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食堂から数時間飛んでいると、森に生えている木の数が減っていき、草原のような景色が広がってきた。草原の中央には、川がゆっくりと流れていて、橋も掛けられている。
「この川の近くに彼の田んぼがある。この辺は、他の天使も畑を作っている場所で、そこで採れた野菜が、毎日、食堂に届けられているんだ。
ほら、あの田んぼが彼のだ。お~い!」
テスが地上に呼びかけながら降り始める。
田んぼで作業をしていた天使が、テスの声に気付いて、こちらに駆け寄って来た。
「君が、正幸迎か? 待っていたよ!」
小柄で細身な日本人が、俺の全身を確認しながら、笑顔で話しかけてくる。
彼の髪は短めに揃えてあり、服装も江戸時代のものではないので、言われなければ、江戸時代の人には見えない。現代の日本にもいそうな感じだ。
「初めまして、正幸迎です」
「俺の名前は、善八って言うんだ。よろしくな。最近の日本人は発育が良くて嬉しいよ。丈夫そうでなによりだ。
これから長く天国で一緒に暮らしていくんだ。君が天国に来そうだと知ってから、ずっと君と友達になれることを楽しみにしていた。
見てくれ、この田んぼを! 君が来るまでに米の完成が間に合って良かったよ。日本人には、絶対に米が必要だと思ったんだ。何か辛い出来事があっても、米があるだけで、気分が違うからな。
いや~! 嬉しい!」
「ありがとうございます。俺も手伝いたいから、手伝いが必要なときは、ぜひ言って下さい」
「ありがとう。正幸迎が手伝ってくれるなら、すごく助かるよ。
天国の暮らしは、意外となんとかなるもんだよ。みんな親切にしてくれるから、何も心配はいらないからな」
善八は、田舎の祖父のようなことを言っている。
「はい。ありがとうございます。
…ところで、俺は何で天使に選ばれたんでしょうか? 善八さんは、自分が天使に選ばれた理由を知っているんですか?」
「その答えは、誰も、まったく分かっていないんだ。まぁ、学者達は推測を持っているようだが…。
俺は色々な天使を知っているが、いまいち共通点が見えない。天使は有能な人も多いんだが、凡人のような人もいる。それに、美しい人も、美しくない人もいる。
俺は生前に、神様のお供え物の団子を、盗んで食べたこともあるけど、こうして天使として選ばれている」
「…神様のものを? それは絶対にまずいですよ、悪いことです。なんでそんな事をしてしまったんですか? 他の団子は無かったんですか?」
「いや、小腹が空いていたから、軽い気持ちで…。もちろん、その後に、罪悪感を感じたよ。でも、まさか神様のところで働くことになるなんて思わなかったから…。今は、気まずい気持ちだよ」
「…あんまり反省してないんですね。まぁ、世界に大きな影響のない悪いことですけど…。
…神様は怒らなかったんですかね? よく天使になれましたね」
「俺も意外なんだが…。どうなんだろうな…」
「でも、そのぐらいの小さな悪いことならば、俺も生前に、いくつかしてますね」
「だろう? 同じような人生だった天使が多いようなんだ。
俺は、それ以外の、大きな悪事はしなかったが、大きな善行をする機会にも恵まれなかった」
「俺の人生も、そんなような感じです。
…では、選ばれた理由はまったく不明なんですね。
テスは? 何か知っていますか?」
俺はテスを振り返って聞いてみた。
「俺も、その件について、推測は持っている。それは、色々な天使の推測を集めたようなものだが。多分、君らより少し深い考察からのものだ。
だが、その話は長くなるから、もっと天国に慣れてからでも問題は無い。
今はまだ明るいが、じきに日が暮れる始める。
確か、善八は正幸迎に米を渡したいって言っていたな。その米を貰うついでに、君の家の場所を、正幸迎に教えたいんだが」
3人で、善八の家へ向かい、俺は善八から米を受け取った。米俵ではなく、麻袋に入った30キロ程度の米だったので安心した。まだ採れる量は少ないのかもしれない。
善八の部屋は、俺と同じ間取りで、暖炉と鍋は煤で少し汚れていたが、部屋の掃除は行き届いていた。
部屋に夕日が差し込んできたので、3人で少し話しただけで、俺とテスは家に帰ると伝えた。
(更新日 2024年08月10日-No.01)




