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その11 あはは……虫の話だよね?


 ――――夜、冒険者ギルド。


 やんばるトントンのステーキを食べてからボクは、美味しさでしばらく放心。

 気が付いたらとっくに夜になり、冒険者ギルドに併設された食堂の片隅に居座り続けていたようだ。


 ボクに散々絡んでいたモンクのマンクは、べろんべろんに酔っ払ってとっくにどこかに消えていた。

 ボクを眺めて酒を飲む。ボクは完全におつまみにされていたようだ。


 時折『お姉ちゃん』と言って絡んでくる他の冒険者のオジサン達。

 酔っ払いのオジサンに、どう対処していいのかサッパリわからないまま座り続けた。



 冒険者ギルドは二一時三十分で営業が終了するみたいで、片づけが終った後で働く職員や併設された食堂のスタッフ達が挨拶をして帰宅していった。

 時間がわかるのは壁に時計がかかっているから。


 時計の文字盤に書かれたインデックスは十二個、針の進み具合から二十四時間で一日っぽい。

 どこかの別の天体というより、地球基準の異世界なのだろうか。



 ところでどうしよう、営業が終了したという事はボクも外に出なくてはいけないんだけど、お金ないし行く所がない。

 ここはひとつ、二十四時間営業してて欲しかったものである。


 従業員達がランタンの灯りを消してしまっているのでギルド内は暗く、遠くの玄関に一つのランタンが残っているだけ。

 あれだけ賑わっていたギルドと食堂も、誰も居なくなるとガラーンとしてちょっと不気味だ。


 アレ的なモノが出そうな雰囲気がやばい。

 こういう所に出そうなアレ、もういい、怖いからやめようこの思考。



 ギルドに残った最後の従業員が出て行こうとしてこっちを見た。見られてしまった。

 遠くに見えるその人は受付のお姉さんだ、どうやらボクに気が付いたみたい。


 お姉さんはボクを見て『ビクン』となった後で、ホウキを手に取ってまたそれを置いた。

 あのホウキで一体何をするつもりだったのか気になる所だが、今はそんなの気にしている場合じゃない。

 受付のお姉さんがこちらに歩いて来るのだ。


 ああ来ちゃう来ちゃう、お姉さんが来ちゃう。

 ボクはカチンコチンに固まり額には冷や汗たらり、口だけが所在無く笑顔。


「あなたでしたか、みのりんさん」


 お姉さんはボクを見て、ふーっと、安堵とも呆れとも取れるため息をついた。


「また出たのかと思ってしまいましたよ」


 出たって何が? あはは、いやだなあ……虫の話ですよね?


「もう営業は終了なんですけれど」


 追い出しにかかってきた! どうしよう、どうすればいい。

 何とかお姉さんを説得してみるしかない。


「朝……ここ……メ?」 訳(あの、朝までここに座っていてはダメですか?)

「お……無く……寝」 訳(お金が無くて寝る所が無いのです)


「仕方無いですね、今夜の寝る所を確保しましょう」


 ボクのコミュニケーション能力の賜物である。一発で通じた。

 そしてついでに寝るトコ確保――!


「みのりんさんくらいの器量なら、酔っ払った冒険者のオジサン達から、いくらでもお小遣いを巻き上げられたでしょうに」


 何を言ってるんですかこの人。レベルマイナス1のボクが、他の冒険者からカツアゲなんかできるわけがないじゃないですか。軽く返り討ちですよ。


 お姉さんは一旦ギルドの受付の所まで戻ると、枕とタオルケットを持ってきてそれをテーブルの下に置いた。

 普段お姉さんが暇な時に、お昼寝に使うものだという。


 そこに一旦寝て、起きて、おいおいとつっこみを入れたかったのだが、お姉さんをまとも見れないので辛い。

 テーブルの下で寝ろというのですか。


「仕方が無いでしょう、丸椅子なんかじゃ寝られないし、テーブルの上は落ちたら危険。厨房はネズミとゴンタさんが出ますよ、それともお姉さんの部屋に行きます? 狭い部屋の狭いベッドで、私と至近距離でぎゅうぎゅうに寝るのかしら、それでも私は全然構わないですけど。みのりんさんはいい抱き枕になりそうだし」


 それもまた楽しそうね、とお姉さんは笑う。


 それを聞いたボクはもう顔面蒼白である、そんな事になったら死んでしまいかねないのだ。

 ガタガタ震えながらお姉さんに連れて行かれまいと、テーブルの脚にしがみついた。


 心外といった顔をしてお姉さんは笑い、その場を離れた。


「それじゃあおやすみなさい、明日は朝九時半に営業開始です。九時には職員達も出勤してきますからね、うちの職員は皆イタズラ好きですから、寝呆けてたら顔に落書きされるかも知れませんよ」

「お……すみ……さい」


「安心してください、消えやすいペンを準備しておきますから」


 いやそれは準備しなくてもいいんじゃないでしょうか。


 去りかけたお姉さんは一旦ボクに振り向いて。


「あ、宿泊代はツケにしておきますね」


 ボクは涙目になった。鬼だこの人。

 更に立ち去ろうとして足を止め、もう一度振り返るお姉さん。


「そうそうここ出ますから」


 虫の話かな? そうですよね。


「ここ、幽霊とかオバケが出ますけど、気にしないでくださいね。なんならそこにホウキを置いときますからご自由に使って下さい」


 ホウキでどうしろっていうんですか!


 あああ~待って! 行かないで!


 涙目になったボクを知ってか知らずか、お姉さんは玄関にかけられた最後のランタンを消し扉を閉めた。

 外からかけられる『ガチャン』という鍵の音。


 それは来る時にカレンから聞いた。


 鍵が無ければ中からも開けられない、ギルド自慢の完璧防犯扉だ。


 第1話「異世界に転生しちゃった」、読んで頂いてありがとうございました。

 次回から第2話になります。


 次回 第2話「転生翌日、ボクはフル稼働」

    「その1 スカートがスースーするんです」

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