雨宿り その二
やがて陽はすっかりとその姿を消し、カラス達の忙しない鳴き声が遠ざかっていく。黄昏の蒼い空に怪しい雲が湧いてくるまでそう時間はかからなかった。妙な胸騒ぎを覚えつつ、私はやはりとぼとぼと、主に俯きがちに足元をぼんやり眺めながら、時折空を仰いで歩いていた。
いつしかぽつり、またぽつりと雨粒が落ちてきた。
焦る事もないと相変わらずのろのろ歩く内に、雨足はその速度を上げてきた。
私は流石に焦りだした。このままではずぶ濡れである。早足になり、やがて小走りになり、何処か雨宿りができそうな場所はないかとキョロキョロするが、辺りにあるのは枯れた木立と田畑ばかりである。
勢いを増すばかりの雨足に、今や私は全力で走り出していた。死ぬの生きるのは後回しだ。雨にまみれて風邪をひくなど御免である。息を切らし、水溜まりをはね飛ばしながら猛然と走る内に、遠く街灯の下の粗末なトタンの小屋を鋭く見つけた。
どうやらバスの停留所の様である。
何でも構わぬ。今はそのみすぼらしい小屋がなにより有り難く輝いて見える。私はその小屋へ怒濤の勢いで駆け込むと、思わず膝に両手をついて、荒い息に肩を激しく上下させていた。
少し落ち着いて呼吸を整えながら二坪もない小屋の中を見渡してみる。何もない。蚊取り線香の錆びた看板を背に、古びたベンチが二つ並んでいるばかりの全く寂れた小屋であった。所々トタンが腐蝕して穴が空いてさえいる。
それでも、今は有難い。
ベンチに腰を下ろしてまだ荒い息の内にも、ようやく一安心したのか、体の奥から深い溜め息が漏れて出た。
一体どれ程時間が過ぎただろう。
薄いトタン屋根を叩く小さな雨音が小屋の中を包み込んでいる。
私はベンチに腰かけてつかの間の安堵を経て、今は心細さに泣きたいような気持ちでぼんやりと屋根の向こうの空を眺めていた。黄昏過ぎた空は重く暗く、間断なく降り続ける雨はやむ気配を全く見せない。小さな溜め息が疲れた体から何度も漏れた。
駅へと向かうバスは後二時間は来ない。
さてさて、等と呟いていると、何処からともなく、唐突にフラリと女が現れた。かなり若い。傘で顔はよく見えないが、狼狽しながらちらと横目で見たところまだ二十歳そこそこではないか。肩にかかる黒髪にお洒落なベージュのコートを羽織っている。コートの裾から覗く長い素足が、このうらぶれた田舎の停留所にひどく不釣り合いな色気を漂わせていた。
女は小屋に入ると傘を閉じて、私に軽く会釈をしてから、少し離れた所に腰を下ろした。微かな香水の芳香が漂ってきて、心細い私の頬を緩ませた。
一人ぼっちではない。その安心感から、ちょっとした連帯感というか仲間意識みたいな感情を、気付けば彼女に抱いていたのだ。
かといって無闇に話し掛けたりして警戒されては敵わない。私はあくまで何気無く彼女に注意を払いつつ、最前と同じく雨音と虫の声に包まれながら降りしきる空を眺めていた。




