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悪がいるからダメなんだ  作者: 神共 歩(しんとも あゆむ)
【二章(天国②)】 テスの教え1 (完了済)
32/64

2-12 【不幸とは】

「現状の地球の不幸は、『神の試練』と、『人が作り出した不幸』の、2種類がある。


 『神の試練』とは、【地球がある宇宙の法則】として存在しているものであり、神の目的の為に必要なものであり、神の為になるものである。

 だから、『神の試練』を無くすことは出来ない。

 『神の試練』に挑むことや、達成することは、自分の能力の表現であり、天使の選別に使われるものである。

 『神の試練』は、能力の成長を促す効果もある。

 『神の試練』からの困難とは、神の愛から、生物が成長するものであり、不幸に思えても、実際には人を幸せに導く、幸せなものである。


 『人が作り出した不幸』とは、人が、間違いの行動から、作り出した不幸である。

 例えば、環境汚染から発生した、病気などである。

 例えば、必要の無い戦争の犠牲である。

 『人が作り出した不幸』は、神の意向のものではない、人が勝手に、無駄に作り出した不幸である。

 『人が作り出した不幸』は、人の判断と行動が、正しくないことから発生する。

 『人が作り出した不幸』は、不要なものであり、無くしていくべきものである。

 もしも、『人が作り出した不幸』が、全て無くなった状態でも、『神の試練』は残る。

 神は、『神の試練』があるので、『人の作り出した不幸』は、必要が無い。


 『人が作り出した不幸』を無くす為に、間違いを辞めて、正しいことを行っていくべきである。

 間違いを辞めて、正しいことを行っていくことは、神の為の世界を「自動的」に作成する為に、人に備わるものである。

 自分で作った害を、自分で解決することは、当然のことである。

 自分が作った害を、自分で解決することは、能率的なことであり、この判断は、人に備わるものである。

 自分が作った害を、他人が解決することは、不自然なことである。能率的ではないことである。

 自分が作った害を、自分で解決することが出来ない場合、解決する能力を持つ他人が、解決することもある。

 自分が作った害を、自分で解決するよりも、他人が解決する方が能率的な場合、解決する能力を持つ他人が、解決することもある。

 この他人は、神に置き換えることが出来る。

 人が作った害は、神が解決するよりも、人が解決する方が、能率的であり、当然である。

 もしも、人が作った害が、人に解決できない害であり、神が解決することが必要ならば、神が解決してくれるだろう。 

 だが、基本的に、人が作った害は、人が解決することが自然であり、神はそれを望んでいる。

 それは、「自動的」と、いうことである。

 発生した害を、人が直すことは、神の世界の「自動的」な仕組みである。

 人が作った害を、神が直すならば、人に害を直す能力が備わらない。

 人が作った害を、人が直すならば、人に害を直す能力が備わる。


 それと、例えば、火山の噴火の可能性がある危険地帯に住んで、火山の噴火の被害から不幸な状態になることは、『神の試練』ではない。

 なぜなら、神は、そこに住むことを指示していないからである。

 人が、そこに住むことを、人の判断と行動から、勝手に行っている状態だからである。

 だから、この場合、火山の噴火の被害から不幸な状態になっているのは、神のせいではない。人の、判断と行動のせいである。

 だから、この不幸な状態の解決は、『神の試練』の存在や、神の怒りなどを変更することではなく、人の判断と行動を変更することで、達成することが出来る。

 それと、火山は、火山が噴火する原因(物質の因果)があったから、結果として、噴火したのである。神の怒りではない。

 火山は、【地球がある宇宙の法則】の原因と結果の流れから、【神の為になる世界】に、なる為(変化する為)に、必要があったから、噴火したのだ。

 

 『神の試練』である、進化の為の、病気がある。

 これは、神の目的の為に、必要なものである。

 これは、病気を受け入れて、試練を達成すると、神が喜ぶことである。

 『人が作り出した不幸』である、環境汚染などから発生した病気がある。

 これは、神の意向のものではなく、人の間違いの判断と行動から発生しているものである。

 これは、原因が人にあるものである。神のせいではない。神は関係ない。


 現状の人の困難とは、『人が作り出した不幸』であることが多い。

 現状の、『神の試練』のように感じる困難や不幸の、多くは、『神の試練』ではない。

 現状の地球は、神が、『地球のある宇宙』の全てが幸せになることを望んで、『地球のある宇宙』を作ったのに、人が間違った生き方をしているので、人が勝手に、不幸になっていると、いう状態である。

 人の作った不幸を、世界から無くしていくには、神の意志に沿うことが必要である。

 そして、人が、神の意志に沿い、正しく生きれば、世界から不幸が無くなっていく。

 本来、神の作った世界に、不幸は無いものである。

 人は、人の作った不幸から、神の意図ではなく勝手に、不幸を体験しているのである。

 不幸の状態は、人の意向から、改善することが出来るものである」


「それと、『神の試練』の苦しみ(不幸)は、はっきりいって、神のせいである」

「………神のせいってあるんですか?」

「ある。

 神が、その苦しみを発生させるように世界を作ったから、その苦しみがあるんだ。

 神が、世界に設定している【地球がある宇宙の法則】から、その苦しみが発生しているんだ。

 その苦しみの『原因』は神である。

 だが、神を変えることは出来ない。

 【神の為になる世界】の為にある、【地球がある宇宙の法則】を変えることは出来ない。

 だから、人が、文句を言っても、利益が無く、損失があるだけの状態である。そして、それに、人は、大人だから、我慢しているんだ。

 文句を言っても意味がないからな」

「……まぁ、確かに、受け入れていますね」

「だが、安心するが良い。神は、とても優しい人だから。

 『神のせいで不幸になった』のならば、神は、それに報いて下さる。

 神の作った世界のせいで、不幸になったのならば、神は責任をとり、それに応じた幸福を与えてくださる。

 もちろん、神のせいで不幸になった者が、満足するほどの、納得するほどの、幸福を与えてくださる。

 神は宇宙を作るほどの能力を持つ、偉大な人だから、どれほど多くの幸福を望んでも、与えることが可能である。

 神の能力を見くびっては、いけない。

 神は、『必ず』、神のせいで不幸になった者が、『満足するほど』の、『納得するほど』の、幸福を与えてくださる。

 神は、自分の作った世界のものに、不幸だけを与えて、粗末に扱うことは無い。

 神は、自分の作った世界のものを、愛している。

 神の、自分の作った世界のものは、神の奴隷ではないんだ、神は利益も与えてくださる。

 もしも、神が、不幸だけを与えて、放置するような方ならば、世界に幸せは存在していないはずだ。


 地球には、天使を作成するという目的があるので、地球で、その幸福の全てを与えることは難しい。

 地球では、天使を作成するという目的が優先されるからだ。

 だが、『神の作った世界のせいで、不幸になったので、それに応じた幸福を与える』ことを目的とした世界で、その幸福を与えることはできる。

 それは、『神の試練』が、『正常に』終わったら、のことになるだろう。


 それと、『神の試練』か、『人が作り出した不幸』か、を判別することが難しいことがある。

 だが、どちらにせよ、問題の解決の為に、最善(最適)の行動をすることになるから、判別する必要は、あまりない。

 どちらにせよ、最善(最適)の行動をするべきである」


*


(更新日 2024年08月08日-No.01)

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【悪がいるからダメなんだ】

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