その10 美味いじゃないかモンスター!
「男の……娘――だと!」
振り向くと、そこにいたのは先ほど絡んできた男だ。
モンクのマンクは、こちらをギンギンに睨み付けて近づいてくる。
道衣を羽織っているだけのモリモリとした筋肉がこちらに迫る。
「てめえ――男の娘だったのか――」
まずい、これは殺し屋の目だ、さっきは人間の女の子だと思ったから殴らなかったこいつだが、今は容赦ないかもしれない。素直に謝っておこう。
「ご」
マンクが飛び掛ってきた、せめて数文字くらい言わせてください!
ボクはマンクに羽交い絞めに……
されてない、これは抱きしめられてる?
「男の娘なら最初からそう言ってくれよ~! あー触れるんじゃん、触っていいんじゃん」
よくないから勝手に触っていいわけがないから。頬ずりはやめて欲しい。
「あ~いい匂いするな~、あ~柔らかいな~」
「どこを触ってますか! ってサバ折りやめて、痛い痛い、背骨背骨、背骨折れる、背骨が――」
「どうどうどう」
危うくこんな所で死に掛けたボクから、マンクが仲間により引き剥がされる。
「俺はな、赤ん坊の時にモンクの職業に就かされて以来、今まで女の子を抱きしめるどころか手を握った事もない、不幸のどん底にいたんだぜ。それなのにこんな可愛い子が俺にとって危険じゃないなんて、こんな奇跡が起こったら野獣と化しても仕方が無いだろうが!」
仕方が無いわけがないだろう。
「俺触っていいんだよな? お尻を触っても怒られないよな」
「普通に怒ります! お触り禁止です!」
慌ててスカートのお尻を押さえて後ずさり。
エンカウントしたジリジリと詰め寄る筋肉モンスターにより、絶体絶命である。
『ぐううう――』
だが、まずその前に空腹で死ぬだろう。
****
三十分後、ボクはギルド内のテーブルで食事を取っていた。
ギルド内の奥は食事処になっていて、冒険者同士の交流や情報交換の場にもなっているようだ。
昔は町の酒場がその役割だったのだが、冒険者以外の町の住民達が気軽に飲めないとの事でこうなっていったらしい。
「メシでも食うか奢るぞ!」
そう言ったマンクが瞬時にモンスターから親切な人に見えたけど、ボクはそんなにチョロくはないぞ。
ご飯を奢ってくれるからってホイホイ付いてったわけではないからね。
これは触られた分の取り立てだから!
「て事は、何か奢れば触らせてくれるのか!」
違う違うそれは違うぞ、おいメモるな!
「いいからいいからみのりんちゃん、ほれ飲め飲め美味しいから」
テーブルの対面に座ったマンクが、デレデレした顔で飲み物が入ったカップを渡してくる。
中を恐々覗くと赤紫色の液体だ、クンクンと匂いを嗅いでみる。
「う、これアルコール?」
「まさかー女の子に酒を飲ませて、介抱にかこつけてあれこれしようなんて思ってるわけないじゃーん」
しらばっくれてお酒をグビグビ飲むマンクは、飲み終わるとプヒーっと奇声をあげた。
こいつの目、おかしい。それに……
「ボク女の子じゃ……」
まあ、何かされたって、どうにもならないよねえ、ボクは男の娘だし……
じっとアルコールを見つめる。
「男の娘は女の子ですよ。言ったでしょう、みのりんさんは男の娘族の女の子だって」
突然の受付のお姉さんの至近距離からの攻撃に、十センチは跳ね上がったボク。
受付のお姉さんは用紙を持って隣に立っていた。
「これで登録は完了です、それと……」
お姉さんは耳元に唇を寄せてくる、近い近い。お姉さんはボクを殺す気ですか。
小声でヒソヒソと話すお姉さんの言葉は次の通り。
「みのりんさん、男性には気をつけて下さいね、男の娘はちゃんと作れますからね。ごにょごにょ……」
バシャー!
気が付いたら真っ赤になってマンクにお酒をぶっかけてた。
「うひゃーみのりんちゃんにおちゃけかけられちゃった! てへぺろ」
この酔っ払い!
「もう、指一本触るの禁止です! 禁止令を発令します!」
ビシィと人差し指を相手に突き出し宣言、舐められそうになり慌てて回収。
「スカートめくってパンツ見るのは?」
「ダダダ、ダメに決まってるでしょ! 何を言っているんですかこの人。酔って意味不明な事を言ってると天罰が下りますよ」
酔っ払いの言葉にさすがにあわてふためく。
今すぐこいつに隕石でも落ちてこないかな、あ、それだとボクも巻き込まれるか。
「じゃみのりんちゃんを見つめるくらいならいいでしょ」
げふーとお酒臭い息を吹きかけてくるマンク。
「くさっ、み、見るだけならまあ妥協しましょう。触ったりめくったりは禁止ですからね、それは認めませんよ絶対に」
スカートを押さえながら答える、何でこんなに心もとないのスカートって、防御力ゼロじゃないか。
「クックック、触れない分今まで数多の女の子を頭の中であれやこれや、とんでもない事をしてきたこのマンク様の眼力と妄想力にかかれば、みのりんちゃんみたいな小娘なんぞ」
「あうう、この人は! もういいです、もう見えない場所に退避します! 永遠にさよなら!」
目に涙をためて思わず立ち上がるがその場を立ち去れない、ちょうど運ばれてきたお肉がめちゃくちゃ美味しそうでその場を去れない。
お肉がテーブルに置かれる動きに連動して着席。
満面の笑みでお肉にかぶりつく。今のボクの頭の中は、お肉10・その他0だ。
「これはやんばるトントンのお肉です、取れたてですよ~」
運んできたウェイトレスさんが立ち去りながら教えてくれた。
やんばるトントン! 美味いじゃないかふぁあ!
次回 「あはは……虫の話だよね?」




