2-5 【心とは】
「心とは、物体(物質)である。つまり、存在しないものではなく、存在するものである。
心とは、体内の分泌物や、神経などの反応から、作られるものである。
心とは、人の物体が、刺激に対して反応をしているものである。
小さな点の集まりが物体であり、物体の反応として心がある、つまり、心とは物体の小さな点の、それぞれの反応したものの、総合した結果である。
心は物体として存在しているので、心の物体の反応を物理的に知ることが出来れば、心を情報として、物理的に知ることが可能である。
心とは、体で感じるものであり、体感するものである。
心とは、全身の機能を使った反応であり、全身の機能の反応の結果である。この反応が、全身の体感であり、心の体感である。
もしも、心を体感する為の、正しい体の機能が無いならば、正常な心を体感することが出来ず、正常な心を認識することが出来ない。
人は、体感で心を感じて、その心の体感で、考えて、判断している。
そして、全身の機能からの正しい心の体感があることから、正しい思考(判断など)が作られる。
心とは、人が正しく生きる為の、人の思考(判断など)に使われるものである。
心が無いならば、人が正しく生きる為の思考(判断など)をすることは、不可能である。
つまり、心とは、人が正しく生きる為に、必須のものであり、心が無いならば、正しく生きることが、絶対に出来ないものである。
人は、心が有るから正しく生きることが出来るのである。
人は、先祖が歴史で作り上げてきた心の機能を、遺伝で引き継ぐことから、生まれつき備わっている機能として、『心の基礎』を持って生まれる。
心とは、生まれ付き備わっている、この『心の基礎』の機能を、生きる過程の学びなどから、成長させたものである。
つまり、心とは、先祖代々で作り上げてきたものに、自分で、自分の人生で成長を与えたものである。
そして、人の心がどのようなものに成長するか、人にどのような心が備わるかを、神は予測して世界を作った。
それは、神の目標である(神の意向のある)、心の状態が存在するということである。
人の心は、まだ完成途中であり、もっと良質な心になることは可能である。
その良質な心になる為の最適な方法は、真理を学ぶことである。
真理を知れば、世界に疑問や反発は無くなり、心が落ち着き、心が成長し、その結果、判断能力なども高まる。
心とは、神が、最も優先であり、最も大切なものであると、考えるものである。
心とは、神の為に行動することに、必須のものである。心が無いならば、神の意向が分からないので、神の為に行動することが出来ない。
心とは、神の望んでいる世界であり、人が幸せに暮らす世界である【正しい地球の状態】を、構成する為に、絶対に必要なものである。
心の機能の無い人は、人の欠陥品である。重要なものが欠けている、重大な欠陥品である。
正常な心の機能の、一部だけを持っていても、心が正常に機能しているとは、いえない状態である。
その状態は、『心がある』とは、定義できない。
その状態は、心の機能の狂っている人であり、心の機能の間違っている人である。
人は、心が有るから、幸せを感じることが出来るのである。心が無ければ、幸せを感じることは不可能である。
心は、幸せを感じる為に必要なものである。
心は、神が用意した、本当の幸せを感じる為に、必要なものである。
心の無い人が感じる幸せとは、快楽の成就などの些末なものだけである。
心が有るから、幸せを体感できる。
心が有るから、神からの幸せを受け取ることが出来るのである。
心とは、傷付くものである。
心の機能を持っているから、心が傷付くと痛いのである。心の機能を持っていないならば、心は傷付くことが無く、痛みもない。
人は、心が傷付くことが苦痛であり、心が傷付くことで生きることが困難になるので、心の機能を捨てようとする場合がある。
だが、心の機能を無くすことは、正しく生きることや、幸せを感じることが、不可能になることである。
だから、心の機能を無くすことの必要が無い状態が、必要である。
心の機能を無くすことの必要が無い状態とは、不要に、心が傷付くことが無い状態である。
不要に、心が傷付くことが無い状態とは、不要な、心が傷付く事象(対象)が無い状態であり、幸せな世界の状態であり、【正しい地球の状態】である。
心とは、悪事を行う度に、無くなっていくものであり、死んでいくものである。
心とは、悪を受け入れる度に、無くなっていくものであり、死んでいくものである。
人が、心を持ち続ける為には、悪を行う必要が無い状態であり、悪を受入れる必要が無い状態である、【正しい地球の状態】が必要である。
行動は、『何に基づいた行動であるか』が重要である。
その基づいているものにより、行動の意味が変わり、行動の善悪も変わり、行動の結果も変わる。
正しい行動とは、必ず、正しい判断から生まれるものである。
正しい判断とは、正しい心から生まれるものである。
つまり、正しい行動とは、正しい心に基づいたものである。
正しい心に基づいていない、行動は、正しい行動ではない。
正しい心に基づいた正しい行動の、行動をモノマネしても、正しい心に基づいていない行動ならば、正しい行動ではない。それは、褒められる行動ではない。
心が有るから、神の望みを理解することが出来る。
心が有るから、善を理解することが出来る。
心が有るから、善と悪の区別が解るのである。
心が有るから、悪を行うことを制止することが出来て、幸せでいられる。
心が有るから、人生に、満足が発生する。
心の機能が無い、悪人には、心が有ることから発生することの、全てが不可能である。
真理を知れは知るほど、心が有ることに感謝するだろう。
真理を知れは知るほど、自分が悪人では無かったことに、感謝するだろう」
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(更新日 2024年08月12日-No.01)




