1-3
そこから記憶が途切れている。
俺はあばらを、そっと触って確認してみる…。
何ともない。痛みも傷も無く、傷跡さえ残っていない。
「何があったか思い出したか?」
テスが、優しく聞いてきた。
「はい…」
死んだという実感は無いが、山奥であの傷では、すぐに掘り出されても、助からないだろうと思う。
「では、天使の生活の説明を始める。いいか?」
「え? …はい」
天使? でも死んだのに、今は生きているって事は、死後の世界が始まったのか?
新しい人生? ……何だか急すぎて、よく分からない。
「まずは、体の調子を確認しよう」
テスが、明るく話を進めていく。
「少し、動いてみてくれるか。痛い所や、おかしな所があったら言ってくれ、すぐに治すから」
俺は、テスに言われた通りに、腕を回したり、少し歩いてみたりした。
「鏡を見てみるか?」
テスに言われるままに、壁際にある全身鏡を見ると、いつも通りの俺が映る。
身長178㎝。刑事だから少し鍛えてあるが、マッチョという程ではない。体の線は、細くも太くもない。今時の体つきだろう。
眉は太すぎず、細すぎず。目も大きすぎず、細すぎず。
鼻は少し高いが、わし鼻ではない。
口は厚すぎず、横に広がりすぎず、小さくもない。
つまり、俺の顔は特徴が無いんだ。
髪は染めずに真っ黒で、動きやすいように短髪にしている。
着ているものは、俺の来ていた服ではなく、白い上下の服に変わっている。
上衣が襟なしで、袖は手首まで真っ直ぐ筒状のもの。ズボンは、ウエストを紐で絞るタイプのもので、どちらも簡単な作りのものだ。
上下とも、肌触りが良い。多分、材質は綿だろう。
服は、ゆとりが多過ぎるほどで、まったく締め付けが無い。
あれっ? 俺の頭の上に、光る輪が浮いている! テスの頭の上を確認すると、テスの頭の上にも、光る輪がある。
「あの、これ?」
俺は、光る輪を指さして聞いてみる。
「それは天使の輪。天使だけに有るものだ。
神様の力を【神力】といい、【神力】によって、天使の輪がある。
【神力】は、【地球が存在する宇宙の法則】とは、別の仕組みのものなんだ。
多分、天使の輪は、天使を、人間や悪魔と間違わない為に、区別がつきやすいように、あるんじゃないかと思う。
天使の輪は、神様が作られたものだから、詳細は、神様だけが知っておられる」
「神様?!! いらっしゃるんですか?」
「いや、ここにはおられない。
天使は誰も、神様とお会いした事が無いんだ」
「そうですか…」
少し残念だが、いきなり神様と会わなくてもいいので、安心もした。
「…悪魔もいるんですか?」
「そう。悪魔もいる。
悪魔が住んでいる場所は、こことは違う宇宙にあるから、ここには居ない。
人間が死ぬと、天使になるか、悪魔になるかの、二択になる。
天使になるか、悪魔になるかは、神様がお決めになられる。
君は、神様に選ばれて、天使になったんだ」
「宇宙が違うって何ですか? ここは、どこなんですか?」
「ここは天国だ。
地球と、天国と、地獄は、それぞれ惑星であり、それぞれの惑星のある宇宙は、別の宇宙だ。
つまり、3つの宇宙に、それぞれの惑星が存在するんだ」
「地球と地獄には、行くことが出来るんですか?」
「行くことは出来るが、交流は無い。
天国に悪魔が来たことも、人間が来たことも無い。
天使が地球に行くことは可能だが、緊急時などに限られる。だから、君が地球に戻ることは出来ない」
「…そうですか」
やはり、一度死ぬと、地球に戻ることは出来ないようだ。
地球に未練はあるが、もう、どうすることも出来ないだろう。
それに、悪魔が居ることは怖いと思ったが、天国に悪魔が来ないなら、多分、安全だろう。
鏡に視線を戻し、また自分を観察する。
天使の輪を触ってみたが、実体が無い。
頭から20㎝程上に、ずっと浮いている。蛍光灯のようだ。
背中に羽は、生えていない。
天使の輪、以外の、天使らしさは無いように見える。
目の下に少しあったはずの、薄いクマが消えている。生前より健康そうだ。
髭が少しだけ伸びている。死んでから、それほど、時間は経過していないようだ。
(更新日 2024年07月31日-No.01)