その1 とってもベタな死に方でした
――転生しますか?
YES NO
ここは真っ暗闇の中、目の前の自販機みたいなパネルにつっこみを入れようか迷っているボク。
確か、さっきまで自動販売機の前で飲み物を買っていたはずなのに。
ボクの名は真茅みのり十五歳、女の子みたいな顔だからと言って〝みのりちゃん〟と呼ぶのはやめて欲しい。
昔ボクが自分で付けたあだ名の〝みのりん〟も過去の恥部として遠い昔に、そう二ヶ月も前に封印したのだ。
「ああ、そうだ思い出したわ……」
先ほどの自販機の前でのドタバタを思い出し、赤面して顔をおさえる。
さっきまでボクがいたのは、学校から家に帰る途中にある自動販売機の前。
それは、すぐ横の車道をばんばんトラックが行き来する、歩道もろくに整備されてない場所に設置された自販機だ。
「田舎道はこれだから困るわ、危ないったらありゃしない」
今日は終業式。
思えばこれは、明日から夏休みだと浮かれた気持ちが引き起こした悲劇だったのかも知れない。
主人公が異世界に転生する漫画やゲームが大好きで、自分もそんな事になったらどうしようとか現実にありえない心配をしているのがボクだ。
そんなボクなので〝すぐ横の車道をばんばんトラックが行き来する〟などという、いかにもなベタなフラグが走り回っている場所は、いつもならおいおいとつっこみを入れて回避するんだけど浮かれてんだから仕方が無い。
明日から夏休みなので、浮かれついでに危険な場所で飲み物でも買って飲んでやろうと思ってしまったのだ。
だがここで行き詰った――
「麦茶とメロンソーダ、どっちを飲むべきか」
どっちも飲みたいのに、何故世の中には麦茶メロンソーダが売ってないのか。
お金は何回数えても一個分しか無いときた。
第三の選択肢が現れてワケがわからなくなる前に、速やかに決着をつけなければいけない。
こんな時は……
「そう同時押しだ!」
ボクは両手の人差し指を高々と上げて叫んだ。周りに人がいなくて良かった。本当に良かった。
二つのボタンを同時に押して出てくるものに全てを託す、それはボクが生み出した最終奥義なのだ!
人は、死ぬまでに何か一つは生み出し残すという……ボクの成果はこれだろう!
とドヤ顔で押す。
ガタン。
出てきたのは麦茶。取ろうとしたおつりがボクの手をすり抜け地面にチャリーンと逃亡。
ボクの転生に毒された脳が瞬時にこの先の展開を読み上げる……
――おつりが車道に転がり、ボクが拾おうとしてトラックにバーン! ――
「おいおいそうはいきませんよ甘いですよ、その手には乗りませんから」
しかしおつりは反対側の自販機の下に転がっていく。
まさか、自販機が倒れてくるような、そっちかよ! 系じゃないだろうな、と不安になりつつ腹ばいになる。
終業式の掃除の後の、ジャージ姿のままなので汚れたって構わない。むしろボクのワイルドさが引き立つというものだ、顔は女の子みたいだけど。
おつりが見える、自販機の下に手を突っ込んで伸ばすがもう少しなんだけど届かない。
早く何とか回収しなければならない、焦りで無理矢理更に腕を伸ばそうとして、ビキッとやった。
肩がつったのである、運動不足の人にはわかってもらえるだろうか、凄い痛みだ。
映画なんかで、危機が迫る中、溝とかに落とした鍵だの武器だのを、腕を伸ばして取ろうとしてもなかなか届かないシーン。
普通の観客は、早く! 早く! 届け! とハラハラするんだろうけど、この時にビキッてなったらどうするんだ! とハラハラしてるのがボクなのだ。
「あうーー」
――この痛みで転がって車道に出てトラックにバーン! ――
「そんなベタもありえませんから! 思い通りにはいきませんよ!」
と半泣きになりながらなんとか踏みとどまって、横に向くとポカンとした顔で見ている女性がいた。
カチ。
ボクの最大の欠点のスイッチが押された音である。
うああ、女の人だああ――!
女性を見てオロオロ。そうなのだ、女性にどう接していいのかサッパリわからない、極度の女性専用コミュ障なのである。
シャイと言えば聞こえがいいだろう、だが度が過ぎて内気なのは時に悲劇を生み出してしまう。
明日から夏休みで女子の居ない空間で過ごせる、そう浮かれた瞬間これである。
「キミ大丈夫?」
よりにもよって女性に至近距離で声をかけられるという反則技をかけられ、脳がパンクして硬直してしまったボクは、そのまま車道にパタン。
十五歳、最期に見た光景は目の前に迫る……そう、トラックである。
****
「うーむ」
そして冒頭のパネルの前にいるのだ。
いろいろつっこみたい所だが素直にYES(転生します)を押す。
問題は次に表示されたコレ。
――どちらをプレイしますか?
男性 女性
何よこれ。プレイてあんた。
だが大丈夫、ボクは大丈夫、ボクには秘密兵器があるのだ。全てを託す必殺の奥義、同時押しだ。
我が右手の人差し指と、左手の人差し指に全てを託そう。
ドヤ顔をキメて、左右の人差し指を同時にタッチパネルに突き刺した。
その瞬間光に包まれて――
気がついたら森の中にいた。
次回 「女の子になっちゃった、この胸があの憧れの……」