1-11
「…2千年も生きているんですか?」
「そうだ。だが、あっという間というのが正直な感想だな。
毎日やる事が沢山あって、朝から晩まで忙しいし、あっという間に1日が終わってしまうんだ。
そうして、あっという間に1年が過ぎて、同じように2千年も過ぎていった。
楽しい時間はすぐに過ぎていくものだ。心配はいらない」
「はぁ…」
2千年…。長すぎて想像もつかないが、もう人間ではないし、人間の寿命に縛られた時間感覚ではダメだな。
これからは、神様や宇宙の、途方もない時間感覚で生きていくのか…。
まぁ、100年ぐらいは、人間でも寿命があり、生きることが可能だから、普通に生活できるだろう。
その後も、他の天使が生きる事が出来ているのなら、多分、俺も大丈夫だろう。
2千年があっという間なのか。そうなのか…。
俺は朝食を食べ終わり、水を飲んでいると、テスが勉強机に積まれた本から、1冊持って来た。
「これで天国の言葉を学んでくれ。
あそこの机の上に積んである、全部の本が、天国語を学ぶ為の本だ。
日本語に翻訳したのは俺だから、分からない所は何でも聞いてくれ」
ペラペラとページをめくってみると、図や挿絵が多くて分かりやすい。
「暇な時でも読んでおいてくれ」
「はい」
かなり厚い本で冊数もある。早く覚えたいけど、覚えるのに時間がかかりそうだ。
テスが部屋を見まわしている。
「生活に足りない物は有るか? このまま店に行けば、必要な物が分かるだろうか?」
「え~と」
部屋を見まわすと時計が無い。
「時計が欲しいです」
「時計は無いんだ。太陽の位置で大体の時間を知れば生活には困らない。
どうしても欲しければ、自分で日時計を作ってもいい。
家の外に棒を立てるだけだから簡単だろう」
目覚まし時計も無いのか。…昼まで寝てしまいそうだな。
他に必要なものはと、部屋を見まわした。
「後は、ロウソクと、マッチと、薪ぐらいですかね」
「では、さっそく店へ行こう」
テスが玄関へ向かったので、俺も鍵を持って、後から続く。
俺は、地球では都市部に暮らしていたので、やっぱり鍵はかけておきたい。
盗まれる物は、まだ何も無いけど…。
玄関から出ると、朝の白い光の中、初めて天国の町を見た。
空は広く、ずっと端まで続いている。
さえぎる物も無く、地平線が見える。
数百個の建物が、まばらに空に浮かんであり、大勢の天使が飛んで移動している。
建物の乗っている雲はそれぞれ、上下にも高さの違う位置にある。
建物と建物の間の空には、流れる雲が通っている。
左の空を見ると、ここからは少し離れた所にあるが、空一面に巨大な灰色の壁が広がっているのが見える。
壁の両端は見えないし、上端もかなり高い所まである。
何で壁があるんだろう?
あまりに存在感があるので、テスに質問せずにはいられない。
「あの壁は何ですか?」
「あれは建物だよ。そのうち正幸迎にも、あそこでする仕事を教えることになる」
建物? あんなに巨大な建物を、何に使っているんだろう。
テスが玄関先の雲の上に浮き、俺に手を差し伸べてくれた。
まぁ、いずれ説明してくれるだろう。しかし…。
これから店に行くまでに、テスと手を繋いでいるところを、他の天使に見られたくないな。
「あの…。もしも俺が落下しても、地上に着く前に助けて頂けますか?」
テスが笑顔で手を引っ込めた。
「もちろん! 大急ぎで助けに行くから安心してくれ。
すぐ落下に気付くように、真横を飛ぶと良い。
天使が誰かと一緒に飛ぶ時は、横並びが多いんだ。
道幅が狭いとか、空には無いからな」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
そう言って、俺も雲の上に浮く。
テスが俺の準備が出来たことを確認してから、飛び立った。
俺もテスのすぐ横へと飛んでいき、二人並んで前を向いて飛ぶ。
下は見ないことにする。
まっすぐ、空の青さを楽しんで行くんだ。
(更新日 2024年07月31日-No.01)




