プロローグ
平行世界へ堕ちる以前の僕は、本物の木偶の坊だった。
宮沢賢治のアメニモマケズに出て来る愚鈍な主人公よりも愚鈍で、そして、弱虫だった。
僕は雨にヘコタレ、風に飛ばされ、目の前に不安や苦難を抱えた人が居ようとも、我関せず…
稲束を担ぐ人あれど横を素通りし…
死にそうな人が居れば、少しも怖くないと励ます事なく。
なるべく、目立たない様に人の視線に立ち入らない事を心掛けた。
ただ…世界に害をなさず…
しかも、何の貢献もしない。
そんな奴を社会は
木偶の坊と呼ぶのなら、僕はいっこうに構わなかった。
雨に負けようが風に飛ばされようが人生をお気楽に極楽に過ごす手立てを模索して何が悪い。
だが…
人生なんてそんなには、甘くない。
中学三年の夏休みを迎えようとした梅雨の中休みのギラギラと照りつける太陽に小さな声で悪態をつきながら下校している途中…
「おい!そこのチビ!!
アチいなぁ…お前もそう思うだろ。
当然アイスの一つや二つは食いたくなるよなぁ?
所で、相談があるんだがなぁ
お前!俺にアイスを奢らないか?」
ああ…イヤだ…あからさまなカツアゲ。
僕のモットーは、目立たない、騒がない、人に触れない…
これに徹していさえすれば煩わしいトラブルなどには出くわさずに生きて行ける筈なのに
この手の人種は、鋭い嗅覚で僕の様な木偶の坊で弱虫で、非力な奴を見つけては、アイスどころか、全財産を巻き上げていく。
僕が喉の渇きに苦しもうがお構い無く…
全財産を巻き上げていく。
ここは、じっと我慢だ。
目さえ合わせなければやり過ごせる…
かも…
知れない。
そんな、僕の甘い考えを打ち破るかのように、そいつは
「いつ迄待たせんだよ!
このチビ!あんまり待たせるとミンチにしてそこのドブに捨てるぞ!
勿論、身包み剥いでやるけどなぁ!」
ダメだ…段々と声がデカくなってきてる。
この面識のない人は僕の様な木偶の坊に情けなど掛けやしない。
況してや容赦など…
コレッポッチも掛けてはくれない。
僕は仕方なくリュックを肩から降ろし
中から財布を取り出しイラつく相手に手渡そうとした。
「そうやって素直に手渡しゃお前にゃ何も起こらねぇ
さぁ…全財産を寄越しな。」
ヤッパリハナっから全財産を巻き上げていくつもりだったんだ。
チクショウ!歯痒い…歯痒いけれど、僕には、立ち向かう勇気も無ければ、力も無い。
「おう!剛!どうした?
何を大人しくカツアゲくらってんた!」
「照ちゃん!」
天の助けか?地獄に仏。
相手にとっては間違い無く大六天の魔王
泣く子も黙る僕の幼馴染
照ちゃんには、お父さんがいない。
お母さんはパートを掛け持ちしてる、
だから…うちに、晩ご飯をたまに食べに来る。
照ちゃんは、頭が切れる。そして、勉強も出来る。
そして、こと…喧嘩においては無敵といっていい。
五人だろうが十人だろうが、ものの数分でやっつける。
一度だけ尋ねてみた事がある。
「どうっやったら、あんなに、多人数を相手にしてかてるの?」
僕の家の隣に住み、同じ東中学三年の同級生
喧嘩無敵の照ちゃんは
「剛は喧嘩とは、無縁だろ?
何にも人生においては、何の役にも立つ事は無いんだよ。
戦国の時代なら役に立ったかも知れないかもけど、法治国家の現代には暴力なんてただの犯罪だよ。
剛に降りかかる火の粉は俺が払ってやる。
だから怯えながら生きるな。」
そんな嬉しい事も言ってくれる。
しかし、相手にとっては、てんこ盛りで災厄が降り注ぐ様なもんだ。
「おい!そこの中坊!
ナメてっと、テメエも一緒にミンチにしてやる。」
「御託はいい…今なら見逃してヤる。
とっとと、うせろ。
いきり立つ相手でも静かに低い声で言葉を返す。
「テメエ!俺は空手をやっている。
泣いても許してやんねぇぞ!」
「だから…御託はいい…それとも口喧嘩がしたいなら付き合うつもりは…
無い」
これに、相手は頭に血がのぼった様で左足を左足を踏み込み照ちゃんに右の拳を叩き込もうとした。
が…
それよりも、照ちゃんの踏み込みは速く
一瞬のうちに相手は膝をつき息が出来ないのか?
喉を押さえのたうち回ってる。
そんなカツアゲ野郎を横目に、
照ちゃんは、何事も無かった様に、さぁ帰ろうと僕をさそった。
後髪をひかれたが、照ちゃんの言う通りに、僕は照ちゃんの後を追いかけた。
照ちゃんと肩を並べて家路につくが…
色々と照ちゃんに尋ねてみたい。
でも、照ちゃんは、一瞬のうちに相手を動けなくしたのか?ナドは、教えてはくれないだろう。
まあ…真似しようにも真似は出来ない。
そして、ビルの解体工事現場に脇を通るとき、ガラガラと上の方から音がした。
咄嗟に見上げると空を埋め尽くす程の足場に使う鋼管が降って来た。
間に合わない!
その時…照ちゃんが、僕に覆い被さり鋼管を背中で受けてくれた。
お陰で僕は痛みすら感じず
だけど、僕の耳には周りの喧騒や救急車のサイレンなども聞こえなかった。
そんなものが聞こえる筈も無い事は直ぐに理解出来た。
何故なら僕は
長閑な田園風景の真っ只中に呆然と立ち尽くしていたからだ。




