表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

自転車のかごに花束を

作者が久しぶりに書いた小説(?)です。スナック感覚の軽い気持ちで読んでいただけたら幸いです。

「……」

 その光景を目にして、俺は正直面食らってしまった。リアルに一分間くらいフリーズしていたはずだ。陽が落ち始めていたとはいえ真夏の夕方である。日中に散々熱せられていたアスファルトが熱を発し、陰湿な暑さが肌にまとわりついて、実際よりも時間が長く感じられた。だから体感としては数十分もその場に立ち尽くしていた感覚だった。

「俺の自転車……だよな?」

 今日の部活はなかったが、一人で部室に荷物を取りに寄っていたため友人たちは先に帰ってしまった。だから周りには誰もいない。しかし、思わず口に出して確認せずにはいられなかった。……否、目の前にある自転車が俺のものであることは明白なのだ。黒色のフレームに茶色のサドルのクロスバイク。かごの形やタイヤのサイズ感から駐輪した場所まで、今朝の俺の記憶と一致している。俺は自転車の違いとかあんまり詳しいことまではわからないが――実際この自転車だってデザインが他のやつより格好良かったから選んだだけである、クロスバイクが何であるとか他の種類がどうだとかは一切わからない――、まあこれだけ見た目の条件が当てはまっていれば俺のものであると言って良いだろう。

 そう、不安要素なんてほとんどないのだ。ある一要素を除いたら。

「ピンク色のトートバッグ……」

 いつも通りに帰宅しようとして来てみれば、俺の自転車のかごにそれが鎮座していた。もちろん、俺がピンク色のトートバッグを愛用していて、自転車のかごに乗せて持ち歩いているなんてことはない。全く心当たりはないし見たこともないトートバッグだ。中に何か入っているようだが、上手いこと俺の自転車のかごにフィットしている。見るからに女子が使っていそうなかわいい見た目をしているが、俺にとってみればただの不審物だ。しばらく状況が受け入れられずフリーズしていた俺だが、ようやくこいつをどうするべきか考え始めた。

 一見誰のものかはわからないが、中身を確認してみれば持ち主の情報が何かわかるかもしれない。他人の持ち物を漁るというのもなかなか気が引けることだが、このまま放置するわけにもいかないだろう。

 ということで。

「失礼しまーす……」

 そっとトートバッグの肩紐を持ち上げ、中身を確認する。中から顔を出したのは、

「……おっと?」

 青い紫陽花の花束だった。

 ブラウンの丸いバスケットに、青色の紫陽花があふれんばかりに盛られている。紫陽花と紫陽花の隙間は霞草であしらわれていて、色合い的にも花的にもジューンブライドを彷彿とさせる花束だ。まあ、今は7月ですけど。普段花を愛でるような趣味がない俺も、自然と心が和むようなかわいらしいデザインである。こんな状況下でなければの話だが。

 問題は、なぜ俺の自転車のかごにこんなものが乗っかっているのか、だ。花束だしメッセージカードの1つや2つついていそうなものだが、あいにくそういったものは見当たらなかった。タグとかもついていない。トートバッグの方も少し詳しく拝見させてもらったが、どうやら持ち主は自分の持ち物に名前を書くタイプではないらしい。学生のうちは学校のイベントとか部活の合宿とかで自分の持ち物に名前を書かされがちだから、もしかしたらと思ったのだが。これでは謎が深まっただけである。学校に花束を持ってくる高校生。いや、どんなやつだよとつっこんでしまいそうだ。少なくとも俺には理解できない。

 さてどうしたものか。

 時刻は現在午後6時ちょっと前である。部活動をやっている生徒たちはまだ当分帰路にはつかないだろうし、無所属の生徒たちはもうとっくに帰宅している時間帯だ。ちょっと部室で暇を潰しすぎたかもしれない。辺りを見渡すと自転車は結構ちらほら残っていて、俺の自転車と似たようなデザインのものもあるようだった。

 それから数分一人で考えた結果。


「自転車置いて帰ったんか」

 翌日。昼休み。俺は、クラスメイトかつ同じ陸上部の拓也に昨日の出来事を説明した。今は拓也が昼食を買うのに付き合い、一緒に購買へ向かっている最中である。

「そんでお前、今朝は走って学校来てたのな」

「そうそう。自転車ないの忘れてて、危うく遅刻するところだったわ」

 拓也が購買でパンを3つほど買い、そのまま俺たちは部室へ向かった。

「ちゃんと今日来てから自転車の様子確認したか?」

「あー、俺が見たときにはまだ置いてあった」

 部室へ着くと、珍しく先客はいなかった。いつもは先輩方が先に来ていて部室の真ん中を陣取っているのだが、今日は俺たちのクラスの授業が少し早めに終わったからまだ来ていないようである。俺たちは部室の電気を付けて、なんとなく定位置になっている隅っこの方へ詰めて座る。誰もいなくてもどちらからともなく自然な流れでそうなった。習慣とは怖いものである。俺は手持ちの袋から弁当箱を取り出した。どんぶり用の丸い炊飯器みたいなやつである。昨日の夕飯がカレーライスだったから嫌な予感はしていたが、今日の昼食はその残りであった。別にカレーライス自体は好きだから問題ないのだが、学校へ持って行くとなると話は別だ。匂いがきついから周りから疎まれるし、何よりどんぶり用の弁当箱って重たいのだ。何なら今日は自転車がないのにいつも通りの時間に家を出てしまったから、いつも以上に疎ましく感じた。

「あ、出た。晴樹のお得意炊飯器!」

 窓開けなきゃ、と拓也がニヤニヤしながら立ち上がった。

「毎度すみませんねえ」

 拓也はいつも購買派だからどんぶり用の弁当箱が物珍しかったのか、初めてこれを持ってきた時から毎回のようにこうして茶化してくるのだ。すっかりからかわれ慣れてしまった。

「何でよぅ。いいじゃん、ちゃんと弁当用意して貰えるなんて幸せ者でさ。うちの母さんだったら『文句あるなら自分で用意しろ、もう高校生なんだから』って一蹴されて終わりだぜ」

「まあ、それはな」

 それに関しては特に反論はない。

「で、何だっけ。紫陽花の花束だっけか」

 その後、ちらほら人が集まり始めたため適当に挨拶を返し、落ち着いて昼食を摂り始められた頃にようやく拓也が本題に戻してくれた。

「まだあったってことは、やっぱり晴樹宛てなんじゃん? ありがたく受け取っちゃえば?」

「やっぱそう思うか」

 俺はあの花束をどうすればよいか考えあぐねていた。正直、誰からの贈り物かも、そもそも本当に俺宛なのかもわからないものを受け取るのは気味が悪い。

「晴樹ってモテるイメージなかったけど、花束もらっちゃうなんて隅に置けない男だなあ」

 拓也はすっかり俺が告白でもされたかのような気でいるようだ。まだそうと決まったわけではないだろう、と突っ込みを入れてしまうくらいには、どうやら俺も浮かれているようである。気味が悪いのは本当だが、今までの人生で誰かから花束をもらうなんて経験のない俺は、この特殊な状況下についつい興奮してしまっていることも否めない。学校に来たらあの花束はなくなっているだろうと思っていたものだから、授業中もそわそわしてしまいあまり集中できなかったくらいだ。

「でもさ、だとしたら誰がどんな意図で俺の自転車に花束なんか置いてったんだろうな?」

 男から男に花束を贈る図が想像つきづらいため勝手に送り主を女子であると断定して考えているが――トートバッグの柄も女子っぽかったし――、それにしても異性に花束を贈るシチュエーションって一体どんなものがあるのだろうか。

「やっぱ告白じゃねえ? でも付き合ってもないのに花束とか処理に困るし、今時重すぎだよな」

 しれっという拓也。よく知りもしないのにこんな好き勝手言われて、流石に送り主に同情した。

「でもさ、だとしたら名前くらい書くだろ。それ以外になんかないのかな」

「うーん、青色の紫陽花かー。……花言葉は『冷淡、辛抱強い愛情、移り気』だってよ」

 ほい、とスマホの画面を見せられる。なるほど、花言葉か。それなら花束である理由もあるのかもしれない。

「なんだか……あれだな、このラインナップは」

 冷淡だったり移り気だったり、あまりいい意味合いの言葉がなくて悲しくなってしまった。もしかして、他人からそんなやつと思われているのだろうか、俺。

「辛抱強いってのは当てはまってるかもしれんけど、他はどうかなー。ほら、俺ら陸上部員だし、多少はね?」

「まあ、確かに」

 俺も拓也もどちらかというと長距離の方が得意なだけあって、集中力はお互いにある方だと思う。確かに辛抱強い方だといえるだろう。ここでは拓也の話は関係ないのだけれど。

「でもお前は割と人情深い方だと思うよ? だって、それでなかったらこんな風に考えたりしないだろ。俺だったらよくわかんないものはどかしてほっとくもん」

 拓也はものを持ち上げて横にやるジェスチャーをした。そういうものだろうか。

「てか、こんな炎天下に放置しといて大丈夫なん、その花束」

 いつの間にか食べ終わっていたパンの包装をくるくるっと丸め、そのまま駐輪場の方を指さした。

「あ」

 指摘されるまでそのことに思い至らなかったため、急に花束のことが心配になった。今頃暑さで駄目になっているかもしれない。丁度俺もカレーを食べ終わって片付け始めていた頃だったため、教室へ戻る前にその足で駐輪場を寄ってみることにした。昼間にそっちまで行くことはあまりないのだが、今は駐輪場からはみ出しそうなほど自転車が止まっている。俺の自転車は昨日から動かしていないから行けばすぐわかる。だが、近づいてみてもかごの中にピンク色の影が見当たらない。もしかしてとは思うが……。

「なーんだ、なくなっちゃってるじゃん」

 すぐ近くまで来ても、やはりかごの中身は空っぽだった。まるで最初から何も入っていませんでしたと言わんばかりにきれいさっぱりなくなっている。拓也は残念そうに肩を落とした。

「まあ、きっと晴樹にもそのうち春は訪れるさ、『はるき』だけにな」

 なんて寒い冗談を言いながら俺の肩をバシバシと叩いてくる。

「……別に残念とか思ってませんけど!」

 結局その場は、謎は謎のままに終わってしまったわけだ。すごく消化不良である。そして一瞬でも俺宛かもしれないと思って舞い上がってしまった自分が超絶恥ずかしい。夏の暑さ関係なく、俺は顔から火が出そうな勢いだった。予鈴のチャイムが鳴らなかったら、しばらく呆然とそこに立ち尽くしていたかもしれない。


 しかし、事はすぐに解決することになる。

 その日の放課後、俺は拓也と一緒にいつも通り部室に向かった。戸を開けると、部室の中には既に他の部員が集まって準備を始めていた。

「お疲れさまです」

 何の気なしに普通に部室に入ろうとして、ふと見覚えのあるものが目に留まった。

「? おい晴樹、早く入れよ。邪魔なんだけど」

 それと同時に足まで止まってしまい、後ろにいた拓也につつかれた。

「どうかしたのか?」

 と後ろから部室の中を覗き込み、拓也はあっと声を上げた。

「紫陽花の花束!」

 今朝まで俺の自転車のかごに入っていた例の花束が、部室の窓際にちょこんと飾られていたのだ。もう見ることはないだろうと思っていたものとこんなすぐに再会することになったら、誰だって驚くし足も止まるだろう。

「あー、お疲れ二人とも。あの花束かわいいよね、成田先輩が彼女さんからもらったんだって」

 拓也の言葉を聞いて、入り口付近にいた隣のクラスの清水さんが横から説明してくれた。どうやらこれから更衣室へ移動するところだったらしい。

「何でも間違えて他の人の自転車に乗っかってたみたいで、先輩めっちゃ焦ったらしいよ。そんでもおっちょこちょいなところもかわいいって、さっき散々のろけられちゃった」

 清水さんの苦笑交じりの説明を聞いて、俺はその場に居合わせなくて良かったなと心から思った。

「てか、拓也君また部室でカレー食べてたでしょ。匂いつくから外で食べてってあんだけ言われてるのに、どうして毎度忘れるかな」

 彼女の中ではもう花束についての話は終わったらしく別の話題を振られたが、正直俺はそれどころではなかった。

 成田先輩は1個上で、陸上部の先輩の中でもちょっとおっかない人だ。先輩と同学年の彼女先輩のことも、話したことはないが何度か見かけたことはあるから知っている。演劇部に所属しているらしいが裏方メインだそうで、すごく物静かそうな印象だった。その人が成田先輩のと間違えて俺の自転車に花束を忍ばせているところを想像する。なぜこの時期に花束なのか、そもそもなぜ直接渡さずにそんな回りくどいことをしたのかはわからないが、ちょっとふわっとした人――いわゆる天然――らしいというのはなんとなく聞いていたから、あの人がやっていたというのなら納得せざるを得ない気もする。成田先輩の持ち物は青色が多いし、青色の紫陽花だったのは単に成田先輩の好みかもしれない。

 それにしてもなんか解せん。

 ただのバカップルのイチャイチャに巻き込まれたとわかった今、初めはかわいく見えた花束も憎たらしく見えてきた。一人悶々としていた半日の時間を帰してほしい気分だ。その花束は日持ちするタイプらしく、一週間ほど部室に置きっぱなしで成田先輩はしばらくいろんな人に茶化されていたが、俺としては見るたびモヤモヤするから早く持ち帰ってほしかった。先輩とはそこまで親しいわけでもなかったし、やっぱりちょっとおっかなくて口が裂けても言えなかったけど。

 後日談として、数ヶ月後に俺は再び似たような現象に巻き込まれた。バレンタインシーズンにやはり成田先輩の彼女が、今度はバレンタインのチョコレートを俺の自転車のかごに間違えて置いていったのだ。彼女先輩はどうやらサプライズがお好きなようである。流石に二回目とあってそのときの俺は落ち着いて対処した。演劇部の部室にチョコレートを持って直行し、彼女先輩に事情を説明した。そして無事に成田先輩の自転車まで持って行くところまで見守るという、よく考えたらシュールな状況ではあったが、俺は謎の達成感で満悦していた。実はその道中の様子を成田先輩のご友人に目撃されていて、誤解を解くために奮闘したのだが、その話を始めたら長くなるので又の機会にするとしよう。ただ確実に言えることは、自転車のかごに荷物を置きっぱなしにするのは不用心だからやめた方がいい、ということである。

 最後まで読んでくださりありがとうございます。今回の作品は、あることがきっかけで書くことになった三題小説です。お題は『青、自転車、カレー』でした。なかなか書きにくいお題だったので、もしここまで読んでくださっている読者の方がいらっしゃったら是非とも試してみてほしいです。

 さて、あることがきっかけでと書きましたが、それというのも最近リアルで字書き仲間を見つけました。実際に会って趣味の話ができる人ってなかなか貴重な人材ですよね。現在お互いの小説交換会を開催中でして、昔ほどではありませんが「どんなお話を書こうかなあ」と時々妄想しております。そのお仲間と話の流れで「同じお題で小説書いたら楽しそうやね!」ということになり、短編だったらお互い負担にならないだろうと、この短編の誕生に至ったわけです。初めのうちは、久しぶりに書く小説だしプロットとか作ってみようかしらと意気込んでいたものの、山も落ちも上手いこと作れませんでした。リハビリ成功ならず……。第二弾があればそれもここへ載せようと思いますので、ブックマークなんかして貰えると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは 読ませていただきました! すごくすっきりと読みやすいお話でした。青い紫陽花を見つけたところから始まる主人公の視点がなかなか洗練されていますね。うまく一人称を使えていると思いました…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ