りで声をかけられたのよ、断わっても断わってもホントしつこいの」
うへーとカレンが顔をしかめた。
「みのりんなんて凄い希少種族だから危ないかな、変な誘いには乗っちゃダメだよ」
カレンが心配そう。
大丈夫ですカレン、目の前にステーキさえ置かれなければボクは簡単になびきはしない。
むしろボクはカレンが心配だよ、誰もがこんな綺麗な子を放って置かないもの。
お嬢ちゃんステーキをあげるからおいでって言われても、付いて行っちゃだめですよ。
抗えない誘惑なのはわかりますけど。
隣で昆布茶をすすっていた、もっと珍しい生き物が口を開いた。
「私も声をかけられたらどうしよう。田舎では凶暴なタヌキにしょっちゅう噛み付かれてたんだもん」
なんて心配してるけど、オジサンを着とけば大丈夫でしょうこの人は。
あのオジサンを拉致するなんて、ちょっと意味がわからないもの。
ところでタヌキは友達じゃなかったんですか、襲われちゃってるじゃないですか。
「西の山のタヌキが凶暴だったんだよ。あいつら全く話が通じない連中でね」
あたりまえです。
「なんとか友達になろうと頑張ったけどだめだったんだもん、あと一押しってところだったんだけど夢半ばにしてこっちに来てしまった」
その努力をカレンに向けてみてはどうでしょうか。
さあ、タヌキで果たせなかった夢をカレンにぶつけるのです。
タヌキ、カレン、ほら両方とも同じ三文字ですよ。
「でも今はこうやってみのりんとお友達になれたから満足してるかな」
どうして今そんな可愛い事を言ったんですか、死ぬんですか。消滅する気じゃないでしょうね、変なフラグは立てないで下さい。
それにしても魔王のお陰で町の商業区が大繁盛なのはいいけれど、その魔王が襲ってきたら全て終了なのだ。
なんとかできないものだろうか。
「魔王軍が来たら、もう勝ち目はないと思うよ。軍じゃなくてもあの銀竜だけでもこの町の冒険者が束になっても敵わない」
そんなに? カレンが言うんだから間違いないんだろうけど、そんなに?
確かにあの銀竜は、かなりやばそうな雰囲気は持ってたかも。
カレンの必殺剣でも勝てないって言ってたっけ。あの時彼女は去っていく銀竜と魔王を見送った後で、『命拾いしたね』と震えていたんだ。
「ミーシアなら魔法スキルで吹き飛ばせませんか」
ミーシアはジュースを飲んでいたストローから口を外すと、ふるふると首を振った。
「無理。私の最大奥義のフレイムオーバーキルでは銀竜は焼けない。そもそも炎系攻撃が全然効かない」
「魔火山の竜だもんねえ。かといって水系攻撃が効くかと言えばそうでもないし。水のキラキラをちょっと嫌がったって話もあるけど竜避けにはならないんだよね」
どこの猫だ。
タンポポが銀竜を掌握して、と思ったが無理だろうなと思う。その辺のモンスターとはレベルが違い過ぎるのだ。中に入った途端溶かされて終わりだろう。
でも一応タンポポのそばに寄って小声で聞いてみる。
「特殊部隊モーモーで対抗できませんか」
「私の社員たちをそんな危険な仕事にはつかせられないかな、タンポポ牧場はブラック企業じゃないんだもん」
いつから社員にしたんですか社長。
確かに牛VSドラゴンなんて冗談でも思いつかない、飛ばれたら終わりだし。
彼らにはトロールの件でお世話になったし、お乳も貰ってチーズ屋さんも助かっているので、危険な目に遭わせるのはナシだな。
「魔王なんて一生来ずに、みのりんたちとこうやっていつまでも仲良く遊びたいよね」
どうしてミーシアまでそんな可愛い事を言ったんですか、消えるんですか。
いなくなったりしないでしょうね、これ以上おかしなフラグは立てないで下さい。
すくっとカレンが立ち上がった。
カレンにまでフラグを立てさせるわけにはいかない! 慌てて立ち上がるボク。
「あ、みのりんも同じ事思ってたんだね、さすがだね。そろそろこの席を他の人にも空けてあげようって」
あ……はい。カレンと相棒のボクは心が通じ合ってますから。
ごった返しているカフェに長居をすると迷惑になるので、皆で散歩でもする事にして、早々に女子会はお開きになった。
空いた席にはさっきの二人組が肩車のまま着席した。
つ、つっこんでなんかあげないんだからね!
次回 「町の中はナンパだらけ」
みのりん、ナンパされる