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ヒーロー

 学校の帰り道。いつも通り歩いていると、田んぼに落ちて泥だらけになった友人が目に入った。

「おい、祐介! 何やってんだよ?」

 一瞬見間違いかとも思ったが、やっぱりどう見てもそれは藤木祐介だった。駆け寄って声をかけたけど、祐介は泣いているばかりでなかなか答えてくれない。

「とりあえず上がりなよ。田んぼの持ち主の人が来たら怒られちゃうよ」

「うん、うん……」

 尻餅でもついたのか、祐介の腰から下は真っ茶色だ。手も肘くらいまで泥で汚れていてちょっとだけ手を貸すのをためらったけど、手を貸して祐介を田んぼから引き上げてあげた。

「それで、どうしてこんなことになったんだ?」

「啓太くんに……」

「またあいつか」

 羽住啓太。俺の嫌いなやつだ。

「啓太に何されたんだ?」

「靴を投げられて。たまたま田んぼに落ちちゃったから、仕方がないから取りに行ってたんだ。そうしたら転んじゃって……ズボンまで泥だらけになっちゃって……」

 いわれてみると確かに、祐介は片足しか靴を履いていなかった。もう片方の靴は左手に持っている。くるぶし丈の靴下が泥でコーティングされている。

「……それで、啓太は?」

「もう帰っちゃったよ。転んだのがショックでしばらく泣いてたから」

 俺としゃべっているうちに少しは落ち着いたみたいだ。祐介はいつの間にか泣き止んでいた。

「転んだのがショックって……靴投げられたのはショックじゃないのかよ?」

「それは、だって……仕方ないから。転ぶ前は膝下くらいまでしか汚れてなかったし。お母さんに怒られちゃうなぁって……」

 俺はそうやって言う祐介のことが許せなかった。祐介がこんな風に端から諦めているから、啓太が調子に乗ってしまうのだ。

「祐介、こんなんもう立派ないじめだよ。明日先生に言おう? ついでに今までのこともちゃんと聞いてもらう」

 祐介はしばらくの間悩んでいたが、俺の言葉にうなずいた。

 その後、俺の家に外用の水道があるということで、一緒に俺の家まで帰ることにした。歩きながら、明日のどのタイミングでどうやって先生に言うかを話した。祐介は過去に何度か啓太から嫌がらせを受けていて、その度に俺は先生に相談するように促していたが、祐介はかたくなにうんと言わなかった。だから、今日もやや乗り気ではなかったようだった。しかし、間違ったことをしているのは啓太なのだから、これは先生に早く知ってもらって対処してもらうべきなのだ。

 元々、啓太と祐介と俺は同じ地区に住んでいるというだけの仲だった。祐介と俺は家が近所なのもあり、保育園生の頃から仲は良かったが、啓太とはあまり関わりがなかった。たまに話すくらいはしたが、一緒に遊ぶ事もしなかった。小学生になった後、啓太と祐介は名簿順の関係で席が近くなった。そこからちょっとだけ話をするようになり、祐介はどうやら啓太にえらく気に入られてしまったらしい。祐介は元々気が弱い性格だから、初めはちょっとしたいじりくらいだったものがだんだんエスカレートして、今日みたいないじめ的な行動に至ってしまったのだろう。でも、これ以上放置しておくべきではない。

 なぜなら、啓太は平気で決まり事を破るようなやつだからだ。例えばこの前の休み時間に、何人かの男子が集まって、教室の隅っこに固まってスマホゲームをしていた。持ち主は啓太みたいだった。休み時間が終わって先生が教室に戻ってくると、慌てて啓太は机の中にスマホをつっこんだ。俺の席は今啓太の斜め後ろだから、スマホの通知設定のせいなのかなんなのか、時々ピカッと机の中が光っているのが見えた。よっぽど先生に言いつけてやろうかと思ったが、そのときは諦めたのだ。他にも、宿題をあまりやってこなかったり忘れ物が多かったり、よく先生にも怒られている。

 啓太のそういうところがすごく嫌いなのだ。いじめをしていたとなれば、しこたま怒られるなんてもんじゃないだろう。

 俺の家に着くと、祐介の泥を水道で流した。家に着く頃にはカピカピに乾いていて、ペリペリと剥がせる部分もあったが、靴下もズボンも全く泥の色が落ちなかった。まあ、水道水で流しただけだから、ある程度の汚れしか落とせなかったというのもあるかも知れないが。

「明日、ちゃんと実行するからな」

 別れ際、俺は祐介にもう一度言った。祐介は、今度はちゃんと力強く頷いてくれた。


「先生、祐介くんが啓太くんにいじめられています」

 翌日。放課後。

 俺は職員室で、割と大きめの声で先生に言った。周りには他の先生や児童もいたが、なるべく多くの人に聞いてもらった方がちゃんと取り合ってもらえると思ったからだ。一緒に連れてきた祐介は、隣でうつむいていた。

「祐介くん、そうなの?」

 先生はちょっと嫌そうな顔をしていたけど、そんなことは関係のないことだと思った。祐介は黙ったままだったから、俺は祐介の脇腹をつついて回答を促した。

「……はい。まあ」

 接ぎ目の悪い返答の仕方にちょっともどかしさを覚えたけど、祐介が自分の口でちゃんと答えてくれて安心した。

「……そう。龍輝くん、祐介くんと一緒に言いに来てくれてありがとう。先生が気づけていなくてごめんなさいね。とりあえずこのまま話をするのは祐介くんも気になるだろうから、場所を移動しましょうか。祐介くん、詳しく話を聞かせて貰えるかな?」

「はい……」

「龍輝くんも祐介くんのこと心配かも知れないけど、まずは祐介くんと二人だけで話させて貰ってもいいかな?」

「わかりました」

 その後俺は先に職員室を出るよう促された。俺が職員室から出て行くとき、その場にいた他の先生や児童がこっちをチラチラ見ていた。

「失礼しました」

 扉をぴしゃんと閉めて、俺は壁際に置いていた自分のランドセルを背負った。そのまま下駄箱に向かう。自分の下履きに手をかけたところで、自分の手が震えていることに気づいた。めちゃくちゃ緊張したからかな。帰りの会が終わってから、帰りの放送がかかる前に職員室へ向かった(先生は帰りの会が終わると割とすぐに教室からいなくなる)から、下駄箱には他の人たちもまだ残っている。いつもなら何人かのクラスメイトと遊んでから帰っていて、いつものメンバーが丁度いた。しかし今日は謎の達成感があって、今すぐにでも一人になりたい気分だったから、彼らに声もかけずに走り出した。なんとなく走って帰りたい気分になったのだ。

 俺は今日、とてもいいことをしたのだ。

 祐介が啓太にいじめられているのを見ているのは、ずっと前から不快に思っていた。クラスの皆もきっとそうに違いない。

 きっと明日学級会が開かれるだろう。そうでなくても、啓太にとってはかなり不利な状況になるはずだ。あいつは祐介が気の弱いやつだからいい気になっているだけで、本来そこまで気が強いやつじゃないから、先生に注意されたらもう一度いじめをすることはないだろう。

 これで俺も、正義のヒーローに仲間入りだ!

諸事情により少し間は空きましたが、三題小説の第3段目です。お題は「ヒーロー、靴下、光」でした。え、この3つの要素どこで出てきたよ?って思われた方もいるかも知れませんが、それだけめちゃくちゃ入れ込むのに苦戦した要素たちだったと言うことです……。一応自分の頭の中ではこの3つをベースに話を考えたのですが、ちょろっと話に登場させることくらいしかできませんでした。いやあ、とにかく難しかった。我ながらめちゃくちゃ不出来でした。

いつもの流れなら、話の解説を書きたいところなのですが、今回は最早解説なんていらなくて、読んでもらったとおりの話です。強いて言うなら主人公の男の子は伊藤龍輝という名前でした。フルネーム出てこなかったですね。

ちょっとだけ言い訳をさせてもらうと、ヒーローというと、自分の場合どうしてもマイナスイメージの話しか思いつかず、書いても書いても全く気分が乗らず……という負の無限ループに陥っていました。だから最終的にもちょっと自己中な男の子が主人公になり、謎理論を振りかざして自己満足に浸っているというオチになりました。あれ、これ結局解説しちゃってます?

何はともあれ、お読みいただきありがとうございました。まだまだ続きます。多分。

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