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扉をノックする音がする。
ベッド横の窓には木の扉が閉まっているが、その透き間から光の線がいくつか入って来ている。
もう朝か?
玄関扉の向こうから「おはよう」とテスの声が聞こえた。
俺は急いで起きて玄関扉を開けると、テスが覆いを乗せたオボンを持って立っていた。
「おはよう。食堂から朝食を持って来た」
そう言いながら、軽くオボンを持ち上げて見せてくれる。
「おはようございます。どうぞ」
自分の寝グセを気にしながら、テスを部屋の中へ招き入れると、テスが暖炉の前の大きな机にオボンを置いた。
「天国の料理は素材が良くて美味しいぞ。きっと気に入る」
テスが覆いを取ると食べ物が見えた。
レタス、トマト、コーンなど10種類程の色鮮やかな野菜のサラダ。
スープは透き通っていて、小さく刻んだ具が入っている。
目玉焼きにはスパイスが振られ、その隣には切れ目の入った大きなウインナーがある。
パンは美味しそうな焼き色で、ふんわりとしている。
食器は全て木製で、素朴で優しい感じがする。
金属製のナイフ、フォーク、スプーンはよく磨かれていて、光を反射している。
俺は美味しそうな朝食にゴクリとツバを飲み込んだ。
食欲だけには自信がある。どんな時でも腹が減る。
…俺って子供の頃から図太い奴なんだよな。もう少し繊細になりたいものだ。
「いただきます」
さっそくスープから食べ始めると、…うまいっっ!
コンソメスープだ。スープに入っているベーコンを噛むと、旨みが滲み出てくる。
パンはフカフカで、柔らかく千切れる。
サラダのドレッシングも、塩気とスパイスが効いていて、香りがいい。
俺が夢中で食べていると、テスが竹のコップに水を入れて持って来てくれた。
俺がコップを受け取ると、テスが向かいの椅子に座りながら話し出す。
「食べ終わったら天国を案内する。生活に必要なものを店に取りに行こう」
「店? 俺はお金を持って来てないんですけど…」
「天国に貨幣制度は無いんだ。
店にある物は、何でも好きなだけ持って来ると良い。無くなったらまた作るから。
店の品は全て、天使の手作りなんだ。
沢山の生活用品があるから、俺も店から運ぶことに協力しよう」
「何でも無料なんですか?」
「そう。食べ物も、家賃も、生活用品も全て無料。
だから、天使には、給料が払われることは無い。もちろん、正幸迎が働いた場合も同じだよ。
それでも天国の社会は上手くいっているんだ。
皆、自分が好きでやっている仕事だし、天使は神様に選ばれた者達の集まりだから、正常な状態を保とうと行動する者が多いようだ」
なるほど。さすが天使だな、善良だ。
「正幸迎が天国の言葉を覚えたら、仕事を紹介する。色んな仕事が有るから、自由に選んでくれ。
それと、何も仕事をせず、ゴロゴロしていることも可能だ。
天国の社会は自由意志で成り立っているから、誰も、それに文句は言わない。
正幸迎もそのうち分かるが、有り余る時間は、仕事が無いと暇なんだ。
他の天使の役に立てることも嬉しいし、神様の役にも立ちたくて、仕事が有る方が楽しいという天使が多いだけだ。
それに、ずっと、働く事も無く、好きな研究をしている天使も少なくない。
正幸迎も、好きなように暮らしてくれ」
なるほど、俺はしばらくゴロゴロ休んでから働き始めようかな。
「それと、天使の寿命だが」
そういえば、すでに死んでいるからな…。天使も死ぬのか?
天使が死んだら、次はどこへ行くんだろ?
「分からないんだ」
えっ?
「今まで天使は誰も死んだことが無い。病気や傷もすぐに治せるし、いつ死ぬのかは不明だ。
ちなみに、俺は天国に来てから2千年以上生きている。
天使は神様によって造られたから、多分、死ぬ時も神様が導いて下さるだろう。
天国がいつまで続くかも分かっていない。それも神様がお決めになるだろう。
だから、正幸迎の寿命がいつまで続くか分からないが、長生きの可能性がある。
まぁ、…先に教えておいた方が良いと思ってな」
(更新日 2024年07月31日-No.01)




